54日目:干拓地の農業(熊本県八代市)
 八代市西部の海沿いに広がる平野は、江戸時代から進められた干拓地だ。長い堤防を築いて砂浜を仕切り、広い農業用地を造りだした。
 ほぼ海抜ゼロメートルの平坦な道のりは、リキシャで走るのにはうってつけだ。バングラデシュを走っていたときは、こうやってすいすいと進んでいたものだった。日本縦断の旅をはじめてからはアップダウンの連続にすっかり慣れてしまったが、リキシャがそのポテンシャルを十分に発揮できるのはこのような土地なのである。

 干拓地では野菜や果物のハウス栽培が盛んだ。トマトやキャベツやレタスなどを冬場に出荷している。
 僕がたまたま通りかかったハウスではメロンを栽培していた。夕張系のレノンという品種で「うまかメロン」というブランド名で東京でも売られているという。メロンは植えてから110日で収穫が可能になる。今日は60日目で、余分な実を取り除く作業をしているという。ひとつの蔓に二つのメロンだけを残して、あとは切ってしまう。そうやってひとつの果実に養分を集中させるわけだ。
「メロン栽培で一番大変なんは温度管理ですね」と農業法人TAC八代の代表・野田さんは言う。「メロンは常に25度に保つというのが基本です。だから天候を見て、毎日ボイラーやハウスの調整をしてやらないといけないんです」


【まだ小さいメロン。これから50日かけて大きく成長する】


【蒸し暑いハウスの中で実の選別作業をする】

 ビニールハウスの中はむっとする暑さだった。湿度が高く風がないので、温度計以上に暑く感じる。夏場になれば40度近くまで室温が上がるというから大変である。
 野田さんの会社はこのあたりでもかなり規模が大きな方で、30人の従業員を抱えて、様々な野菜や果物を作っている。従業員の中には6人の中国人も混じっている。農業研修生として中国の田舎から働きに来ている女性たちである。
「日本の若いもんはなかなか農業をやりたがらない。だから中国人に頼らざるを得ないところはあります。でもこの不況で若い人の意識もだいぶ変わってきましたね。今年も大学卒の新人が入ってきたところですわ。まぁ今は研修期間で、使い物になるかどうか見ているところですけど」
 広い干拓地を有している八代は大規模な農業経営が行える条件が整っているので、野田さんのように法人化して合理的な農業を行う人も多い。
「農業は自然が相手やから、どうしても不安定になるんです。今年豊作でも、来年そうなるとは限らない。だから規模を大きくすることでリスクヘッジをしているんです。個人経営だと一度の不作で借金を抱えて立ちゆかなくなってしまう」
 野田さんには新たに農業を目指す人を増やすためにも「農業が儲かるようにしなければならない」という信念がある。趣味で田舎暮らしをやる人が集まるだけでは、日本の農業に未来はない。しっかりと働いてその分の対価をもらえるような農業経営をしていかないといけない。
「うちの社員には年収1000万円を目指せ、と言っているんです。もちろん可能ですよ。やる気とアイデアさえあればね。今は熊本の農業は元気がないんです。鹿児島、宮崎あたりは活気がある。それを見習わんといけないんですよ」


【真ん中が社長の野田さん】

 八代干拓地で主要作物として植えられているのが、畳の材料になるイグサである。八代地方だけでイグサの国内生産量の8~9割を占めている。しかしフローリングやカーペット敷きの家が増え、畳の需要が大きく落ち込んだことと、中国産の安いイグサが入ってきたことが重なって、イグサから他の作物に切り替える農家も増えているという。
 イグサは12月に植え、8月に収穫する。収穫が終わると農家が自分の家で畳表を作り、それを仲買倉庫に持ち込む。最盛期の昭和30年頃にはこの倉庫に畳表が数千数万枚と積まれ、入りきらないものは倉庫の外に並べられたというが、今やその面影は全くない。巨大な倉庫に積まれた畳表はごくわずかで、管理をしているおじさんが所在なげにたたずんでいた。
「畳表の卸値は1900円ぐらい。でも何年か前までは2500円ぐらいやったよ。不況と輸入品のせいで値段が下がっとるからね」
 かつての栄光を知るおじさんは少し寂しそうに語った。


【倉庫の中はがらんとしていた】

 干拓地北部で出会ったタバコ農家のご夫婦も、12年前まではイグサを作っていたという。タバコの生産はJTと直接契約を結んで行うものなので、管理にはとても気を遣う。
「使う農薬の種類も量も、全部JTが決めたとおりにやらんといかんのよ。もし契約の通りにやらなかったらペナルティーがある。ときどきJTの社員が抜き打ち検査にやってくるんよ。だから嘘はつかれん」
 二人は「AP-1」というタバコ専用の作業車に乗って「脇芽」を殺す作業をしていた。タバコの株から余分な芽が出てくると成長が遅くなるので、ひとつひとつ農薬をかけて潰していくのだ。
「タバコって頭のいい作物よ」と奥さんが言う。
「頭がいい?」
「昼間はこうして葉を広げているけど、夕方になって気温が下がってくると、葉をぎゅっと閉じて芽を守ろうとするんよ」


【キャタピラー駆動の作業車に乗って仕事をする】

 畳ほどではないが、タバコも需要の減少に直面している。喫煙率は下がり、タバコの値段は年々上昇しているからだ。先日も一箱100円以上の値上げが発表されたばかり。愛煙家にとってもタバコ農家にとっても、未来はあまり明るいものではなくなっている。今のところタバコ農家への直接的なダメージは少ないようだが、これから先厳しくなることはご主人も覚悟している。
「以前に比べると、タバコの葉そのものに含まれているニコチンの量が減っているんよ。収穫の時期を遅らせて、葉を熟させるとニコチンが減る。JTがそういう葉を作るように指導しているんよ。葉以外に混ぜる薬にも発がん性のあるものを使わんようになったし、タバコの危険はずいぶん少なくなったはずよ」
 へぇ、JTがそんな工夫をしているなんて知らなかった。ニコチンの少ないタバコねぇ。でもそもそもタバコってニコチンを摂取したときの快感を得たいがために吸うものなんじゃないのだろうか。
「あんたはタバコ吸うの?」とご主人が言った。
「いや、僕は吸わないんです。ご主人はもちろん吸うんですよね?」
「あ、私も吸わんのよ・・・」
 ご主人はちょっと申し訳なさそうに言った。
「タバコを吸わないタバコ農家もいるんですね」
「まぁ、私の場合は12年前からタバコ生産に切り替えたから。もともとタバコとの相性がよくなかったみたいで。さすがにタバコ農家の集まりのときには肩身は狭いけど、これも生活のためやからね」
 ご主人によればJTの社員はみんなタバコを吸うのだそうだ。禁煙が許されていないのかどうかは知らないが、タバコ会社の社員が禁煙を宣言するのは、トヨタの社員がホンダ車に乗るぐらいの喧嘩の売り方だろうと想像する。



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本日の走行距離:47.6km (総計:1644.0km)
本日の「5円タクシー」の収益:10円 (総計:24925円)

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by butterfly-life | 2010-05-02 09:03 | リキシャで日本一周


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