カテゴリ:リキシャで日本一周( 152 )
142日目:つくりもんまつり(富山県高岡市→石川県小松市)
 昨日はザーザー降りの雨だったのでリキシャはお休みにした。これでゴールの10月2日まで一日たりとも無駄にはできなくなってしまった。タイトスケジュール。持ち時間を使い果たしたあとの棋士みたいな心境だ。「にじゅうびょう・・・・じゅうびょう・・・ご、よん・・・先手、五四金」みたいな。
 でもまぁ何とかなるだろうと楽天的に考えている。リキシャがぶっ壊れたときも、100キロ以上の距離を歩いて進むことができた。その経験が「何が起きても何とかなる」という自信にも繋がっている。

 今日は高岡市から石川県に入り、金沢市、小松市まで行く予定。
 朝から強い風が吹き付けていたが、数日前までとは正反対の追い風だったので助かった。何度も書いているが、リキシャは風に左右される乗り物である。追い風なら時速16,7キロが簡単に出せるのだが、向かい風だとどんなに頑張っても時速10キロがせいぜいになる。ペダルの重さも疲労度もまったく違う。結局今日は76キロ走ったのだが、追い風のおかげでほとんど疲れを感じずに済んだ。

 高岡市福岡町では少々変わったお祭りが開かれていた。「つくりもんまつり」といってカボチャやナスやオクラなどの野菜を使ってさまざまな人形(つくりもん)を作り、その出来を競う祭りらしい。
 この町には300年以上前から、秋に収穫した野菜をお地蔵様に奉納する習慣があったそうだ。やがてそれが野菜を使った人形作りに変わり、祭りの規模も大きくなっていった。地元のテレビや新聞にも取り上げられ、「つくりもん」が巨大化し、使う野菜の量も増えていったという。
 しかし10年ほど前からは徐々に祭りの規模も縮小してきている。不況のあおりで協賛する企業が減り、町の高齢化も進んでいるので、「つくりもん」を作る人が減ってきたのだ。今年出展された「つくりもん」は33体。地味で素朴な「原点回帰」的な作品が多いという。



 「つくりもん」が飾られたテントは、福岡町の広い範囲に点在している。アンパンマンやゲゲゲの鬼太郎などのアニメキャラを模したものや、坂本龍馬や大伴家持などの歴史上の人物などをテーマにした作品が多い。出来がいいものもあれば、いまいちなものもある。一等に選ばれると賞金がもらえるということもあって、それぞれに趣向を凝らした作品になっている。




 
 これとよく似たお祭りを、まったく別の場所で見た記憶があった。
 あれは一体どこだったっけ。
 しばらくあれこれと考えた末に、ようやく思い出した。そうだ、東ティモールだ。

 東ティモールはキリスト教の国なので、毎年のクリスマスは国を挙げて盛大に祝う。その一環として開かれているのが「全国馬小屋コンテスト」だった。「馬小屋」とはイエス・キリストが生まれた場所。東ティモールでは村ごとに小さな馬小屋のレプリカを作り、その中に聖母マリアとキリストの像を置いて、キリストの生誕を祝うのである。
 ある村の馬小屋には芝生がきれいに敷き詰められていた。別の村の馬小屋は赤や黄色の電飾で飾り付けられていた。スピーカーとアンプを置いてレゲエ音楽を流している馬小屋もあった。
 村の若者が馬小屋作りに熱心なのは、国で一番優れた馬小屋を作った村には政府から豪華賞品が贈られるからだという。
 「つくりもんまつり」も「馬小屋コンテスト」も、もともと宗教的な行事として始まったイベントが、作品それ自体の出来映えを競うように変質したという同じような経緯を辿っている。何かを作れば優劣を競いたくなるし、次回はもっといいものを作ってやろうと考える。そういう人間の性質は世界中どこでも同じなのだろう。


【これが東ティモールの「馬小屋」。サンタの表情が怖いですね】

 富山県ではほとんどの田んぼがすでに刈り取りを終えていた。
 農家の庭先で脱穀した後の籾殻を袋に詰めているご夫婦がいた。脱穀機にかけた後の「かす」をトラックに積んで、収穫が終わった後の田んぼにまくのだという。土の養分になるのだ。
「今年は暑かったから、あまり米の出来は良くなかったよ」と奥さんはため息混じりに言う。「例年の85%ぐらいかねぇ。野菜も暑さにやられてダメだったしねぇ」
 北海道や東北では、猛暑のおかげで米が例年になく豊作だと聞いていたが、北陸まで下ると暑さが稲へのダメージになってしまったようだ。暑すぎてもダメ、寒すぎてもダメ。自然を相手にした農業の難しいところだ。



 峠をひとつ越えて石川県に入る。
 金沢は「小京都」と言われるだけあって、古い街並みが残っているところが多かった。長町の武家屋敷の土塀などは丁寧に保存されていて美しい。けれども先を急がなければいけなかったので、ほんの少し見回っただけで、兼六園にも寄らずに金沢市を後にした。まぁいい。いつかまた来ることがあるだろう。

 国道8号線を南下して、小松市に向かう。
 特にこれといった特徴のない町だが、ここには「松井秀喜ベースボールミュージアム」なるものがある。松井選手の故郷なのだ。
 まだ現役で活躍中なのに、博物館が建っているというのはすごい。僕は松井選手と同い年なんだけど、高校生の頃から彼が同級生だとは思えなかった。抜群の運動能力も、落ち着き払った態度も、頭の大きさも、全てが「超高校級」だった。


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本日の走行距離:76.3km (総計:6109.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:10円 (総計:71680円)

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by butterfly-life | 2010-09-27 07:03 | リキシャで日本一周
140日目:全国外食チェーンランキング(富山県魚津市→高岡市)
 この一週間、さえない天候が続いている。秋雨をもたらす前線がリキシャの動きに合わせて移動しているようにも思えてくる。行けども、行けども、雨。また雨だ。
 今朝は窓を叩く激しい雨音で目を覚ました。これではリキシャで走るのは無理だなぁと思って二度寝していると、そのあいだに雨は上がっていた。完全にやんだわけではないが、走ろうと思えば走れる。そういう微妙な天気だ。
 こういうときに重い腰を上げるのには力がいる。体は疲れていて、「そろそろ休ませてくれよ」と言っているのだが、その一方で「こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない」という気持ちもある。ゴールの日にちを決めているから、丸一日を無駄に過ごしている余裕がないのだ。

 というわけで荷物をまとめてリキシャに乗る。たいした雨ではないから、カッパを着ればなんとか走れる。
 魚津市を出て海岸線を西へ進むと、すぐに滑川市に入った。滑川市(ちなみに「なめかわ」ではなくて「なめりかわ」と読む)はホタルイカの水揚げが多く、「ほたるいかミュージアム」なる建物や、「ほたるいか祭り」や「ほたるいかマラソン」といったイベントが行われているそうだ。
 ちなみに10月10日に行われる「ほたるいかマラソン」のポスターには、「ほたるいかの光りのように 輝く自分を見つけよう」という取って付けたようなキャッチコピーが書かれていた。ほたるいかのように、ねぇ。微妙だね。



