カテゴリ:インド旅行記2015( 52 )
インドの美少女

インドの美少女

 この一週間ほど、北インドは季節外れの雷雨と寒さに見舞われていた。パンジャブ州では最高気温16度で冷たい雨が降りしきり、吐く息も白かった。それでも誰も傘なんか差していない。インド人は雨耐性も強いのだ。僕が折りたたみ傘を差していると「なんだ?」という顔で見られた。傘って意外に便利なんですよ。雨にも濡れないし・・・。

 12月に日本を出発したとき、ユニクロのウルトラライトダウン(あれは便利ですね)を持ってきたのだが、インドに着いた初日にどこかに置き忘れてしまったのだ。痛恨のミス。薄いウィンドブレーカーだけでは厳しすぎる寒さだった。

 3月6日は北インドに春を告げるお祭りホーリーの本番で、これを境に気温も上がり始めた。

 今回の旅も残り1ヶ月を切った。これから東に進みながら、インド中部をディープに回ろうと思う。



金属製の水瓶で井戸の水を家に運ぶ少女。水道があまり普及していないインドでは、水くみは毎日欠かせない仕事だ。


登校途中のムスリムの少女の制服は真っ白だった。ムスリムの子供たちの多くが、公立学校だけでなく、モスクに併設されたイスラム学校にも通っている。


まるでモデルようなポーズと笑顔を向けてくれたのはグジャラート州バウナガールで出会った少女。


このキラキラした瞳で、この子は毎日どんな世界を見ているんだろう?


こんなふうに毎日笑って生きていたいな


グジャラート州バローダの街で出会った少女。


ラジャスタンには目や鼻が大きくてインパクトのある顔立ちの子が多い。


お寺の境内で出会った少女。「写真撮って!」とぐいぐい近づいてきた。
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by butterfly-life | 2015-03-07 11:24 | インド旅行記2015
インドの渋くてカッコいい男たちの写真
渋カッコいいインドの男

 北インドではおじさんにカメラを向けてばかりいます。ただ路地裏に座って日向ぼっこしているだけなのに存在感がある。そういう男性が実に多いのです。

 色鮮やかなターバン、長く伸ばした髭、刻まれた深い皺。それらが彼らが積み重ねてきた日常の厚みを物語っているのです。


路地裏にただ座っているだけなのに、この存在感。ただものではない。


際立った存在感を放つ80歳のサタラワラさん。長年インド国鉄に勤めていた人だが、その風貌は芸術家のようでもある。


渋カッコいいインドの鍛冶屋。真っ赤に熱した鉄を、電動ハンマーで叩いて刃物に加工する。


インド人ってその辺にあるものを適当に重ね着しているように見えて(実際そうなんだろうけど)、なにげにオシャレなんだよな。


オシャレというのは流行を追うことではなく、自分のスタイルを持っていることだと思う。だからラジャスタンの男は渋カッコいいんだ。


ターバンを巻いたシク教徒が人口の多くを占めるパンジャブ州は、渋カッコいい男の総本山とも言える場所だ。


男が男らしくあるためには、立派な髭が欠かせない。


インドではあまり見ない猫と渋カッコいいおじさんの写真。インドには野良犬は腐るほどいるけど、野良猫は漁村とムスリム地区ぐらいでしか見かけないのです。
インドに猫が少ないのは、ヒンドゥー教徒には猫が不吉な存在だからだとか。犬は特にかわいがりはしないけど、ただそこにいる存在。牛はミルクを出してくれるので、まあまあ大切にされています。


もちろんインドにも「渋カッコいい」とは正反対の男だっている。ソーダ屋台の男の服装が林家ペーみたいにピンクで統一されていた。カメラを向けると、なぜか女装した自分の写真と一緒に撮ってくれという。インドにも女装趣味の人がいるらしい。よく見るとモナリザっぽい顔立ちだし。
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by butterfly-life | 2015-03-02 11:57 | インド旅行記2015
インドの食べ物

インドの食べ物

 一部の大都市ではスーパーマーケットを見かけるようになったけれど、大多数の庶民は市場や屋台や小さな雑貨屋で買い物をしています。インド人の胃袋を支えているのは、昔ながらの小規模流通なのです。


