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巨大ペニスは子宝の象徴
■ インド旅行記2012(32) 巨大ペニスは子宝の象徴 バックナンバーはこちら ■

「な、なんだこれは?」
 ラジャスタン州南部にあるジャロルという町をあてもなく歩いていたときに、いきなり目の前に現れた巨大な像は、思いがけない格好をしていた。それはマハラジャのように立派な服を着た高さ2メートルほどの座像なのだが、あぁなんということだろう、股のあいだからおそろしく長くて太いペニスがにょきっと竿のように突き出ていたのである。



「な、なんだこれは?」
 僕が放心状態でこの像を見上げていると、近くの商店街の男たちがわいわいと集まってきた。
「あんた、あんた、この像が何なのか知りたいのかい?」
 サングラスをかけた男が早口の英語で言った。口元はどこかニヤけている。今にも笑い出しそうなのを必死にこらえている感じだ。
「ぜひ知りたいですね」
 僕がうなずくと、男は「ハハハ。やっぱりあんたも知りたいのか」と大笑いしはじめた。この像の奇抜さが外国人にも受けたことがよっぽど嬉しかったのだろう。そりゃ受けるよ。なにしろアソコが丸出しだもんなぁ。

「この像は実在した人物がモデルになっているんだ」
 彫金師をしているというサングラスの男は、真面目な顔に戻って話しだした。
「名前はアーナンド・バイラヴ。このあたりではとても有名な大男だったんだ。2メートルを超える身長と、巨大なペニスの持ち主として知られていた。この像は等身大なんだよ。いや嘘じゃない。実物もこんなに大きかったんだ」


[ペニス部分は着脱可能になっている。何のために取り外すのかよくわからなかったけど。]

 いくらアーナンド・バイラヴ氏が伝説的な大男だとは言っても「等身大」というのはいささか誇張しすぎだと思う。座っている状態でも2メートルを超えているのだ。しかもその木製のペニス(なぜか像本体からスポッと取り外せるようになっている)は大人の足よりも太くて長いのだった。これがもし本当に等身大だとしたら、彼は巨人を超えて怪物である。

「アーナンド・バイラヴには結婚を決めた相手がいた。町一番の美女で気立ても良かった。二人はお似合いのカップルだったので、町の人はみんな祝福した。ところが結婚式の前夜、彼女は自殺をしてしまったんだ。もちろん彼は嘆き悲しんだ。そしてもう誰とも結婚しないことに決めたんだ」

 アーナンド・バイラヴはずば抜けて大きなペニスと強い精力を持ちながらも、かつて愛した婚約者のことが忘れられず、一生独身を貫いたのだった。彼の「伝家の宝刀」は一度も抜かれることなく、鞘に収められたままだったわけだ。その哀しい愛の物語は、彼の死後も人々のあいだで語り草となり、やがて彼は「子宝の神様」として崇拝の対象になったのである。この町の人々は、結婚したら必ずこの像にお参りして、子宝に恵まれますようにと祈願するのだそうだ。

「アーナンド・バイラヴの力は本物だ。俺もこの像に毎日お祈りしたから、4人の子供に恵まれたんだ。日本人にも効果はあるはずだよ。写真に祈るだけでも御利益はある。あんたがここで撮った写真は、ぜひツイッターやブログで全世界に公開してくれ。もし子宝に恵まれずに悩んでいる日本人がいたら、この写真に祈ればいいよ」

 そんなわけで、僕はアーナンド・バイラヴの子宝パワー全開写真を、今ここに公開しているのである。実際に「効く」かどうかは、皆さんがご自分で試していただきたい。ジャロルの町の男たちは「効果は俺たちが保証する」と言い切っていたのだが。

 それにしてもインドってやつは油断ならない。こんなにもユーモラスで摩訶不思議な像が、街角に何気なく置かれているのだから。

 アーナンド・バイラヴ像は世界にあまたある「子宝の神様」の中でも、間違いなくトップクラスの面白さだ。しかもこれはお寺やほこらといった特別な場所に安置されているわけでなく、誰もが普通に行き来する路地裏に何食わぬ顔で座っているのだからすごい。この道を通る若い女の子たちは、いったい何を思っているのだろう。恥ずかしくはないのだろうか?

