107日目:北海道上陸(北海道苫小牧市→札幌市)
 八戸を出発したフェリーは定刻通り午前1時30分に苫小牧港に接岸した。大型トラックに混じって端っこの方に止めてあるリキシャは、全ての車が下船したあと最後に船を出る。気温17度。北海道はやはり涼しい。空を見上げると半月が明るく輝いている。天気はいいようだ。
 夜中走り出すのは無謀なので、フェリーの待合所で夜明けを待つことにする。待合所の二階には僕と同じことを考えている自転車旅人が3人ソファに横たわって眠っていた。

 無理な体勢で横になっていたわりにはぐっすりと眠ってしまった。目を覚ますと外はすっかり明るくなっている。7時前。そろそろ待合所の売店も営業を始めようかという頃、荷物をまとめて出発する。
 苫小牧港を出てから産業道路を走った。驚いたのは道幅の広さだった。4車線プラス側道が半車線。カリフォルニア州を思わせるようなだだっ広い道路に、大型トラックから軽自動車まで入り乱れて走っている。朝のラッシュ時だからか大変な混雑だ。
 産業道路を北に折れて国道36号線に入るとさすがに片側4車線ということはなくなったが、それでも2から3車線の道が続く。歩道も広い。リキシャが走りやすい道ではあるのだが、北海道のトラックはリキシャを追い抜くときにあまり車間距離を取ってくれないので怖い。北海道民は運転が荒っぽいというのがもっぱらの評判だが、実際にそのようである。

 苫小牧を過ぎると周囲の景色はワイルドになる。人の手がまったく入っていない草原や湿地帯が延々と広がっている。空気は乾いていて埃っぽい。日本列島のまとわりつくような湿気から逃れてくると、ここがまったく違う質の空気を持つ土地なのだと感じる。たとえばモンゴルやトルコ東部のような大陸性の空気だ。
 36号線を北上しているときにパンケナイ橋という橋を渡った。そのあとしばらく行くと、今度はペンケナイ橋が現れた。アイヌ語源の地名はユニークである。漢字も当てようがないのかカタカナのまま。さてお次はポンケナイ橋でも来るんだろうかと期待していたのだが、残念ながらそういう橋は見当たらなかった。



 千歳から恵庭のあいだには、メジャーな食品会社の工場が並んでいた。サントリー、サッポロビール、日清食品、カルビー、山崎製パンなど。こういう光景を見ると北海道はやはり農と食をベースにした地域なのだなと感じる。
 その工場群を過ぎると、再び未開の原野が続く。住宅も店も工場も何もない。そんなところに「売り地」の看板が立っていて、見ると「10304坪 40,000,000円」と書いてあった。ゼロが多すぎてわかりにくいが、要するに1万坪が4000万円ということ。坪単価4000円。東京の地価に比べるとタダみたいなものである。余っているところには余っているものですね。


【36号線ですれ違ったサイクリング3人組。札幌から室蘭まで140キロを一気に走り、焼き鳥とビールで乾杯するというのが目的のツアーなのだそうだ。楽しそうですね】

 北海道の人はとても気さくだった。南に行くほど人が陽気になるというのは事実だと思うし、今回の旅でも鹿児島や沖縄の人はとりわけ気さくに声を掛けてくれたのだが、どういうわけか北の大地北海道でも人々の反応は良かった。

 札幌市に入り、車で混み合いだした道路をゆっくりと進んでいると、突然目の前でおじさんが手品を始めた。塩化ビニールのパイプからさっと一輪の花を取り出して、僕に向かって差し出したのである。
「な、何なんですか?」
 慌ててリキシャのブレーキをかけた。そう言うよね、普通。
「私の手品の師匠はね、100歳なんだよ」
「はぁ・・」
「すごいでしょう。北海道最高齢のマジシャンなの。この手品もうちの師匠から習ったんだ」
「そ、そうなんですか」
 マイペースなおじさんである。話が通じてるようで通じていない。かみ合っているようでかみ合わない。
「これ以外にもマジックはできるんですか?」
「今はタネを持ってないからできない。代わりこれをあげるよ」
 おじさんはタクシーのトランクをパカッと開けて(タクシー運転手だったのだ)、100歳のマジシャン梅田師匠のスペシャルショーのチラシと、自分の名刺を取り出した。いただいた名刺には肩書きの代わりに「I am a full marathon runner. My best time is 4:18:10 in 42.195km」と書かれていた。私はフルマラソンランナーです。ベストタイムは4時間18分10秒です。名刺もまことにユニークである。
 タクシーの乗客にもよく手品を披露するのだそうだ。手品タクシー。面白そうではあるけど、手品に夢中になりすぎて運転をおろそかにしないようにお願いしますよ。



