03/14 14日目:県ミカン性(愛媛県・八幡浜市→大分県・別府市)
 伊予市を出発して、南西の八幡浜市に向かう。ここから九州・大分に向かうフェリーが出ているのだ。できれば今日中に九州に渡ってしまおうというのが本日の計画。
 伊予市を出るといきなり上り坂が待ち構えていた。けっこうきつい坂で息が上がる。後ろから次々とカッコいいスポーツ自転車にまたがったサイクリストたちが追い抜いていく。今日は日曜日で天気もいいので、絶好のサイクリング日和なのである。



「こんなんで旅してるんかぁ、すげぇな」
 ベテランサイクリストのおじさん二人が自転車を止めて話しかけてきた。体にぴっちりとしたウェアを着て、派手な色のヘルメットを被り、近未来的なバイザーをかけている。本格的な自転車愛好家だ。太ももの筋肉は女性のウェスト並みに太い。かれこれ30年ぐらいスポーツサイクルに乗っているそうだ。
 もちろん愛用の自転車は徹底的に軽量化されたもの。8キロしかない。めちゃくちゃ軽い。
「リキシャは100キロもあるんです。それにギアがひとつしかない」
 僕は肩をすくめて説明する。彼らとならリキシャで坂道を上る辛さをシェアできると思ったからだ。
「自転車は体にえぇよ。運動したあとやったら何を食べてもうまい。山の空気も海の空気もうまい」
 その通りだ。メタボが気になる人はスポーツクラブに行くより自転車を漕ぎましょう。その方が経済的だし。まぁリキシャを漕ぐ必要はないけどね。

 国道378号線では、たくさんの人から食べ物、飲み物をいただいた。中でも圧倒的に多かった柑橘類で、ポンカン、伊予柑、甘夏、デコポン、その他名前もよくわからない様々なミカン類を次々ともらった。味も食感もそれぞれに違う。酸味が強いものあれば、ものすごく甘いものもある。ジューシーなものもあれば、食べ応えのあるしっかりとした果実を持つものもある。ミカンにこれほどの種類があるとは知らなかった。最終的には大きめのビニール袋からミカンが溢れ出す有様で、「こりゃ一人ではよう食べきれんなぁ」と頭を抱えることになった。

 愛媛といえばミカン。そのイメージは全然間違っていない。いや、我々が想像する以上に「愛媛はミカンの国」なのである。何かあったら「じゃ、ミカンでも」と差し出すのが愛媛の県民性、いや県ミカン性なのである。いっそのことミカンを通貨にしたらいいんじゃないかと思うぐらい。


【収穫のシーズンではないが、ミカンがなっている木もあった】


【ミカンの木を植えるために畑を掘り起こしているおじさん】

 ミカン農園を経営している中村さんからは、(当然ながら)ミカンと缶コーヒーとドーナツをいただいた。中村さんはトラックに牛を4頭積んでいた。
「これから売りに行くんよ。明日になったら屠殺されることが決まってるんよ」
 ドナドナである。自分たちの運命を知っているからなのか、牛たちは興奮して口から泡を吹いていた。
「牛が興奮すると、目の色が変わるんよ」
 確かに牛はビー玉のように透き通った青い目をしていた。牛にそんな習性があるとは知らなかった。
「この牛は『愛媛の絹牛』いうてブランド牛じゃけ、100グラム1000円もするんよ。1頭が100万円。4頭で400万。このトラックより高いかもしれんわ」
 この牛は中村さんの持ち物ではない。彼は農業の傍ら、トラックの運転や公園の掃除などの仕事もアルバイトでこなしているのだ。
「昔は牛も飼ってたけどな、採算が合わんのでやめてしまった。安い輸入牛肉が入ってくるようになって、国産肉は厳しいんよ。デフレ、デフレでな、農業も畜産も難しいわ」
 中村さんは家に40アール(1200坪)のミカン畑を持っている。農業の現状は厳しいが、やりようによってはちゃんと儲けが出る。自分の仕事を誠実にこなすこと。それが中村さんのモットーだ。
「命あるかぎり働き続ける。そう決めとるんよ。僕は64やけど、まだまだ働くよ」


【中村さんのモットーは誠実と正直】


 378号線の双海・長浜間、通称「夕やけこやけライン」はとても走りやすい道だった。海沿いを緩やかにうねりながら進む道路には、愛媛県では珍しく幅の広い遊歩道が設けられているので、リキシャが交通の流れを妨げることがない。
 この道はドライブ、ツーリング、サイクリングに適しているらしく、珍しい大型バイクやクラシックカーに乗った人々とよくすれ違った。なぜかサイドカーを付けた大型バイクも多かったが、もちろんサイドカーには誰も乗っていない。じゃあサイドカーの意味ないじゃん、と突っ込みたくなるのだが、よく考えてみれば僕のリキシャも同じようなものなのだった。