 しばらく走ると雨脚が強くなってきたので、国道沿いにあるうどんチェーン「丸亀製麺」で早めの昼食をとる。厨房で働いているおばちゃんたちが駐車場に止めてあるリキシャを見て、「これで日本一周してるの?」と目を丸くした。
 そうなんですよ、と答えると、「それじゃサービスしてあげるよ」と言って、かしわの天ぷらやおにぎりをタダで付けてくれた。ありがとうございます。個人経営の食堂ならいざ知らず、全国展開しているチェーン店なのにこういう融通が利くところが素晴らしい。

 西日本を中心にチェーン展開している「丸亀製麺」は、この旅で頻繁に利用しているお店のひとつだ。讃岐うどんのおいしさと、揚げたての天ぷらのボリューム、それに値段の安さが気に入っている。働いているおばちゃんたちが一様に明るいところもいい。マニュアル通りに「いらっしゃいませー!」「ありがとうございまーす!」と連呼するだけのロボット的店員ではなくて、従業員一人一人にちゃんと表情があるのだ。

 この5ヶ月間、日本全国を旅しながら様々な外食チェーンを利用してきたわけだけど、ここで僕が独断と偏見で決める「全国外食チェーンランキング」を発表したいと思う。(このランキングは「安さ」と「ボリューム」に重きを置いていることをご了承いただきたい。リキシャを漕ぐためには何よりもカロリーが必要だからだ)

 第一位は「丸亀製麺」。
 おばちゃんにサービスしてもらったから一位になったわけではない。味もボリュームも安さも、全てが満足できるレベルなのだ。僕のお薦めは「とろろぶっかけうどん」と「かしわの天ぷら」である。讃岐うどんのコシの強さとツルツルとした喉ごしが、300円台という低価格で味わえるのは本当にすごい。

 第二位は「ジョイフル」。
 九州で圧倒的なシェアを誇るファミレスチェーンである。ツイッターでもたびたびつぶやいているが、ここの売りはなんと言っても安さ。特に日替わりランチはおかずのボリュームもあり、ライスも大盛りにできるのに、400円という信じられない価格。ドリンクバーも安いので、いつもお客さんで混み合っている。
 残念なのは、いまのところ関東より東にはほとんど出店していないこと。今後はジョイフルにどんどん東に進出してもらって、中途半端なファミレス(どことは言わないが)を蹴散らしてもらいたいものである。

 第三位は「サイゼリア」。
 言わずと知れたイタリアン・ファミレス。ここも安さを売りに全国展開しているが、それでいてピザもパスタも決して味は悪くない。僕のおすすめは「真イカとアンチョビのピザ」。たっぷりと汗をかいた体にアンチョビの塩気がたまらない。ハウスワインが信じられないぐらい安いのも嬉しい。

 第四位は「ビッグボーイ」。
 店舗数はあまり多くはないが、地味に全国展開しているハンバーグレストラン。なぜか北海道に多かった。ここの売りは充実のサラダバー。ハンバーグとセットにするとそれなりの値段にはなるが、新鮮しゃきしゃきのサラダを好きなだけ食べられるのは魅力的。外食ばかり続けていると不足しがちな野菜がたっぷりと補給できるのは嬉しかった。
 ちなみにこの「ビッグボーイ」。なぜか場所によっては「ビクトリアステーション」とか「ミルキーウェイ」といった違う名前の看板を掲げているのだが、経営母体は同じらしくて、名前は違ってもメニューと値段はまったく同じなのである。どうして「異名同根」という不思議な戦略をとっているのかは不明。でもおいしい。

 第五位は「マクドナルド」。
 マックって安いことは安いけれど、正直言ってあまりおいしくないなぁと思っていたのだけど、その認識を一変させたのが、朝限定メニューの「ソーセージマフィン」である。これはうまい。なのに100円。これには驚いた。肉のうまみも、カリッとしたパンの食感も、通常のハンバーガーよりはるかに上質だ。しかし朝にしか食べられないというのは残念だ。だから今のところマック(ああしまった、関西人はマクドって言うんだった)を利用するのは朝だけである。

 閑話休題。
 リキシャの旅に戻ろう。
 滑川市を西に進み、富山市に入る。しかし富山市では市街地に入らずに、北部の国道を走り抜けただけなので、これといって書くべき事はない。富山市民の皆さんには申し訳ないが、北風が強かったことと、横殴りの雨に難儀したことぐらいしか印象に残っていない。穏やかな晴天に恵まれていたら、もっと違った富山を味わえたに違いないのだが、旅の印象というのは往々にして天候に大きく左右されてしまうものなのである。

 思い出した。富山市でひとつだけ印象に残ったものがあった。
 神通川にかかる長い橋を渡りきったところに、古い白黒写真が落ちていたのである。雨に濡れてふやけてはいたが、写っている女性の姿はまだ鮮明だった。
 僕はリキシャを止めて、その写真に見入った。結婚式のときに撮られたもののようだった。写っているのは豪華な着物を着て角隠しを被った若い女性。もう一枚の写真には、古いかたちの自動車に乗り込もうとしている花嫁の姿がある。撮られたのは戦後間もない頃だろうか。ひょっとしたら戦前かもしれない。いずれにしても半世紀以上前の貴重な写真であることは間違いない。



 それにしても、どうしてこんなに古い写真が道ばたで雨ざらしになっているのだろうか。それが不思議で仕方なかった。仮説はいくつか考えられる。たとえば、写真に写っている女性が住んでいた家が取り壊されたときに、この写真だけ風に飛ばされてしまったとか。あるいは、亡くなったおばあちゃんの遺品整理をしているときに、たまたま通りかかった野良猫がこの写真を気に入ってくわえて行ってしまったとか。
 一枚の写真からあれこれと想像を膨らませるのは楽しい。古い写真はタイムカプセルのようなもので、何十年も後になって見直すと、まったく別の価値が生まれてくる。
 僕がこの旅で撮った写真も50年後(そのときまで生きているだろうか?)に見直すことがあれば、また違う発見があるに違いない。

 午後からは再び雨脚が強まったので、富山市から高岡市までひたすらリキシャを漕ぎ続けた。風は強かったが、昨日のような向かい風でないのが救いだった。
 天気予報では「この雨は空気を夏から秋に入れ換えるでしょう」と言っていたが、本当にその通りで、午後になると朝方よりもずいぶんと気温が下がってきた。リキシャを漕いでいてもだらだら汗をかくことはなかった。

 4時過ぎに高岡市に到着した。駅前では「ツイッターを見てますよ」という女性に声を掛けられた。アルバイトに行く途中、たまたまリキシャを見かけたので驚いたそうだ。
 彼女によれば、高岡市は地味な町で、銅を使った仏具や鐘の生産で有名なのだそうだ。日本三大仏(!)のひとつ高岡大仏も銅で作られている。アルミサッシの生産額日本一の町としても知られているそうだ。金属加工の町、高岡。なかなかすごいじゃないですか。