 もっとも、ヒンドゥー教には「リンガ」と呼ばれる男性器をかたどった石柱をシヴァ神の象徴として祀る習慣があり、男性器を祈りの対象にすること自体はそれほど不思議ではない。しかしこの像はあまりにもあからさまである。形状も色もリアルペニスそのもの。「象徴」というよりは「まんま」なのだ。


[ヒンドゥー寺院には「リンガ」と呼ばれる男性器をかたどった石が置かれている。]


[リンガに比べると圧倒的にリアルなのがわかる]

 さらに奇妙なのは、一人も子供を持つことなく(おそらくは)童貞だった彼が、どうして「子宝の神様」という実際とは正反対の役回りを与えられてしまったのかということだ。
「そんなこと俺に聞かれても困るよ」
 彫金師の男は顔をしかめて言った。
「いつの間にかそうなっていたんだ。アーナンド・バイラヴには普通の人にはない力があった。それが重要なんじゃないかな」

 たくさん子供をもうけることが家族の幸せ。そのような価値観は、20年ぐらい前まではインド全土で共有されていたものだった。しかし今は違う。都会はもとより農村でも、明らかに子供の数が減りつつあるのだ。今回の旅で、僕はそれを強く感じた。若い夫婦はみんな「子供は二人で十分だよ」と口を揃えるのだった。


[インドでも子供の数は減りつつある]

 「産めよ増やせよ」の時代はすでに終わったのだ。少ない子供を大切に育てて、高い教育を授けようという先進国と同じような考え方が、インド社会でもスタンダードになりつつあるのだ。

 アーナンド・バイラヴの巨大なペニスは、そろそろ歴史的な役割を終えようとしているのかもしれない。


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by butterfly-life | 2013-01-29 09:29 | インド色を探して
性欲を抑える秘密のサンダル
■ インド旅行記2012(26) 性欲を抑える秘密のサンダル バックナンバーはこちら ■

 カルナータカ州で出会ったもう一人の聖者は、アルメールというごくありふれた田舎町に住んでいた。彫金屋や鍛冶屋や仕立屋なんかがぽつぽつと並ぶ小さな商店街が町の中心にあるだけで、それ以外は特に何の取り柄もない町だった。





 聖者が住んでいたのは、町の外れにあるヒンドゥー寺院だった。900年も前に建てられた由緒あるお寺らしいのだが、建物の中は最近改修されたばかりらしく、壁も床材も真新しかった。ヒンドゥー寺院にはつきものの野良牛や野良犬(ときには野猿)たちが我が物顔で寝そべっていることもなく、日本の神社のようなひっそりとした静寂に包まれていた。

 聖者はオレンジ色の袈裟を着て、きれいに掃き清められた床の上に一人で座っていた。突然の訪問にもかかわらず、彼は人なつっこい笑顔で僕を迎えてくれた。

 実はこの寺院を訪ねることになったのは、商店街で知り合った若者が「ぜひあんたに会わせたい人がいるんだ」と勝手に道案内をはじめたのがきっかけだった。インドを旅していると、彼のようにちょっとばかり強引でお節介な男に出会うことがある。そういうとき僕はたいてい相手の言うままについていくことにしている。(観光地でない限り)それが悪い結果に結びつくようなことはほとんどなかったからだ。このときもそうだった。僕らはいくつもの角を曲がり、路地を通り抜け、洗濯している女や雑草を食べている山羊のそばを通って、ようやく古い寺院の前までやって来たのである。





 ジャガデーヴァ・マッレボンマイヤ・スワミジーという長い名前を持つ聖者は、とても流ちょうな英語を話した。彼は大学の修士課程を卒業したインテリだったのだ。しかし彼もまた思うところあって世俗を捨て、信仰とともに生きる道を選んだのだった。

「普通の仕事に就き、お金を稼ぎ、家族を持ち、レストランで食事をし、新しい家を買う。私はそういう人生に満足できなかったんです。欲望というものは限りがありません。それは海のようなものです。どこまで行っても終わりがない。例えばあなたがいい車を買ったとしましょう。でもあなたはそれで決して満足はしない。もっといい車に乗りたくなるはずです。欲望は満たされることなく、常に新たな欲望を生み出します。本当に満足できる人生というのは、欲望から離れたところにあります」


[オレンジ色の袈裟を着た聖者ジャガデーヴァ]

 ジャガデーヴァさんの生活は瞑想にはじまり、瞑想に終わる。一日に必ず三度は瞑想を行うという。床に座り、目を閉じて、呼吸を深くしながら、1時間から2時間ほど瞑想する。自分の欲望と静かに向き合い、そこから離れるために。

 ジャガデーヴァさんが履いているサンダルはユニークなものだった。「鼻緒」に相当する部分がなく、丸い突起を足の親指と人差し指で挟んで履くというのだ。当然、かなり歩きにくいはずだ。