ジャガイモ、ナス、ニンジン、カリフラワー。市場に並ぶ色とりどりの野菜がインドの食卓を彩る。


インド料理に欠かせないスパイスの専門店。ターメリック、トウガラシ、コショウといったスパイスが量り売りで売られている。


いまインドで旬な果物はぶどう。1キロ40ルピー(80円)と安く、とても甘くてみずみずしい。マスカット色と紺色の二種類あるけどどっちも美味い。いつも半キロ買って、夜と朝に食べることにしています。


バナナは主に南インドで作られている。どの国でもそうだが、安くて手軽な栄養補給源だ。


自転車に大量の椰子の実を載せて売り歩く男。ほのかに甘いココナッツジュースは天然の清涼飲料だ。


グジャラートではチャイはお皿にこぼして冷ましてから飲む。町のチャイ屋台ではみんなこうして、お皿に口をつけてずずずーっと飲んでいる。グジャラーティーは猫舌なのだろうか?

昼下がりのアイスクリーム屋は大繁盛。子供や女性だけでなく、ターバンを巻いたおじさんや、メガネをかけたビジネスマンもアイスを食べる。グジャラート州は禁酒州なので酒は御法度。その代わりにアイス屋やジュース屋が非常に多い。


安食堂の壁に貼ってあったコカコーラの広告。でも実際のところ、コーラはドーサにもプーリにも合わない。というか、コーラに合うインド料理なんてあるんだろうか?
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by butterfly-life | 2015-02-19 10:56 | インド旅行記2015
インドの野良牛と野良犬と野良羊、そして人間の昼寝姿

お昼寝天国インド

 まだ2月の始めではあるのですが、インドはかなり暑くなってきました。
 北西部グジャラート州も日中の最高気温は32度ほどにまで上昇し、照りつける日差しは強烈です。昼下がりの一番暑い時間は、人も動物たちもよく日陰でお昼寝をしています。無駄なエネルギーは極力使わないようにする。それが暑い国で生き延びる術なのでしょう。


2匹の野良犬が仲良く並んでお昼寝中。

羊だってお昼寝するインドの街角。日陰の壁ってひんやりして気持ちいいんだよな。

 かくいう僕も、バイク旅の途中で昼寝をすることがあります。単調で代わり映えのしない風景の中を何時間も走り続けていると、抗いがたい睡魔に襲われるのです。そういうときはだいたいバス停で眠ります。インドの街道沿いにはバスを待つ人のために屋根付きのバス停があって、そこのコンクリート製の長い椅子に横になって眠るのです。地元の人もよくバス停でお昼寝しているから、別に怪しまれるようなこともありません。


これがインドの田舎にあるバス停。足を伸ばして横になれるぐらいのスペースはある。


仲良く二段ベッドで眠る野良犬。上か下どっちが気持ちよく眠れるのかは本人たちに聞いてください。


インド名物の野良牛さんは、窮屈そうに体を折り曲げてお昼寝中。あなたはインドじゃ「神様の使い」なんだから、もっと堂々と寝てていいんですよ。


お寺の前で気持ちよさそうにお昼寝する男。狛犬(?)に守られてぐっすりお休み。


こんな細いところにも寝ちゃいます


「考える人」のポーズでお昼寝中のおじさん


椅子に座ってお昼寝する果物屋さん。商売の方はいいのでしょうか。


昼寝姿だって、なんだかさまになっているおじさん。


 インドにはいろんな動物がいて、いろんな姿勢で昼寝をしています。それは(僕を含めた)人間たちの寝姿ととてもよく似ていて、そういうのを見ていると「人間も動物のひとつに過ぎないんだなぁ」なんてことを考えてしまうのです。
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by butterfly-life | 2015-02-10 05:14 | インド旅行記2015
インドの笑顔の写真

孤独なんて感じている暇がない

 前に「スナフキンのように孤独になるために旅をしている」と書いたけど、本当のところインドではまったく孤独ではなかったりもする。

 宿ではいつも一人だけど、町を歩けば「元気か?」「どこからきた?」「写真撮れよ!」と次々に声がかかるからだ。うるさいほどに。知り合いは誰もいないが、みんな古くからの知り合いのように親しく接してくる。孤独を感じている暇さえないぐらいだ。



