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144日目:最後の難所(福井県越前市→滋賀県高島市)
 すっきりと晴れ上がったリキシャ日和の朝だ。気温も20度前後と涼しくて、かいた汗もすぐに乾いていく。
 越前市のおじさんの家を出発して、山を越えて敦賀に向かう。
 国道8号線はアップダウンの激しい道。長いトンネルと、険しい上りが続く。



 坂道を下ると敦賀湾が見えてくる。穏やかな海に漁船がいくつか浮かんでいる。
 国道沿いには越前ガニを出す巨大な食堂が並ぶ。そこに観光バスが何台も横付けされて、ぞろぞろとお客が降りてくる。「カニ食べ放題ツアー」かなにかのツアー客なのだろう。いいなぁ、カニ。


【敦賀湾を望む】

 敦賀は取り立てて面白味のある町ではなかった。道幅の広い商店街があるが、大半はシャッターを下ろしている。大音量でFM放送が流れていて、それがかえって寂寥感を増幅させている。

 敦賀市を抜けて161号線に入ると、本日二度目の山越えだ。これがキツかった。本当にキツかった。午前中の山越えでかなり体力を消耗していただけに、よりハードに感じた。
 ひたすらリキシャを引っ張って歩くこと2時間。曲がりくねった峠道がまるで永久に続くかのようだ。「このカーブを曲がったら、次は下りか」と期待するのだが、また一段と傾斜の急な上り坂が待っているのだった。期待するから裏切られると気落ちする。余計な期待は禁物だ。何も考えずに歩こう。

 次第に足を休める時間が長くなる。
 ペダルを左足に引っかけてリキシャを止め、乱れている呼吸を整える。汗がしたたり落ちる。ペットボトルの水を口に含む。深呼吸をする。
 これが最後の難関なんだ。この峠を越えて関西に入れば、あとはゴールの徳島までたいした山はないはずだ。最後だ。頑張れ。そう自分を鼓舞する。



 一歩ずつ坂を上っていく。途中で右足のふくらはぎがつる。強い痛みが走る。両手でマッサージして、何とか痛みが治まる。また歩き始める。
 これまで越えてきた数々の難所を思う。大分の九六位峠。あれはとんでもない傾斜だった。箱根越えはもちろんキツかった。北関東の猛暑。北海道の強い風。リキシャと歩いた63キロ。それぞれに違うキツさがあった。しかしそれを乗り越えて、ここまでやってきたんだ。ここでへこたれているわけにはいかない。

 ようやく頂上らしき平坦な道に出た。しばらく走ると福井県と滋賀県の県境が見えてきた。ここが峠の頂点なのだろう。県境というのは、たいてい最も山深いところに設けられているものだ。
 半分放心状態でゆっくりとペダルを漕いで進んでいると、突然近くの茂みからけものが飛び出してきた。鹿だった。慌ててブレーキをかける。鹿の方もリキシャに驚いたらしく、後ろ足を跳ね上げるようにして道路を横切って、反対側の藪の中に消えていった。

 頂上を過ぎてしまえば、あとは楽ちんである。ため込んだ位置エネルギーを解放するだけだ。2時間かけて上った坂を20分で一気に駆け下りてくる。



 琵琶湖畔に到着したのは午後6時。ちょうど日が沈む頃で、肌寒い空気が流れていた。
 マキノ駅の近くで夕食を食べようとお好み焼き屋さんに入った。すると客の一人がリキシャを見て「これなんや?」と声を掛けてきた。
「これであの峠を越えてきたんかいな。そら大変ですわ。せめて変速でもつけたらよろしいのに」
 久しぶりに聞く関西弁は、気持ちをほっとさせてくれる。素直な驚きや気持ちの抑揚をそのまま言葉にしている感じ。飾り気のない言葉だ。
「これでどこまで行くんですか? ほぉ、徳島まで。ほなあと少しですな。いやぁ、それ聞いてほっとしましたわ。これから沖縄まで行く言われたらどないしようかと思うところやったわ。まぁ気ぃつけて。旅は最後の最後まで何があるかわからしまへんからな」
 おっしゃる通りである。最後の難所を越えたからといって、簡単に気を抜いてはいけない。
 ゴールまでおよそ200キロ。最後まで慎重かつ大胆にまいりましょう。


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本日の走行距離:64.0km (総計:6255.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:1120円 (総計:73625円)

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by butterfly-life | 2010-09-29 06:54 | リキシャで日本一周


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