28日目:うがみんしょーらん(鹿児島県奄美大島)
 奄美の天気予報は当たらない。昨日知り合ったサーファーの若者からそう聞いていたが、本当にその通りの一日になった。
 午前中は激しい土砂降りの雨。これではとてもリキシャを漕げないので、ホテルのロビーで待機する。11時頃になってようやく雨が止んだのだが、それからも雨が降ったり止んだり、強い風が吹いたり止んだり、目まぐるしく天候が変わった。


【ホテルで働きながらサーフィンをしている若者。今日の波はいまいちだったそうだ】

 サトウキビ畑を貫く一直線の道を走っていると、古い自動車を運転したおじさんが「ちょっと、ちょっと」と言いながら車から降りてきた。
「そ、そ、それはあんたの三輪車かいのー?」
 おじさんは眼鏡の奥で細い目をしばたたかせながら言った。ずいぶん興奮しているみたいで、口の端から白い泡を吹き出している。
「そうですよ。これで日本を縦断しているんです」
「わ、わ、わしもなー、実は三輪車で日本を一周しようって思てんのよー」
 ほ、ほ、ほんとですかー、とつられそうになってしまった。これほどコテコテの大阪弁を話す奄美の人も珍しい。関西出身なのだろう。
「わしの三輪車っちゅうのは、あんたのと違ってな、電池が付いとるんよ。でもペダルを漕がんと動かんのや」
「電動アシスト?」
「それや! わしはもう70やから、あんたみたいな元気はないの。でもな、日本一周ちゅうんが昔からの夢なんよ」
「その車があるじゃないですか?」
 僕はおじさんの古い車を指さして言った。黄色に塗られたニッサンの自動車。あちこち痛んでいるのか、銀色のテープを貼って補修している。
「こ、こ、これはな、今月末で廃車。もう車には乗らん。というのもな、エコなんや。ち、ちきゅうがやばいことになっとるんやな。あんたも知ってるやろう? 地球がぬくなってるのは自動車がガソリンを燃やしすぎるからや。わしもこの車に22年乗っとるけどな、もうお別れ。これからは自転車に乗る」
「あの、おとうさん、車のエンジン止めた方がええんと違いますか?」
 僕は試しに言ってみた。さっきから車のアイドリング音が気になっていたのだ。
「あれはかまへんのや」
 とおじさんは一蹴した。あらら、そうなの。
「つまりな、問題はエコなんや。だからわしは三輪の自転車で日本を旅する。原点に戻るためや。昔はみんな人力で移動しとった。そうやろう? それが石油を掘り当てたおかげで、みんなそれに頼った生活を送るようになってしもた。それが全ての問題のおおもとにあるんや。わしはこの旅でそれを訴えよう思とるんよ。あんたもそうと違うんか?」
 僕は今回のリキシャの旅で、環境問題を声高に訴えるつもりはない。僕は自動車よりも自転車の方が好きだし、健康的な乗り物だと思っているけど、リキシャはまた別物である。車よりもリキシャの方がすばらしいなんてとても言えない。雨にも風にも弱く、きわめて不便な乗り物であることが痛いほどわかっているからだ。
「ま、あんたはあんたのやり方でやればええわ。人それぞれに目的は違うからかまへん。でもわしはエコを訴えるんよ、三輪車でな」
 おじさんは生まれも育ちも大阪だったが、60を過ぎた頃に奄美に移住することにした。祖父が奄美の人間だったからだ。以来、サトウキビを作っているが、ここのサトウキビ農業のあり方には大いに疑問を持っている。サトウキビは実勢価格の4,5倍もの値段で買い取られており、補助金目当ての農業に成り下がっているからだ。
 強い風が吹くサトウキビ畑のそばで、僕らは1時間ほど立ち話をした。おじさんはいったん話し出すと止まらないタイプで、口から泡を飛ばしながら自分の半生や環境問題に対する自説を熱っぽく語った。僕は人の長話を聞くのが決して嫌いではないのだが、ずっと車のエンジン音のことが気になって仕方なかった。
 結局、エコを語るおじさんの車のエンジンは、1時間ずっとアイドリングし続けていたのだった。それでほんまにええの?