 あなたと今すれ違ったことに必然性はない。たまたまだ。
 でも偶然すれ違った僕らが、こうして笑顔を交わし合うことには、何か意味があるのだと思う。



 人は本質的に孤独な存在なのかもしれない。
 でもたった一人で孤立しているわけではない。
 この世界には無数の人々が生きていて、お互いがお互いの笑顔を必要としているのだ。

 そんなことを考えながら、僕は旅を続けている。


石切場で出会った笑顔。分厚い石灰石は一人では持ち上げられないほど重いが、彼女の足取りは軽やかだった。


お祭りで出会った少女。頭に載せているのは水瓶に入った聖なる水。儀式に使う水は女たちが運ぶのだ。


川で洗濯をしていた女の子が向けてくれた素敵な笑顔。

ラッシー屋を経営するカーンさんは、チャーミングな笑顔が素敵なムスリムのおっちゃんだ。「ぜひまた来てくれよ」と言うので、「インシャアッラー(神がお望みなら)」と返したら爆笑された。
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by butterfly-life | 2015-02-05 12:23 | インド旅行記2015
インドの働き者の写真

旅先でしか経験できないこと

 日本人の若者が海外旅行に行かなくなった、という記事を見かけた。若い世代には現状肯定感が強く、日本の生活に不満を抱いていないから、わざわざ面倒な海外旅行をしなくなったのでは、という分析だ。なるほど、一理ある。

 日本の若者を外国で見かけなくなったという印象は確かにある。インドでも韓国人や中国人を見かけることはあっても、日本人にはなかなか会わない。しかし「それが問題か?」と聞かれると、考え込んでしまう。行きたくない人を無理に旅に連れて行ったって、特に得るものはないだろうから。

 「グルメだ、エステだ、買い物だ」って煽りに乗せられて海外旅行に行った人が、「なんだ、グルメもエステも買い物も、日本の方が質が良いし安いじゃないか」って気付くのは当然の成り行きだし、そういう人はもともと旅を必要としていなかったのだから、無理に誘う必要はない。

 旅人は「旅先でしか経験できないこと」を求めて旅をする。当たり前だ。日本に代替品があるのに、わざわざ外国に求める必要はない。モノや情報では満足できない人だけが、異国を歩く。旅とは昔からそういうものだったし、これからもそうであり続けるだろう。

 20代前半まで、僕は旅に一切興味がなかった。パスポートすら持っていなかった。でも26歳の時にふとしたきっかけで長旅をするようになって、それが今の仕事に繋がっている。その「ふとしたきっかけ」が何だったのか、自分でもうまく説明できないけれど、未知の異国に対する漠然とした「憧れ」のようなものがあったのだと思う。

 2001年当時、バングラデシュに関する情報なんて全然なくて、ガイドブックもなかったんだけど、どうしても行ってみたかった。そこには何か自分にとって素晴らしいものがあるような予感があった。そして実際、あったのだ、そこには。

 情報過多が旅先への「憧れ」をスポイルしているのだとしたら、ガイドブックは閉じた方がいい。スマホの電源を切り、Wikipediaは読まない。まっさらな気持ちと、一片のイメージだけを持って、異国に降り立てばいいのだ。本当の旅は、そこから始まる。

 ガイドブックには載っていないもの、本当の旅でしか目にすることができないものを求めて、今日もインドの田舎道を走っている。
 たとえばそれは、インドの働き者たちの流す汗であり、鍛冶屋の熱気や、おがくずの匂いだ。ありのままのインドの暮らしに触れる旅を、これからも続けよう。



 仕事に打ち込む。自分に与えられた役割をまっとうする。そんな人たちの一連の所作の中に、光が宿ることがある。薄暗い部屋の中で、神々しいものが垣間見える。その瞬間を、僕は追い求めている。


