滝川を出発して、国道12号線を東に進む。今日の目的地は旭川市だ。
北海道らしいまっすぐでかわりばえのしない道を進む。右を見ても左を見ても水田が続いている。緑の海のようだ。人影はほとんどない。たまに農薬散布をしている農機や、土を掘り起こしている大型トラクターを見かけるぐらいだ。雲がちな天気のせいもあって豊穣というよりはどこか荒涼とした景色のように見える。フロンティアの寂寥というべきか。 旭川まで15キロほどのところで山道に入った。ここは車道と歩行者と自転車が通る道とが分かれていて、車道はトンネルになっているのだが、自転車道は石狩川の川べりの細い道を走ることになる。この自転車道は予想以上に長く続いていて、車道と分かれてから再び合流するまで8キロもあった。 自然に囲まれたサイクリングロードはリキシャにとっても最高の道だったが、道中すれ違ったのは一人だけだった。それもまぁ当たり前の話で、わざわざ自転車に乗って旭川の町から外に出ようなどという人はほとんどいないのである。 すれ違ったおじさんは道ばたで野いちごを集めていた。すでにビニール袋に一杯分集めている。 「こっちではバライチゴって言うのよ。ほら、これにはトゲが多いでしょ。だからバライチゴ。これは家に持って帰ってジャムにするの。食べてごらん」 おじさんの集めたバライチゴは甘酸っぱかった。「甘酸っぱい」というよりは、「酸っぱ甘い」と言うべきか。酸味が8で甘味が2というところ。子供の頃、山に出かけたときに摘んで食べたことがある。食べ過ぎるとお腹を壊すって言われたっけ。 「春になるとクワの実が採れるし、秋にはヤマブドウがなる。ヤマブドウは搾って砂糖を足してジュースにして飲むんだ。体に良いよ」 「他には誰も採りに来ないんですか?」 「みんな面倒くさがってやらないんじゃないの。俺は青森の生まれだから、昔っから山でこういうもんを採るのが好きだったのよ。仕事を定年退職してから、こっちに嫁に来た娘を頼って来たんだ。今は悠々自適よ」 おじさんは額に浮いた汗を手ぬぐいで拭った。北海道らしくない蒸し暑い午後だった。僕のTシャツと同じようにおじさんの白い肌着も透けてしまうほどべっとりと汗をかいている。 「ほら、好きなだけ持って行けよ。これを途中で食べたら、元気も出るからな」 「ありがとうございます」 僕はおじさんのビニール袋からひとつかみバライチゴをもらうと、リキシャにまたがった。一期一会。イチゴ一笑。おじさんは再び野イチゴ摘みに戻っていった。 旭川市では泊まる宿の確保に苦労した。旭川といえば人気の旭山動物園を擁する街で、夏休みともなると家族連れの旅行者がどっと押し寄せてくるようだ。ホテルはどこも満室。駅近くの旅館でも「今日は一杯なんです」と断られた。 駅前の繁華街のそばにひっそりと看板を掲げる美松荘旅館は、なんとなく部屋がありそうな予感のする宿だった。古いのである。老朽化している、と言ってもいいかもしれない。高度成長期に建てられたまま改修されることなく使われている旅館のようだ。 案の定、ご主人はあっさり「ええ、部屋はありますよ」と言った。和室だと4000円、洋室は3500円だという。とりあえず部屋を見せてもらう。安い方の洋室にはエアコンがなかった。普段の旭川なら何の問題もないだろうが、今日はやたら蒸し暑い。 「エアコンはないんですね」 「ええ、この部屋は扇風機です。3000円でいいです」 別に値切るつもりなんてさらさらなかったのだが、ご主人が勝手にまけてくれた。それじゃ、ということで3000円の部屋に泊まることにした。もちろんトイレと浴室は共同だが、これといって不便はない。宿泊者には外国人も多いようで、但し書きには日本語と共に英語と中国語も書かれていた。試しに「インターネットは使えますか?」と訊ねると、無線LANのセットを貸してくれた。ワンダフル。 夜になるとあたりが騒がしくなってきた。太鼓の音が鳴り響き、ロックバンドの演奏も聞こえてくる。どうやら近所でお祭りが始まったようだ。サンダルを突っかけて様子を見に行くと、繁華街の一角にずらっと出店が並んでいた。フランクフルト、鯛焼き、綿菓子、焼き鳥。屋外のテーブルで浴衣を着た人々がビールを飲みながら大声で話をしている。夏祭りらしい光景だ。 「今日は何のお祭りなんですか?」 焼き鳥を買ったついでにおばさんに聞いてみた。 「知らないの? 今日は旭川の花火大会なんですよ。川の方で上がるから、お兄さんも見てきたらいいよ」 花火大会があるとは知らなかった。たまたま来た街で花火が見れるなんて幸運は滅多にない。これはぜひ見に行こう。でもどこに行けばいいのだろう? 心配はいらなかった。大通を歩いている人の列についていけばよかったのだ。アリの隊列のように、みんながみんな同じ方向に早足で歩いている。これについていけば花火の在処にたどりつけるに違いない。 そう思っていると、「ドーン!」という音がこだました。始まったようだ。ビルのあいだから赤や緑の花火の光も見える。 15分ほど歩くと、花火大会のメイン会場である石狩川の河原に到着した。河原はすでに何千人もの人で埋め尽くされていたが、まだ空きスペースもちらほらあった。都会で行われる花火大会のように何時間も前から場所取りをしないと入れないということはないようだ。 適当な場所を見つけて座り込み、花火を見上げる。近い。花火を打ち上げている中州から200メートルと離れていない。こんなに近くで花火大会を見たのは何年ぶりだろうか。ヒュルルルー、ドン。ヒュルルルー、ドン。 熱帯夜というものを滅多に経験しない旭川で、この日は特別に蒸し暑く、浴衣を着た女の子たちがうちわをぱたぱたと仰ぎながら花火を見上げていた。 北海道の短い夏が盛りを迎えていた。 *********************************************** 本日の走行距離:60.5km (総計:4283.1km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:60755円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-08-09 08:33
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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