【夕やけこやけラインは緩やかなカーブが続く道】

 昼食は双海にある「さんぺい食堂」でごちそうになった。いかにも古そうな食堂のそばを通りかかったときに、割烹着姿のおばさんたちに「これは何なの?」と呼び止められたのだ。おばさんたちをリキシャに乗せてあげると、それじゃお昼でも食べて行きなさいよ、と店に招かれたのだった。
 「さんぺい食堂」は食堂の看板を出してはいるものの、実際には仕出しの専門店である。食堂はずいぶん前に閉めてしまったそうだ。今日は双海町に住む新婚夫婦がご近所さんを集めて披露会を行うので、朝から62人分の昼食を作っていたそうだ。すべて地元の材料を使った手作り料理なので時間がかかる。朝4時から4人がかりで料理をして、ようやくお昼に間に合ったそうだ。


【さんぺい食堂のおかみさん】

 仕事が一段落し、ほっとしたところで余ったおかずでお昼にでもしましょうか、というタイミングで通りかかったので、本来は宴席で出されるご馳走の数々をいただくことができたわけだ。本当にラッキーだった。
 焼サザエ、子持ちイカの煮物、鯛とヒラメのお刺身、イカのお造り、山菜の煮物などなど。どれも材料がとびきり新鮮だし、味付けもシンプルで家庭的。腹が減っているものだから、遠慮なんかせずにばくばくといただいてしまった。あぁ美味しかった。



 食後は4人のおばさんたちと一緒にお茶を飲みながらテレビで「NHKのど自慢」を見た。毎週欠かさず見ているのだそうだ。僕自身は「のど自慢」を見るのは数年ぶりで、まだ番組が続いていることに(そしてまったく同じスタイルであることに)軽いショックを覚えたのだけど、侮るなかれ地方には彼女たちのような「のど自慢ファン」がおおぜいいるのである。偉大なるマンネリ。
 今日のゲストは坂本冬美と鳥羽一郎。
「鳥羽一郎かぁ。私は嫌いやなぁ」
 といきなり辛口の意見が飛び出す。鳥羽一郎と言えば「海の男」なのに、漁師町で支持されていないのはなぜだろう?
「それじゃ誰のファンなんですか?」
「氷川くんやねぇ。氷川きよし。コンサートにも4回行っとるんよ。でも最近あんまりテレビで見かけんようになったけん、人気が落ちとるんやないかと心配しとるんよ」


【さんぺい食堂で働く双子のおばさん。「仲は良いんですか?」と聞くと「しょっちゅう喧嘩しとるよ」とのこと】

 「さんぺい食堂」をあとにして、378号線をさらに進む。八幡浜市に入るためには大きな山を二つ越えなければいけない。急な上りとトンネル、少し下ってまた上りとトンネルの繰り返し。
 トンネルはどうも苦手である。照明のオレンジ色のトーン、何倍にも反響して耳に届くトラックのエンジン音、低い天井と迫り来る壁、よどんだ空気。背後から大きなカマを手にした悪魔がゼーゼー息を切らせながら迫ってくるような不気味な怖さがある。走っていると嫌な汗をかいてしまう。一刻も早く抜け出したいと思う。けれど焦りは禁物だ。キープレフトを守りながらあくまでも慎重に進まなければいけない。


【これは歩行者と自転車専用のトンネルなので安全だ】


 最後のトンネルを抜けると、八幡浜の港まで一気の下り坂。八幡浜は周りを山に囲まれた港町で、山肌には隙間なくミカンの木が植えられている。秋には山が一斉にミカン色に輝いて、それはそれは美しい光景なのだそうだ。
 八幡浜は小さな町なので、港にはものの5分で着いてしまう。別府行きのフェリーは17時25分発。あと15分で出発なので、大型トラックが次々と乗り込んでいる。今夜は八幡浜に一泊してもいいかなとも思っていたのだが、下り坂の「勢い」を借りてこのままフェリーに乗ってしまうことにした。

 ちょうど2週間で四国を横断した。
 これから九州を南下する旅が始まる。


【八幡浜と別府を結ぶフェリーの船上。甲板で語らうのはスイス人のエイドリアンと彼のお父さん。二人で日本を旅しているそうだ】


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本日の走行距離:63.7km (総計:464.8km)
本日の「5円タクシー」の収益:5250円 (総計:11001円)

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by butterfly-life | 2010-03-15 19:17 | リキシャで日本一周


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