62日目:潮騒が聞こえるパン屋(山口県防府市)
 宇部市から瀬戸内海沿いを通って防府市まで行くのが今日の予定。40キロほどの道だし、山越えでもないから楽ちんだ。そう思っていたのだが、その期待は見事に裏切られてしまった。
 天気予報は夜から雨になると言っていたのだが、朝からぱらぱらと雨が落ちてきたのだ。さらに予想外の強い向かい風に行く手を阻まれる。
 雨と風には弱いんですよぉ、勘弁してくださいよぉ、とぶちぶち文句を言いながらペダルを漕ぐが、もちろんそのような愚痴が聞き届けられるはずもなく、午後からさらに風と雨が強まっていった。
 特に大変だったのが周防大橋。全長1080mの海上に架かる橋の上では、突風と言ってもいいほどの強風が吹き荒れ、その風圧をまともに受けたリキシャを前に進めるのに全身ありったけの力を総動員しなければいけなかった。隔てるもののない場所では、風は何倍にも強くなるのですね。ひとつ勉強になりました。

 白土海水浴場から細い道を東に進んだところに、ひょっこりとパン屋さんが現れた。天然酵母パン「みなみ風」という看板が見える。へぇ、こんな不便な場所にパン屋があるんだなぁと思いながら通り過ぎようとすると、ちょうど店から出てきたおばさま三人組に捕まった。
「あなた昨日、下関の辺を走っていたでしょう?」
 ひとりのおばさまがリキシャを車で追い抜いたらしい。
「これで日本縦断? それは大変ねぇ。じゃ、今買ったばかりのパンをあげるわね。お昼に食べてちょうだい」
「それじゃ私も」
「私もひとつ」
 たちまちベーグル2つとよもぎあんパン1つが集まってしまった。なんだか托鉢をしている僧侶みたいだった。
 それからおばさんたちに連れられて、パン工房「みなみ風」にお邪魔することになった。「みなみ風」はこじんまりとした店舗の隣に美しい庭が広がる、雰囲気の良いパン屋だ。美しい藤棚の下で買ったばかりのパンを食べながらティータイムを楽しめるという趣向だ。



 ご主人と奥さんがこのお店を始めたのは1年前のこと。もともとご主人は東京でサラリーマンをしていたのだが、都会でのストレスフルな生活に別れを告げるべく早期退職を決意。奥さんの実家でもあるこの地にパン屋を開くことにしたという。
「店がやっと軌道に乗ったのは今年の春ぐらいからですよ。何しろこのロケーションでしょう。場所を知っている人でも道に迷うぐらいで、通りかかった人が立ち寄ることはまずないんです。口コミの広がりを待つしかなかったんです」
 ちょうどお昼時ということもあって、店にはお客さんが次々にやってきた。三人の子供を連れたお母さん、マイバッグを腕に下げた女性、知り合いらしい近所のおじさん。雨の日なのにとても繁盛している様子だ。さっそく僕もベーグルを食べてみたが、膨張剤を使っていないので小麦の味がとても濃くて、食べ応えがあった。
「天然酵母のパン作りはとにかく手間暇がかかるんです」とご主人が言う。「毎日4時半に起きて仕込みを始めないと間に合いません。そうですね、サラリーマン時代も忙しかったけど、今も決してのんびりとはできません。でも体を動かしているから、夜はぐっすり眠れるんです。昔は夜中に目が覚めて、明日やらなくちゃいけないことを思い出してしまって、そのまま寝付けないこともあったんだけど、今はそういうことはありません」

 この店では小麦粉をはじめとする素材も質の良いものを使っているから、利幅は少ないという。サラリーマン時代と比べると時給は何分の一でしょうねと、ご主人は笑う。それでも誰かに喜んでもらえるものを作るのは楽しい。夫婦二人が食べていけるだけの売り上げさえあれば、これ以上規模を大きくする必要もない。
「学校帰りの子供たちがパンを買っていくこともあるんです」と奥さんが言う。「どこで食べるのって聞くと、海岸で食べるんだよって言うんです。いいですよね、海でパンを食べるなんて。ここは生活するのにはいいところですよ。野菜なんて旬のものしか食べないし、魚市場に行けば新鮮な魚が手に入るし」

 海の音を聞きながら、庭でお茶をいただいた。潮の香りが風に運ばれてくる。カランカランという外国製の風鈴の音がする。穏やかな海辺の午後が楽しめるパン屋。
 都会では味わえないものに囲まれて、二人の「第二の人生」は幸先の良いスタートを切ったようだ。


【お庭で楽しむティータイム。奥さんから庭先で摘んだばかりのサクランボをいただいた。小粒だが美味!】

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本日の走行距離:48.8km (総計:1997.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:32315円)

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by butterfly-life | 2010-05-09 21:29 | リキシャで日本一周


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