【サトウキビ畑】


【中学校の野球部のメンバー。みんな丸刈りにヘルメットです】

 奄美大島でのサトウキビの収穫時期は1月から3月なので、今は島中の大型トラックがフル稼働で畑と製糖工場のあいだを往復している。サトウキビは収穫してからすぐに加工しないと腐ってしまうので、農家ごとにいつどれだけ収穫するのかの割り当てが決められている。
 トラック運転手のおじさんはかつて京都で働いていたのだが、やっぱり都会よりも島の方がいいと戻ってきたUターン組である。
「ここはほんとにのんびりしとるでしょう。今は収穫時期やから忙しいけど、一年の半分は暇になるんよ。そのときは海で魚を捕ったりしとる。ここの海なんて『いけす』みたいなもんよ。素潜りで銃を使ったらブダイなんかがすぐにとれる。仕事で漁をしてるわけやないから、売ったりはせんよ。自分たちで食べるか、欲しい人に分けるかするだけ」
 島で出会う人の多くが、いくつかの仕事を掛け持ちしていた。半農半漁、大工と農家、トラック運転手と漁師。常にひとつの仕事、ひとつの肩書きで暮らすのが当たり前になっている都会のサラリーマンには想像しにくいことだけど、農業や観光業などの季節変動の大きな仕事をしている人にとっては兼業が当たり前なのである。


【バンダナがよく似合っていたトラック運転手のおじさん】


 名瀬に戻ってから、地元ラジオ局「あまみエフエム」の番組に生出演した。昨日、たまたまリキシャの姿を見かけたラジオ局のスタッフから「もし暇があったら出演してください」と頼まれていたのだ。生の情報番組の開始は夕方6時。僕がラジオ局の前に到着したのは5時50分。息つく間もなくすぐに本番が始まった。
 「あまみエフエム」は電波が届く範囲の限られたコミュニティーFMだが、意外にも広いオフィスときちんとした収録スタジオを持つプロの現場だった。パーソナリティーの米澤さんもディスクジョッキーらしいはきはきとしたしゃべり方で番組を進行していく。
「よねや、うがみんしょーらん!」
 という挨拶で番組がスタート。これは奄美の方言で「こんばんわ」を意味しているのだそうだ。地元の人同士が奄美の方言を話していると、僕にはまったく意味が理解できない。最初に聞いたときは本当に驚いた。イントネーションとか言い回しの違いというレベルを超えているのだ。「方言」ではなく「外国語」と言った方が近いのかもしれない。これならまだネイティブの話す英語の方が理解できる。
 しかし若い世代ではこの奄美方言を話せる人が激減している。父親と祖父が話している会話を孫が理解できないということが実際に起きているのだ。このままでは独自の言葉が滅んでしまう。言葉が滅びるということはひとつの文化が滅びるということ。それではいけないと、ようやく若者にも奄美の言葉を伝える動きが広がっているのだそうだ。
 ラジオ出演は2,3分の予定だったが、そんな短時間でリキシャ旅が語れるはずもなく、10分以上べらべらと喋った。考えてみたらラジオ出演は生まれて初めての経験だったが、とても楽しかった。高校生の頃、夜中に「オールナイトニッポン」や「ヤングタウン」を聞いていたのを思い出した。
「きばてぃくりしょれよー」
 最後にパーソナリティーの米澤さんが言ってくれた。奄美の言葉で「がんばってね」の意味だ。
 はい、明日もがんばります。
 きばてぃくりしょれよー!


【あまみエフエムのスタジオでパーソナリティの米澤恵美子さんと】


***********************************************

本日の走行距離:38.3km (総計:971.0km)
本日の「5円タクシー」の収益:725円 (総計:20890円)

***********************************************
[PR]
by butterfly-life | 2010-03-30 23:20 | リキシャで日本一周


<< 29日目:ノロに会う(鹿児島県... 27日目:みきと黒糖とトゥクト... >>