128日目:秋田美人発見(秋田県大館市→能代市)
 本日は大館市から能代市に向かう。アップダウンのある山間の道を西へと進む。
 大館市の市街を走っていると、原付に乗ったおじさんが追いかけてきて、缶入りのお茶を差し入れにくれた。
「俺もな、2年前に自転車で日本縦断をしたばかりだ。今62なんだけどよ、60のときに還暦の挑戦をしてみたわけさ。北海道から鹿児島まで」
「何日かかりましたか?」
「22日だな」
「早いですね」
「そうだな。一日平均120キロ走ったもんな。でもな、65歳になったら、また挑戦するつもりなんだ。今度は日本一周をするよ」
 元気である。日本縦断自転車の旅は、かつては若者の特権のようなものだったが、今では仕事をリタイヤした人の有り余るエネルギーをぶつける場になっている。





 緩やかな上り坂をリキシャを押して歩いていると、原付バイクに乗ったおばあさんが超スローなスピードで僕を追い抜いていった。それがカナさんだった。80歳のカナさんは近くの山に遊びに行った帰りなのだと言った。
「山で何をして遊ぶんですか?」
「山にへぇてる山菜を見に行ぐんだ。食べられそうなもんがあったら、とってくるすぃ。でもぉ、今年は暑がったから、山菜もよぐねぇな」
 原付のカゴには見たこともない山菜が何種類も入っていた。どうやって食べるのか見当も付かない。これ持って行くか、と聞かれたが、もちろん丁重にお断りした。さすがに山菜はもらってもどうしようもない。
「戦争中は大変だったな。男はみんな兵隊に行ってたから、働き手がなぐて物もなかった。畑仕事に行くときでも裸足だったんだ。山に行くときはわらじさ作ってよ。電気もなかったから、山で薪さとってきて囲炉裏で調理場したすぃ」
 このあたりは林業が盛んだったので、カナさんも20年近く製材所で働いていた。給料は安かったが、仕事を選べるような立場ではなかった。必死で働かないと生きていけなかったのだ。
「今の人はものを大事にしないなぁ。まだ使えるもんでも投げるべぇ。昔だば、着物さ穴が開いても繕って使ったもんだすぃ。でも今は何でもぽいぽい捨てるべ。金さえあれば何でも手に入るからよぉ、おらが言うことは誰も聞かん」
 物のない時代から、物が溢れる時代へ。「質素倹約」から「消費が美徳」の時代へ。その変化にうまく馴染めないお年寄りが多いのは当然だと思う。まだ使える物を捨てて新しい物を買う。それが世の中に新たな付加価値をもたらし、経済を成長させる原動力になるのだと聞いても、素直に納得することができないのだ。



 別れ際にカナさんの写真を撮った。ぶかぶかのヘルメットを脱ぐと、鼻筋の通った彫りの深い顔が現れた。どこかヨーロッパ的というか、東欧で見かけた女性を彷彿とさせる。若い頃は美人で評判だったに違いない。
 写真家の木村伊兵衛が昭和20年代に秋田を訪れているのだが、そのときに撮った秋田美人の顔立ちの美しさはとても印象的だ。色白で日本人離れした顔立ちの美人が、伝統衣装を着て田んぼで働いているのだ。
「色白なのは寒いからでねぇかな。米さよぐ食べると肌が白くなるって話もあるすぃ。小野小町も秋田県の出身なんだ」
「それじゃカナさんは小野小町の子孫かもしれませんね」
「んだんだ」



 能代市では日本一周中のチャリダー大学生に出会った。
 北海道の大学に通うドモアキ君はボクサーでもあるらしく、上半身が分厚く、ファイティングポーズもさまになっていた。北海道・宗谷岬をスタートして、これから自転車で47都道府県全てを回る予定だという。旅が終わるのは11月。北海道が雪で閉ざされる前にはゴールしたいという。お互いの健闘を祈り合って別れた。



***********************************************

本日の走行距離:57.1km (総計:5388.0km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:66135円)

***********************************************
[PR]
by butterfly-life | 2010-09-13 22:36 | リキシャで日本一周


<< 130日目:八郎潟の皮肉(秋田... 127日目:リンゴと津軽弁(青... >>