オリッサ州の山岳地帯で、川底の砂を運ぶ女たち。運ばれた砂はコンクリートの原料になる。


スキやクワなどの農具を作る村の鍛冶屋。炉に風を送るふいごには、自転車の車輪とペダルを再利用していた。


橋の上から川に網を投げる男。3センチぐらいの小魚が捕れる。


収穫した米を牛に踏ませて脱穀する人々。棒を使って稲藁を広げ、その上を牛が歩き回る。


古くなった布団を直す職人。硬くなった中綿を棒で叩いてほぐして、元のふかふかの布団にするのだ。
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by butterfly-life | 2015-01-29 11:41 | インド旅行記2015
飽きないインド人

飽きないインド人

 バイク旅を始めてから50日。インド南部のカルナータカ州にやってきた。
 ずっと休む暇もなく、バイクにまたがってインドの大地を走り回ってきたので、腰と背中がひどく痛むようになった。この二日間はホテルでお休み中。これまでの疲れが一気に出たようだ。

 今泊まっているホテルは小綺麗で広々としたダブルルームが550ルピー(1100円)とコストパフォーマンスが良くて気に入っているのだが、部屋が通りに面した側にあってバイク騒音やらクラクションがうるさかった。フロントかかりに「反対側の部屋に替えてくれないか」と言ったら、「夜になれば静かになる」と渋る。インド人は騒音に対する耐性がものすごく強いので、クラクションなんてどうってことないのだ。でも僕にとっては静香かどうかが非常に大きな問題なので、「どーしても替えて」と頼み込んでようやく替えてもらった。インドでは自己主張が何よりも重要で(誰もあなたの気持ちを察してはくれない)、時にはゴリ押しとも思えるほど強引に自分の要求を通さないと、物事は進まないのだ。



 部屋を替えてもらったことで外の騒音問題は解決したのだが、それで静寂を得られるほどインドは甘くない。隣の部屋の客(あるいは従業員)が、朝と夜2時間ずつ大きな音で同じ歌を流し続けるのだ。30秒ほどで終わるパートを永久に繰り返すインド歌謡だ。毎日耳が腐るほど同じフレーズを聴いていても、飽きることはないらしい。

 同じことの繰り返しにも飽きない。これもインド人の特性のひとつだ。
 例えば食。インドの町を歩いていても、よほどの大都会に行かない限り、外食の選択肢は驚くほど少ない。基本、カレーしかない。あとは焼きめしと焼きそばを中心にしたチャイニーズぐらいしかない。そしてどの店に入ってもメニューと味付けはほとんど同じである。日本のラーメン店のように「店ごとに独自の特色を打ち出して客を呼ぼう」という考え方はない。

 「飽きる」というのは、おそらく資本主義の発展に不可欠な感覚だ。僕らはすぐに飽きる。飽きるからこそ、次々に新しいヒットソングを求め、新しいスマホや、新しいカップ麺の登場を心待ちにする。おいしいと評判のパンケーキ店に長い行列を作る。僕らがもっとも苦手なもの、それは退屈だ。

 インドの農村は確かに退屈だ。特別に目新しいものなどなく、だから僕のような異邦人がふらっと訪れると、村中の人が集まってくる。飽きっぽい人が都会へ出るのか、都会へ出ると人は飽きっぽくなるものなのか。おそらく後者だろう。

 飽きることが奨励され、変化するもの、新しいものに価値をおく。そんな日本にいるとちょっと疲れる。
 インドの農村は変わらない。不変ではないが、変化のスピードはすごく遅い。だからほっとするのかもしれない。



 カルナータカ州第二の都市マイソールには、マクドナルドがあった。さすがは人口80万を擁する都会だ。オシャレなドライブスルーも付いていて、どこか祝祭的な雰囲気が漂っている。「週末は家族でマック」がインドの中流層のトレンドなのだ。



 日本のマクドナルドが苦境に陥っているのは、日本上陸当時の「憧れ」や「特別感」が消え失せ、チープでジャンクなイメージが定着したからだろう。僕はチープなマックが決して嫌いではないが、「他ではなくマックを選ぶ理由」は何ひとつ思い浮かばない。


