88日目:紅茶工場の秘密(静岡県磐田市→藤枝市)
 磐田市から国道1号線を通って袋井、掛川を目指す。
 掛川市では白い車に乗った「ヤクルトのおばさん」のお姉さん(という言い方も変だが)から、「はい、これ飲んでね」とジョアを渡された。ヨーグルトの酸味が体に染みる。くー。
「これ飲むとね、いいことありますよ」
 と「ヤクルトのおばさんのお姉さん」は言う。
 はい、その通りです。皆さん、朝にはヤクルトを飲みましょう。

 国道1号線沿いのガソリンスタンドでは、犬二匹を抱えたおばさまをリキシャに乗せた。普通、犬はリキシャを見ると警戒して吠えまくるものなのだが(これまでに何百頭、いや何千頭の犬に吠えられたことか)、この二匹アイちゃんとラブちゃんはむしろ好奇心をあらわにして、リキシャの周りを駆け回るのだった。まことにお利口な犬である。
「40年もここでガソリンスタンドをやっていると、いろんな人に会うなぁ」
 とご主人は言う。その昔、リアカーを引いて横浜から京都まで行くというお坊さんが通りかかったことがあったそうだ。そのときお坊さんが置き忘れた財布を届けてあげて以来、毎年交流が続いている。袖触れ合うも多生の縁。

 掛川から金谷までは、ひたすら上り坂が続く難所だった。特に日阪を過ぎてからは急カーブの峠道を進まなければいけなかった。国道1号線のバイパスは自転車と歩行者(もちろんリキシャ)が走れないのだ。茶畑とラブホテルしかない寂しい峠道を汗をかきながら一歩ずつ上っていく。眼下のバイパス道が恨めしい。くっそー、あそこを走れたら楽なのに。そう思うが、思ったところでどうにもならない。

 金谷から一気に坂を下って島田市に。そこから平坦な道を東に進んで藤枝市に入る。藤枝市では市街地から10キロほど山の中に入ったところにあるお茶農家の杵柄さんの家に泊めてもらうことになっていた。お茶の収穫と加工をしているから見に来ないかと誘われたのだ。

 静岡といえばお茶、お茶といえば静岡、というぐらい有名な静岡茶だが、その中でも藤枝市の山間部でとれるお茶は質が良いことで知られている。茶の栽培に適しているのは川を中心にして急斜面が迫っている場所だと杵塚さんは言う。それは日本にはじめて茶の木をもたらした日本臨済宗の開祖・栄西が残した言葉なのだそうだ。
「霧が立つような場所、日照時間が短い場所が茶葉の生育には適しているんです。直射日光にさらされる時間が少なくなると、お茶の葉が薄く柔らかくなる。すると味が繊細で香りが複雑なお茶ができるんです」
 スリランカやバングラデシュを旅したときにも茶畑を目にする機会があったが、やはりここと同じような急斜面だった。直射日光を避けることと、寒暖の差が激しいことが質の良いお茶が育つ条件なのだ。



 杵塚さんは34年前から無農薬のお茶作りを始め、それを直接消費者に販売する仕組みを作った。市場を通さないことで卸値を仲買人の都合で決められることがなくなり、農家は質が良く安全なお茶を作ることに専念できる。価格競争に巻き込まれずに済むわけだ。
 杵塚さんは10年前から紅茶の生産にも乗り出した。もちろん主力はいまでも緑茶の生産と販売なのだが、それだけだと需要が先細りしていくのは目に見えている。消費者の嗜好も変化しているからだ。そんなわけで自宅の隣に紅茶専門の工場を建てることにしたのだが、最初に直面したのは日本で紅茶の加工技術を持っている人が誰もいないという現実だった。
 今、日本で飲まれている紅茶のほぼすべてはスリランカやインドなどの外国産だ。実は紅茶も緑茶も同じ茶葉を使って作るものだから(発酵させるかさせないかが両者の違い)、日本でも作ろうと思えば紅茶を作れるのだが、それをしてこなかったのは人件費の安いアジアで大量生産されている紅茶と価格競争をしてもかないっこないと考えられてきたからだ。
 だから杵塚さんはまずスリランカの紅茶工場に行って、本場のやり方を学ぶところから始めた。紅茶の製造機械もスリランカの工場にあった中古品を譲ってもらって、わざわざ日本に運んできた。



