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彼女が「年下の男の子」と結婚する理由
■ バングラデシュ旅行記(28) 姉さん女房婚 バックナンバーはこちら ■

 ムルー族が持つ風習の中でも際だって特徴的なのは、婚姻制度である。一般的にムルー族の妻は、自分より10歳から15歳も「年下」の男を夫にするのだ。超が付くほどの「姉さん女房婚」なのである。配偶者を選ぶのも女性の側で、女の方から自分の好みの男にアプローチする。ちなみにムルー族の女たちにとっての「良い男」とは、「思いやりがある男」や「歌や踊りが上手な男」だという。外見はさほど重要ではない。



 女に選ばれた「年下の男の子」は、結婚に応じる気があるなら、お金を貯めなければいけない。両家に二人の結婚を認めてもらうには、日本円にして4万円ほどの結婚資金が必要なのだ。言うまでもなく、現金収入に乏しいこの村で4万円ものお金を貯めるのはかなりの難関である。どうしても用意できない場合には、夫の親が援助することもあるようだ。育てていた家畜を売ったりして、なんとか婚礼資金が準備できると、そのお金で新妻のために腕輪やイヤリングなどの装飾具を買う。

 バングラデシュに住むビルマ系の少数民族には、いわゆる「母系社会」の伝統を持つ人々が多いのだが、ムルー族は単純な母系社会ではない。夫を選ぶ権利は妻の方にあるのだが、選ばれた夫は持参金と妻を「交換」するかたちを取り、妻は夫の実家に「嫁入り」することになるのだ。

 ムルー族の女はとてもよく働く。川で水を汲むのも、山に入って山菜や芋をとってくるのも、家畜の世話も、炊事や洗濯や掃除などの家事も、ほとんどが女の仕事なのだ。男たちはあまり働かない。たまに森に狩猟に出かけて鳥やリスなどをとってくることもあるが、だいたいは家にいる。基本、「主夫」なのである。


[女たちはとてもよく働く。]

 男たちが担当するのは竹籠を編んだり、子供の面倒を見たりといった「内向き」の仕事で、他に何もすることがないときは、床に寝っ転がってのんびりとタバコを吹かせている。はっきり言ってぐうたらである。しかし、そんな夫を見ても、「あんた少しは働きなさいよ」と妻が文句を言うことはない。ここではそれが当たり前だし、逆に夫がきびきび働くような夫婦は世間体が良くないのかもしれない。「あの家の旦那さん、働き者なんですってよ。イヤねぇ」みたいに。ここは「働きたくない男」にとってのパラダイスなのかもしれないなぁなんて思ってしまう。


[川の水を汲む村の女]


[畑の手入れをするのも女たちの仕事]

 夫よりも年上で、かつ働き者であるムルー族の女は、当然のことながら気が強い。性格的にもあけっぴろげで陽気だ。シャイな人が多い山の民にしては珍しい性格である。村で女たちにカメラを向けたときにも、ニコッと笑ってくれたり、「あっかんべー」と舌を突き出してくる人が多かった。


[あけっぴろげな女たちは、こんな表情も見せてくれる。]

 ムルー族は男女を問わずヘビースモーカーなのだが、より豪快に吸うのは女の方だった。生後間もない赤ん坊に乳を吸わせつつ、煙を「ぷはー」っと鼻から吹き出している女の姿は、豪快というか「男らしいなぁ」と感じさせるものだった。

 女が外で働き、タバコを吸い、夫を選び、豪快に笑う。この村は、妻が家庭を守るのが普通であるムスリム家庭とは何から何まで正反対の社会だった。僕らが普段何げなく感じている「女らしさ」や「男らしさ」、つまりジェンダー(社会的性差)というものが、実は周りの環境によってオセロの白と黒のように変わりうるという事実を、改めて思い知らされたのだった。


[うまそうにタバコを吹かす村の女]

