114日目:寿司を持った天使(北海道稚内市→天塩町)
 ひたすら北上を続けてきた旅が終わり、今日からは南を目指して進むことになる。まずは稚内から106号線を下って天塩町まで行く。距離はおよそ70キロ。一日80キロから100キロを漕いできたこの一週間のことを考えれば別になんてことのない距離で、夕方4時頃にはあっさり着いちゃうなぁと思いながらスタートしたのだが、それが大甘な考えだったことをあとで思い知らされることになる。

 向かい風が吹いていたのだ。
 東北でも北海道でも、この季節は毎日南からの風が吹いている。これまではその風に押されるかたちですいすいと進んできたのだが、今日からは向かい風に変わったのである。今までの「借り」を返えせとあくどい取り立て屋に迫られているようなもの。
「ひぇー、お天道様。どうかご勘弁を。もちっと風をゆるめてくださいまし」
「そうはいかねぇな。これまでさんざん追い風の恩恵を受けといて、このまま逃げられるとでも思っていたのかい? 借りは倍にして返してもらう。それが南風の流儀なんだぜ」
「そこを何とか、お助けを・・・」
 冗談はさておき、海沿いの道106号線の向かい風は本当に厄介だった。道は真っ平らなのだが、とにかくペダルが重い。いつもの立ち漕ぎスタイルでぐいっとペダルを踏み込んでも、時速8キロから9キロしか出ない。風がなければ14,5キロで進めるところだから、4割のパワー減を余儀なくされているのである。あぁしんど。


【稚内では道路標識にロシア語表記が入る。稚内や根室はロシアとの貿易が盛んで、ロシア人もよくやってくるという】

 106号線は北海道の中でも風景がよい道として知られていて、ライダーやチャリダーが好んで通る道である。右手には日本海が、左手には緑の草原が広がり、その間を寸分の狂いもない一直線の道が続いている。バイクやオープンカーで走るには最高だ。100キロを超える猛スピードで突っ走るライダーもいる(でもここには覆面パトカーがよく出没するらしい)。
 そんな中で僕だけが向かい風に喘ぎながらノロノロと走っているのは、なんだかむなしかった。どうして俺はこんなことをしているんだ、という気持ちになってくる。いつもなら嬉しいはずの一直線の道も、今日は憎々しかった。どれだけ進んでもまったく景色が変わらないから、次の目標が持てないのだ。
 町はおろか民家もなく、看板も標識もない。自販機すら一台もない。そういうあまりにも北海道的な道を走っていると、時間と距離の感覚がずれてくる。自分がどれだけ走ったのか、目的地まであと何時間かかるのかが頭の中で計算できなくなってくる。


【あくまでもまっすぐな106号線】

 午後になって腹が減ってきたのだが、なにしろ食堂もコンビニもなにひとつない道だからどうしようもなかった。どこかでもらったキャンディーを舐めて空腹を癒しながらペダルを漕ぎ続けるしかない。
「ここにオレンジジュースのパックと大福を持った天使が現れないかなぁ」
 なんてばかばかしい空想に浸りながら進んでいると、なんと本当に現れたのである。差し入れを手にした天使が。浜頓別町に住むヨウコさんであった。彼女は二日前にもスポーツドリンクやトウモロコシを差し入れに持ってきてくださったのだが、今日も仕事が休みだったのでわざわざ車を飛ばして追いかけてきてくれたのだ。お寿司、カニ、アクエリアス、栄養ドリンク。あぁ素晴らしい。腹ペコの人間には何だってうまいものだが、この北海道の海の幸をふんだんに使ったお寿司は特においしかった。
 いやー、天使というのは本当にいるんですね。ちなみにヨウコさんは北海道のコンビニチェーン「セイコーマート」にお勤めである。北海道にいるあいだはなるべくセイコーマートを利用しようと心に誓う三井であった。



