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146日目:一難去ってまた一難(京都府京都市→京田辺市)
 心配していた雨もあがって、雲間から日差しがさんさんと降り注ぐ天気になった。
 今日は京都の実家を出発して奈良に向かう予定だったが、最初からつまづいてしまった。右リアのタイヤがパンクしていたのだ。真夏の猛暑で立て続けにパンクして以来のタイヤトラブルである。さっそく近くの自転車屋で修理をお願いする。

 京都には自転車屋さんが多い。もちろん自転車に乗っている人が多いからである。市街地は平坦だし、地下鉄網も発達していないし、街の規模もさほど大きくないので、自転車で移動するのにうってつけの街なのだ。もちろん京大生はみんなチャリ通である。
 僕がリキシャを持ち込んだのは京都大学にほど近い自転車屋で、若いお兄さんが4,5人体制で働いている忙しそうな店だった。お客さんもひっきりなしにやってくる。他の地方都市では老後の趣味でやっているような自転車屋も多いのだが、そういうところとはまるで雰囲気が違う。

 自転車屋のお兄さんによれば、リキシャのタイヤは三輪とも溝が見えないぐらいすり減っているが、相当に分厚いタイヤなのでまだまだ使えるだろうとのことである。
「この状態でも、普通の自転車用タイヤの二倍ぐらいの厚さがあると思いますよ」
 それならば安心だ。ゴールまで持ってくれることだろう。


【京都タワーとリキシャ。案外マッチしている】

 出町柳から鴨川沿いの川端通りを下って、三条、祇園、京都駅を通り過ぎ、伏見に向かう。今日のリキシャは追い風を受けているので快調だ。
 伏見ではど派手な原付バイクに乗ったおじさんに出会った。阪神タイガースの旗を何本も立て、ヘルメットもタイガースのシールで埋め尽くされている。誰がどう見てもトラ党である。



「今年のタイガースは調子いいんじゃないですか?」
 と水を向けると、おじさんは嬉しそうに顔をほころばせた。
「そやなぁ、昨日マジックも点灯したからな。でもこれからの試合8勝1敗のペースで行かんと厳しいんや」
「それは難しいですね」
「そうやなぁ。明日は甲子園に行くんや。阪神巨人戦があるからな。にぃちゃんも応援しに来てくれたらええわ。あぁ、でも当日券はもうないやろうなぁ・・・」
「もしタイガースが優勝したらどうするんですか?」
「川に飛び込むよ。道頓堀やないよ、鴨川や。それからみんなで酒飲んで騒ぐ」
 おじさんはタイガースファン歴は50年以上の大ベテランだが、このトラキチバイクに乗り始めたのは2年前からだという。
「いや、俺のバイクも派手やけどな、にぃちゃんのには負けるで。みんな写メ撮りよるやろう? ほやけど、どうやってこんなもんこさえたんや?」
「これは自分で作ったんじゃないんです。バングラデシュって国から持ってきたんです」
「へぇ、バングラデシュ。そうか。俺はよう知らんけど、バングラデシュには野球あるんか?」
「いや、野球は誰もやってないですね。その代わりクリケットが盛んです」
「クリケット? そんなのがあるんか。聞いたことないなぁ。でもにぃちゃん、今年は絶対に阪神優勝や! 間違いないわ」
 そんなかみ合っているのかかみ合っていないのかわからないような会話をしばらく続けた後、おじさんはタイガース旗をなびかせながら走り去っていった。


【理髪店のご主人】

 順調に走っていたリキシャに異変が起こったのは、城陽市から京田辺市に入ったところだった。
 ペダルを踏み込んでも、その力がタイヤに伝わらずに空回りするようになったのだ。それまでに経験したことがないトラブルだった。
 まず疑ったのは一度折れているクランク周りだが、これには異常がなさそうだった。ペダルの力はクランクを通じてギアを回し、それがチェーンを駆動させて、後輪のフリーホイールを回し、車軸を回転させている。ここまでは問題ない。しかし車軸は回転するのに、タイヤに駆動力が伝わっていない。

 僕の知識と装備では手に負えそうになかったので、自転車屋を探すことにした。故障が発生した場所から3キロほど離れたところにバイク屋兼自転車屋があって、そこのお兄さんにリキシャを見てもらった。しかし反応は芳しくなかった。
「これはちょっとバラしてみんとわからへんなぁ。どういう仕組みになっとるかがわからへんから、修理のしようがない。仮にバラしたとして、これに合うような部品はたぶんうちにはないですよ」
「そうですか・・・」
 予想通りお手上げのようだった。
「ここで後輪のハブをバラして、直ったらいいですよ。でも無理に直そうとして、余計おかしな事になる可能性もあります。動かすことすらできなくなったら困るでしょう?」
 もっともな意見である。仕組みもわからない機械をいきなり直せという方が間違っているのだ。バングラデシュにはリキシャ専門の職人が山ほどいて、どこをどうすれば直るのかみんなわかっている。しかしここは日本なのだ。ありもので何とかするしかない。

 しばらくバイク屋さんと議論を重ねたが、なかなか突破口が見いだせなかった。これはリキシャを押して歩くことになるのか。そう覚悟を決めた。北海道で一日63キロ歩いたときの記憶が蘇ってくる。あんな辛い思いをするのは一度で十分だが、最悪のときにはそうするしかない。
 でも待てよ、何かを見落としているかもしれない。そんな気がして、再びペダルと車軸の様子をじっくり観察してみた。やっぱりそうだ。ホイールの取り付けナットが緩んでいるんじゃないか。これを締めればうまく行くかもしれない。バイク屋さんにお願いして、特大のスパナでデカいナットを締め付けてもらった。
「でも常識的に考えたら、ここを締めたからって空回りが収まるとは思えんのやけどなぁ」とバイク屋さんは言う。「このナットはあくまでも脱輪防止用のために付いているもので、ここの締め付け圧力が車軸のトルクを受け止めてるとは考えにくいんです」
 おっしゃる通りである。でも日本の常識はバングラデシュでは通用しないかもしれないのだ。
 果たして、この「ナット締め」作戦は見事に成功した。空回りがなくなったのだ。バンザイ。こんなに簡単に直るとは。
「ほんとに直りましたねぇ。びっくりや。でもこれからも同じような故障が起きるかもしれませんよ。保証はできません」
「そうですね。でもとにかくあと100キロだけでいいからまともに走ってもらいたいんです」


【これが問題のナット】

 リキシャはもうボロボロである。クタクタのヨレヨレである。それは僕がよく知っている。
 でもあと一息、何とか踏ん張ってもらいたい。
 もうムチは入れない。いたわりながら一緒に進もう。