 僕らに同行してくれたカンさんは興味深い視点で、この村の「姉さん女房婚」の習慣が持つ意味を説明してくれた。曰く「生物学的には、セックスの相性が一番いいのが19歳の男性と38歳の女性のカップルなんだ」というのだ。

 カンさんはいくつもの会社や私立大学を設立した実業家で、外国人とのビジネスの経験から得た幅広い知識を持つ人だった。外国生活が長かったこともあって、イスラムの因習に囚われない公平なものの見方ができる人で、アッパークラスの人にありがちな押し出しの強さや傲慢さもなく、冗談好きで気さくなおじさんだった。イスラム社会ではタブー視されている下ネタも気軽に話してくる。若い頃はいろいろと遊んでいたのだろう。

「女性の性欲が一番高まるのは30代後半なんだ」とカンさんは続けた。「子供を作るラストチャンスだからね。男の場合は十代後半が一番性欲が高い。君もよく知っているようにね」
「ということは、ムルー族の結婚スタイルは理想的なんですね?」
「セックスの相性だけを見ればね。彼らがそれを知っているかどうかは私にもわからないが。でもムルー族の結婚がどれほど我々の社会通念と違っていようとも、そこには何らかの合理的な理由があると考えるべきだよ」


[陽気で働き者の女たちに比べて、村の男たちはおとなしく、影が薄かった。]

 カンさんは一般的なベンガル人のセックスに対する固定観念にも大いに問題があると言った。大半の夫婦が男の都合ばかりが優先される幼稚な性生活を送っている。男は自分がやりたいようにやるだけで、女性の喜びについて配慮することがない。女が性欲を持っていることすら認めない人が多い。

「これは男にとっても女にとっても悲劇だよ」とカンさんは言う。「会話だって同じだよ。バングラ人の男は妻の話をまともに聞かない。コミュニケーションが取れていないんだ。女の人はたいてい話したいから話しているんであって、結論を求めているわけじゃないんだ。そこのところをわかっていない男が多すぎるんだよ」

 これまでのバングラデシュでは、細やかなコミュニケーションや相互理解といったものがなくても「制度」としての夫婦を維持することはできた。伝統的な家族観や宗教的道徳規範が強い影響力を持っていたからだが、これからはそうも行かなくなる。都市部では核家族化も進み、離婚も増えている。近代化が進むと、どこも同じような問題に直面するようだ。

 ムルー族の結婚制度がどのような背景から生まれたのかはわからない。カンさんの「セックスの相性を重視した」という説は確かに興味深いが、本当にそうだったのかは確かめようがない。女性が10歳以上も年上であることのメリットとしてすぐに思い付くのは「初婚年齢が上がることによる出生率の抑制」だが、村の現状を見る限り、この説を支持するのは難しい。この村には子供がやたらと多いからだ。





 村はベビーブームのピークを迎えていると言ってもいいような状態で、どの家にも6人から8人の子供がいた。仮に妻が30歳の時に結婚したとして、8人の子供をもうけるためには、ほぼ毎年のように産み続けなければいけない。言うまでもなく、これは相当に大変なことである。



 次から次へと子供が生まれてくるからなのだろうが、村の子育てはかなりアバウトだった。自由放任というか、基本的にほったらかしなのである。忙しい母親には子供たち一人一人に構っている暇などないのだろう。まだハイハイしかできない赤ん坊が家畜と一緒に泥んこになって遊んでいたりする。糞だらけの豚や、たき火の灰にまみれた子犬や、エサを求めて歩き回る鶏たちと同じ土の上で這いずり回っているのだ。なんでも口に入れちゃう時期だから、鶏や豚の糞も間違いなく口に入っているだろう。しかしそれを気にかける人は誰もいない。タフな環境である。「か弱きベビーをあらゆるばい菌から守らなくては」と考える潔癖症のお母さんが見たら卒倒するんじゃないかと思う。


[豚や鶏と一緒に遊ぶ赤ん坊]

