ある「はたらきもの」の最期
 大分県佐伯市直川で60年にわたって山で木を切り続けていた鉄山さんに出会ったのは、去年の3月18日のこと。丸太を運んでいるところにたまたまリキシャで通りかかったので、話を聞かせていただいた。
 輸入材に押されて木材の価格が下落し、採算が合わなくなって放置されている山も多い中、鉄山さんは息子さんたちと共に現役で林業を続けていた。林業一筋60年。代々森と共に暮らしてきた人だった。
 太い杉の丸太を載せた機械を押しながら坂道を歩く。その力強い姿は、今でもはっきりと目に焼き付いている。

 その鉄山さんが昨日、事故で亡くなったという。NHK大分放送局のニュースで次のように伝えられた。

[18日午前9時ごろ、佐伯市木立の山の中で、佐伯市直川の自営業、鉄山昌美さん(75)が、直径およそ40センチ、長さおよそ30メートルの杉の木の下敷きになっているのを、近くに住む人が見つけました。鉄山さんは病院に運ばれましたが、頭などを強く打っていて、およそ2時間後に死亡が確認されました。佐伯警察署によりますと、鉄山さんはけさから1人で材木用の杉の木を伐採していたということです。現場は佐伯市の中心部から南東に3キロほど離れた山の中で、警察では、鉄山さんが倒れてきた木の下敷きになって死亡したものと見て、当時の状況を詳しく調べています。]





 鉄山さんの右手の人差し指と中指は、第二関節から先がなかった。杉を切り倒していたときの事故で失ったという。何トンという重量を相手にするだけに、一瞬でも気を抜くと大怪我をする仕事でもある。
「木がどっちに倒れるか見極めんのが難しいんよ」と鉄山さんは言った。「それに木が倒れようときに、倒れる木に気を取られとると、根っこが地面から持ち上がってきて怪我するときがある」



 倒れてくる木の怖さを誰よりもよく知っていた鉄山さんのことだから、事故に遭わないように細心の注意を払っていたはずだ。それでも事故は起こってしまった。何か他のことに気を取られたのかもしれない。一瞬の判断力が鈍っていたのかもしれない。しまった、と思ったときにはもう遅かったのだろう。

 「本望」という言葉は軽々に使いたくはないが、それでも半世紀以上山で暮らしてきた男の最期として「山」以上にふさわしい場所はなかったのではないかと思う。
 鉄山さんにとって山は仕事場であり、生きがいであり、還るべき場所だったのではないか。

 75になってもなお現役で木を切り続けた本物の「はたらきもの」鉄山さんのご冥福を心からお祈りします。


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by butterfly-life | 2011-05-19 12:21 | リキシャで日本一周


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