 頼むぜバディ。
 あとちょっとだ。
 ほんとにちょっとなんだからさ。


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本日の走行距離:34.9km (総計:6366.3km)
本日の「5円タクシー」の収益:10円 (総計:73635円)

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by butterfly-life | 2010-09-30 07:40 | リキシャで日本一周
145日目:琵琶湖の青空と京都の雨(滋賀県高島市→京都府京都市)
 快晴の朝。風もなく穏やかな琵琶湖の湖面が、朝日を受けてまぶしく輝いている。
 文句のつけようのないリキシャ日和だった。少なくとも午前中までは。

 本日は琵琶湖の北端から湖の西岸を南下して、大津市から京都市に向かう。5月には琵琶湖の東岸を走っているから、これでほぼ琵琶湖一周したことになる。ちなみに琵琶湖を自転車で一周することを業界(←何の?)では「びわいち」と言うらしいが、僕の場合は「ほぼいち」である。



 マキノ町の湖西道路を走っていると、ヒガンバナが一面に咲く場所に出た。松の木漏れ日の中に、真っ赤なヒガンバナが何百本も並んでいる。地元の写真愛好家たちもヒガンバナにレンズを向けていた。
「ここは写真仲間のあいだでは有名なんですよ」
 と愛用のペンタックスと重そうな三脚を抱えたおじさんが言った。
「ヒガンバナは撮るのが難しいんです。私なんかだとどうしてもクローズアップで撮ってしまう。上手い人だと全体の雰囲気を捉えるような写真を撮るんですけどね」
 僕も花や自然を撮るのは苦手である。目で見たイメージと、撮った写真とのあいだにズレがある。まだまだ修行が足りないようだ。



 昼頃から向かい風が強まり、穏やかだった琵琶湖の湖面にも大きな波が立つようになった。いつの間にか空は暗い雲に覆われている。天気は下り坂のようだ。
 堅田を通り過ぎ、雄琴にやってきた。雄琴には昔から名の通った歓楽街、いわゆるソープ街がある。ラブホテルやソープランド、飲み屋、アダルトショップなどがひしめく夜の街である。しかしぱっと見たところ、どれも一様にうらびれている様子だ。看板は色あせ、ホテルの壁には長いひびが入っている。今はあまり栄えてないようだ。

 平日の午後2時過ぎだというのに、ソープ店の前にはちゃんと客引きの男が立っていた。スキンヘッドに口ひげを生やしている。見るからに堅気じゃなさそうだ。しかしこの客引きのおじさんは、僕のリキシャを見るなり両手を高々と挙げて「おー、がんばれよー!」と声援を送ってくれたのだった。笑顔は意外にチャーミングだった。

 雄琴の外れでも明らかに「そっち系」のなりをした人に話しかけられた。昇り龍を刺繍したトレーナーを着て、濃いサングラスをかけ、頭はパンチパーマ。車は当然のようにベンツで、窓には全てスモークを貼っている。そういう「ミナミの帝王」からそのまま抜け出してきたような人が、映画の中ではなく現実にいるということにちょっと驚いてしまう。ある意味ではこれもコスプレだ。
「にぃちゃん何しとるんや?」
 と銀次郎(勝手に命名)は言った。
「これで日本一周しているんです」
「これでって、このデコトラみたいな自転車でか? かー、シャレにならんなぁ、にぃちゃん。まぁ頑張って」
 銀次郎はそう言うと、僕に缶コーヒーをひとつ放ってくれた。銘柄はBOSS。もちろんブラックだった。


【安曇川という町では、扇子を作っている職人さんに出会った】

 午後からは向かい風に邪魔されて、なかなかリキシャのスピードが上がらなかった。雲行きが怪しかったので、雨が降らないうちにできるだけ進もうと懸命にペダルを漕いでいたのだが、健闘もむなしく浜大津の手前で雨が降り始めてしまった。
 最初はぽつぽつと、しかし30分もしないうちに本降りに変わった。カッパを被って走り続けるも、腕も足もズボンも靴も何もかもずぶ濡れになってしまった。雨宿りをしたところですぐには止まないだろうから、とにかく走り続けるしかない。



 浜大津から山科に向かう国道1号線は長い上り坂である。昨日の峠道に比べたらたいしたことないのだが、容赦なく降る雨に気力と体力を削がれた。
 反対側の車線は帰宅ラッシュのための渋滞で車が列をなしていた。ハンドルにもたれかかった運転手が不思議そうな顔でリキシャを眺めている。降りしきる雨に打たれながら、やたら派手な三輪車を引っ張って歩いている男。こいつはいったい何をしているんだ、というクールな表情だ。

 雨の日は下り坂も難所になる。リキシャのブレーキが効かなくなるからだ。フルブレーキをかけても止まらなくなる恐れがあるので、急な下りはリキシャを降りて歩く羽目になる。せっかく上ったのに、そのエネルギーを生かせないのは悲しい。

 山科から蹴上まで下り、南禅寺の横を通って白川通りを北上する。
 実家に到着したのは6時半。
 体が芯から冷えてしまったので、熱い風呂に入って体を温めた。


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本日の走行距離:75.6km (総計:6331.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:73625円)

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by butterfly-life | 2010-09-29 22:48 | リキシャで日本一周
144日目:最後の難所(福井県越前市→滋賀県高島市)
 すっきりと晴れ上がったリキシャ日和の朝だ。気温も20度前後と涼しくて、かいた汗もすぐに乾いていく。
 越前市のおじさんの家を出発して、山を越えて敦賀に向かう。
 国道8号線はアップダウンの激しい道。長いトンネルと、険しい上りが続く。



 坂道を下ると敦賀湾が見えてくる。穏やかな海に漁船がいくつか浮かんでいる。
 国道沿いには越前ガニを出す巨大な食堂が並ぶ。そこに観光バスが何台も横付けされて、ぞろぞろとお客が降りてくる。「カニ食べ放題ツアー」かなにかのツアー客なのだろう。いいなぁ、カニ。


【敦賀湾を望む】

 敦賀は取り立てて面白味のある町ではなかった。道幅の広い商店街があるが、大半はシャッターを下ろしている。大音量でFM放送が流れていて、それがかえって寂寥感を増幅させている。

 敦賀市を抜けて161号線に入ると、本日二度目の山越えだ。これがキツかった。本当にキツかった。午前中の山越えでかなり体力を消耗していただけに、よりハードに感じた。
 ひたすらリキシャを引っ張って歩くこと2時間。曲がりくねった峠道がまるで永久に続くかのようだ。「このカーブを曲がったら、次は下りか」と期待するのだが、また一段と傾斜の急な上り坂が待っているのだった。期待するから裏切られると気落ちする。余計な期待は禁物だ。何も考えずに歩こう。

