100年変わらない風景 (ミャンマー旅行記1)
 今回から旅行記の新シリーズがスタートします。


 横一列に並んで田植えにいそしむ女たちの姿を見かけたので、バイクを止めて土手を下った。

 田んぼにはまだ10代前半とおぼしき女の子たちの姿が多かった。日向に立っているだけでどっと汗が噴き出してくるほど日差しの強い日だったが、彼女たちの肌は意外に白かった。日除けのすげ笠をかぶり、長袖のシャツを着て、顔には「タナカ」と呼ばれるミャンマー独特の日焼け止め兼化粧品を塗っている。紫外線対策はばっちりなのである。





 僕がサンダルを脱いで裸足で田んぼに入ると、女たちがおかしそうに声を上げて笑った。
 あなたも田植えを手伝ってくれるの?
 そう言っているようだった。

 ミャンマーは女の国だ、と改めて思った。女性がとにかく陽気で、実に絵になるのだ。


苗を手にしたおばさんがおどけたポーズを取る




 マンダレーは人口100万を超えるミャンマー第二の都市だが、碁盤の目状に整備された都市部の外には、青々とした田んぼが広がっている。そこで営まれているのは、人や牛の力に頼った昔ながらの農業だ。


二頭だての水牛にスキを引かせて田んぼを耕す人々

 エーヤワディー(イラワジ)川のそばに作られた田んぼでは、お米は年に一度しかとれないという。雨季になると川の水位が上がり、田んぼが水の底に沈んでしまうからだ。水の底に沈むのは田んぼだけではない。人々が住む集落も同じだ。雨季には地上2mの高さまで水位が上昇するから、家屋の床はものすごく高い位置に作られている。


川のそばにある僧院。雨季に水位が上がるために、とても高い位置に床がある。

 村が水浸しになる雨季には、小さな木のボートが唯一の移動手段になるので、どの家も必ずマイボートを持っている。このボートは川で魚を捕るときにも使われる。「半農半漁」とはよくいったもので、農業ができない時期には、魚がたくさん捕れるようになるのである。



 村は静かだった。水牛や豚などの家畜がのんびりと日陰で寝そべり、おばあさんがカラカラと糸車を回している。

 高床式の家屋の下では、女たちが葉巻を作っていた。一枚の葉っぱに細かく刻んだタバコを載せ、両手を擦り合わせるようにして巻き上げ、最後に端を糊付けすれば完成である。女たちの手つきは滑らかで、あっという間に一本の葉巻が出来上がる。


葉巻タバコを作る農家の女の子

 この手作り葉巻は一本20チャット(2円)で売られている。物価の安いミャンマーでも飛び抜けて安い。

 値段が安いこともあって、ミャンマー人は大のタバコ好きである。男ばかりでなく、女もよく吸う。世界中で広がっている禁煙ブームの波も、まだミャンマーを飲み込むまでには至っていないのだ。

 ミャンマー人だってタバコが健康に悪いことは知っている。「あんたタバコ吸うのかい?」と聞かれて、僕が「ノー」と答えると、十中八九「そりゃいいことだ」と言われる。でも、やめられない。十代からずっとヘビースモーカーで、重度のニコチン中毒になっているから、やめたくてもなかなかやめることができないのだ。


ミャンマー人は男も女もよくタバコを吸う。おばちゃんの至福のひととき



 村の中心には古い木造の僧院があった。ミャンマーの農村には必ず僧院とパゴダ(仏塔)があり、その隣に小学校がある。僧院・パゴダ・学校。この三つがワンセットになって村の中心に鎮座しているのだ。

 小さな村には不釣り合いなほど広い僧院は、高級材であるチークをふんだんに使った立派な建物だった。村の乏しい財力をありったけつぎ込んで作ったのだろう。片言の英語が話せる僧侶によると、この僧院は118年前に建てられたもので、70人の僧侶が住んでいるという。

 僧院の窓から少年僧が顔を出していたので、すぐにカメラを構えた。彼は照れることも微笑むこともなく、ただまっすぐにこちらを見つめていた。



 古い建物全体を包み込む柔らかな光も、画面を構成する色の配分も、少年僧の中立的な表情も、すべてが完璧だった。
 時間が止まっているようだった。僕が目にしているのは「今ここにしかないもの」であると同時に、「100年前から少しも変わらないもの」でもあるのだ。100年の歴史と現在とが、ファインダーの中で重なり合っていた。

 決定的な瞬間をものにするために必要なのは、テクニックでも感性でもない。たまたまそこに居合わせること。偶然の導きを信じて、ひたすら歩き回ることなのだ。




 2012年初め頃からミャンマーの話題がメディアで頻繁に取り上げられるようになって、僕は焦りを感じていた。

 欧米諸国に対して国を開き、外国から資本と観光客を呼び込んで、近代化を一気に進めようというミャンマー政府の方針転換は、ミャンマーの人々にとって良い知らせなのは間違いない。しかしそれによってミャンマーという国がもともと持っていた魅力が失われてしまうのではないか。そんな心配が頭をよぎったのだ。

 急がなければ。
 今年が最後のチャンスになるかもしれない。



 しかし、そんな心配は全くの杞憂に終わった。確かに観光客は急増していたし、それに伴ってホテル代は驚くほど高騰していたが、それだけだった。ミャンマー人の人なつっこさや親切さは、以前と少しも変わっていなかった。僧院に流れる穏やかな空気もまったく同じだった。人々はこれまでと同じように、見ず知らずの人間を開けっぴろげの笑顔で迎えてくれた。

 ミャンマーは僕を待ってくれていた。
 そんな気持ちを持ちながら旅することの幸せを、僕は噛みしめていた。


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by butterfly-life | 2014-01-29 09:32 | 旅行記2013


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