 稚内から天塩町に至るまで60キロあまりの道中で、集落らしい集落はたったひとつで、それが抜海だった。抜海は小さな漁師町で、僕が通りかかったときには漁師のおじさんたちが漁に使うイカリの補修と点検をしていた。9月1日からサケ漁が解禁になるのだが、今からその準備をしているとのこと。
「このイカリは定置網を海底に固定させるためのもんでよ、だからこんなに大きいのさ。サケの他にはナマコとかカレイとかが採れる。でも最近はよぉ、アザラシが増えちまって困ってるんだ。冬になると何百頭ってアザラシがこの辺の岩場に集まってきて、せっかく捕まえた魚を食っちまうんだ。網ごと食い破るんだよ。あぁ害獣だわな。でも天然記念物だから殺すわけにもいかねぇ。ほら東京あたりでアザラシがかわいいって人気者になったりするっしょ。俺たちから見ればあんなの全然かわいくねぇんだけどよ」
 抜海の住人は100人いるかいないかぐらいで、商店もないので買い物は稚内まで車を飛ばして済ませる。
「不便っていえば不便だけどよ。慣れてしまえばどうってこともないさ。昔はもっと栄えてたけど、今はすっかり寂しくなっちまったね」





 その寂れた集落を離れると、風景はさらに寂しさを増す。黒っぽい砂浜には流木やゴミが散乱し、草むらには昔使われていたらしい廃船が朽ち果てた姿をさらしている。見渡す限り人影はない。まるで「地球最後の日」みたいな光景だった。





 天塩町に着いたのは7時前のこと。夕方になってようやく風が収まってきたので、なんとか暗くなる前に着くことができた。
 天塩町の古い旅館で僕を待っていたのは、大阪に住む雪本さん。彼は以前リキシャを追いかけて大阪から福岡までバイクを飛ばしてきたつわもので、今回も有休を取ってはるばる北海道までバイクでやってきたのである。
「上司に『どうしても北海道に行きたいんです。もし休みが取れないんだったら会社を辞めます』って啖呵を切って、有休届を叩きつけてきたんです」
「で、上司はなんて言ったの?」
「お土産買ってきてね、だって」
 素敵な上司である。カニを買ってあげましょう、カニを。

 雪本さんは敦賀からフェリーに19時間揺られて小樽に上陸し、夜にもかかわらずそのままバイクを走らせて岩見沢まで行き、そこで力尽きて公園で野宿したものの、夜中に突然雨が降ってきたので仕方なく滑り台の上にテントを張って眠ったという。滑り台の下ではなく「上」にテントを張るというがどういう状況なのかいまいちわからないのだが、手近に雨がしのげそうな場所がそこにしかなかったらしい。そこで夜を明かして早朝6時にバイクにまたがり、宗谷岬まで行ってから天塩町にやって来たというわけだ。恐ろしく過密なスケジュールである。一見したところ真面目な好青年なのだが、一度やると決めたら他のことが目に入らなくなるタイプでもあるようだ。



 天塩町は寂れた田舎町だったが、お盆という時期もあってか泊まり客は多く、旅館には空き部屋がひとつしかないということだったので、僕らは同室に泊まることになった。
 典型的な古旅館だった。二階にある僕らの部屋は明らかに床が傾いていたし、風が吹くと窓枠がカタカタと神経質な音立てて揺れた。隣の客のいびきやおならがはっきり聞こえるほど壁が薄いのも難だった。でも一泊2800円という値段は魅力的だし、おばあちゃんは親切だったし、インターネットも使えるので、居心地は悪くなかった。
「あんたはあのピアノみたいなのを持ってるんだろう?」とおばあちゃんが言った。
「は? ピアノ?」
「ほら、こうしてカチャカチャするやつ」
「あぁ、パソコンのことですね。持ってますよ。だからインターネットを使いたいんです」
 いまどきパソコンのことを「ピアノみたいなの」と呼ぶ人はなかなかいない。そういうところで無線LANが使えることも驚きだが。

 夜は雪本さんと二人で酒を飲んだ。遅ればせながら宗谷岬到達の祝杯を挙げた。
 明日は雨が予想されているので、久しぶりに明日のことを気にすることなく深酒をした。


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本日の走行距離:70.7km (総計:4652.3km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:62490円)

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by butterfly-life | 2010-08-14 06:22 | リキシャで日本一周


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