 次第に足を休める時間が長くなる。
 ペダルを左足に引っかけてリキシャを止め、乱れている呼吸を整える。汗がしたたり落ちる。ペットボトルの水を口に含む。深呼吸をする。
 これが最後の難関なんだ。この峠を越えて関西に入れば、あとはゴールの徳島までたいした山はないはずだ。最後だ。頑張れ。そう自分を鼓舞する。



 一歩ずつ坂を上っていく。途中で右足のふくらはぎがつる。強い痛みが走る。両手でマッサージして、何とか痛みが治まる。また歩き始める。
 これまで越えてきた数々の難所を思う。大分の九六位峠。あれはとんでもない傾斜だった。箱根越えはもちろんキツかった。北関東の猛暑。北海道の強い風。リキシャと歩いた63キロ。それぞれに違うキツさがあった。しかしそれを乗り越えて、ここまでやってきたんだ。ここでへこたれているわけにはいかない。

 ようやく頂上らしき平坦な道に出た。しばらく走ると福井県と滋賀県の県境が見えてきた。ここが峠の頂点なのだろう。県境というのは、たいてい最も山深いところに設けられているものだ。
 半分放心状態でゆっくりとペダルを漕いで進んでいると、突然近くの茂みからけものが飛び出してきた。鹿だった。慌ててブレーキをかける。鹿の方もリキシャに驚いたらしく、後ろ足を跳ね上げるようにして道路を横切って、反対側の藪の中に消えていった。

 頂上を過ぎてしまえば、あとは楽ちんである。ため込んだ位置エネルギーを解放するだけだ。2時間かけて上った坂を20分で一気に駆け下りてくる。



 琵琶湖畔に到着したのは午後6時。ちょうど日が沈む頃で、肌寒い空気が流れていた。
 マキノ駅の近くで夕食を食べようとお好み焼き屋さんに入った。すると客の一人がリキシャを見て「これなんや?」と声を掛けてきた。
「これであの峠を越えてきたんかいな。そら大変ですわ。せめて変速でもつけたらよろしいのに」
 久しぶりに聞く関西弁は、気持ちをほっとさせてくれる。素直な驚きや気持ちの抑揚をそのまま言葉にしている感じ。飾り気のない言葉だ。
「これでどこまで行くんですか? ほぉ、徳島まで。ほなあと少しですな。いやぁ、それ聞いてほっとしましたわ。これから沖縄まで行く言われたらどないしようかと思うところやったわ。まぁ気ぃつけて。旅は最後の最後まで何があるかわからしまへんからな」
 おっしゃる通りである。最後の難所を越えたからといって、簡単に気を抜いてはいけない。
 ゴールまでおよそ200キロ。最後まで慎重かつ大胆にまいりましょう。


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本日の走行距離:64.0km (総計:6255.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:1120円 (総計:73625円)

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by butterfly-life | 2010-09-29 06:54 | リキシャで日本一周
143日目:無事是名馬(石川県小松市→福井県越前市)
 今日も台風の影響で、強い追い風が吹いていた。風のアシストを受けたリキシャは速度を上げて、福井県に向かう。
 久しぶりにすっきりと晴れ渡った気持ちのよい一日だ。
 国道8号線を南下して峠をひとつ越え、石川県から福井県に入る。


【ソバ畑と青空】


【リキシャに乗って大喜びの中学生】

 福井市では元競輪選手のおじさんに出会った。去年引退するまで、福井競輪で31年間現役だったそうだ。肉体を使う競技なのに30年以上も現役を続けられるというのは驚きである。
「レースといっても月に2回か3回だけですから。辞めるまで200勝です。まぁ中級ですよ」
 と謙遜気味におっしゃったが、「無事是名馬」という言葉にあるように、怪我もせずに長く走り続けてきたことこそ素晴らしい。僕もこの5ヶ月いろいろとあったけれど、何とか体を壊さずに走ってきた。

「僕も自転車は好きやけど、こんなの見たのは初めてやなぁ。いや、今日はいいもん見せてもらいました」
 偶然のリキシャとの出会いを素直に喜んでくれた。そんな風に言ってもらえると、はるばる福井までやってきた甲斐がある。


【元競輪選手の今の愛車は意外に小さな自転車だった】


【5円タクシーに乗っていただいたご夫婦。生後2ヶ月の赤ちゃんを連れていた。本当に生まれたてでかわいい】

 福井市を通過して越前市へ。ここに叔父夫婦が住んでいるので、今夜はそこに泊めてもらうことにする。
 叔父の家を訪ねるのは10年以上ぶりのことだが、その当時は「武生市」と呼ばれていた。それが2005年に今立町と合併して「越前市」と名前を変えた。今では住所にも「武生」の文字は出てこない。ややこしいことに、この「越前市」には「越前町」と「南越前町」という町が隣接している。そんなに「越前」を猛プッシュしなくてもいいじゃないかと思ってしまう。

 越前市と同じように、平成の大合併によって日本全国に新しい「市」が数多く誕生した。本来は「町」や「村」であるべき規模の地域が、どれも同じように「市」に統一されてしまったので、はじめて訪れる人間にはその地域の規模が掴みづらくて困ってしまう。とんでもない田舎が「市」を名乗っているのには相当に違和感がある。



 叔父の家は越前市の市街からは離れていて、自然が豊富な場所である。目の前には扇状に広がる田んぼが、背後には切り立った山が迫っている。のどかな田園風景だ。子供の頃、よく夏休みにここに遊びに来たのだが、その当時とまったく変わらない。
 山にはイノシシや猿、鹿などが住んでいて、ときどきエサを求めて集落に降りてくることもあるそうだ。イノシシは近くを流れる小川にいるカニやミミズなどを食べているという。


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本日の走行距離:82.4km (総計:6191.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:825円 (総計:72505円)

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by butterfly-life | 2010-09-28 07:53 | リキシャで日本一周
142日目:つくりもんまつり(富山県高岡市→石川県小松市)
 昨日はザーザー降りの雨だったのでリキシャはお休みにした。これでゴールの10月2日まで一日たりとも無駄にはできなくなってしまった。タイトスケジュール。持ち時間を使い果たしたあとの棋士みたいな心境だ。「にじゅうびょう・・・・じゅうびょう・・・ご、よん・・・先手、五四金」みたいな。
 でもまぁ何とかなるだろうと楽天的に考えている。リキシャがぶっ壊れたときも、100キロ以上の距離を歩いて進むことができた。その経験が「何が起きても何とかなる」という自信にも繋がっている。

 今日は高岡市から石川県に入り、金沢市、小松市まで行く予定。
 朝から強い風が吹き付けていたが、数日前までとは正反対の追い風だったので助かった。何度も書いているが、リキシャは風に左右される乗り物である。追い風なら時速16,7キロが簡単に出せるのだが、向かい風だとどんなに頑張っても時速10キロがせいぜいになる。ペダルの重さも疲労度もまったく違う。結局今日は76キロ走ったのだが、追い風のおかげでほとんど疲れを感じずに済んだ。