 紅茶工場は二階建てで、バスケットボールのコートぐらいの広さがある。二階で行うのは「萎凋(いちょう)」と呼ばれる行程だ。萎凋とは刈り取ったばかりの茶葉を並べて、風を送りながら乾燥させること。これを20時間ほど行うと茶葉の重量は半分になり、文字通り葉が萎れてくる。
 萎凋が終わると、茶葉をベルトコンベアーで一階に運び、「揉捻(じゅうねん)」を行う。これはローリングマシーンという回転機械を使って、茶葉を揉む行程だ。茶葉に傷をつけることによって、細胞の中の発酵酵素を活性化させる。
 第三の行程は発酵。揉捻が終わった茶葉を1時間半ほど別室に置き、発酵を進める。紅茶独特の香りが生まれるのがこの行程だ。
 そして最後に茶葉を乾燥させる。二種類の乾燥機を使って、摘み取った直後の4分の1の重量になるまで茶葉を乾燥させる。これで完成。ブラックボックスのようなものは一切ないシンプルな工場だが、ちょっとしたやり方の違いで味が大きく変わってくるので、機械任せにしておくわけにはいかない。
「私が一番重要だと思うのは、最初の萎凋なんです」
 と言うのは杵塚さんの長女・歩さん。彼女がこの紅茶工場をほぼ一人で切り盛りしている。
「萎凋がうまく行くか行かないかによって、紅茶の出来が大きく左右されるんです。温度と湿度によって茶葉の乾き方は変わってきます。特に梅雨時は湿度が高いからなかなか乾燥してくれない。やり過ぎるとパサパサになって発酵が進まない。どこで萎凋をやめるかが難しいんです」
 歩さんは「美味しい紅茶を作るコツは掃除すること」だという。これは彼女のアイデアではなくて、スリランカ人の職人からの受け売りらしい。実際、機械の手入れや掃除を怠るとお茶の味が格段に落ちるという。細かいところまで丹念に掃除してやること。「紅茶工場の秘密」は案外地味なものだった。
「紅茶作りはもう10年やっているけど、毎年新しい発見があるんです。たとえば以前は発酵を止めるタイミングを温度計を見て決めていたんだけど、今は匂いの変化で決められるようになったんです」


【収穫したばかりの茶葉を萎凋機の前に並べる】


【紅茶工場は独特のかぐわしい香りに包まれていた】


 紅茶工場の繁忙期は1年のうち3週間ほどと短いが、そのあいだ歩さんは朝から夜遅くまで休みなく働く。目を覚ますのは早朝3時半。いくら「農家の朝は早い」とは言っても、この時間から起きている人は珍しい。茶畑の手入れ、雑草取り、露払い、茶葉の収穫、工場の稼働。やるべきことが山のようにあるので、数時間しか眠らずに次の朝を迎えることもあるという。まさに茶畑の「はたらきもの」だ。
「スリランカやインドの紅茶農園にはすごくたくさんの人が働いているじゃないですか。ここと同じ規模の工場でも5,60人は働いているんですよ。でもここは基本的に私一人で全部を見なければいけない」
「50人分の仕事をたった一人で?」
「そうなんです。機械の自動化を進めたり、行程を工夫したりして、何とか一人でも回せるようにしたんです。スリランカ人に言っても全然信じてもらえなかったけど」
 と歩さんは笑う。スリランカ人もびっくりの働きぶり。もちろんインドでもスリランカでも工場の自動化を進めれば労働者の数を減らすことは可能だ。しかしそれをやれば食いっぱぐれる人が大量に出てしまう。何よりもこれらの国々では自動機械を導入するより人を使う方がはるかに安いのだ。安い人件費は紅茶の価格にも当然反映されているわけだが、それでも杵塚さん一家が国産紅茶にこだわるのは、日本人の嗜好に合った紅茶が作れるという自信があるからだ。
 スリランカやインドで作られる紅茶はミルクティーで飲まれることを前提としているので、味が強い。苦みと渋みが前面に出てくる。でも日本人は緑茶と同じように紅茶をストレートで飲む人が多く、そういう人は強い味よりも繊細な味、渋みよりも甘みを求める傾向があるという。藤枝で採れた茶葉は繊細で甘みがある。実際、お客さんからは「砂糖を入れなくても甘く感じる紅茶」という評判をもらっている。



 歩さんの経歴はユニークだ。お茶農家の長女として生まれたものの、10代の頃は農業を継ぐつもりはまったくなかった。子供の頃から生まれ育った田舎を出て、別の世界を見てみたいという強い思いに駆られていた。アメリカの名門カリフォルニア大学バークレー校に進み、カウンセラーになるつもりで心理学と社会学を勉強した。しかしインターンで行った州立病院で精神医学の現実を知る。そこには犯罪者や精神病患者が収容されていて、患者の大半はまともなカウンセリングなどほとんど受けないまま薬漬けにされていたのだ。
「その病院の患者は社会の最底辺で生きてきた人々で、幼い頃から虐待を受けてきたり、貧困にあえいでいる人たちばかりなんです。そういう人こそカウンセリングが必要なはずなんだけど、現実はそうはなっていない。カウンセリングを受けられるのは、お金に余裕があって家族の支えが得られる人だけなんです」
 自分が学んできたことで本当に人が救えるのかという疑問に苛まれていたとき、歩さんは故郷に戻って紅茶工場の仕事を手伝う機会を得た。子供の頃にはやるつもりのなかった農業の違う側面が見えてきたのは、そのときだった。
「4月下旬の新茶の収穫時期になると、70才、80才のお年寄りが茶畑を走り回るんです。すごいですよ。普段はよぼよぼで腰も曲がっているようなおじいちゃんおばあちゃんが目を輝かせて働いている。お茶は一年で三回収穫できるんですけど、なんといっても新茶が一番質がいいし、収入も多いんです。だから新茶の季節はみんな大忙しで働いている。それがね、とっても輝いて見えたんです。農の力ってすごいなって思ったんです」