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本日の走行距離:46.6km (総計:6033.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:5円 (総計:71670円)

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by butterfly-life | 2010-09-24 20:26 | リキシャで日本一周
139日目:親不知を抜ける(新潟県糸魚川市→富山県魚津市)
 朝から雨混じりの強い風が吹く悪天候。窓の外を眺めてため息をつく。
 しかし9時前に雨が上がったので出発する。昨日と同じ展開だ。
 雨は止んだもののの、風は止まなかった。進行方向のちょうど真向かい、西から強い風が吹き付ける。リキシャは全然前に進まない。平地ですらリキシャを押して歩かなければいけないほどだ。今日は試練の日になりそうだ。

 国道8号線を西へと進むと、難所として知られる「親不知」が現れる。ここは切り立った斜面が海岸線ギリギリにまで迫っているせいで、落石防止用のトンネルの中をくぐりながら進まなければいけない。アップダウンも激しく、しかもトンネル内はクネクネと曲がりくねっていて見通しが悪い。しかも厄介なことに、この道は化学製品やセメントなどを積んだ大型トレーラーが数多く走っているのだった。


【親不知のトンネル】

 このただでさえ危なっかしい道に、ノロノロと走るリキシャが混じることで、危険はさらに高まってしまう。もちろん僕はリキシャの後部に付けたLEDランプを点滅させながら進むわけだが、背後から「グググォー」という轟音を響かせながら迫ってくるトレーラーの圧迫感は、言葉では言い表せないぐらい怖かった。体中から汗が噴き出てきて、それを拭うこともできずに、とにかく一刻でも早くこの恐怖のトンネルを抜け出そうと、必死でリキシャを押した。


【これは旧道のトンネルか? 今は使われていないようだ】

 恐怖の親不知をなんとか抜けて、境川を渡ると富山県に入る。通過するのに6日間を要した長い新潟県をようやく抜け出すことができたわけだ。
 正午過ぎには雲が晴れ、日差しが出てきたのだが、西からの風はさらに勢いを増した。ペダルを踏みつけてもまったく前に進んでくれない。これだけの強風は北海道の稚内で経験して以来のものだ。

 このままでは体力を闇雲に浪費するだけなので、目についたドライブインで「風宿り」をすることにした。食堂は定休日だったのだが、自動販売機の横に置いてあるソファに座って一休みする。それにしてもすさまじい風だ。ガソリンスタンドの入り口に並んだのぼりがちぎれそうなぐらい激しく揺れている。

 1時間ほど風が止むのを待っていたが、いっこうに収まる気配がないので、諦めて出発することにした。漕げなかったら歩くまでだ。
 宮崎という集落では、漁師のおじさんが飲みかけのアクエリアスをくれた。
「この辺はタラが名物でな。『タラ汁』って看板を見ただろう? 昔はタラがたくさんとれて、この辺も賑わったんだけど、今はとれんようになってしまってな。よそから仕入れてるんだ」
 確かにここに来るまでのあいだ、『タラ汁』という看板をよく見かけた。ご当地グルメなのあろう。これを目当てに来る観光客もいるようだ。
 それからこのあたりには『ヒスイ』という看板も多かった。縄文時代からヒスイが産出し、勾玉に加工されていた場所らしい。



 海岸線を離れて入善町の平野部に入ると風はいくぶん弱まってきたが、それでもリキシャはノロノロとしか進まなかった。時速8キロから9キロ。ひどいときには5キロ台にまで落ち、そうなると歩いた方が速いのだった。

 50キロあまりの道のりだったが、向かい風に体力を消耗させられて、魚津市に入った頃には12ラウンドを戦い抜いたボクサーのようにクタクタに疲れていた。もうすっかり日が暮れていたので、とにかく何か口に入れようとスーパーの駐車場にリキシャを止めようとしたときに、後ろからパトカーに呼び止められた。
「そこの人力車、ちょっと止まりなさい」
 パトカーに乗った警官がわざわざマイクを使って命令した。今まさに駐車場に止めようとしているところに「止まりなさい」はないよなぁ、と既にこの時点でカチンと来ていた僕は、それでも素直に命令に従ってリキシャを止めた。
「あのー、君、これで国道を走ってたでしょ」
 メガネをかけた背の低い警官がパトカーから出てきて言った。赤いパトランプを点滅させたパトカーからは、彼に引き続いてがっちりとした体格の若い警官と中年の警官が降りてきた。おー、なにやらものものしいですね。
「はい。さっきまで国道8号線を走っていましたよ」
「車道を」
「もちろん」
 当たり前じゃないか。リキシャは軽車両だから車道を走らなければいけない。それは道路交通法に定められていることである。そんなことは交通課の警察官なら百も承知だろうに。
「実はさっき8号線を走っているドライバーから通報があってね。人力車が国道を走っているって」
「はぁ。それの何が問題なんですか? 軽車両が車道を走らなきゃいけないことぐらいご存じでしょう?」
「うん。ランプもちゃんとつけてるようだね。でもこれじゃ小さいな。もっと目立つようにしてくれないかな。危ないから。これを後ろに貼るなりして」
 そう言って警官は細長い反射板を貼り付けたテープを手渡した。100円ショップで売っているような安物くさい安全グッズだ。
「目立たない?」
 僕は驚いて言った。まさか。僕のLEDライトはかなり強力で、普通の自転車よりはるかに目立つはずなのだ。言いがかりもいいところである。だいたいこんなチープな反射板を取り付けたところで、リキシャがより目立つようになるなんてあり得ない。
「あのね、事故で死ぬのは僕なんですよ。僕だってこの年で死にたくなんてない。だからトンネルでも夜道でも、できるだけ目立つように工夫して走っているんです。だいたい僕のリキシャが本当に目立たないんだったら、通報したドライバーはどうしてこれが人力車だとわかったんですか?」
「まぁまぁ、あなたの言い分もわかりますけどね、もっと目立つようにしてくださいよ。それから一応、名前と住所だけ教えてもらえますか?」
「どうして? なにも違反なんてしてないでしょう? 軽車両で国道の車両を走った。有灯火で。それのどこが問題なんですか?」
 語気が荒くなってきたのは、疲れていたからである。肉体的な疲労がピークに達していて、イライラしていたのだ。これ以上無意味なことに時間を割きたくなかったのである。
 ここではっきりさせておきたいのは、道路交通法のどこを読んでも僕の行為は100%ノープロブレムであるということだ。完全無罪。一人のお調子者ドライバーがリキシャの出現にびっくりして、警察に110番しただけなのだ。お節介市民。文句があるのなら直接言えばいいのに。
「いや、だからですね、こっちも仕事でやっているんですよ」と警官は苦笑いを浮かべて言った。「なにも尋問しているわけじゃありません。ご協力をお願いしているんですよ」
「だから何のために!」
「市民から通報があってパトカーが出動したからには、手ぶらで帰るわけにはいかんのですよ。上司にも事の経緯を報告しなくちゃいけない。だからですね、名前と住所だけ教えてもらえませんか。お願いしますよ」
「わかった。わかりましたよ」
 これ以上突っ張っていても時間の無駄だと思ったので、僕は名前と住所を言った。若い警官はそれをきちんと手帳に記入した。
「それじゃ、気をつけて旅を続けてください」
 そう言って警官はパトカーに乗って去っていった。それはどうも。