 本日は札幌テレビの取材があり、さっぽろ大通公園でインタビューを受けた。平日にもかかわらず、公園は大勢の人で賑わっていた。大きな噴水で跳ね上げられた水が、細かい水滴になってあたりの芝生を湿らせる。その周りを子供たちが走り回っている。ディレクターの長田さんに名物のゆでトウモロコシ(北海道ではトウキビという)を買ってきてもらう。トウモロコシの甘味が疲れた体に染みこんでいく。

 公園のそばを幌馬車が走っていた。これは札幌中心部をめぐる観光幌馬車で、昭和53年から30年以上も営業しているのだそうだ。馬車を引く銀太くんは体重が1トンもある巨大な馬で、ラオウが乗っていた黒王号(わかるかな?)のように体つきががっしりとして威圧感があった。何人もの客を乗せた二階建て馬車を一頭で引っ張るわけだから、相当なパワーが必要なのだろう。
 銀太は体に似合わずとてもおとなしい馬で、なんとなくこの仕事に疲れているような顔をしていた。もちろん僕には馬の気持ちはよくわからないのだが、同じように車を引っ張って走る者同士、どこかしら通じ合うものがあるようにも思った。がんばれよ、銀太くん。



 それから海産物を売る二条市場に向かった。カニ、ウニ、イクラ、夕張メロン。北海道グルメそろい踏みといった感じで、いずれ劣らぬ高級食材が並んでいる。観光客向けでやや高い値段設定のようだが、ウニもカニも味は確かだった。
「お兄ちゃんこれどう? 食べてみる?」
「いただきます。いやー、うまいですね」
 なんてまるでグルメリポーターの阿藤快のようになってしまったのだが、本職リポーターのように的確なコメントが出てくるはずもなく、ただ「うん、うまいですねぇ」「やっぱり新鮮ですねぇ」といったありきたりなことしか言えなかった。だってうまいんだもの。





 夜は札幌で製薬会社の営業の仕事をしているシンさんに誘われて、すすきのの街を歩いた。札幌名物の味噌ラーメンを食べ、酒を飲み、ネオン街を歩いた。
 すすきのと言えば巨大な風俗街で有名だが、それは確かにたいしたものだった。ビル一棟が全てそっち系の店で占められているソープ・タワー。一階は居酒屋で二階はキャバクラ、三階はヘルスと外に出ることなくすべてのコトを終えられるオール・イン・ワン・ビル。「冬に雪が降っているときには、外を歩かなくてもいいから便利なんです」とのこと。なるほどねぇ。
 事情通のシンさんによれば、すすきのの全盛時期はとっくに過ぎ、最近は店の数も減少傾向にあるという。20年ほど前までは外へ外へと膨張していた風俗街が、中心部の狭い地域に収縮し始めているのだ。社員旅行で北海道に来てすすきので遊ぶというおじさんが少なくなり、接待需要も減っていたところに、一昨年からの不景気が追い打ちをかけたのだ。
「最近はすすきのも中国人観光客ばかり目立つようになったんです。風俗店も中国人相手に営業すれば生き残れるかもしれませんね」
 銀座、箱根、すすきの。日本の観光地で元気なのはみんな中国人、という時代はもうすでに始まっているのかもしれない。



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本日の走行距離:68.2km (総計:4138.2km)
本日の「5円タクシー」の収益:1050円 (総計:60735円)

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by butterfly-life | 2010-08-07 08:32 | リキシャで日本一周


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