■ インド一周旅行記(26) 「カラフルな女とマッチョな男」 バックナンバーはこちら ■
足の裏がやけどしそうに熱くなった真昼の砂浜を、一人でとぼとぼと歩いていた。アンドラ・プラデシュ州の海岸線沿いに点在する小さな漁村にバイクを止めて、海に向かって歩き出したまではよかったのだが、あまりの暑さと足元をすくう柔らかな砂地に、すぐに足どりが重くなってしまった。 砂浜には十隻ほどの漁船が船底を空に向けた格好で並んでいる。今日の漁はすでに終わったのだろう。夜明け前に船を出して、明け方頃に浜に戻ってくる。そのような近海漁業を営んでいる集落のようだ。村人は家で昼寝でもしているのだろう。活気のない漁村ほどつまらないものはない。 仕方ない、引き返すか。そう思って頭を上げたときに、思いがけないものが目に飛び込んできた。鮮やかな赤いサリーを身にまとって漁網を引く女たちの姿だった。 ![]() なんて美しいんだろう。 白い砂と青い海。その単調な世界に混じった赤い点。その組み合わせが絶妙だった。ありふれた日常の中に宿る偶然の輝き。 僕が探し続けていたのは、こんなシーンだったのだ。そう直感した。 女たちは砂浜に足を踏ん張って、沖に仕掛けた漁網をぐいぐいと引き上げていた。それは紛れもない力仕事の現場だった。誰が見ているわけでもなかった。それなのに女たちはまるでハレの日のような鮮やかな衣装を身につけていたのだ。 普段着がやたらと色鮮やかなのは、漁民だけに限ったことではなかった。畑を耕す女も、工事現場で日雇い労働をしている女も、やはり赤や黄色といった派手な原色のサリーを身につけていたのである。 ![]() [労働の現場でも派手なサリー姿で通す] ![]() ![]() アンドラ・プラデシュ州に住む少数民族の女たちの衣装もユニークだった。鏡がいくつも縫い付けてある派手なブラウスを着て、腕には十個以上もの白い腕輪をジャラジャラとつけているのだ。これが普段着なのである。 しかし彼女たちのジャラジャラとした腕輪は、田植えや綿花の収穫のときには明らかに邪魔なものである。どう考えても、腕輪を外した方が仕事の能率は上がるはずだ。それでも彼女たちが腕輪を外さないのは、効率や合理性を超えたもの――端的に言えば「美意識」――を大切にしているからだと思う。 ![]() ![]() [田植えの邪魔になっても腕輪は外さない] 伝統的な美しさとは常に一定の非合理性を含んでいる。逆に言えば、他人から見れば理屈に合わないような奇習の中にこそ、美の源泉があるのではないか。インド人の伝統に対するある種のかたくなさを見ると、そんな風にも思うのである。 インド人は自分たちの伝統文化に対して強い誇りを持っている。極めて保守的だと言ってもいいだろう。特に女性にはその傾向が強く、それはインド女性の大半がいまだに民族衣装であるサリー姿を貫き通していることからもうかがえる。デリーなどの大都会ではTシャツにジーンズ姿の若い女の子を見かけることもあるが、田舎ではそのような欧米スタイルは皆無といってもいい。和服を着るのは成人式や結婚式といった場面に限られてしまった日本の現状とは正反対だ。 もちろんインド女性がサリーを好むのはファッションに対する「かたくなさ」の表れだけではない。根強いサリー人気の背景には「洗濯のしやすさ」という要因があることも見逃せない。サリーは一枚の長い布であり、普段着用なら生地も薄いので、とても簡単に洗濯できるのだ。だから、たとえ力仕事の現場でサリーが汚れてしまっても、すぐに洗うことができるのである。 ![]() [インド流のお洗濯] ![]() インド人は洗濯好きである。ため池や川岸、井戸や滝のそばなど、水のあるところに行けば、そこには必ずサリーを洗濯する女たちの姿がある。 インド流の洗濯は、衣服を手に持って大きく振りかぶってから、思い切り石に打ち付ける豪快なものだ。バシン、バシンという景気のいい音が、あたりに響き渡る。そうやって洗濯の終わったサリーはすぐに地面に広げておけばいい。強い日差しと乾燥した空気によって、たちどころに乾いてしまうのである。 ![]() カラフルな女たちとは正反対なのが、男たちだった。南インドの男たちはルンギーと呼ばれる腰布を巻くスタイルを基本としているのだが、汚れたり破れたりしている服をそのまま着ている人も多く、女たちのように身なりに気を配っている人はあまりいなかった。 にもかかわらず、僕はインドの男たちに強く惹かれるものを感じていた。あるいはカラフルな女たちよりも、被写体としての魅力は上だったかもしれない。それは彼らが贅肉など一切ない引き締まった肉体を持っていたからだった。上半身裸になり、汗をしたたらせながら働く筋肉質の男たちには、無駄なもののないシンプルな美しさが宿っていた。必要なものが必要なだけある機能的な美。それがインド人男性の美しさの本質だった。 ![]() ![]() ![]() インドでは、南に下れば下るほど人々の肌の色が黒くなる傾向があるのだが、その南インドの男たちの褐色の肌が焼け付くような太陽光線に照らされると、まるで上質の漆器のようにつややかに輝くのだった。 肉体というのは、それだけでとても美しいものなのだ。僕は改めてそう感じた。 ■ インド一周旅行記のバックナンバーはこちら ■ ※このブログはトラックバック承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
|
ツイッター
■ たびそら (公式サイト) ・ フォトギャラリー ・ 旅行記 ・ 通信販売 ■ 三井昌志プロフィール 旅写真家。1974年生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は6冊。旅した国は37ヶ国。 2010年には「バングラデシュ製のリキシャで日本一周」という本邦初の旅を行いました。 ■ 三井昌志の作品集 ![]() 「CD-ROM版・東南アジア旅行記」 ブログ未公開の旅行記46回と、高画質写真ファイル1377枚を収録したボリュームたっぷりの電子書籍です。 ![]() 「CD-ROM版・インド一周旅行記」 ブログ未公開の旅行記36回と、高画質写真ファイル972枚を収録したボリュームたっぷりの電子書籍です。 ■ 三井昌志の本 ![]() 「この星のはたらきもの」 「働く人は美しい」をキーワードに、働くこと、生きることの喜びにあふれた人々の表情を世界中から集めました。 (2009/10 パロル舎) 「スマイルプラネット」 この世界にたったひとつしかない、とびきりの笑顔を探して、ぼくは旅に出た。かけがえのない「笑顔の星」へのメッセージがつまった一冊。 (2008/10 パロル舎) ![]() 「子供たちの笑顔」 笑顔には国境なんてない。遊び、学び、働き、共に笑う…。アジアで暮らす子供たちのありのままの姿を収めた写真集。 (2006/08 グラフィック社) ![]() 「美少女の輝き」 ある時期に現れ、ある時期になると消えてしまう。そんな特別なオーラを身につけた少女たちの輝く瞳を集めた写真集。 (2006/08 グラフィック社) ![]() 「素顔のアジア」 津波後のインドネシアや内戦後のアフガニスタンを歩き回り、人々の逞しさと笑顔の価値を知った。旅写真家の新境地。 (2005/09 ソフトバンク・クリエイティブ)
カテゴリ
全体
インド旅行記2012 東南アジア旅行記 インド一周旅行記 リキシャで日本一周 リキシャでバングラ一周 動画 バングラデシュの写真2011 カンボジアの写真2010 ベトナムの写真2010 パプアニューギニアの写真2009 インドの写真2009 バングラデシュの写真2009 カンボジアの写真2009 ネパールの写真2008 バングラデシュの写真2008 ミャンマーの写真2008 フィリピンの写真2008 スリランカの写真2008 東ティモールの写真2008 インドの写真2007 カンボジアの写真2007 ベトナムの写真2007 ネパールの写真2006 その他 未分類 以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 2007年 06月 2007年 05月 ファン
|