 ふー。なんだか急に疲れを感じて、深いため息が口から漏れた。俺は今、何をしていたんだっけ。そうだ、スーパーで食べ物を買うつもりだったんだ。
 スーパーの入り口に向かって歩き出そうとすると、ひょろっと背の高い若者二人が近づいてきた。金髪にピアス、だぶっとしたズボン。年の頃なら18,9だろうか。
「お兄さん、いま警察と喧嘩しとったでしょ」
 一人がちょっと嬉しそうに言った。
「喧嘩はしてないよ。事情を説明していただけ。こっちは何も違反なんてしてないから」
 二人はリキシャに興味津々の様子で、シートを触ってみたりギアをのぞき込んだりしていた。
「これで日本一周しているの? マジすげぇね。カッケェ。これ、いくらしたの?」
「2万円。バングラデシュって国で作って持ってきたんだよ。カッコいいでしょ?」
「うん。マジ格好いいよ。俺も乗りてぇよ」
「でも大変だよ。今日みたいに向かい風が強いときにはね」
「そうか。頑張ってね。日本一周、絶対成功させてね」
「ありがとう」
 格好はやんちゃだったけれど、素直ないい子たちであった。彼らと話していると、警官とのやりとりでささくれ立っていた気持ちがなんとなく落ち着いてくるのがわかった。

 あの警官は「こっちも仕事でやっているんですよ」と言った。実際その通りなのだろう。彼だって彼なりに公僕としての職務を果たそうとしているのだ。それは僕にもわかる。
 でも、こっちだって仕事でやってんだ。と僕は思う。
 しかも命張ってんだ。トンネルの恐怖とも戦ってんだ。
 そこんとこ、わかってくれよな。頼むよ。


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本日の走行距離:54.6km (総計:5986.5km)
本日の「5円タクシー」の収益:15円 (総計:71665円)

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by butterfly-life | 2010-09-24 00:25 | リキシャで日本一周
138日目:おじいさんの古時計(新潟県上越市→糸魚川市)
 朝起きると雨がざーざーと降っていたので、しばらく部屋で様子を見て過ごし、10時のチェックアウトギリギリになって宿を出る。するとさっきまでの雨が嘘のように晴れ上がっていた。
 ラッキー。たまにはこういうことがあってもいいよね。

 直江津の港から海沿いの道を西へと進む。三連休最後の日だからか、国道8号線は混み合っていた。
 坂の途中に止めた車から降りてきたのは板垣さん。ずいぶん前に僕のブログを見たことはあったが、新潟に来るとは思っていなかったので(当初は「日本を縦断する」と書いてあったから)、リキシャとすれ違ったときには「まさか」と思ったそうだ。しかしリキシャで日本を走っている人が他にいるはずはないと、慌てて車をUターンさせたのだという。
「僕は俳句が好きで、松尾芭蕉のことを調べていたんです。あの『奥の細道』の旅で、芭蕉はちょうどこの道を通ったんですよ。江戸を出発して、奥州から越後を通って大垣まで、150日で歩いているんですね。たったの150日ですよ。昔は道がもっと悪かったから大変だったと思うんですが、それでも5ヶ月で歩けるって事に驚きました」
 45歳の芭蕉が150日間で歩いた距離は約600里(2400キロ)。普段、車や電車での移動に慣れていると、1000キロや2000キロなんて人が歩ける距離でないように思ってしまうが、1000キロの道のりだって、一日50キロ歩けるとしたら20日しかかからないのである。
 人力は確かに遅い。でもコツコツと積み重ねていけば、意外なほど遠くまで行くことができる。千里の道も一歩から。僕はリキシャの旅でこの言葉の持つ意味を実感している。

 名立という漁村にある小さな食堂で、オダさん夫婦にお昼をご馳走してもらった。
「今からうまい食堂で昼飯を食べるんだけど、一緒にどう?」と誘われたのだ。
 建設会社と運送会社を営むオダさん夫婦は、仕事が休みの日には海が見える食堂に出かけて昼間からお酒を飲むのだという。ここは24時間営業しているトラック野郎向けの食堂なので、仮に酔っぱらっても酔いが醒めるまで座敷にごろんと横になって仮眠を取ることができるのだ。どうやらアジア的おおらかさに包まれた食堂のようだ。



 なんでも好きなものを注文しなさいと言われたので、サンマ定食とカニとイカの天ぷらキムチと野沢菜とを頼んだ。特に天ぷらは一夜干ししたイカをカリッと揚げてあってうまかった。
「あの『5円タクシー』っての、あれ1キロ5円なの?」とオダさんが聞いた。
「いや、違いますよ。特に値段を決めているわけではないんです。これも何かの『ご縁』ってことで、たくさんの人に乗ってもらっているだけです」
「そうなのか。いや、さっきうちのやつと話してたんだけどよ、トラックの運転手は1キロ走ると20円もらえることになっているんだ。基本給プラス歩合制だな。だから500キロ走ったら1万円と基本給がもらえる。それを考えると、1キロ5円っていうのは安すぎるよなぁ」
 もちろん安すぎる。はっきり言えばタダみたいなものである。だから「5円タクシー」を普通のタクシーだと勘違いされると(そういうことはまずないが)困ってしまうのだ。

 建設業も運送業もバブルの頃には信じられないほど儲かったそうだ。仕事は山のようにあり、札束がぼんぼん飛び交っていた。しかし儲かった分、使い方も荒かった。夜の町で豪遊して、一晩で100万使うなんて事もざらだった。今から考えれば馬鹿なことをしたなぁと後悔もしている。
「俺はいま51だけどよ、50年なんてあっという間だぞ。特に40歳から50歳までは本当にすぐに過ぎる。だから今のうちに後悔のないように、腹を決めてやった方がいいぞ」

 オダさん夫婦に別れを告げて、再びリキシャにまたがる。いつまでものんびりしたい気分だったが、そういうわけにもいかない。
 午後からは向かい風が強くなり、平地でもリキシャを押して歩かなければいけないほどだった。直江津から糸魚川までは40キロあまりと距離的には短かったが、お昼にたっぷり休憩したせいで到着は日暮れ間近になった。