 高岡市福岡町では少々変わったお祭りが開かれていた。「つくりもんまつり」といってカボチャやナスやオクラなどの野菜を使ってさまざまな人形(つくりもん)を作り、その出来を競う祭りらしい。
 この町には300年以上前から、秋に収穫した野菜をお地蔵様に奉納する習慣があったそうだ。やがてそれが野菜を使った人形作りに変わり、祭りの規模も大きくなっていった。地元のテレビや新聞にも取り上げられ、「つくりもん」が巨大化し、使う野菜の量も増えていったという。
 しかし10年ほど前からは徐々に祭りの規模も縮小してきている。不況のあおりで協賛する企業が減り、町の高齢化も進んでいるので、「つくりもん」を作る人が減ってきたのだ。今年出展された「つくりもん」は33体。地味で素朴な「原点回帰」的な作品が多いという。



 「つくりもん」が飾られたテントは、福岡町の広い範囲に点在している。アンパンマンやゲゲゲの鬼太郎などのアニメキャラを模したものや、坂本龍馬や大伴家持などの歴史上の人物などをテーマにした作品が多い。出来がいいものもあれば、いまいちなものもある。一等に選ばれると賞金がもらえるということもあって、それぞれに趣向を凝らした作品になっている。




 
 これとよく似たお祭りを、まったく別の場所で見た記憶があった。
 あれは一体どこだったっけ。
 しばらくあれこれと考えた末に、ようやく思い出した。そうだ、東ティモールだ。

 東ティモールはキリスト教の国なので、毎年のクリスマスは国を挙げて盛大に祝う。その一環として開かれているのが「全国馬小屋コンテスト」だった。「馬小屋」とはイエス・キリストが生まれた場所。東ティモールでは村ごとに小さな馬小屋のレプリカを作り、その中に聖母マリアとキリストの像を置いて、キリストの生誕を祝うのである。
 ある村の馬小屋には芝生がきれいに敷き詰められていた。別の村の馬小屋は赤や黄色の電飾で飾り付けられていた。スピーカーとアンプを置いてレゲエ音楽を流している馬小屋もあった。
 村の若者が馬小屋作りに熱心なのは、国で一番優れた馬小屋を作った村には政府から豪華賞品が贈られるからだという。
 「つくりもんまつり」も「馬小屋コンテスト」も、もともと宗教的な行事として始まったイベントが、作品それ自体の出来映えを競うように変質したという同じような経緯を辿っている。何かを作れば優劣を競いたくなるし、次回はもっといいものを作ってやろうと考える。そういう人間の性質は世界中どこでも同じなのだろう。


【これが東ティモールの「馬小屋」。サンタの表情が怖いですね】

 富山県ではほとんどの田んぼがすでに刈り取りを終えていた。
 農家の庭先で脱穀した後の籾殻を袋に詰めているご夫婦がいた。脱穀機にかけた後の「かす」をトラックに積んで、収穫が終わった後の田んぼにまくのだという。土の養分になるのだ。
「今年は暑かったから、あまり米の出来は良くなかったよ」と奥さんはため息混じりに言う。「例年の85%ぐらいかねぇ。野菜も暑さにやられてダメだったしねぇ」
 北海道や東北では、猛暑のおかげで米が例年になく豊作だと聞いていたが、北陸まで下ると暑さが稲へのダメージになってしまったようだ。暑すぎてもダメ、寒すぎてもダメ。自然を相手にした農業の難しいところだ。



 峠をひとつ越えて石川県に入る。
 金沢は「小京都」と言われるだけあって、古い街並みが残っているところが多かった。長町の武家屋敷の土塀などは丁寧に保存されていて美しい。けれども先を急がなければいけなかったので、ほんの少し見回っただけで、兼六園にも寄らずに金沢市を後にした。まぁいい。いつかまた来ることがあるだろう。

 国道8号線を南下して、小松市に向かう。
 特にこれといった特徴のない町だが、ここには「松井秀喜ベースボールミュージアム」なるものがある。松井選手の故郷なのだ。
 まだ現役で活躍中なのに、博物館が建っているというのはすごい。僕は松井選手と同い年なんだけど、高校生の頃から彼が同級生だとは思えなかった。抜群の運動能力も、落ち着き払った態度も、頭の大きさも、全てが「超高校級」だった。


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本日の走行距離:76.3km (総計:6109.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:10円 (総計:71680円)

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by butterfly-life | 2010-09-27 07:03 | リキシャで日本一周
140日目:全国外食チェーンランキング(富山県魚津市→高岡市)
 この一週間、さえない天候が続いている。秋雨をもたらす前線がリキシャの動きに合わせて移動しているようにも思えてくる。行けども、行けども、雨。また雨だ。
 今朝は窓を叩く激しい雨音で目を覚ました。これではリキシャで走るのは無理だなぁと思って二度寝していると、そのあいだに雨は上がっていた。完全にやんだわけではないが、走ろうと思えば走れる。そういう微妙な天気だ。
 こういうときに重い腰を上げるのには力がいる。体は疲れていて、「そろそろ休ませてくれよ」と言っているのだが、その一方で「こんなところでぐずぐずしているわけにはいかない」という気持ちもある。ゴールの日にちを決めているから、丸一日を無駄に過ごしている余裕がないのだ。

 というわけで荷物をまとめてリキシャに乗る。たいした雨ではないから、カッパを着ればなんとか走れる。
 魚津市を出て海岸線を西へ進むと、すぐに滑川市に入った。滑川市(ちなみに「なめかわ」ではなくて「なめりかわ」と読む)はホタルイカの水揚げが多く、「ほたるいかミュージアム」なる建物や、「ほたるいか祭り」や「ほたるいかマラソン」といったイベントが行われているそうだ。
 ちなみに10月10日に行われる「ほたるいかマラソン」のポスターには、「ほたるいかの光りのように 輝く自分を見つけよう」という取って付けたようなキャッチコピーが書かれていた。ほたるいかのように、ねぇ。微妙だね。



 しばらく走ると雨脚が強くなってきたので、国道沿いにあるうどんチェーン「丸亀製麺」で早めの昼食をとる。厨房で働いているおばちゃんたちが駐車場に止めてあるリキシャを見て、「これで日本一周してるの?」と目を丸くした。
 そうなんですよ、と答えると、「それじゃサービスしてあげるよ」と言って、かしわの天ぷらやおにぎりをタダで付けてくれた。ありがとうございます。個人経営の食堂ならいざ知らず、全国展開しているチェーン店なのにこういう融通が利くところが素晴らしい。

