133日目:日本海に落ちる夕日(山形県鶴岡市→新潟県村上市)
 朝から絶好のリキシャ日和だった。雲ひとつない青空と、乾燥して冷ややかな風。秋の訪れを感じさせる空気だ。
 乾いた空気の匂いを嗅ぐとモロッコの旅を思い出す。路地が複雑に入り組んだ迷路のような街にも、ロバに荷物を載せて歩いたアトラス山脈の村にも、不毛の大地サハラ砂漠にも、乾燥した空気が持つ独特の匂いがあった。



 鶴岡の町を出てから国道7号線を進む。由良峠の厳しい上り坂を越えると、由良の集落に出る。小さな漁港のあるのんびりとした村だ。
「由良はあんまり雨が降らねぇんだ」
 小さな荷車を押していたおばあさんが教えてくれた。
「晴れの日が多いんだ。いぃところだよ。魚だったらタイでもカニでもなんでもとれるし、冬にはノリやアオサがとれるんだ」



 日本海を右手に見ながらリキシャを漕ぎ続ける。数キロおきに点在する小さな漁村以外にはほとんど人が住んでいない地域だ。コンビニも滅多にない。
 あつみ温泉を過ぎたところで、バイクに乗った外国人にiPhoneを向けられた。鶴岡市に住んでいるマーク・スチュワートさん。ライダージャケットと口ひげがちょいワル感を醸し出しているが、本職は英会話学校の経営で、大学でも英語を教えているそうだ。
「その乗り物は初めて見たよ。タイの三輪車かい?」
「いいえ、バングラデシュから持ってきたんです。これで日本を一周しています」
「オー、クレイジーだな、それは」
「ええ、クレイジーなんです」
 イギリス生まれニュージーランド育ちのマークさんは、子供の頃から空手やテコンドーなどの格闘技が好きで、若い頃は格闘技雑誌のカメラマンをしていたそうだ。
「今日は大学が休みだから、一人でバイクに乗って海を見に来たんだ。ニュージーランドでは海のすぐそばに住んでいたからね。海を見ると気持ちが落ち着く。この辺は食べ物がとてもおいしいよ。シーフードももちろんうまいし、『塩ソフト』もいける。ちょっとソルティーなソフトクリームだけど、これが甘くておいしいんだ」


【愛車にまたがったマークさん。カッコいいですね】

 勝木の漁港では、10人ほどの漁師たちがとぐろ状に巻いた縄をクレーンで吊り上げていた。もうすぐ始まる鮭漁の準備だという。定置網を引っ張るための縄を十日間かけて用意している。鮭は一度に何千匹もとれるそうだ。
 漁港にはイカを釣るための巨大なランプをぶら下げた船も係留されていた。遠方から来た釣り人を乗せて沖に向かう船も多い。このあたりは平地がほとんどないので、産業と呼べるものは漁業か釣り人相手の観光業ぐらいしかないのである。
「このあたりもすっかり寂しくなったねぇ」と90歳を迎えたおばあさんは言った。「村さ歩いていても、誰ともすれ違わねぇ。年寄りしかおらんようになった。私の孫も東京さ出たっきり帰ってこん。村に残っているんは90年ここで生まれ育った私みたいな年寄りだけよ」







 今日は一気に村上市の市街まで行くつもりだったが、一日で85km進むのはさすがにキツく、15キロほど手前の「笹川流れ」で日没タイムアウトになってしまったので、適当な民宿を見つけて泊まることにした。



 午後5時45分。信じられないほど美しい夕日が西の空を染めた。それまで雲の向こうに隠れていた太陽が、日没の直前になって顔を出したのだ。かたく閉じていたまぶたがすっと開くように雲が切れたのだった。
 夕日に染まったのは西の空だけではなかった。無数に連なる波頭も、ごつごつした岩礁も、陸地の森も、道路も、リキシャまでもがあかね色に染まっていた。
 それは一瞬の出来事だった。時間にして1分も続かなかった。しかし長い長い一日の最後に待っていたご褒美としては、十分すぎる長さだった。




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本日の走行距離:68.3km (総計:5659.8km)
本日の「5円タクシー」の収益:285円 (総計:71460円)

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by butterfly-life | 2010-09-18 20:48 | リキシャで日本一周


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