 糸魚川の商店街の外れに店を構える近藤時計店のご主人は、なんと90歳だった。
「この時計屋は父親が始めたもんなんだ。大正の初めだから、今から100年ぐらい前になるかね。馴染みのお客さんもいるもんだから、閉めるわけにはいかないんだよ」
 近藤さんはもともと国鉄の職員だったのだが、時計屋を営んでいた父親が病気になったので、50過ぎで退職して店を継いだそうだ。それ以来40年、ずっとここで時計の販売と修理を行っている。



 お店の壁には古めかしい振り子時計がいくつも架けられていた。一日に一度ゼンマイを回してやらないと動かない大きなのっぽの古時計。ボーン、ボーンと重々しい音で鳴る、存在感のある時計。
「こういう時計って売れるんですか?」
「まぁ、ぼちぼちだなぁ。あんまりたくさんは売れないよ。でもうちは時計の修理もしているから、それでなんとかやっているんだ」
 腕時計の電池交換や故障した時計の修理など、馴染みのお客さんから依頼された仕事をこなすことで、なんとか店を続けられているようだった。
 それにしても、時計の修理という細かな手仕事を、90歳のおじいさんが現役でやっているというのはすごい。目も手も、もちろん頭もしっかりしていなければつとまらない。
「周りの人間は100歳までやりゃいいなんて言うけどな、そりゃちょっと無理だな。さて、あと何年続けられるか・・・」
 近藤さんは怪盗ルパンが使っていたようなルーペを右目にはめ、手元をライトで照らしながら腕時計の裏蓋をピンセットで外した。慣れた手つきだった。
 壁に掛けられた古時計はコッチコッチと律儀に時を刻んでいた。




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本日の走行距離:43.8km (総計:5931.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:100円 (総計:71650円)

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by butterfly-life | 2010-09-23 14:58 | リキシャで日本一周
137日目:頭痛に効く薬(新潟県柏崎市→上越市)
 頭痛は相変わらず続いている。頭の左の方がずきずきと痛む感じ。普段、ほとんど頭痛を感じることのない体なので、これがどういう種類の頭痛なのか判断がつかない。風邪にしては他の症状がないし、一応リキシャだって漕げる。特に問題はないのだが、気にはなる。

 昨日薬局で買った頭痛薬を飲む。「バファリン」ではなくて「バッサニン」。なんでもバファリンと同じ成分で値段は半分なのだという。薬版PB商品みたいなものか。成分が一緒ならもちろん安い方がいいわけで、このバッサニンを買ったわけだ。薬を飲むと痛みは消えるのだが、半日ほど経って効果が消えるとまた痛みだした。

 今日は80キロ以上先の糸魚川まで行くつもりだったが、あまり無理をしたくなかったので、ちょうど半分の地点にある上越市まで行くことにする。
 たいした距離ではないはずなのだが、海沿いの道はアップダウンの連続で苦労した。急な坂道を上っては下り、また上っては下る。高台は日本海が一望にできる絶景スポットらしいが、景色を楽しんでいる余裕はなかった。汗を拭いつつリキシャを引っ張り上げる。


【リキシャを見て集まってきた御一家】


 柏崎市を抜けて上越市に入ると、アップダウンはいくらかマシになった。国道8号線を離れて、住宅街のあいだを走る道を行く。
 しかし頭痛のせいなのかはわからないが、今日はあまりいい出会いに恵まれなかった。仕方ない。こういう日もあるさ。

 直江津の近くで上越よみうり新聞の記者さんから取材を受ける。
「あとどのぐらいで終わりますか?」との問いに、
「2週間です」
 と答える。ゴールとラストランの日程を決めてしまったから、2週間後にはこの旅を終えて東京に戻ることになる。あと2週間。今までの長い道のりを考えたら、もう残りわずかと言ってもいい。

 今日のような体調の悪い日には、旅の終わりが待ち遠しくなる。こんなしんどい毎日から早く抜け出したいと思う。
 でもその一方で、心に残る出会いが生まれると、まだ旅を続けたいという気持ちが湧いてくる。
 長旅の終わりになると、僕はいつも「続けたい」と「終わらせたい」とのあいだで心が揺れ動くことになる。


【バイクで追いかけてきたおじさん。赤いエプロンは防寒用の装備なのだそうだ】

 上越市では温泉付きのビジネスホテルに泊まった。
 泊まり客ならタダでは入れる大浴場には、8種類の薬草を煮出したという深緑色のお湯が張られていた。浴室の中には漢方薬のにおいが漂っている。その名もずばり「漢方の湯」。
 壁に貼られた効能書きには「漢方エキスが毛細血管を通じて染みこみ、自然治癒力を高めてくれる」とある。確かにこのお湯、浸かってみるとピリピリと肌が傷む。いかにも効きそうだが、さて頭痛には効いてくれるのであろうか。


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本日の走行距離:47.3km (総計:5888.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:20円 (総計:71550円)

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by butterfly-life | 2010-09-22 21:26 | リキシャで日本一周
136日目:稲刈り日和(新潟県三条市→柏崎市)
 今日は晴天に恵まれて、絶好の稲刈り日和になった。
 黄金色に色づいた田んぼには、コンバインの姿が目立つ。ここのところずっと雨がちだったから、どの農家もこの晴天を利用して稲刈りを終えてしまおうと必死なのだ。今日は土曜日なので、平日働きに出ている兼業農家にとっても都合がいいようだ。



「今日は一家総動員だな」とすげ傘をかぶったおばあさんが言う。「明日も雨の予報だからよ、みんな急いでるんだ。今年の夏は暑かったから、米の出来はいいんでねぇか」
 農協の倉庫も大忙しだった。収穫を終えた農家のトラックがひっきりなしに出入りしている。9月18日は新潟の農家にとって一年で最も忙しい日になったようだ。



 リキシャの旅を始めた3月には、まだどの田んぼにも苗は植えられていなかった。その頃は天候不順で肌寒い日が多く、長期予報では冷夏だと言われていた。それが一転して酷暑の夏になり、9月に入っても残暑厳しく、ようやく暑さが一段落したところで収穫を迎えたわけだ。
 巡る季節。ずいぶん長いこと旅をしてきたもんだと改めて感じる。





 三条市から長岡市までは平坦な道のりだったが、そこから柏崎に至る国道8号線は峠越えの道だった。雨の中を走り続けてきた無理がたたったのか、ここのところずっと頭痛に悩まされている。今日も午後からだんだん頭が痛くなり始めて、頭がぼんやりとしてきた。なのに坂道を上らなければいけない。



 少し歩いては休み、また歩いては休む。それを繰り返して、なんとか峠の頂上までたどり着いた。
 そこから下り坂を一気に駆け下りて、柏崎市に入った。2007年に起きた新潟県中越沖地震によって火災が発生し、運転を停止したあの柏崎刈羽原子力発電所を擁する町である。
 この原発は東京電力が管理しているので、作られた電気ははるか遠く東京にまで運ばれている。巨大な送電用の鉄塔がいくつも連なって山を越えていくのが見える。


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本日の走行距離:61.6km (総計:5840.8km)
本日の「5円タクシー」の収益:70円 (総計:71530円)