 西日本を中心にチェーン展開している「丸亀製麺」は、この旅で頻繁に利用しているお店のひとつだ。讃岐うどんのおいしさと、揚げたての天ぷらのボリューム、それに値段の安さが気に入っている。働いているおばちゃんたちが一様に明るいところもいい。マニュアル通りに「いらっしゃいませー!」「ありがとうございまーす!」と連呼するだけのロボット的店員ではなくて、従業員一人一人にちゃんと表情があるのだ。

 この5ヶ月間、日本全国を旅しながら様々な外食チェーンを利用してきたわけだけど、ここで僕が独断と偏見で決める「全国外食チェーンランキング」を発表したいと思う。(このランキングは「安さ」と「ボリューム」に重きを置いていることをご了承いただきたい。リキシャを漕ぐためには何よりもカロリーが必要だからだ)

 第一位は「丸亀製麺」。
 おばちゃんにサービスしてもらったから一位になったわけではない。味もボリュームも安さも、全てが満足できるレベルなのだ。僕のお薦めは「とろろぶっかけうどん」と「かしわの天ぷら」である。讃岐うどんのコシの強さとツルツルとした喉ごしが、300円台という低価格で味わえるのは本当にすごい。

 第二位は「ジョイフル」。
 九州で圧倒的なシェアを誇るファミレスチェーンである。ツイッターでもたびたびつぶやいているが、ここの売りはなんと言っても安さ。特に日替わりランチはおかずのボリュームもあり、ライスも大盛りにできるのに、400円という信じられない価格。ドリンクバーも安いので、いつもお客さんで混み合っている。
 残念なのは、いまのところ関東より東にはほとんど出店していないこと。今後はジョイフルにどんどん東に進出してもらって、中途半端なファミレス(どことは言わないが)を蹴散らしてもらいたいものである。

 第三位は「サイゼリア」。
 言わずと知れたイタリアン・ファミレス。ここも安さを売りに全国展開しているが、それでいてピザもパスタも決して味は悪くない。僕のおすすめは「真イカとアンチョビのピザ」。たっぷりと汗をかいた体にアンチョビの塩気がたまらない。ハウスワインが信じられないぐらい安いのも嬉しい。

 第四位は「ビッグボーイ」。
 店舗数はあまり多くはないが、地味に全国展開しているハンバーグレストラン。なぜか北海道に多かった。ここの売りは充実のサラダバー。ハンバーグとセットにするとそれなりの値段にはなるが、新鮮しゃきしゃきのサラダを好きなだけ食べられるのは魅力的。外食ばかり続けていると不足しがちな野菜がたっぷりと補給できるのは嬉しかった。
 ちなみにこの「ビッグボーイ」。なぜか場所によっては「ビクトリアステーション」とか「ミルキーウェイ」といった違う名前の看板を掲げているのだが、経営母体は同じらしくて、名前は違ってもメニューと値段はまったく同じなのである。どうして「異名同根」という不思議な戦略をとっているのかは不明。でもおいしい。

 第五位は「マクドナルド」。
 マックって安いことは安いけれど、正直言ってあまりおいしくないなぁと思っていたのだけど、その認識を一変させたのが、朝限定メニューの「ソーセージマフィン」である。これはうまい。なのに100円。これには驚いた。肉のうまみも、カリッとしたパンの食感も、通常のハンバーガーよりはるかに上質だ。しかし朝にしか食べられないというのは残念だ。だから今のところマック(ああしまった、関西人はマクドって言うんだった)を利用するのは朝だけである。

 閑話休題。
 リキシャの旅に戻ろう。
 滑川市を西に進み、富山市に入る。しかし富山市では市街地に入らずに、北部の国道を走り抜けただけなので、これといって書くべき事はない。富山市民の皆さんには申し訳ないが、北風が強かったことと、横殴りの雨に難儀したことぐらいしか印象に残っていない。穏やかな晴天に恵まれていたら、もっと違った富山を味わえたに違いないのだが、旅の印象というのは往々にして天候に大きく左右されてしまうものなのである。

 思い出した。富山市でひとつだけ印象に残ったものがあった。
 神通川にかかる長い橋を渡りきったところに、古い白黒写真が落ちていたのである。雨に濡れてふやけてはいたが、写っている女性の姿はまだ鮮明だった。
 僕はリキシャを止めて、その写真に見入った。結婚式のときに撮られたもののようだった。写っているのは豪華な着物を着て角隠しを被った若い女性。もう一枚の写真には、古いかたちの自動車に乗り込もうとしている花嫁の姿がある。撮られたのは戦後間もない頃だろうか。ひょっとしたら戦前かもしれない。いずれにしても半世紀以上前の貴重な写真であることは間違いない。



 それにしても、どうしてこんなに古い写真が道ばたで雨ざらしになっているのだろうか。それが不思議で仕方なかった。仮説はいくつか考えられる。たとえば、写真に写っている女性が住んでいた家が取り壊されたときに、この写真だけ風に飛ばされてしまったとか。あるいは、亡くなったおばあちゃんの遺品整理をしているときに、たまたま通りかかった野良猫がこの写真を気に入ってくわえて行ってしまったとか。
 一枚の写真からあれこれと想像を膨らませるのは楽しい。古い写真はタイムカプセルのようなもので、何十年も後になって見直すと、まったく別の価値が生まれてくる。
 僕がこの旅で撮った写真も50年後(そのときまで生きているだろうか?)に見直すことがあれば、また違う発見があるに違いない。

 午後からは再び雨脚が強まったので、富山市から高岡市までひたすらリキシャを漕ぎ続けた。風は強かったが、昨日のような向かい風でないのが救いだった。
 天気予報では「この雨は空気を夏から秋に入れ換えるでしょう」と言っていたが、本当にその通りで、午後になると朝方よりもずいぶんと気温が下がってきた。リキシャを漕いでいてもだらだら汗をかくことはなかった。

 4時過ぎに高岡市に到着した。駅前では「ツイッターを見てますよ」という女性に声を掛けられた。アルバイトに行く途中、たまたまリキシャを見かけたので驚いたそうだ。
 彼女によれば、高岡市は地味な町で、銅を使った仏具や鐘の生産で有名なのだそうだ。日本三大仏(!)のひとつ高岡大仏も銅で作られている。アルミサッシの生産額日本一の町としても知られているそうだ。金属加工の町、高岡。なかなかすごいじゃないですか。


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本日の走行距離:46.6km (総計:6033.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:5円 (総計:71670円)

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by butterfly-life | 2010-09-24 20:26 | リキシャで日本一周
139日目:親不知を抜ける(新潟県糸魚川市→富山県魚津市)
 朝から雨混じりの強い風が吹く悪天候。窓の外を眺めてため息をつく。
 しかし9時前に雨が上がったので出発する。昨日と同じ展開だ。
 雨は止んだもののの、風は止まなかった。進行方向のちょうど真向かい、西から強い風が吹き付ける。リキシャは全然前に進まない。平地ですらリキシャを押して歩かなければいけないほどだ。今日は試練の日になりそうだ。