【本日収穫したのは新茶の遅れ芽。これを紅茶に加工する】



 翌日、歩さんの案内でお茶の収穫の様子を見せてもらうことになった。茶畑は小高い山の斜面にある。軽トラの荷台に刈り取り機と相棒の犬を乗せ、曲がりくねった細い農道をゆっくりと上る。空は高気圧に覆われてぱりっと晴れ渡っている。さわやかな青空の下、茶畑の緑のラインがうねりながら続いている。絵に描いたような茶摘み日和だ。
 歩さんは腰の高さまで伸びた茶畑の中を歩きながら、生えてきた雑草を一本ずつ手で抜いていく。雑草には小さなカマキリがくっついていた。よくよく顔を近づけないとわからないぐらいのか細い虫だ。



「このカマキリはお茶の木に寄生する害虫を食べてくれるんです。テントウムシと同じ益虫です。ここでは農薬は一切使わかないから害虫も発生するんだけど、こうした益虫がいるからひどい被害にはならないんです。農薬を使うと一時的に害虫はいなくなる。でもカマキリのような益虫も同時に殺してしまうから、次に害虫が大発生したときにその増殖を止めるものがいなくなってしまうんです。結果的にもっと多くの農薬をまくことになる。悪循環です。大切なのは生態系のバランスを保つことなんです」
 もちろん無農薬・有機農業はそう簡単に実現するものではない。杵塚さんが34年前に始めたときも、最初は失敗続きだった。農薬に「慣らされている」畑でいきなり無農薬栽培を行おうとすると、必ず害虫の大発生悩まされることになる。アトピー性皮膚炎の患者がステロイド剤の使用をやめるときにリバウンドに襲われるのと同じ理屈だ。しかし時間はかかっても畑自体を「健康体」にしてやれば、害虫や病気に強くなり、農薬をやる必要もなくなる。
「昔から農家をやっていた人たちの知識の蓄積って本当にすごいんです。たとえばミカンの木の根元にはコンニャクを植えればいいと昔から言われているんですけど、それは日陰を好むコンニャクの性質を利用したものなんです。コンニャクを固めるときに使う草木灰(そうもくばい)も不思議ですよね。あんなものをコンニャクに混ぜて食べようだなんて最初に思い付いた人ってすごい」


【現代の茶摘みはこのような専用の機械で行う。よくニュースで目にする手摘みはテレビ用のパフォーマンスである】

 藤枝のお茶農家もご多分にもれず高齢化と後継者不足に悩んでいる。年寄りだけでは手入れができないからと耕作放棄された茶畑も多い。後を継ぐ人間がいないので、昔からの農家の知恵が途絶えようとしている。そのことに歩さんは強い危機感を持っている。
「私は百姓になりたいんです」
 歩さんが足下にまとわりつく愛犬を撫でながら言う。
「百姓って言葉の語源はいろいろと説があるらしいんですが、『百の作物を作る人』という説もあるんだそうです」
「お茶だけではなくて他のものも作りたいんですか?」
「そうです。うちはお茶がメインですけど、冬にはミカンを作っているし、去年からは米作りも始めました。うちには鶏と馬もいるし、これからは野菜だって作りたい。農家のおじいちゃんおばあちゃんたちが持っている知恵を受け継いでいきたいから」
「それじゃ今よりももっと忙しくなるんじゃないですか?」
「働くのは楽しいから、忙しくても全然苦じゃないんです。いつも畑を回りながらニヤニヤしているの。犬と話をしながら。私っておかしいですか?」
「いや、別におかしくはないですよ。でも、農業の何がそんなに面白いのか聞きたいですね」
「自分のやったことがちゃんと反映される。それが面白いのかもしれませんね。堆肥を変え、お茶の木の刈り方を変える。それが次の年には目に見える結果として表れてくる。よく失敗もするけど、失敗から学ぶことも多いんです」



 知的な百姓。
 彼女を見ていると、自然とそんな言葉が頭に浮かんだ。
 どんな職業でも同じかもしれないが、誰かに「やらされている」場合と自分から進んで「やる」場合とでは、モチベーションも目の輝きも全く違う。歩さんは自らの意志で農業を選び、日々の仕事の中に新しい発見や喜びを得ている。農業とはクリエイティブでエキサイティングな仕事なのだと全身で語っている。

「畑にいると『ここが私の居場所だ』って思えるんです」と歩さんは言う。
 農業こそ天職だと確信を持って言える若い人は少ない。しかもそれが女性ともなれば、その数は限りなくゼロに近くなるはずだ。
 今回のリキシャの旅は数々の偶然の出会いによって支えられている。今回もまた幸運がもたらしてくれたたぐいまれな出会いに感謝しないわけにはいかなかった。




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本日の走行距離:56.0km (総計:3055.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:120円 (総計:53465円)

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by butterfly-life | 2010-06-14 20:00 | リキシャで日本一周


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