 それは僕の娘が置かれている環境とはあまりにも違う世界だった。一定の温度に保たれた快適なマンションで、清潔な布団と温かいお湯とウェットティッシュに囲まれた暮らし。それが東京に住む赤ちゃんにとってごく当たり前の現実だ。その一方で、同じ月齢の子供が豚の糞にまみれて暮らしている。二つの異なる現実の途方もない落差に、僕は軽い目まいを覚えずにはいられなかった。


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by butterfly-life | 2012-09-21 10:17 | 南アジア旅行記
半裸の女が暮らす村
■ バングラデシュ旅行記(27) 半裸の女が暮らす村 バックナンバーはこちら ■

 リンプン村は、人口184人の小さな集落である。ビルマ系の少数民族ムルー族(外国人にはムロン族と呼ばれることが多い)の人々が、川に沿って開けた傾斜地に暮らしている。


[ビルマ系のムルー族はベンガル人とはまったく違う顔立ちだった。]

 ムルー族はもともと狩猟採集生活を送っていたのだが、ごく最近になって米や野菜作りを始めたという。農業の開始に伴って、主食は森でとれるイモ類から米に変わったが、それ以外は昔とほとんど変わらない素朴な暮らしを送っている。電気も通っていないし、商店もない。村に部外者がやってくることはほとんどなく、外国人が来たこともない。なんと我々が歴史上初めてこの村を訪れた外国人になったのである。それぐらい閉ざされた土地なのだ。

 村に足を踏み入れてまず最初に驚いたのは、家畜の多さだった。人よりも動物の数の方がはるかに多いのだ。鶏やアヒルや鳩、犬や猫、そして豚があちこちで寝そべったり、エサをつつき回ったりしている。基本的にすべて放し飼いである。ムスリムは豚を食べないから、豚がいる光景自体この国では大変に珍しい。


[村には豚がたくさんいた。]

 もちろん豚は貴重なタンパク源だから、日常的に食べるわけではなく、祭りや婚礼の宴といったハレの日のために大切に育てられている。鶏が生む卵も食べないという。卵は必ず孵化させて、大きく育ててから、町まで売りに行くのだ。現金収入に乏しい村人にとって、鶏は数少ない「商品」なのである。



 その大切な鶏の羽根を一心不乱にむしっている若い女がいた。エサとなる米ぬかを地面に撒き、それをついばむために寄ってきた鶏を素手でひっつかまえて、強引に羽根をむしり取っていたのだ。羽根をむしられた鶏は「グゲー!」と苦悶の叫びを上げてその場から逃げ出すのだが、しばらくしてエサをまかれると、なぜかまたふらふらと女の近くに寄ってきて、さきほどと同じように捕まえられ、哀れにも羽根をむしられてしまうのだった。鶏の記憶は十秒も持たないのだろうか。ちなみにむしった羽根は楽器や耳かきの材料にするのだそうだ。





 何十羽もの鶏が次から次に羽根をむしられていく光景はいわく言い難い迫力があった。その作業を特に感情を込めることなく淡々と続ける女の横顔も味わい深いのだが、何よりも驚いたのは、彼女が上半身裸だったことだ。背中には乳飲み子を背負い、腰にはスカートを巻いているのだが、豊満な乳房はまったくの無防備で外にむき出されているのだ。


[動画]鶏の羽根をむしる半裸の女

 ムルー族はごく最近まで半裸で暮らしていたらしく、今でも暑ければ上着を脱いで半裸になるのは珍しくないというが、「半裸のまま矢継ぎ早に鶏の羽根をむしる女」という絵には強烈なインパクトがあった。いやはや、なんだかすごいところにやってきたらしい。