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by butterfly-life | 2010-09-21 21:58 | リキシャで日本一周
135日目:リキシャに架かる虹(新潟県新潟市→三条市)
 今日も早朝から雨模様だった。前線の動きが不安定らしく、毎日天気がころころと変わる。
 最近、毎日のように雨のことばかり書いているので自分でも飽き飽きしているのだが、実際リキシャにとって雨は大問題なので書かないわけにはいかないのだ。

 雨が上がったのは9時過ぎだった。のんびりと支度をして、10時に出発。しかししょっぱなからトラブルに見舞われる。リキシャの左ペダルが踏み込むたびに「ギギギ」という不吉な音を発しだしたのだ。一瞬、またクランクの故障かとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。ペダルそのものに不具合が発生した模様。

 しばらく走ったところに古い自転車屋があったので、ペダルの交換をお願いする。
「こりゃなんだい?」と店主は目を丸くした。「俺は70年生きてきたけど、こんな自転車を見たのは初めてだ」
 僕はいつものように事情を説明した。これはバングラデシュから持ってきたリキシャという乗り物なんです。これで日本を一周しています。もう4ヶ月以上これに乗ってきて、いろんなところにガタが来ているんです。
「・・・というわけで、ペダルを交換して欲しいんですが」
「そりゃいいけどよ、こんな旅をしてゼニはどうするんだい?」
「そりゃまぁ、お金は必要ですね」
「そうだろう。『5円タクシー』なんて言って儲かるわけないもんなぁ。しかし、どうしてこんなことをやろうって気になったんだ? それが不思議だなぁ」
 おじさんは「若い奴の考えることはわからん」と首をひねりながらも、どこか楽しそうだった。初めて見るリキシャに興奮を抑えられないようだ。
「こういう古い型の自転車は、最近の若いもんには直せんよ。技術を持った職人じゃないとな」
「ずっと自転車屋をやっているんですか?」
「ああ、そうだよ。あんたが生まれる前からずっとだ」
 おじさんはリキシャのペダルをぐいっと力を込めて外し、その代わりに店にストックしてあった中古パーツを取り付けてくれた。ついでにクランクとペダルとを繋いでいるピンも交換してくれた。修理が終わると、さっきまでの不快な音はもうしなくなっていた。おぉ、素晴らしい。
「完璧です。ありがとうございました。おいくらですか?」
「いらんよ。タダでいい」
「本当ですか?」
「あぁ、あんたもゼニが必要だろうからな。その代わり、ときどきでいいからよ、新潟の自転車屋のことを思い出してくれや」
 粋なセリフをさらりと口にできるのが格好良かった。根っからの職人なのだろう。つっけんどんな口調の中に、情の厚さが垣間見えた。

 新潟市の南部には果樹園が広がっていた。ナシや桃やぶどうなどの果樹が延々と続いている。
 果樹園ではときどき「ボン!」という号砲のような炸裂音がこだまするのだが、これは果実を食べに来る鳥を追い払うための装置である。周りが静かなだけに、いきなりの「ボン!」はかなり心臓に悪い。それからAMラジオを大音量で流しているところもあったが、これも鳥害対策のひとつのようだ。


【おいしそうなナシ】

 軽トラックに乗ったおじさんが「兄ちゃん頑張ってるなぁ」と言って、とれたばかりの桃を二つくれた。
「これは日本最後の桃だ」とおじさんは言う。「桃は夏の果物だろう。でもうちで作っている品種は収穫が9月なんだ。だからこれが今年日本で食べられる最後の桃だ」
 その桃は休憩のときにナイフで皮を剥いて食べた。果肉は硬めだったが、それでいて甘味がしっかりとあっておいしかった。

 3時頃に再び雨が降りだした。ザーッという強い雨が突然降ってきたので、きっとにわか雨だろうと農家の倉庫で雨宿りをした。案の定、20分ほどで雨は上がり、すぐに日差しも戻ってきた。
 巨大な虹が現れたのは、雨上がりの果樹園をゆっくりと走っているときだった。東の空に太くてくっきりとした色彩のアーチが出現したのだ。これはすごい。ここまで鮮やかな虹を見たのは、生まれて初めてかもしれない。よほど条件が良かったのだろう。太陽のある西の空はきれいに晴れ上がり、東の空にはまだ雨を含んだ雲が残っている。



 僕はリキシャを止めて写真を撮った。リキシャに架かるレインボーアーチ。自然が作り出した七色の橋は極彩色のリキシャに見事にマッチしていた。
 ここ数日雨に悩まされてばかりだったけれど、こういうご褒美がもらえるのなら雨もいいもんだ。そう思えた。



 今日は長岡市まで行くつもりだったが、雨とリキシャの故障とで思うように進めなかった。
 仕方なく、新潟市から40キロのところにある燕三条に泊まることにする。上越新幹線の駅のそばに造られた人工的な町だ。


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本日の走行距離:39.6km (総計:5779.2km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円)

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by butterfly-life | 2010-09-20 21:20 | リキシャで日本一周
134日目:おかぶりの下(新潟県村上市→新潟市)
 ここのところずっと不安定な天気が続いている。昨日は爽やかに晴れ上がったものの、今日はまた雨模様だ。
 いつ雨が降り出してもおかしくないような鉛色の空を見上げながら荷物をまとめて宿を出ると、それを待ちかねていたように雨がぽつぽつと落ちてきた。あぁ・・・。
 カッパを着てリキシャにまたがる。まだ小雨なので、本降りにならないうちにできるだけ進んでおくことにしよう。

 海岸線をしばらく進むと、稲刈りをしているおばさんたちに出会った。稲刈り機ではなく、カマを使った手刈りだった。
「この田んぼはちっちぇし、土がぬかるんでいるから機械も入れないのよ」
 とまもなく80歳を迎えるというおばあさんが言った。
「子供の頃からこうやって稲刈りしてきたから慣れたもんよ。でもよぉ、近頃は体のあちこちにガタが来ているんだ。膝も腰もよくねぇ」
 そう言うわりには、おばあさんのカマさばきは的確で素早かった。さすが大ベテランである。





 このあたりは海岸線のすぐそばまで山が迫っているので平地が少なく、他人に売るほどたくさんの米がとれるわけではない。小さな田んぼに家族が食べる分だけの稲を植えているのだ。
 刈り取った稲は、竹の棒を何本も並べた台に吊して、一週間程度乾燥させる。これは『はさがけ』という昔からの乾燥法で、こうして天日干ししたお米は機械で乾燥させた物より味がいいのだそうだ。
 カマで稲を刈るのは女性の仕事で、それを運んで『はさがけ』にするのは男性の仕事だった。こういう男女の役割分担はアジアの国々とも共通している。田植えも稲刈りも主役は女性である。男はそのサポート役に徹する。昔の日本もおそらくそうだったのだろう。