 国道8号線を西へと進むと、難所として知られる「親不知」が現れる。ここは切り立った斜面が海岸線ギリギリにまで迫っているせいで、落石防止用のトンネルの中をくぐりながら進まなければいけない。アップダウンも激しく、しかもトンネル内はクネクネと曲がりくねっていて見通しが悪い。しかも厄介なことに、この道は化学製品やセメントなどを積んだ大型トレーラーが数多く走っているのだった。


【親不知のトンネル】

 このただでさえ危なっかしい道に、ノロノロと走るリキシャが混じることで、危険はさらに高まってしまう。もちろん僕はリキシャの後部に付けたLEDランプを点滅させながら進むわけだが、背後から「グググォー」という轟音を響かせながら迫ってくるトレーラーの圧迫感は、言葉では言い表せないぐらい怖かった。体中から汗が噴き出てきて、それを拭うこともできずに、とにかく一刻でも早くこの恐怖のトンネルを抜け出そうと、必死でリキシャを押した。


【これは旧道のトンネルか? 今は使われていないようだ】

 恐怖の親不知をなんとか抜けて、境川を渡ると富山県に入る。通過するのに6日間を要した長い新潟県をようやく抜け出すことができたわけだ。
 正午過ぎには雲が晴れ、日差しが出てきたのだが、西からの風はさらに勢いを増した。ペダルを踏みつけてもまったく前に進んでくれない。これだけの強風は北海道の稚内で経験して以来のものだ。

 このままでは体力を闇雲に浪費するだけなので、目についたドライブインで「風宿り」をすることにした。食堂は定休日だったのだが、自動販売機の横に置いてあるソファに座って一休みする。それにしてもすさまじい風だ。ガソリンスタンドの入り口に並んだのぼりがちぎれそうなぐらい激しく揺れている。

 1時間ほど風が止むのを待っていたが、いっこうに収まる気配がないので、諦めて出発することにした。漕げなかったら歩くまでだ。
 宮崎という集落では、漁師のおじさんが飲みかけのアクエリアスをくれた。
「この辺はタラが名物でな。『タラ汁』って看板を見ただろう? 昔はタラがたくさんとれて、この辺も賑わったんだけど、今はとれんようになってしまってな。よそから仕入れてるんだ」
 確かにここに来るまでのあいだ、『タラ汁』という看板をよく見かけた。ご当地グルメなのあろう。これを目当てに来る観光客もいるようだ。
 それからこのあたりには『ヒスイ』という看板も多かった。縄文時代からヒスイが産出し、勾玉に加工されていた場所らしい。



 海岸線を離れて入善町の平野部に入ると風はいくぶん弱まってきたが、それでもリキシャはノロノロとしか進まなかった。時速8キロから9キロ。ひどいときには5キロ台にまで落ち、そうなると歩いた方が速いのだった。

 50キロあまりの道のりだったが、向かい風に体力を消耗させられて、魚津市に入った頃には12ラウンドを戦い抜いたボクサーのようにクタクタに疲れていた。もうすっかり日が暮れていたので、とにかく何か口に入れようとスーパーの駐車場にリキシャを止めようとしたときに、後ろからパトカーに呼び止められた。
「そこの人力車、ちょっと止まりなさい」
 パトカーに乗った警官がわざわざマイクを使って命令した。今まさに駐車場に止めようとしているところに「止まりなさい」はないよなぁ、と既にこの時点でカチンと来ていた僕は、それでも素直に命令に従ってリキシャを止めた。
「あのー、君、これで国道を走ってたでしょ」
 メガネをかけた背の低い警官がパトカーから出てきて言った。赤いパトランプを点滅させたパトカーからは、彼に引き続いてがっちりとした体格の若い警官と中年の警官が降りてきた。おー、なにやらものものしいですね。
「はい。さっきまで国道8号線を走っていましたよ」
「車道を」
「もちろん」
 当たり前じゃないか。リキシャは軽車両だから車道を走らなければいけない。それは道路交通法に定められていることである。そんなことは交通課の警察官なら百も承知だろうに。
「実はさっき8号線を走っているドライバーから通報があってね。人力車が国道を走っているって」
「はぁ。それの何が問題なんですか? 軽車両が車道を走らなきゃいけないことぐらいご存じでしょう?」
「うん。ランプもちゃんとつけてるようだね。でもこれじゃ小さいな。もっと目立つようにしてくれないかな。危ないから。これを後ろに貼るなりして」
 そう言って警官は細長い反射板を貼り付けたテープを手渡した。100円ショップで売っているような安物くさい安全グッズだ。
「目立たない?」
 僕は驚いて言った。まさか。僕のLEDライトはかなり強力で、普通の自転車よりはるかに目立つはずなのだ。言いがかりもいいところである。だいたいこんなチープな反射板を取り付けたところで、リキシャがより目立つようになるなんてあり得ない。
「あのね、事故で死ぬのは僕なんですよ。僕だってこの年で死にたくなんてない。だからトンネルでも夜道でも、できるだけ目立つように工夫して走っているんです。だいたい僕のリキシャが本当に目立たないんだったら、通報したドライバーはどうしてこれが人力車だとわかったんですか?」
「まぁまぁ、あなたの言い分もわかりますけどね、もっと目立つようにしてくださいよ。それから一応、名前と住所だけ教えてもらえますか?」
「どうして? なにも違反なんてしてないでしょう? 軽車両で国道の車両を走った。有灯火で。それのどこが問題なんですか?」
 語気が荒くなってきたのは、疲れていたからである。肉体的な疲労がピークに達していて、イライラしていたのだ。これ以上無意味なことに時間を割きたくなかったのである。
 ここではっきりさせておきたいのは、道路交通法のどこを読んでも僕の行為は100%ノープロブレムであるということだ。完全無罪。一人のお調子者ドライバーがリキシャの出現にびっくりして、警察に110番しただけなのだ。お節介市民。文句があるのなら直接言えばいいのに。
「いや、だからですね、こっちも仕事でやっているんですよ」と警官は苦笑いを浮かべて言った。「なにも尋問しているわけじゃありません。ご協力をお願いしているんですよ」
「だから何のために!」
「市民から通報があってパトカーが出動したからには、手ぶらで帰るわけにはいかんのですよ。上司にも事の経緯を報告しなくちゃいけない。だからですね、名前と住所だけ教えてもらえませんか。お願いしますよ」
「わかった。わかりましたよ」
 これ以上突っ張っていても時間の無駄だと思ったので、僕は名前と住所を言った。若い警官はそれをきちんと手帳に記入した。
「それじゃ、気をつけて旅を続けてください」
 そう言って警官はパトカーに乗って去っていった。それはどうも。