 僕らはリンプン村の村長の家に泊めてもらうことになった。ここに二泊して、村人の暮らしぶりや、村の生活改善のために活動するNGOの取り組みを撮影する予定だった。

「あんたらはチャクマか、それともガロか?」
 開口一番、村長が僕らに訊ねた。「チャクマ」も「ガロ」もビルマ系少数民族の名前である。外見的にはムルー族とほぼ同じなのだが、住んでいる場所が違うし、宗教や言語も異なっている。いずれにしてもビルマ系民族の顔だちは日本人ととてもよく似ているので、村長が誤解するのも無理はなかった。


[バングラデシュ北部に住む少数民族ガロもビルマ系の顔をしている。]

「いいえ、僕らは日本人です」と僕は答えた。「ジャパンという国のことはご存じですか?」
「聞いたことはある」
 と村長はベンガル語で言った。ちなみにこの村でベンガル語を話せるのは彼一人だけである。他の村人はムルー語しか話せないから、村の事情を訊ねるためには必ず村長を通さなければいけなかった。

「ジャパン。聞いたことはあるが、よく知らない」
 村長も他の村人も「ジャパン」という国名から具体的に連想できることは何ひとつないようだった。学校もなければ、テレビもない、新聞もないし、都会に出たこともない。そういう人々にとって「外国」という存在はあまりにも遠いものなのだろう。彼らは長いあいだ半径数キロメートルの世界で完結する暮らしを営んできたわけで、日本がどんな製品を輸出していようが、アメリカの大統領が誰だろうが、中国の経済成長率が何パーセントだろうが、そんなことは日々の生活に何の影響も及ぼさない。知ったこっちゃない、のである。

 村長の家は竹を組んで作った高床式で、家財道具がほとんどないので部屋の中は広々としていた。煮炊きに使う囲炉裏、鍋や釜の類、ナタやクワなどの刃物、ひょうたんを乾かして作った水瓶、山で使う竹籠などがこの家の持ち物のほとんどすべてである。


[リンプン村の家屋は竹を材料につくられている。]


[かまどでご飯を炊く]

 村人は生活必需品の大半を自分たちの手で作っている。例えば女たちが腰に巻いているスカートも、綿花を栽培するところから始めて、糸を紡ぎ、色を染め、織機で布を織るところまで、すべて自前で行っている。一枚の布を織るのに1ヶ月半もかかるというから、ずいぶんとまぁ気の長い話である。


[収穫した綿花]


[昔ながらの織機で布を織る女性。雨季には増水した川によって外部との行き来ができなくなるので、ひたすら布を織る毎日だという。]

 村長の家には古い電池式のラジカセがあり、それが唯一の「近代メディア」である。「RINSING」という耳慣れないメーカーの製品(たぶん中国製)だった。ラジオだけでなく、録音と再生ができるテープレコーダーが付いている。

 村長が僕らのリクエストに応えておもむろに再生ボタンを押すと、スピーカーから奇妙な歌声が聞こえてきた。テープが伸びているのか、やたら音質が悪くて、メロディーも不明瞭だったのだが、耳を近づけて聞いてみると、何人かの男がお経らしきものを唱えているように聞こえた。

 村長曰く、これはムルー族が信仰するクラマー教の儀式を録音したものだそうだ。クラマー教は古くからのアニミズム信仰と、宣教師によって伝えられたキリスト教が混ざり合った独自の宗教だという。


[トリプラ族の村で出会った少女]

 チッタゴン丘陵地帯に住む山岳少数民族の多くは、キリスト教の影響を受けている。リンプン村から歩いて1時間ほどのところにあるオナロン村に住んでいるトリプラ族も、全員がキリスト教徒だった。キリスト教の宣教師たちは辺境に住む「未開」の人々に神の恩寵を与えるというミッションを強く信じていて、そのためなら命をも投げ出す覚悟で布教にやってくる。そして布教活動と平行して、村に病院を建てたり、学校を作ったりすることで、村人からの信頼を得てきたのである。


[トリプラ族の女性は首にたくさんのネックレスをかけている。]


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by butterfly-life | 2012-09-07 12:00 | 南アジア旅行記