43日目:山は生きている(鹿児島県桜島)
 鹿屋市から鹿児島湾に沿って北上し、桜島を抜けて鹿児島市に至るというのが本日のルート。
 国道220号線で山をひとつ越えて垂水市に向かう。
 だらだら続く上り坂をリキシャを引いて登っていると、摘んだばかりの花を手にしたおばあさんに出会った。原田フジさん89歳。息子たちはみんな独立して町に住んでいるので、今は一人暮らしをしている。このあたりは家が六軒しかない過疎地域だが、ご近所さんからいろんなものをもらったり、こちらからあげたりする付き合いがあるから寂しくはない。
「ちょっと待ってなさいよ」
 そう言ってフジさんはひょこひょことした足取りで家に戻り、ビニール袋を抱えて戻ってきた。袋にはバナナ一房、「味噌たん切り飴」一袋、それから何かの薬が入っていた。
「これは痛いところに塗ればいいよ。私もな、腰が痛いときにはこれを塗っとるんだから。今日みたいな暖かい日はいいけどな、冷える日は関節が痛うなるんよ」
「でもこの薬を僕がもらったら困るんじゃないですか?」
「ええよ、ええよ。私はみっつも持っとるから」

 220号線をさらに登っていくと、おばさんたちが畑に芝を植えていた。ゴルフ場や公園などの芝生は、その場で育ったものではなくて、こうした「芝生の畑」で育ったものを移植しているのである。大隅半島は芝の産地として有名で、いくつもの会社が作った芝を全国に出荷しているのだそうだ。
 芝作りはちょっと変わっている。まず芝の元になる根の断片を地面にばらばらとまく。それからトラクターで地面を掘り返して芝と土と混ぜ、それを鉄のローラーで硬く押し固めるのである。すると芝が根を伸ばし、青い草が生えてくる。収穫は1年に2度。1平方メートルあたり300円ぐらいで売れるそうだ。そう言われても高いのか安いのかわからないけど。
「芝はどうやって伸びていくんですか?」
 と僕が訊ねると、ファンシーな日よけ帽を被ったおばさんが笑いながら言った。
「伸びたいときに伸びるんよ」
 放っておいても勝手に伸びるということか。


【畑に芝生をまくおばさん】


【トンボを使って芝畑の土をならしている】


【鹿屋港の漁協で働いていたおばさんたち。甘エビの頭を素早い手つきで取っていく。かき揚げにすると美味しいのだそうだ】

 芝畑のおばさんたちに別れを告げて、坂を一気に下ると海が見えてくる。波のない穏やかな海。鹿児島湾だ。
 空には雲ひとつなく、空気はからっと乾いている。本日は絶好のリキシャ日和・・・と言いたいところだが、それを邪魔するものがいた。火山灰である。
 桜島の火山が活発に噴火し始めたのは去年の10月頃から。この10年ほどは散発的にしか噴火が起こらない休止状態だったのだが、再び目覚めたのだ。
 今日も朝の10時頃に噴火が起こり、西からの風に乗った火山灰が垂水市周辺に飛散していた。「今日はまだマシな方よ」と地元の人が言うように、灰で視界が効かなくなるほどではなかったが、それでも細かい灰が目に入ってきて涙が止まらなくなるのは参った。
 ナビとして使っているiPhoneにも影響が出た。理由はよくわからないのだが、火山灰が飛んでいるときにはGPS機能が使えなくなってしまうのだ。火山灰が電波の受信を邪魔しているのだろうか。「ミノフスキー粒子、戦闘濃度に散布!」みたいなものか?(わからない人ごめんなさい)


【朝の噴火で灰をかぶった自動車】

 この火山灰によって打撃を受けているのが農業だ。手塩にかけて育てた農作物が灰を被って売り物にならなくなる。インゲンを育てている農家のおじさんは憤りを隠せない様子だ。
「灰が降った後に雨が降ると、作物に細かい傷が付きよる。そうするともう商品価値がなくなる。インゲンを育てるにもお金がかかっとるからな。トラクター、ビニールハウス、それに農薬。この薬も一本で7000円もするんよ。これを収穫までに何度も撒かんといかん。野菜の値段が上がっとるってニュースで言うてるけど、農家から見れば全然高くなんかないよ。みんなギリギリでやっとるんやから」
 おじさんはもともとサラリーマンをしていたのだが、5年前に親の土地を譲り受けて農業を始めた。しかし規模が小さいのでなかなか生産性は上がらず、収入は月に15万程度。これでは若い人が農家を敬遠するのも当然で、このあたりでは農業の担い手のほとんどが60歳以上だ。
「いっそのことドーンと大爆発してくれた方がええんよ」
「大爆発?」
「そうよ。桜島は一度大爆発すれば、そのあとはしばらくおとなしくなる。でも今みたいにチビチビと噴火しとるような場合は、この状態が何年も続くんよ。それが農家にとっては一番困る」
 これまでにも桜島はたびたび大噴火を起こしてきた。1985年にピークに達した大噴火では、噴石で窓ガラスが割れたり、火山灰で車が滑って交通事故が起きたりといった被害が相次いだが、それも1990年代に入ってからは収まり、長らく火山活動は休止状態に入っていた。
「今回の噴火がいつまで続くのか誰にもわからん。地震の予測と同じでなかなか当たらんのよ。あんた、桜島をその自転車でどこかへ引っ張っていってくれよ」
 おじさんは少々投げやり気味に言った。リキシャで引っ張るのは構いませんが、どこに持って行けばいいんでしょうか。




【垂水から桜島を望む】

 220号線をさらに北に進むと、いよいよ桜島に入る。もともと桜島はその名の通り「島」だったのだが、大正3年(1914年)の大噴火で流れ出した溶岩によって大隅半島と地続きになった。島の南東部は大正の大噴火で生まれた新しい土地なので人家は全くなく、龍の肌のようにゴツゴツとした溶岩が連なるばかり。溶岩の割れ目から松の木が伸びる特異な光景が続く。

 本日二度目の噴火が起きたのは、ちょうどリキシャが火口の正面にさしかかったときだった。山頂よりもやや下の火口からもくもくと噴煙が上がってくるのが見えたので、慌ててリキシャを止めた。まるで煙それ自体が生きて意志を持っているかのような不気味な動きだった。噴煙の広がりは予想以上に早く、吹き上げてからわずか5分で空の半分が煙で覆われてしまった。空は一気に暗くなり、光がオレンジ色を帯び始める。少し肌寒くなったようにも感じる。







 もっと噴け、噴き上がれ。
 不謹慎にも心の中でそう叫んでいた。農家のおじさんたちの苦労話を聞いた後だったから、この火山灰が農作物にどういうダメージを与えるかは知っていたのだが、火山が持つ圧倒的な力を目の前にした興奮はとどめようがなかったのだ。地球的規模のエネルギーの噴出。一瞬で辺りの景色を一変させてしまう力。
 この山は生きている。
 そう思った。
 昔の人もきっとそう感じたことだろう。

「雨と同じよ。誰にも止められん」
 堤防の先で毎日桜島を眺めている90歳のおじいさんは言った。
「火山さえなけりゃ、老後をのんびり過ごすのにはいいところなんやけど」
 灰がたくさん降る日もあれば、まったく降らない日もある。しかし火山は(少なくとも人間的スケールから見れば)ほぼ永遠に存在する。ならばそれと折り合いを付けながら、気長に付き合っていくしかないのかもしれない。



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本日の走行距離:54.4km (総計:1328.0km)
本日の「5円タクシー」の収益:655円 (総計:22800円)

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by butterfly-life | 2010-04-22 13:10 | リキシャで日本一周


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