「ええ、もちろん最初の何ヶ月かは苦労しましたよ。指の付け根も痛くなりますしね。でもしばらくすると慣れてくるんです。聖者はみんなこのサンダルを履いています。ブッダもガンディーも履いていました。こうやって足の指を鍛えると、性欲をコントロールできるからです」


[性欲をコントロールできるというサンダル]

 俗世間を離れた聖者にとっても、性欲のコントロールはとても難しい問題のようだ。本能的に備わっているものを理性で押さえつけるのは、誰にとってもたやすいことではない。あのマハトマ・ガンディーでさえ、性欲を制御しきれずに失敗したことを包み隠さずに語っている。しかしジャガデーヴァさんはこのサンダルを使うようになってから、性欲に煩わされることがなくなったという。もちろん勃起もしない。

「あなたも一度試してみたらどうですか? 無駄な性欲に振り回されることがなくなって、とても平穏な気持ちになりますよ」
「いえ、結構です」
 僕は笑って断った。すべての我欲を捨て去り、平穏な気持ちで生きるというのも、それはそれで悪くないと思う。でも、ときには性欲に振り回され、煩悩に悩まされる人生の方が、自分には合っているような気がする。



「私は鳥のように自由です」と彼は楽しげに言った。「好きなときに好きなところへ行くことができるから。欲望に煩わされることがなくなれば、体も軽くなります。自分を縛っている縄をほどくことができるのです」

 このようにジャガデーヴァさんの生活の基本には瞑想があるが、決してそれだけに執着しているわけではなかった。自分の城に閉じこもるだけでなく、多くの人と関わり合いながら社会にとって善いことを行うのが、聖者としての役割であると考えているのだ。

 彼の元には毎日多くの人が相談にやってくるという。健康に不安を抱えた人、お金に困っている人、子供の教育に悩んでいる人。彼は様々な知識と豊富なコネクションを生かして、その悩みに答えている。たとえば重病人にはどの医者に診てもらうのが良いのか助言するし、農業の専門家を招いて、この土地に合った新しい農業のやり方を教えてもらう試みも行っている。彼は共同体のアドバイザー的な役割を担っているのだ。

「この地域の一番の問題は水です。農業は雨水に頼っているので、雨が降らないと収穫量が落ち込んでしまうんです。実際、去年は雨が少なかったので、多くの農民が生活に困り、お金を借りることになりました。今年はその借金が返せない人が続出しています。もちろんこの問題は私の力だけでは解決できません」
「お金が必要なんですね」
「ええ。私はお金を持ってはいませんから。ですからお金持ちの家に行って状況を説明して、援助をお願いしています」



 僕らが話しているときにやってきたのは、鮮やかな黄色いターバンを頭に巻いた農家のおじさんだった。彼の悩みは「喧嘩した弟と何年も絶縁状態が続いているのだが、関係を修復するためにはどうすればいいか」というものだった。

 ジャガデーヴァさんは何度も深く頷きながら男の話に耳を傾け、最後にいくつかの短い助言を与えた。その姿は、問診を重視する誠実な医者のようでもあった。

「様々な悩みを抱えた人たちがここにやってきますが、もっとも難しいのが人間関係の悩み、特に家族の問題です。唯一の正しい答えというものがないからです。粘り強く話し合うことしか解決への道はありません」

 ジャガデーヴァさんは意識的に新しい情報を取り入れるようにしている。新聞を読むのはもちろんのこと、衛星テレビで外国のニュースを見たり、インターネットを使って調べ物をしたりもしている。3000年以上の歴史を持つ聖典から教えられることはたくさんあるのだが、今ここで起きている問題を解決するためには、この時代をよく知る必要があると考えているからだ。

 僕がポケットからiPhoneを取り出すと、彼は身を乗り出して、「それは一体なんですか?」と目を輝かせた。
 新しいガジェットに興味津々という反応も意外だったが、生まれて初めて触れるスマホのタッチ操作をものの5分で覚えてしまったのにも驚かされた。

「なるほど。今どこにいるのかがグーグルマップでわかるようになっているんですね。これはすごいなぁ」
 彼はiPhoneの地図アプリの出来の良さにも感心しきりだった。ノキアやサムスンが圧倒的に強いインドでは、アップルのiPhoneの存在自体あまり知られていないのだ。
「こんな小さなマシンで、どこからでもインターネットに繋がるなんて。世界は狭くなりつつあるんですね」

