95日目:猛暑日のリキシャ(東京都墨田区→埼玉県春日部市)
 昨日は亀戸にある三田さんの家にリキシャを置かせてもらっていたので、本日はここ亀戸からのスタートになった。
 リキシャの出発を見送ってくださった三田さんのお義母さんは、「もうちょっと若かったら自転車でも何でも漕げるんだけどねぇ」と残念そうに言った。なんでもこの三田おばあちゃんは東京で二番目にバイクの免許を取った女性なのだそうだ。昭和30年ごろ、まだまだ女が自動車やバイクを運転するなんてはしたないという常識が広く共有されていた時代の話だ。
「昔、スクーターで両国の近くに行ったときにね、いくらアクセルを回してもちっとも前に進まなくなってしまったのよ。それで後ろを振り返ると、大きな相撲取りがスクーターを引っ張ってるわけ。すごい力だから全然動かないのよ。女が運転しているからからかってやろうなんてことなんでしょう。あたしが困ってると、向こうから朝潮(先代の方よ)がやってきて、その相撲取りの頭をパーンとはたいてさ、『お嬢さん申し訳ありません』ってすごく丁寧に頭を下げてくれたのよ」
 漫画に出てきそうなエピソードである。どうしてお年寄りの昔話というのはこうも面白くてカラフルなのだろう。



 三田おばあちゃんがスクーターに乗っていたのは、家がメリヤス工場だったから。できあがった製品を売り歩くのがおばあちゃんの仕事で、そのためには自転車では役不足だったのだ。おばあちゃんは旦那さんと二人で工場を切り盛りしていたので、毎日息つく暇もない忙しさだった。営業も経理も雇っている職人さんたちのまかないも、みんな彼女の仕事だったからだ。
 苦楽を共にしてきた旦那さんが亡くなったのは4日前のこと。97歳の大往生だった。お葬式が終わったばかりで、少し力が抜けている様子だった。
「毎日おじいさんの写真に話しかけてるのよ。答えてくれる気がしてね。テレビなんてちっとも見たくないね。思い出すのは昔のことね。いい思い出も悪い思い出もたくさんあるからね」


 特別に暑い日に、「あぁ暑かった」なんて書くのはいかにも芸がないと思うからなるべくは書きたくないのだけど、でも書いてしまう。あぁ暑かった。ただただ暑かった。
 最高気温37度にも達した猛暑日の埼玉をリキシャで走るのは、やはり相当にきつかった。もちろん水分補給は欠かさなかった。親切な方からいただいたポカリスエット2リットルボトルでこまめに給水しながら走ったのだが、500メートルも行かないうちにもう喉が渇いてくる始末だった。

 暑さはもちろん体力を奪う。しかしそれ以上に周りの景色に対する興味を失わせることになった。汗をぬぐいながらひたすら前を見て走り続けているだけだと、ここでちょっと横道にそれてみようという気持ちが湧いてこない。いつもならあるはずの好奇心が日差しのせいでからからに乾いてしまっていた。


【春日部の大工さんも暑そうだった。お仕事大変ですね】

 確かに埼玉県南部は心躍る要素の少ない土地だった(もちろんリキシャ旅的には、ということだが)。白くて四角い工場が延々と続き、その合間に団地や分譲住宅が建っている。特徴のある街並みではない。全体的にのっぺりとしている。
 しかしもし気温が25度ぐらいであれば、もっと旅を楽しむことができただろう。その土地のユニークさに対して好奇心のアンテナを張る努力ぐらいはしていたと思う。
 残念ながら今日の僕にはそんな余裕がなかった。


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本日の走行距離:37.9km (総計:3385.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:50円 (総計:57200円)

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by butterfly-life | 2010-07-23 22:30 | リキシャで日本一周


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