 ふー。なんだか急に疲れを感じて、深いため息が口から漏れた。俺は今、何をしていたんだっけ。そうだ、スーパーで食べ物を買うつもりだったんだ。
 スーパーの入り口に向かって歩き出そうとすると、ひょろっと背の高い若者二人が近づいてきた。金髪にピアス、だぶっとしたズボン。年の頃なら18,9だろうか。
「お兄さん、いま警察と喧嘩しとったでしょ」
 一人がちょっと嬉しそうに言った。
「喧嘩はしてないよ。事情を説明していただけ。こっちは何も違反なんてしてないから」
 二人はリキシャに興味津々の様子で、シートを触ってみたりギアをのぞき込んだりしていた。
「これで日本一周しているの? マジすげぇね。カッケェ。これ、いくらしたの?」
「2万円。バングラデシュって国で作って持ってきたんだよ。カッコいいでしょ?」
「うん。マジ格好いいよ。俺も乗りてぇよ」
「でも大変だよ。今日みたいに向かい風が強いときにはね」
「そうか。頑張ってね。日本一周、絶対成功させてね」
「ありがとう」
 格好はやんちゃだったけれど、素直ないい子たちであった。彼らと話していると、警官とのやりとりでささくれ立っていた気持ちがなんとなく落ち着いてくるのがわかった。

 あの警官は「こっちも仕事でやっているんですよ」と言った。実際その通りなのだろう。彼だって彼なりに公僕としての職務を果たそうとしているのだ。それは僕にもわかる。
 でも、こっちだって仕事でやってんだ。と僕は思う。
 しかも命張ってんだ。トンネルの恐怖とも戦ってんだ。
 そこんとこ、わかってくれよな。頼むよ。


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本日の走行距離:54.6km (総計:5986.5km)
本日の「5円タクシー」の収益:15円 (総計:71665円)

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by butterfly-life | 2010-09-24 00:25 | リキシャで日本一周
138日目:おじいさんの古時計(新潟県上越市→糸魚川市)
 朝起きると雨がざーざーと降っていたので、しばらく部屋で様子を見て過ごし、10時のチェックアウトギリギリになって宿を出る。するとさっきまでの雨が嘘のように晴れ上がっていた。
 ラッキー。たまにはこういうことがあってもいいよね。

 直江津の港から海沿いの道を西へと進む。三連休最後の日だからか、国道8号線は混み合っていた。
 坂の途中に止めた車から降りてきたのは板垣さん。ずいぶん前に僕のブログを見たことはあったが、新潟に来るとは思っていなかったので(当初は「日本を縦断する」と書いてあったから)、リキシャとすれ違ったときには「まさか」と思ったそうだ。しかしリキシャで日本を走っている人が他にいるはずはないと、慌てて車をUターンさせたのだという。
「僕は俳句が好きで、松尾芭蕉のことを調べていたんです。あの『奥の細道』の旅で、芭蕉はちょうどこの道を通ったんですよ。江戸を出発して、奥州から越後を通って大垣まで、150日で歩いているんですね。たったの150日ですよ。昔は道がもっと悪かったから大変だったと思うんですが、それでも5ヶ月で歩けるって事に驚きました」
 45歳の芭蕉が150日間で歩いた距離は約600里(2400キロ)。普段、車や電車での移動に慣れていると、1000キロや2000キロなんて人が歩ける距離でないように思ってしまうが、1000キロの道のりだって、一日50キロ歩けるとしたら20日しかかからないのである。
 人力は確かに遅い。でもコツコツと積み重ねていけば、意外なほど遠くまで行くことができる。千里の道も一歩から。僕はリキシャの旅でこの言葉の持つ意味を実感している。

 名立という漁村にある小さな食堂で、オダさん夫婦にお昼をご馳走してもらった。
「今からうまい食堂で昼飯を食べるんだけど、一緒にどう?」と誘われたのだ。
 建設会社と運送会社を営むオダさん夫婦は、仕事が休みの日には海が見える食堂に出かけて昼間からお酒を飲むのだという。ここは24時間営業しているトラック野郎向けの食堂なので、仮に酔っぱらっても酔いが醒めるまで座敷にごろんと横になって仮眠を取ることができるのだ。どうやらアジア的おおらかさに包まれた食堂のようだ。



 なんでも好きなものを注文しなさいと言われたので、サンマ定食とカニとイカの天ぷらキムチと野沢菜とを頼んだ。特に天ぷらは一夜干ししたイカをカリッと揚げてあってうまかった。
「あの『5円タクシー』っての、あれ1キロ5円なの?」とオダさんが聞いた。
「いや、違いますよ。特に値段を決めているわけではないんです。これも何かの『ご縁』ってことで、たくさんの人に乗ってもらっているだけです」
「そうなのか。いや、さっきうちのやつと話してたんだけどよ、トラックの運転手は1キロ走ると20円もらえることになっているんだ。基本給プラス歩合制だな。だから500キロ走ったら1万円と基本給がもらえる。それを考えると、1キロ5円っていうのは安すぎるよなぁ」
 もちろん安すぎる。はっきり言えばタダみたいなものである。だから「5円タクシー」を普通のタクシーだと勘違いされると(そういうことはまずないが)困ってしまうのだ。

 建設業も運送業もバブルの頃には信じられないほど儲かったそうだ。仕事は山のようにあり、札束がぼんぼん飛び交っていた。しかし儲かった分、使い方も荒かった。夜の町で豪遊して、一晩で100万使うなんて事もざらだった。今から考えれば馬鹿なことをしたなぁと後悔もしている。
「俺はいま51だけどよ、50年なんてあっという間だぞ。特に40歳から50歳までは本当にすぐに過ぎる。だから今のうちに後悔のないように、腹を決めてやった方がいいぞ」

 オダさん夫婦に別れを告げて、再びリキシャにまたがる。いつまでものんびりしたい気分だったが、そういうわけにもいかない。
 午後からは向かい風が強くなり、平地でもリキシャを押して歩かなければいけないほどだった。直江津から糸魚川までは40キロあまりと距離的には短かったが、お昼にたっぷり休憩したせいで到着は日暮れ間近になった。

 糸魚川の商店街の外れに店を構える近藤時計店のご主人は、なんと90歳だった。
「この時計屋は父親が始めたもんなんだ。大正の初めだから、今から100年ぐらい前になるかね。馴染みのお客さんもいるもんだから、閉めるわけにはいかないんだよ」
 近藤さんはもともと国鉄の職員だったのだが、時計屋を営んでいた父親が病気になったので、50過ぎで退職して店を継いだそうだ。それ以来40年、ずっとここで時計の販売と修理を行っている。



