イスラムの犠牲祭「イード」のあまりにも血なまぐさい儀式
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ダッカが血に染まる日


 イスラムの犠牲祭「コルバニ・イード」当日の朝、ダッカの街はいつもにもまして賑やかだった。男たちは朝早く起きてモスクに行き、礼拝を済ませてから牛を殺す儀式の準備に取りかかるのだ。


巨大なモスク「ナショナル・モスジット」から、朝の礼拝を終えた男たちが続々と出てきていた。礼拝を終えた人々にお金を恵んでくれと集まってくる物乞いたちも多い。特別な儀式がある日は、喜捨に応じる人の数も多くなるようだ。


牛の喉をかき切るために使われる刀

 牛の喉をかき切ること自体は、それほど大変ではなかった。牛の首は柔らかく、入念に研がれた刀は十分に鋭利だからだ。

 首を切るよりもずっと大変なのは、立っている牛の足を縛って横倒しにし、動けないように上から押さえつけることだ。普段は従順で鈍感な牛でも、さすがに自らの死期が間近に迫っていることは察知しているらしく、必死の形相で最後の抵抗を試みるのである。

 250キロを超える大型の雄牛ともなると、力も強く気性も荒いから、5人がかりで押さえつけようとしても、それをはね飛ばして暴れ回ることもある。僕が撮影していた黒い牛も、突然狂ったように暴れだし、前足を大きく跳ね上げて逃げようとした。これは牛の周りを取り囲んだ人々にとっても予想外の反応だったようで、悲鳴を上げて家の中に駆け込む人もいた。





 しかし最後の力を振り絞った牛の抵抗も、男たちの落ち着いた対処によってあっけなく鎮火された。男たちは牛の後ろ足につけた綱をしっかりと握りしめ、牛の反抗が落ち着くのを待ってから、前足に縄をかけて動きを封じ、一気に綱を引いて牛を横倒しにしたのだった。それでジ・エンド。巨大な黒牛はすっかり観念した様子で目を閉じてしまった。

「アッラーフアクバル(アッラーは偉大なり)」
 と三度唱えながら刀で牛の喉をかき切るのはイスラム聖職者の役割である。しかし牛の数があまりにも多すぎるので、正式な聖職者だけではとても数が足りず、マドラシャーと呼ばれるイスラム学校を卒業したばかりの若者がその代役を務めることも多かった。



 鋭く研いだ刃先が牛の頸動脈に達すると、真っ赤な血が噴水のように噴き出してくる。インクのように鮮やかな色だ。牛は断末魔の叫び声を上げながら、4本の足を激しく動かす。



 刀はたちまち首の骨にまで達し、気道が真っ二つに切り離される。しかしその後も「グハー」というおぞましい牛の叫び声は続く。正確に言えば、これは声ではない。肺にたまった空気が気道から直接外に漏れ出ている音なのだ。


牛の喉から勢いよく噴き出てきた血を浴びる男



 頭を切り落とされた牛は、すぐさま皮を剥がれ、肉と骨と内臓に切り分けられていく。真ん中から腹を割いて内臓を取り出し、あばら骨から肉を切り離し、さらにその肉の塊を細かく切り刻んでいく。すべての作業は実に手際よく、短時間で進められていた。









 ダッカは文字通り血の色に染まった。
 ありとあらゆる街角、ありとあらゆる路地裏で、牛が倒れ、血を流し、肉と骨に変えられていったのである。

 牛の巨体を力づくで押さえつけ、返り血を浴びながら首を切り落とす。それは実に男っぽい儀式だった。男がやるべき仕事だった。実際、牛を屠殺するのも肉を切り分けるのもすべて男性が行い、女性は家の窓から遠巻きに見ているだけなのだ。

 街の男たちにとっても、この儀式は「男らしさ」をアピールするまたとないチャンスになっているようだ。父親が鮮やかな手つきで牛の巨体をかっさばいていく様子を、息子たちは少し離れたところから「すげぇな」という憧れの眼差しで眺めていた。









 そこには我々の原初的記憶――おそらく狩猟民だった時代に植え付けられたもの――を蘇らせてくれるような圧倒的な迫力があった。

 ダッカの人々は肉を食べるために牛を犠牲にしていた。しかしそれだけではないのだと思う。ただ牛肉を食べるためだけにしては、あまりにも多くの血が流されているからだ。
 牛の喉を切り裂き、大地を血で満たす。それがこそが、ダッカにおけるイードの真の目的なのではないか。僕はそう感じた。

 イスラム教におけるイードの本来の意味は、僕にはわからない。おそらく立派な宗教的意味があるのだろう。しかしそれとは別に、バングラデシュで繰り広げられたこの儀式には、僕の中の何かを揺り動かす強い力があった。
 人間は他者の血と生命を犠牲にして生きながらえている。その事実に対する誇らしさと怖れとがないまぜになった複雑な気持ちを味わうことになったのだ。
 それは清潔なスーパーでラッピングされた肉を買う現代人に対する強烈な一撃だった。お前はこうして命を食べているんだぞ、と問いかけられているようでもあった。

 野性から遠ざかって久しい現代人にとって、本物の血を見る機会は少ない。それはダッカ市民にとっても同じだ。だからこそ、この儀式が必要なのだろう。忘れてはならない野性を呼び覚ますために、我々の体内を駆け巡る血と肉をバーチャルなものにしないために、人々は刀を研ぎ、大地を血に染めているのかもしれない。

 街を埋め尽くしていた牛たちも、夕方までにはあらかた姿を消してしまい、あとには大量の牛の皮だけが残されていた。肉はそれぞれの家に持ち帰られ、内臓はゴミ捨て場に捨てられ、骨は専門の業者に回収されてしまったのだ。道ばたに積み上げられた皮は、祭のあとの寂しさをよりいっそう際立たせていた。



 やがてその牛皮も業者が回収しに来る。1枚3000タカ(3700円)で引き取られた皮の大部分はインドへ輸出されるという。バングラデシュには皮なめし工場の数が少ないからだ。つまりインドからやってきた牛が、バングラデシュで首を落とされ、皮を剥がされ、またインドに送り返されるというわけだ。そしてその皮の一部は靴やバッグに加工されて、再びバングラデシュに輸入されることになるだろう。



 こうして犠牲祭を中心においた「牛貿易」は、インドとバングラデシュとのあいだに大量の肉と皮と現金とを行き来させているのである。



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by butterfly-life | 2014-05-14 09:32 | 旅行記2013


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