99日目:二度目のパンク(福島県いわき市→南相馬市)
 本日も80キロ近くのロングドライブになる予定。ひたすら6号線を北上する。
 しかし20キロほど走ったところで前輪がパンクしてしまった。空気を入れてもまたすぐに抜けてしまう。参ったな。この前パンクしたのはかれこれ2ヶ月以上も前のこと。あのときはすぐに自転車屋が見つかったから事なきを得たが、今回は場所が悪い。集落もぽつぽつとしかない正真正銘の田舎だったのだ。

 しかし「捨てる神あれば拾う神あり」とはよくいったもので、こんな田舎でもちゃんとパンクを修理してくれる人が見つかったのである。それはブルーのつなぎを着た自動車整備工場のおじさんだった。僕のリキシャを見つめる熱い視線を感じたので、ひょっとしたらこの人なら直せるのではないかと思って聞いてみると、あっさり引き受けてくれたのである。
 彼の本職は自動車タイヤの修理と交換だが、自転車のタイヤだって基本構造は同じだから直せるだろうという。それは頼もしい。



 彼はまずタイヤの状態をチェックして、古くなっていた虫ゴムを交換した。しかしそれでも空気漏れが止まらないので、タイヤをリムから外して中のチューブを引きずり出すことにした。
「こんなのは初めてだわ」
 おじさんは驚きの声を上げた。そう、リキシャのタイヤはとにかく硬くて、リムから外すだけでもひと苦労なのである。
「あぁ、こんなチューブ使ってからダメなんだなぁ。これ、二本のチューブをつなぎ合わせてるんだな。だからここがごわごわしている。接着剤で止めてる部分が、この暑さではがれちまったんじゃねぇかな」
 やれやれ。このチューブはもともとが間に合わせで作られた粗悪品だったようだ。新品で買ったはずなのにどういうことだ、と怒鳴りたくなったが、おそらくバングラではこれが当たり前なのだろう。

 整備工のおじさんはチューブの継ぎ目をグラインダーで削り、フラットにしてからゴムパッチを貼った。パッチを貼る前にタバコの煙を吹きかけていたので、それは何かと訊ねると、「接着剤にタバコの煙をかけると早く乾燥するんだ」とのこと。本当だろうか。
 パンク修理が済んだのは1時間後のことだった。やれやれ、一時はどうなることかと焦ったが、腕のいい修理工に出会えたのは幸運だった。
「でもこのまま北海道まで行くのは無理なんじゃねぇか。タイヤがずいぶんすり減ってるぞ。交換した方がいい」
「・・・可能なら、今すぐにでもやってるんですけどね」
 実はリキシャのタイヤはもう日本では作られていない型(28インチ1・1/2)で、どこの自転車に聞いても「そんなものは在庫にない」と言われてしまうのだ。だから今のところはありものを使い続けるほかないのである。旅の終わりまで持ってくるかはかなり微妙なところはあるけれど。



 パンクで被ったタイムロスを取り返すために、午後からはほぼ休みなしでリキシャを漕ぎ続けた。双葉町はアップダウンの繰り返しだったので、疲れがボディーブローのようにじわじわと足に効いてきた。
 気温は相変わらず高かったが、暑さの中でリキシャを漕ぐのにも慣れてきたのか、暑さで意識が飛びそうになるということはなくなってきた。とにかく水分を大量にとり、それを全身から出す。水冷エンジンのように体を冷やしつつ前に進んでいく。

 双葉町で出会ったのは養護教員の山田さん。以前、養護教育の視察のためにバングラデシュに行ったことがあるという。4ヶ月前に赤ちゃんを産んで、今は育児休暇中だ。
「バングラデシュはどうでしたか?」という質問には、
「いろんな意味で濃くて熱かったです」とのこと。
 そうですね、人間も街も濃いのがバングラなのです。
 山田さんの姪っ子はリキシャに興味津々で、「5円タクシー」の乗客になってくれた。彼女はリキシャから降りると僕の方を不思議そうに見て、
「ねぇ、どうしてそんなに汗かいてるの?」と言った。
 そう聞きたくなるのも無理はない。なにしろ今さっきホースで水をかけられたみたいにずぶ濡れなんだから。
「君もリキシャを漕いでみたらわかるよ」
 と言ってみたのだが、もちろん彼女の足はペダルに届かなかった。10センチ以上足りない。リキシャガールにはまだ早いってことだ。



 双葉町から南相馬市にかけての道のりは単調で、いかにも国道沿いらしい無個性な大型チェーン店がたまに顔を見せるだけの変わりばえのしない光景が続いた。その中で目を引いたのが結婚式場だった。西洋のお城を模した場違いなほど立派なその建物は、プレハブのラーメン屋やトタン屋根の工場の中にあって、カラスの群れの中に紛れたサギのように目立っていた。福島県の人は豪華な結婚式に挙げるのだろう。
 この光景を見て思いだしたのは、インドのパンジャブ州である。この州にもやたら立派な結婚式場が多かった。式場のオーナー曰く「パンジャブ州のシク教徒は外国に出てビジネスを成功させた人が多い。そういう人が故郷で盛大な結婚披露宴を開く」という。出席者は300人とか500人とか、とにかく日本ではまず考えられないような大規模なものだという。

 6号線沿いにはラブホテルも多かったが、その中に「アジアンタイム」という変わった名前のものがあった。看板の横には「疲れたら休憩しましょう」という電光表示が流れている。そうだよね、こんな暑い日には東南アジアのようにのんびり午睡を取るのがいいかもしれない。その場所としてラブホがふさわしいかどうかはともかく。
 「アジアンタイム」と聞いて思い出したのが、ベトナムの「ハンモックカフェ」である。これはベトナム南部のメコンデルタ地域に多く見られるカフェで、店の中にいくつものハンモックが吊してある。アイスコーヒー一杯頼むと、後は好きなだけハンモックで昼寝することができる。時間チャージなんて面倒なことは誰も言わないから、いくらでも粘れる。南国の午後の殺人的な暑さをやり過ごすには、このぐらいのゆるさがちょうどいいのである。
 最近は日本の気候も南国化しているのだから、こういう「アジア時間」を積極的に取り入れてもいいのではないかと思ったりもする。暑かったら無理をしないで休みましょうよ。(でもこんなことを書いている僕自身が炎天下の中リキシャを漕ぎ続けているのは、大いなる矛盾だけど)



 今日の目的地である南相馬市に到着したのは7時前。なんとか暗くなる前に走りきることができてよかった。
 国道6号線沿いには「ビジネスホテル」の看板を掲げたところがいくつかあった。しかし都市の駅前にあるビジネスホテルとはいささか趣が異なっている。まず巨大な駐車場があり、温泉(ないしはスーパー銭湯的なもの)があり、食堂があり、それに宿泊施設がくっついているのだ。どちらかというと風呂がメインという感じ。
 このうちのひとつ「ビジネスホテル高見」に泊まる。素泊まり3600円という安さにひかれた。入り口は質素だが、複雑に入り組んだ廊下を奥へと進むと、意外に多くの部屋があることに驚く。建物の造りはいかにも安上がりだが、部屋も清潔だし、インターネットも繋がるし、大浴場で汗を流せるしで、なかなか居心地のいい宿であった。



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本日の走行距離:78.9km (総計:3662.6km)
本日の「5円タクシー」の収益:1100円 (総計:59010円)

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by butterfly-life | 2010-07-28 22:26 | リキシャで日本一周


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