 ところで、このあたりに住むおばさんたちはみんな頭に頭巾のようなものを被っているのだが、これが何なのか、前々から気になっていた。まるでムスリム女性が被るチャドルのように、目のところだけがスリット状に開いていて、外から顔が見えないようになっているのだ。
「これは『おかぶり』っていうの」
 と稲刈りをしているおばさんが手を止めて説明してくれた。もちろん彼女もおかぶりを被っているので、こちらからは目しか見えない。
「江戸時代の殿様が助平だったんだ。よく田んぼさやってきて、気に入ったおなごをお城に連れて行ったんだって。でもやりたいことが済んだら、そのおなごは城の外にポイよ。そんなことがあったんで、ここらのおなごはみんな『おかぶり』を被るようになったって話さ」
 なるほど。なかなか興味深い話である。この話が本当なら、ムスリム女性に似ているという僕の第一印象もあながち的外れではなかったということになる。ムスリム女性がブルカやチャドルで顔を覆うのは、「美しいものは隠しなさい」というコーランの教えに基づいている。既婚女性を他の男たちの無遠慮な視線から守る目的があるのだ。
「今は助平な殿様はいないけど、おかぶりは農作業には便利なんだよ。日焼けもしないし、ゴミやホコリなんかも防げるから」
「おかぶりをとってもらえませんか?」
「ダメダメ。私は顔に自信がないから、ダメ。美人も、そうでない人も、これ被っていると同じでしょ? それがいいんだ」
 そういうわけで、おかぶりの下にどんな顔が隠されているのかは残念ながら確認できなかった。



 稲刈りをする人々も雨をあまり気にしていない様子だったが、それは釣り人も同じだった。雨が降ろうが風が吹こうが、暑かろうが寒かろうが、釣り人というのは一貫して同じ姿勢をとり続けることができる気の長い性質の持ち主のようだ。たいしたものである。飽きっぽい僕なんかが手を出す趣味ではなさそうだ。

 朝方は小雨程度だったが、走り出して2時間もすると本降りになってきた。しかし今さら走るのを止めるわけにもいかないので、カッパを着てリキシャを漕ぎ続けた。
 村上市から新潟市までの道のりで特に記すべきことはほとんどない。ただただ雨に打たれて、頭の先からつま先までぐっしょりと濡れて、それでもひたすら前に進み続けた。これ以上進めないほど雨脚が強まったときには、農家のガレージで雨宿りをさせてもらったが、それ以外はずっと走り続けていた。

 そうそう、胎内市で驚いたことがひとつあった。それは高さ40メートルもある巨大な像が突然目の前に現れたのである。看板には「親鸞聖人の像」とある。普通、こういう立像はお釈迦様や観音菩薩などをモデルにしているものだが、実在した親鸞聖人が巨大化して立っているというのはちょっと違和感がある。しかもコンクリートの質感そのままで、作りが粗いのである。顔の造形もマンガっぽい。誰がどのような目的で作ったのかは不明だが、そのチープさも相まって見た目のインパクトはなかなか強烈だった。


【親鸞聖人の立像。コンクリートの質感がチープだった】

 雨宿りに時間を取られたせいで、新潟市街に入ったときにはもう日が暮れてしまっていた。雨降りでしかも夜。一番走りたくないシチュエーションだが、今日はなんとしてでも新潟市まで行くんだと決めていたので、我慢して進む。
 本日の走行距離は79.5キロ。雨と風に一日中悩まされ続けたことを考えれば、相当に頑張ったと思う。やれやれ、本当に疲れました。


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本日の走行距離:79.5km (総計:5739.6km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円)

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by butterfly-life | 2010-09-19 19:29 | リキシャで日本一周
133日目:日本海に落ちる夕日(山形県鶴岡市→新潟県村上市)
 朝から絶好のリキシャ日和だった。雲ひとつない青空と、乾燥して冷ややかな風。秋の訪れを感じさせる空気だ。
 乾いた空気の匂いを嗅ぐとモロッコの旅を思い出す。路地が複雑に入り組んだ迷路のような街にも、ロバに荷物を載せて歩いたアトラス山脈の村にも、不毛の大地サハラ砂漠にも、乾燥した空気が持つ独特の匂いがあった。



 鶴岡の町を出てから国道7号線を進む。由良峠の厳しい上り坂を越えると、由良の集落に出る。小さな漁港のあるのんびりとした村だ。
「由良はあんまり雨が降らねぇんだ」
 小さな荷車を押していたおばあさんが教えてくれた。
「晴れの日が多いんだ。いぃところだよ。魚だったらタイでもカニでもなんでもとれるし、冬にはノリやアオサがとれるんだ」



 日本海を右手に見ながらリキシャを漕ぎ続ける。数キロおきに点在する小さな漁村以外にはほとんど人が住んでいない地域だ。コンビニも滅多にない。
 あつみ温泉を過ぎたところで、バイクに乗った外国人にiPhoneを向けられた。鶴岡市に住んでいるマーク・スチュワートさん。ライダージャケットと口ひげがちょいワル感を醸し出しているが、本職は英会話学校の経営で、大学でも英語を教えているそうだ。
「その乗り物は初めて見たよ。タイの三輪車かい?」
「いいえ、バングラデシュから持ってきたんです。これで日本を一周しています」
「オー、クレイジーだな、それは」
「ええ、クレイジーなんです」
 イギリス生まれニュージーランド育ちのマークさんは、子供の頃から空手やテコンドーなどの格闘技が好きで、若い頃は格闘技雑誌のカメラマンをしていたそうだ。
「今日は大学が休みだから、一人でバイクに乗って海を見に来たんだ。ニュージーランドでは海のすぐそばに住んでいたからね。海を見ると気持ちが落ち着く。この辺は食べ物がとてもおいしいよ。シーフードももちろんうまいし、『塩ソフト』もいける。ちょっとソルティーなソフトクリームだけど、これが甘くておいしいんだ」


【愛車にまたがったマークさん。カッコいいですね】

 勝木の漁港では、10人ほどの漁師たちがとぐろ状に巻いた縄をクレーンで吊り上げていた。もうすぐ始まる鮭漁の準備だという。定置網を引っ張るための縄を十日間かけて用意している。鮭は一度に何千匹もとれるそうだ。
 漁港にはイカを釣るための巨大なランプをぶら下げた船も係留されていた。遠方から来た釣り人を乗せて沖に向かう船も多い。このあたりは平地がほとんどないので、産業と呼べるものは漁業か釣り人相手の観光業ぐらいしかないのである。
「このあたりもすっかり寂しくなったねぇ」と90歳を迎えたおばあさんは言った。「村さ歩いていても、誰ともすれ違わねぇ。年寄りしかおらんようになった。私の孫も東京さ出たっきり帰ってこん。村に残っているんは90年ここで生まれ育った私みたいな年寄りだけよ」







 今日は一気に村上市の市街まで行くつもりだったが、一日で85km進むのはさすがにキツく、15キロほど手前の「笹川流れ」で日没タイムアウトになってしまったので、適当な民宿を見つけて泊まることにした。