 マイソールでは黄色い牛を見かけた。写真の色がおかしいんじゃなくて、本当にこういう色なのです。お祭りで使う色粉で染めているようだ。南インドの収穫祭「ポンガル」に関係している習慣だと思うけど、他の町では見なかったので不思議だった。

 インドの「都会度」はヘルメット着用率でわかる。州都レベルの大都市ではみんなヘルメットを被ってバイクに乗っているが、これは警察がきちんと取り締まり を行って罰金を取っているからだ。マイソールの着用率は5割ほど。取り締まりはやっているが、あまり本気ではないということか。


ちなみにインドの田舎では誰もヘルメットなんて被っていない。だから僕のヘルメットを「なんで?」という顔で見てくる。いやいや、埃っぽいカルナータカ州では必須アイテムだと思うのだが。インド人は埃に強いらしい。


インド南部カルナータカ州で見かけた風力発電の風車。このような大型風車が何十基も林立する光景は圧巻だ。


インドでセブンイレブンを発見! まぁ、ただの安食堂でしたけど。看板のファミレス風イメージと汚い店とのギャップがありすぎ。


ノート代わりの黒板を抱えた少女が、まっすぐな瞳を向けてくれた。


タミルナドゥのチャイ屋では、ミルクと紅茶を混ぜる時、高く持ち上げて豪快に混ぜる。「チャイは泡が立つほど美味いんだ」と店主は言う。


南インド・タミルナドゥのお祭りに登場したのは、全身を真っ赤にペイントした神様。彼の役割は祠にこもっている女神を外に引っぱり出すことだが、そのためには酸っぱいライムを囓る必要があるらしい。このわけのわからなさがインドの祭りの魅力だ。


タミルの人々は本当に人なつっこい。「さぁみんなで写真を撮ろう」といって僕のカメラを奪い取り、こんな写真を撮ってくれる。なぜか子供を抱かされて。
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by butterfly-life | 2015-01-24 12:56 | インド旅行記2015
パパはスナフキン

パパはスナフキン

 ムーミンのDVDを見ていた娘が「パパもスナフキンなの?」と言ったそうだ。
「スナフキンと一緒に旅に出たい」と言うムーミンに、スナフキンは答える。
「僕は孤独になるために旅に出る。孤独な旅を終えてムーミン谷に帰ってきた時の素晴らしい気持ちを味わうためにね。それに旅は楽しいことばかりじゃない。つらいことだってあるさ」
 そんな場面を見て、娘は「パパもスナフキンみたいにつらいことがあるのかなぁ」と呟いたんだとか。彼女が持っている想像力をフル回転させて出てきた言葉だと思う。

 僕はスナフキンほどカッコ良くもないし哲学的なセリフを言えるわけではないけど、「孤独になるために旅に出る」というのは多くの旅人に当てはまることだと思う。
 一人になる。たった一人で異国の町を歩く。つらいことも、腹が立つこともある。でもそれをくぐり抜けて旅を終えた時、帰るべき「ホーム」の温もりやかけがえのなさがよりいっそう際立つのだ。

 旅は楽しいことばかりではない。不愉快なこともいっぱいある。
 例えばカーンチプラムという町で泊まった宿はひどかった。ここは有名な寺院がある巡礼地で、インド人旅行者が押し寄せるので、宿が高く、どこも満室なのだ。1時間近く宿探しをして、疲れ果てて300ルピーの小汚いロッジを見つけて、チェックインしたのだが、これが失敗だった。

 小さなベッドひとつだけで、ろくに掃除もされていないことも、蚊が多いことも許そう。どうせ寝るだけだから。問題は大通りの真ん前にあって、ものすごくうるさいことだった。夜中になっても騒音は止まない。大型トラックの地響きのような走行音と、猛烈なクラクションの音圧が、ほぼ直に伝わってくるのだ。眠りたくても眠れない。インド人のように「騒音耐性」があればいいのだが、あいにく根が日本人なものだから、静かな環境でないとぐっすり眠れないのだ。

 バイク旅だって決してみんなにお勧めできるようなものではない。インドの道路を走っている限り常に危険と隣り合わせだし、バイクはしょっちゅう故障する。「安全」「快適」とは真逆の旅だ。

