13日目:袖触れ合うも多生の縁(愛媛県・伊予市)
 松山を出発してすぐに雨が降り始めた。天気予報通りといえばそうなのだが、予想以上に激しい降りだった。たまらず近くの人形屋さんの軒下に避難して、雨が止むのを待つ。今日はあまり先へは進めそうにない。
 考えてみれば徳島にも愛媛にも人形屋が多かった。雛人形と五月人形と鯉のぼりを専門に扱う店である。今はちょうど雛祭りが終わったばかりだし、じゃあ次は端午の節句ですねというかき入れ時なのだろうが、シーズンが終わってしまったらどうするんだろう。たとえば7月8月の人形屋さんは何をしているのか。僕の長年の疑問である。
 人形というのは一年を通して売れるものなのか。あるいは年の前半で稼いだお金で後半は悠々自適に暮らしていけるのか。もし知っている方がいたら教えてください。



 そんなことを考えているうちに、雨も小降りになってきたので出発する。とりあえず松山市の南にある伊予市を目指す。伊予市に入ってすぐに、軽自動車から降りてきたおばさんから話しかけられた。
「あんた、何か困ったことがあったら、ここに電話しなさいね」
 そう言って手渡されたのは、とある宗教法人のパンフレットである。こんなところで宗教の勧誘をされるとは思わなかった。どう答えていいのかわからなかったので、とりあえず差し出されたパンフレットを受け取る。
「ここの神様はほんまにすごいんよ。神様がな、バーンと来るんよ」
 おばちゃんはアントニオ猪木がよくやる「かかって来い!」みたいに両手で手招きをする。
「バーンと、ですか?」
「うん、すんごい奇跡が起こるんよ。あらゆる苦しみが解決されるんよ」
「お母さんにはどんな苦しみがあったんですか?」
「借金や。借金まみれやったんや。いろんな商売に手ぇ出したり、出版詐欺にあったり、まぁいろいろあってなぁ。金利がかさんで毎月の返済だけでも大変なんよ」
「で、神様のおかげで借金がなくなった?」
「いや、まだ残っとるんやけどな。でもすごいんよ。この神様に出会ってから、すぐにFXをやってみたんよ。ほしたら1日で580万円も値上がりしたんや」
「じゃあそれで借金が返せたんじゃないんですか?」
「それがなぁ、うちはもうやめようと思ったんやけど、FXの専門家って人が『このまま置いといたら、もっと上がります。1000万、2000万になる』って言ったんで、置いといたら・・」
「そしたら?」
「3日でゼロになってしもうた。その3日間は寝られんかったよ。ずっとパソコンの前に座って、画面を睨んどった。ゼロになったときには意識朦朧よ」
「じゃあ奇跡はおこらんかったんですね?」
「まぁ私にはな。でも私がこの神様を紹介した人には、みんな奇跡がおこっとるんよ。近所の若い奥さんは動かん足が動くようになったし、おばあさんの目が見えるようになったこともある」
 トホホな話である。漫画家の西原理恵子がFXで1000万負けた話をしていたけど、ようするあれはギャンブルなのだ。為替相場の短期的な値動きは誰にも(専門家にも)予想できない。何百倍ものレバレッジをかければ、数日で莫大な金額が上下するけれど、欲をかけば元の木阿弥。それは神様の御利益でも何でもないと思う。まぁ損をしなかっただけで良かったじゃない。

 おばちゃんの話は終わらない。まだ入信して2年だけど、とにかくこの神様はすごいのだと力説する。
「まだ2年なんですか?」
「ほうよ、2年前に誘われて入ったんよ。けど、これまでにもいろんな宗教に入っとったんよ。創価学会、エホバの証人、真光教・・・で、最後に辿りついたんが、この神様なんよ」
 宗教的に節操がないのが日本人の特徴だとよく言われるけれど、このおばちゃんのように手当たり次第と言ってもいいほど無節操に信仰を変える人も珍しい。仏教系、キリスト教系、神道系、なんでもござれの闇鍋状態。次に来るのはイスラムかってな具合だ。たぶん熱しやすく冷めやすい性格なのだろう。何かのきっかけで「これだ!」と思ったらとことん入れあげ、その熱が冷めると他の「神様」を探す。

 いい人なのである。人が良くて、疑うことをしないから騙される。しかもただ善良なだけではなくて、「どこかに楽な儲け話がないかな」とか「奇跡が起こらないかな」という誰もが持つ欲望も人一倍強く持っているから、実にあっさり騙されてしまうわけだ。詐欺師にしてみたら『鴨ネギ』状態である。

 おばちゃんはパンフレットに自分の名前と電話番号、メールアドレスを書いてくれる。何かあったら連絡せよと念を押して。
「でも今はメールは見られへんの。借金でネットが止められとるから。アハハハ。でも来月に借金返したら繋げるようにするわ。大丈夫、大丈夫」
 それにしても借金まみれの自分を語るおばちゃんの明るさは一体何だろう。周りの人間は迷惑しているのかもしれないが(きっとしているだろう)、彼女自身はけっこう楽しそうに生きているように見える。

「ところであんたは何年?」
「寅年生まれですけど」
「トラかぁ。だからバングラデシュなんやな」
 おばちゃん意外に博識である。そうバングラデシュはベンガルトラが生息していることで有名なのだ。
「まぁあんたもがんばってな。寅年なんやから。今年、年男やろう? でも、ほんま、何か困ったことがあったら電話するんやで。袖触れ合うもなんとかの縁って言うやんか」
 彼女はそう言い残して、そそくさと軽自動車に乗って去っていった。一方的に早口でまくし立て、相手の話もろくに聞かないうちに去る。鮮やかなヒット・アンド・アウェイだった。

 おばちゃんの言うとおり『袖触れ合うも多生の縁』がこの旅のテーマである。5円タクシーとは「ご縁」を可視的に示す装置なのですね。いろんな出会いがある。いろんな縁がある。今日のような不思議な出会いも「ご縁」なのである。



 昨日の疲れも残っていたし、雨が降ったり止んだりというはっきりしない天気が続いていたので、今日は伊予の町に泊まることにする。小さな漁港と小さな駅、寂れた商店街のある町だ。昔はカツオ節の「花かつお」で有名だったそうだ。
「今はみんな大きなスーパーへ買い物に行きよるけん、お客さんは少ないわなぁ」
 婦人服の店を営むおじさんがため息混じりに言う。確かに通りを行き交うのは買い物カートを押して、カタツムリのようにゆっくり進むおばあさんばかり。国道沿いの100円ショップや大型スーパーの賑わいとは好対照だ。おじさんのお店も昔なじみのお客を相手にしているだけ。先細りである。
「こういう時代じゃけ、仕方ないわなぁ」

 天気のせいもあるのかもしれないが、伊予港もうら寂しい気分にさせられる港だった。
 空は相変わらずどんよりと曇っていて、吹き付ける風は冷たい。魚の加工工場の周りにはたくさんのカモメが群がっていて、切り落とした頭や内臓が捨てられるのを待ち構えている。魚のにおいがぷーんと漂ってくる。土曜日だというのに子供の姿は見かけない。歩いているのは老人ばかりだった。

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本日の走行距離:22.6km (総計:400.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:5751円)

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by butterfly-life | 2010-03-13 21:10 | リキシャで日本一周


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