 お店の壁には古めかしい振り子時計がいくつも架けられていた。一日に一度ゼンマイを回してやらないと動かない大きなのっぽの古時計。ボーン、ボーンと重々しい音で鳴る、存在感のある時計。
「こういう時計って売れるんですか?」
「まぁ、ぼちぼちだなぁ。あんまりたくさんは売れないよ。でもうちは時計の修理もしているから、それでなんとかやっているんだ」
 腕時計の電池交換や故障した時計の修理など、馴染みのお客さんから依頼された仕事をこなすことで、なんとか店を続けられているようだった。
 それにしても、時計の修理という細かな手仕事を、90歳のおじいさんが現役でやっているというのはすごい。目も手も、もちろん頭もしっかりしていなければつとまらない。
「周りの人間は100歳までやりゃいいなんて言うけどな、そりゃちょっと無理だな。さて、あと何年続けられるか・・・」
 近藤さんは怪盗ルパンが使っていたようなルーペを右目にはめ、手元をライトで照らしながら腕時計の裏蓋をピンセットで外した。慣れた手つきだった。
 壁に掛けられた古時計はコッチコッチと律儀に時を刻んでいた。




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本日の走行距離:43.8km (総計:5931.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:100円 (総計:71650円)

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by butterfly-life | 2010-09-23 14:58 | リキシャで日本一周
137日目:頭痛に効く薬(新潟県柏崎市→上越市)
 頭痛は相変わらず続いている。頭の左の方がずきずきと痛む感じ。普段、ほとんど頭痛を感じることのない体なので、これがどういう種類の頭痛なのか判断がつかない。風邪にしては他の症状がないし、一応リキシャだって漕げる。特に問題はないのだが、気にはなる。

 昨日薬局で買った頭痛薬を飲む。「バファリン」ではなくて「バッサニン」。なんでもバファリンと同じ成分で値段は半分なのだという。薬版PB商品みたいなものか。成分が一緒ならもちろん安い方がいいわけで、このバッサニンを買ったわけだ。薬を飲むと痛みは消えるのだが、半日ほど経って効果が消えるとまた痛みだした。

 今日は80キロ以上先の糸魚川まで行くつもりだったが、あまり無理をしたくなかったので、ちょうど半分の地点にある上越市まで行くことにする。
 たいした距離ではないはずなのだが、海沿いの道はアップダウンの連続で苦労した。急な坂道を上っては下り、また上っては下る。高台は日本海が一望にできる絶景スポットらしいが、景色を楽しんでいる余裕はなかった。汗を拭いつつリキシャを引っ張り上げる。


【リキシャを見て集まってきた御一家】


 柏崎市を抜けて上越市に入ると、アップダウンはいくらかマシになった。国道8号線を離れて、住宅街のあいだを走る道を行く。
 しかし頭痛のせいなのかはわからないが、今日はあまりいい出会いに恵まれなかった。仕方ない。こういう日もあるさ。

 直江津の近くで上越よみうり新聞の記者さんから取材を受ける。
「あとどのぐらいで終わりますか?」との問いに、
「2週間です」
 と答える。ゴールとラストランの日程を決めてしまったから、2週間後にはこの旅を終えて東京に戻ることになる。あと2週間。今までの長い道のりを考えたら、もう残りわずかと言ってもいい。

 今日のような体調の悪い日には、旅の終わりが待ち遠しくなる。こんなしんどい毎日から早く抜け出したいと思う。
 でもその一方で、心に残る出会いが生まれると、まだ旅を続けたいという気持ちが湧いてくる。
 長旅の終わりになると、僕はいつも「続けたい」と「終わらせたい」とのあいだで心が揺れ動くことになる。


【バイクで追いかけてきたおじさん。赤いエプロンは防寒用の装備なのだそうだ】

 上越市では温泉付きのビジネスホテルに泊まった。
 泊まり客ならタダでは入れる大浴場には、8種類の薬草を煮出したという深緑色のお湯が張られていた。浴室の中には漢方薬のにおいが漂っている。その名もずばり「漢方の湯」。
 壁に貼られた効能書きには「漢方エキスが毛細血管を通じて染みこみ、自然治癒力を高めてくれる」とある。確かにこのお湯、浸かってみるとピリピリと肌が傷む。いかにも効きそうだが、さて頭痛には効いてくれるのであろうか。


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本日の走行距離:47.3km (総計:5888.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:20円 (総計:71550円)

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by butterfly-life | 2010-09-22 21:26 | リキシャで日本一周
136日目:稲刈り日和(新潟県三条市→柏崎市)
 今日は晴天に恵まれて、絶好の稲刈り日和になった。
 黄金色に色づいた田んぼには、コンバインの姿が目立つ。ここのところずっと雨がちだったから、どの農家もこの晴天を利用して稲刈りを終えてしまおうと必死なのだ。今日は土曜日なので、平日働きに出ている兼業農家にとっても都合がいいようだ。



「今日は一家総動員だな」とすげ傘をかぶったおばあさんが言う。「明日も雨の予報だからよ、みんな急いでるんだ。今年の夏は暑かったから、米の出来はいいんでねぇか」
 農協の倉庫も大忙しだった。収穫を終えた農家のトラックがひっきりなしに出入りしている。9月18日は新潟の農家にとって一年で最も忙しい日になったようだ。



 リキシャの旅を始めた3月には、まだどの田んぼにも苗は植えられていなかった。その頃は天候不順で肌寒い日が多く、長期予報では冷夏だと言われていた。それが一転して酷暑の夏になり、9月に入っても残暑厳しく、ようやく暑さが一段落したところで収穫を迎えたわけだ。
 巡る季節。ずいぶん長いこと旅をしてきたもんだと改めて感じる。





 三条市から長岡市までは平坦な道のりだったが、そこから柏崎に至る国道8号線は峠越えの道だった。雨の中を走り続けてきた無理がたたったのか、ここのところずっと頭痛に悩まされている。今日も午後からだんだん頭が痛くなり始めて、頭がぼんやりとしてきた。なのに坂道を上らなければいけない。



 少し歩いては休み、また歩いては休む。それを繰り返して、なんとか峠の頂上までたどり着いた。
 そこから下り坂を一気に駆け下りて、柏崎市に入った。2007年に起きた新潟県中越沖地震によって火災が発生し、運転を停止したあの柏崎刈羽原子力発電所を擁する町である。
 この原発は東京電力が管理しているので、作られた電気ははるか遠く東京にまで運ばれている。巨大な送電用の鉄塔がいくつも連なって山を越えていくのが見える。


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本日の走行距離:61.6km (総計:5840.8km)
本日の「5円タクシー」の収益:70円 (総計:71530円)

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by butterfly-life | 2010-09-21 21:58 | リキシャで日本一周