 それでも、こういう旅を選ぶ人がいる。たぶんそういう人は誰に勧められなくても、みんな止めても、自分の力だけでやろうとするものだ。強い内的な動機を持った人(ある種の狂気と言い換えてもいいかもしれない)だけが、やるべきことだと思う。僕だっていつもインド人に「こんなちゃちなバイクでインド一周なんてできるはずない」と言われる。実はいま三周目なんだけどね。

 爽やかに晴れ上がった朝の空を見上げる。
「今日という日はたった一度だけなんだ」と改めて思う。
 さぁ、今日にしか出会えないものに会いに行こう。


ゆっくりと地平線めがけて落ちていく太陽が、ありふれた寺院を一枚の影絵に仕立てていた。


川の水で水牛を洗う男。水牛は暑さに弱く、朝と夕方に水に浸かって体を冷やさないといけない。巨体に似合わず、繊細な動物なのです。


竹を運ぶ労働者。あぁなんて無駄にカッコいいんだろう


ふんどしひとつで川に入って沐浴する老人。体を洗った後には、朝日に向かって手を合わせる。


最近の夜の楽しみはポンカンを食べること。毎日1キロずつ買って、晩と翌朝に食べている。キロ30から50ルピー(60から100円)と安くて、とても甘い。ポンカンの原産地はインドなので、どの町にもこういう屋台が回っています。


物陰からじっと見つめていた二つの大きな瞳


こらこら、トウガラシは投げ合って遊ぶものじゃありませんよ!


インドにいると米をよく食べるようになる。たぶん日本にいる時の3倍は食べているだろう。「日本の米消費量が減り続けているのは、日本人が『おかず食い』になったからだ」と本で読んでなるほどなぁと思ったことがある。日本人の「主食」はすでに米ではない。


「バイヤー(兄さん)!写真撮ってくれや!」
ぶらぶら町を歩いていると、こんな風に声がかかる。大の大人がこんなに嬉しそうに笑うんだから、インドってほんといい国だ。


壁に貼られた映画のポスターを剥がして食べているインドの山羊。「山羊は紙が好物」って話は本当だったんだ。
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by butterfly-life | 2015-01-13 09:39 | インド旅行記2015
インドで迎える新年

インドの新年

 あけましておめでとうございます。
 新年早々、寝不足です。宿の一階がバーになっていて、12時を回ると酔っ払った若者が大騒ぎを始めたのです。インドにはニューイヤーなんて関係ねぇ、って思っていたんだけど、どの国でも若者は騒ぐ口実を見つけて騒ぎたがるもののようです。あぁ眠い。

 日本を発ってからそろそろ1ヶ月。今のところ旅は順調です。今はアンドラプラデシュ州を南下中。インドも南に来るとかなり気温が上がってきます。最高気温は30度を少し超えるぐらい。過ごしやすい陽気、といったところでしょうか。

 大晦日には一日に1900枚以上撮影しました。「シャッターをたくさん押せば、いい写真がたくさん撮れる」というわけではないのですが、撮影枚数は自分が旅に入り込めているかどうかのひとつの指標にはなります。
 光と土と水に恵みを全身で感じる1日でした。


2015年も実り多き年でありますように。


Happy new year!と呼びかけたら、Same to you と答えるのがインド人の習わし。すがすがしい新年の幕開け。


インドにときどき現れる、私はチキンマン。お兄さんみたいにマッチョな体になりたかったら、みんな鶏肉を食べような。ついでに顔も鶏顔になっちゃうが、細かいことは気にするな。


インドで初めてメガソーラーを見かけた。風力発電は盛んなインドだが、今後は太陽光にも力を入れていくということか。日本と同様「持たざる国」だからエネルギー政策は重要だ。


インドで滅多に見ないiPhoneユーザーに会った。靴屋の店主はiPhone5sを5万ルピー(10万円)で買った。すごく高い。「ステイタス・シンボルさ」と彼は言う。インドにおけるiPhoneは「人が羨むアクセサリー」なのだ。