 午後5時45分。信じられないほど美しい夕日が西の空を染めた。それまで雲の向こうに隠れていた太陽が、日没の直前になって顔を出したのだ。かたく閉じていたまぶたがすっと開くように雲が切れたのだった。
 夕日に染まったのは西の空だけではなかった。無数に連なる波頭も、ごつごつした岩礁も、陸地の森も、道路も、リキシャまでもがあかね色に染まっていた。
 それは一瞬の出来事だった。時間にして1分も続かなかった。しかし長い長い一日の最後に待っていたご褒美としては、十分すぎる長さだった。




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本日の走行距離:68.3km (総計:5659.8km)
本日の「5円タクシー」の収益:285円 (総計:71460円)

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by butterfly-life | 2010-09-18 20:48 | リキシャで日本一周
132日目:おばあちゃんのスイカ(秋田県にかほ市→山形県鶴岡市)
 象潟の漁港には、漁船のペンキ塗りをする漁師たちの姿があった。1年に一度赤いペンキを塗り直す。こうしないと貝が船底にへばりついて船の速度が落ちてしまう。この漁船は刺し網漁をしていて、ヒラメや甘鯛などが捕れるという。



 象潟の町を南に下っていると、畑仕事をしていたおばあちゃんからスイカをいただいた。
「ほら食べれ。あんまりうまくねぇけどよな。8月のスイカは中玉でおいしいんだけどよ、これはもう遅いもんだから、うまくねぇんだ」
 そんな「言い訳」とは裏腹にスイカはおいしかった。シーズンのものはもっと甘いのだろうが、リキシャを漕いで大量の汗をかいている体には、少々水っぽいぐらいがちょうどよかった。
 キヌ子ばあちゃんの畑にはカリフラワーやキャベツ、ネギやナスやシソなどの野菜が所狭しと植えられていた。
「畑さ来ると、ゆっくりするの。とれたもんを食べるのよりも、育てる方が楽しいんだ。毎日少しずつおっきくなるのを見ているだけでも楽しいの。それに野菜ば作ってると、頭もボケないようですな」
 とれた野菜は自分だけでは食べきれないから、ご近所や親戚にあげる。人が喜ぶのを見るのが何よりも楽しい。タマネギなんて年に4回も送る。



 キヌ子ばあちゃんは明るくてよく喋るおばあちゃんだった。生まれは山形県だが、結婚を機に秋田に越してきた。しかし40代の頃に旦那さんを亡くしてしまう。
「脳卒中だったの。秋田県は脳卒中で死ぬ人が全国一多いんだと。酒も飲むし、しょっぺぇ漬け物を食べるからな。それから秋田は自殺率も一番なんだ。悪い方の一番だけどな」
 旦那さんが亡くなってからは苦労もしたが、娘が勤めに出てくれたので、今はとても幸せに暮らしている。
「その娘も今年60歳で定年なの。おばあちゃん二人になっちまうな。でもまさかオレも80歳まで生きるとは思わねかったなぁ。いやいや、わからんもんだなぁ」



 キヌ子ばあちゃんと別れてから、しばらく国道7号線を南下していると、後ろからチャリダーが追いついてきた。ただのチャリダーではない。ママチャリで日本一周をしている若者であった。彼の自転車は使い古された本物のママチャリで、駅前に放置されているのを失敬してきたと言われても、そのまま信じてしまいそうな代物だった(そうじゃないよね?)。
 旅に必要な道具はリュックにまとめて自転車の荷台に積んであるのだが、そのリュックの上にはTシャツやパンツなどが無造作にくくり付けられている。
「今日は天気がいいから、洗った服を乾かしながら走っているんです」
 なるほど。確かに合理的である。しかし事情を知らない人がこれを見たら、ホームレスだと勘違いするんじゃないだろうか。旅をはじめてから3ヶ月。あまり他人の視線が気にならなくなったとのことだが、もうちょっと気にしてもいいんじゃないかい。



 ママチャリ旅行者の田辺君は大学3年の時に就職活動をやめて、旅に出る決意をした。自分がなにをやりたいのかもわからないのに、周りに流されて就職をしても長続きしないだろうと思ったからだ。千葉県を出発して北海道に渡り、アルバイトをしながら旅を続けている。
「どうして旅に出たんだってよく聞かれるんです。毎日のように。そのたびに考え込んでしまうんですよ。理由がないわけじゃないんです。でもそれを言葉にしようとすると、どれもぴったりとこない」
「この旅が終わったときに見つかるかもしれないね」
「そうですね。でも結局は見つからないかもしれない」
「そのときはまた旅に出る?」
「そうかもしれません。外国にも行ってみたいんです。でも言葉が通じないからちょっと怖くて」
「大丈夫、何とかなるよ」
 田辺君は「とびっ子」というあだ名を持っている。彼は高校生のときに校舎の三階の窓から飛び降りたことがある。だから「とびっ子」。無茶苦茶である。友達からはヒーロー扱いされたが、それと引き替えに全治3ヶ月の重い捻挫という代償を払わなければならなかった。昔から少々変わり者だったようだ。
 田辺君は別れ際にサツマイモを僕にくれようとした。焼きイモではなく、生のイモである。さっき産直で買ったばかりだそうだ。気持ちはありがたいけど、調理のしようがないので断った。
「それ、どうやって食べるの?」
「携帯用のガスバーナーで焼こうかと。それが無理だったら茹でて食べます」
 発想がワイルドである。野生である。どうしてもっと調理のしやすい食べ物を買わなかったのだろう。どうしても芋を食べたい気分だったのだろうか。


【糞害に憤慨。気持ちはわかるが、なにもそんなにペットボトルを並べなくてもいいじゃないか。まるで結界である】

 今日は不思議な天気だった。日本海の海上はきれいに晴れているのに、内陸は分厚い雲に覆われているのだ。半分は青空で、半分は曇り空。その境界線をひた走った。



 秋田県と山形県の県境を通り過ぎ、遊佐町に入ったところで、白い犬を助手席に乗せたおじさんが車を止めて話しかけてきた。学校の先生をしていた今野さん。若い頃から登山が好きで、61歳の時にはエベレストにも登頂した。ネパールやインドでリキシャを見た経験もあるという。
「昔の登山仲間は何人か山で死んでいるんだ。もう俺も年だから、日本各地にいる仲間を訪ねたり、墓を回ったりして、余生を過ごそうかと思っている」

 アップダウンの続く海岸道路を抜けると庄内平野である。言わずと知れた米どころだ。稲刈り直前で黄金色に輝く田んぼが、はるか遠くまで広がっている。なんという実り豊かな光景だろう。
 酒田から鶴岡にかけては昔から米作りをしている農家が多く、古い日本家屋が並んでいた。落ち着いた街並みは映画「おくりびと」のロケにも使われたそうだ。






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本日の走行距離:68.3km (総計:5585.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:35円 (総計:71175円)

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by butterfly-life | 2010-09-17 20:21 | リキシャで日本一周