インドのサルは自由すぎる。鉄道駅に行ったら、レールに座って悠々とミカンを食べている怖いもの知らずのサルがいた。通過列車がやってきたら、慌てて逃げていったけど。


床材として使う御影石を薄く切断する工場で働く男。直径2m以上もある巨大なカッターで硬い石を切っていく。


今年も、こんな笑顔にたくさん出会えるといいな。


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by butterfly-life | 2015-01-02 10:58 | インド旅行記2015
ワクワクする40代でいこう

ワクワクする40代でいこう

 40歳の誕生日を迎えた。「不惑」なんて言い方はもうしないのかもしれないけど、若い頃に想像していた40歳とはずいぶん違う場所に立っているのは間違いない。「惑わない」どころか、「迷い続ける」40歳。なにしろ今、これからどこに行くのか決まっていないほどの迷いっぷりなのだ。

 いつも宿をチェックアウトしたあと、最初に浴びる日の光の強さで行き先を決める。
 爽やかに晴れ渡った空なら、農村を撮るのに適している。曇り空なら街中の方がいい。幸いにして雨はまだ一度も降っていないが(インドは乾季の真っ最中)、もしそうなったら無理せずに宿で休むだろう。
 いずれにしても、今どこに行きたいのか、まず自分の気持ちを探ることからまず始める。誰も行き先を決めてはくれない。これは僕自身の旅なのだから。

 20代の頃は「写真」よりも「旅」の方が好きだった。「ここではないどこかへ行ける」というだけで胸が高鳴った。写真はあくまでも旅のオマケでしかなかった。写真を撮らなくたって、異国の町をあてもなく歩いているだけで、十分に楽しかった。

 それがいつの間にか、「写真」のウェイトがどんどん大きくなっていった。写真を撮るために旅をするようになった。「撮る」という明確な目的を持つことで、よりディープな場所に足を踏み入れるようになった。今ではカメラを持たない旅なんて考えられない。

 笑顔に出会えたから、それを写真に撮るのではない。
 カメラを持っているからこそ、そこに笑顔が生まれるのだ。
 インドの田舎町をぶらぶらと歩いていると、そう感じることが多い。
 僕にとってカメラは大切なコミュニケーションツールでもあるのだ。


オリッサ州の小数部族の住む村で出会った少年。屈託のない笑顔だ。


 20代の頃は「こんな旅は若い時にしかできないだろう」って思っていた。バックパッカーは若者の特権だから、それができるうちに楽しんでやろうと。
 でも今はそんな風には思わない。20代の頃よりも、もっとハードでもっとディープな旅を求めているからだ。インド屈指の悪路を一日走り続けて埃だらけになっても、水を浴びてきれいさっぱり洗い流してしまえば、あとに残るのは充実感だけだし、相変わらず1泊300円の安宿に(南京虫とベッドの硬さと外の騒音に悪態をつきながらも)寝泊まりしている。


川で洗濯をするおばさん。洗濯物を石に豪快に叩きつけるのがインド流だ。


 別に「永遠に年をとらない」とか「ずっと若者でいたい」などと思っているわけではない。誰がなんと言おうと、時間は不可逆的に流れていて、いつかは必ず僕にも体力的な限界が訪れるだろう。そのときが来れば、ただ黙って受け入れるしかない。
 でも今はまだ、そのときではない。

 今日もよく走り、よく撮った。
 様々な光に出会い、様々な笑顔に出会った。
 存分に旅を楽しんでいる。それだけで今、幸せだ。

 「ワクワクする40代」でいこうと思う。



インドからメリー・クリスマス! クリスマスなんてインド人には基本的には関係ないのですが、一応サンタの格好で呼び込みをしている男もいた。最高気温30度だから汗だくだったけど。
ところでサンタの隣にいる人は誰? あぁネズミのミッキーさんの親戚ですね。


オリッサ州の山村に住む少数部族マリ族の女性。髪に油をたっぷりと塗り込んで、櫛でとかしていた。


「写真撮って!」って寄ってきたのに、そんな厳しい顔しなくたっていいじゃない。


アンドラプラデシュ州の羊飼いは、番傘風のユニークな日傘を差して羊を見張っていた。歌舞伎役者みたいなポーズが決まっていた。
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by butterfly-life | 2014-12-25 10:51 | インド旅行記2015