 The world is getting smaller.
 こういうセリフがさらりと出てくるところに、彼の教養の高さがうかがえる気がした。

 インドには様々な聖者がいる。
 世捨て人のように山の中で孤独に生きるサドゥーもいれば、何も所有せずに裸で修行に励むストイックな僧もいる。そして、ジャガデーヴァさんのように共同体とアクチュアルに関わりながら、自分の知識を人のために役立てている人もいる。

 それぞれのやり方で、それぞれの「道」を追求する聖者たち。
 彼らの多様な生き方は、インドという国のふところの深さとつながっているようにも思えたのだった。


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by butterfly-life | 2013-01-22 09:23 | インド色を探して
裸で町を歩くジャイナ教の聖者
■ インド旅行記2012(25) 裸の聖者が語ること バックナンバーはこちら ■

 インドは何もかもがむき出しになっている国だ。
 美しいものも、醜いものも、愉快なものも、ぞっとするものも。すべて包み隠されることなく、路上に露出している。

 旅を重ねるにつれて、そんなむき出しのインドにも慣れてきたのだが、さすがに「一糸まとわぬ男」がすたすたと道を歩いているのを見たときには、思わずバイクを止めて食い入るように見つめてしまった。
 な、何なんだ、あれは・・・。



 それはカルナータカ州ビジャープルの町に向かって州道をひた走っていたときのこと。一人の小柄な男が素っ裸で道を歩くあとを何十人もの人々が追いかけている、という奇妙な行列とすれ違ったのである。ガンディーの「塩の行進」のようなデモの一種なのかとも思ったが、それにしては静かだし、だいいち全裸になる必要もない。

「私たちはジャイナ教徒なんです」
 行列の中にいた英語が話せる若者ネミナート君が、親切に教えてくれた。
「あの裸の方はジャイナ教の聖者なのです。彼はいつでも裸です。24時間、365日、常に裸なのです。我々はあの方をとても尊敬しています。素晴らしい話を聞かせてくださいます。私たちはあの方の説法を聞くために、寺院に向かって歩いているのです」

 小学校の教師をしているネミナート君は、聖者に会うためにわざわざ20キロ離れた町から歩いてここまで来たという。ジャイナ教は信者数が450万人とインドではかなりマイナーな部類に入る宗教なのだが、信者一人一人の信仰心はとても篤いのだ。

「あなたも一緒に来ませんか?」
 と誘われたので、僕もネミナート君とともに寺院に向かうことにした。
 寺院にはすでに何百人ものジャイナ教徒たちがいて、説法が始まるのを待ちわびていた。特にお金持ちでもなければ貧しくもない、ごく普通の庶民のように見えた。信者たちは突然やってみた外国人に対してもとても友好的で、ココナッツ風味の甘いおかゆをふるまってくれた。


[聖者の説法を聞くために集まってきたジャイナ教の信者たち]

 ジャイナ教は紀元前6世紀頃、仏教と同じ時代に成立した古い宗教である。その教義の大元には「生き物を傷つけてはならない」という考えがあるので、ジャイナ教徒は厳格な菜食主義者だし、人を殺す軍人や魚を殺す漁師になることもなく、(土の中の微生物を殺す可能性のある)農業に従事することもなかった。そのためジャイナ教徒は伝統的に金融業や宝石商や役人などの職に就く人が多く、結果的にインドでも比較的裕福なコミュニティーを形成するに至ったという。

 ジャイナ教の僧(聖者)は「不殺生(アヒンサー)」にもとづいた厳しい生活を送っている。徹底した菜食主義を貫くのはもちろんのこと、夜には絶対にものを食べないという。暗い中で食事をすると、食べ物の中に虫が入っていてもそれに気付かずに殺してしまう可能性があるからだ。

 また、僧は常に生き物を殺さないように細心の注意を払って暮らしている。彼らが手に持っているクジャクの羽も、座るときに小さな虫を踏みつぶさないように払うためのものだ。生きているだけでものすごく疲れるような生活だが、彼らはそれを自ら選び取っているのだ。


[僧が手に持っているクジャクの羽は虫を殺さないためのもの]

 ジャイナ教の聖者が真っ裸なのは「無所有」という戒律によるものだ。服も下着も靴も何も所有しない。だから裸なのだ。寺院には開祖マハーヴィーラの像が置かれているのだが、その像もまた全裸だった。開祖も裸で生き、それ以降の僧も彼を真似て裸で生きてきたのだ。(ジャイナ教はいくつかの宗派に分かれていて、僧に白衣の着用を認めている派もある)

「私が出家したのは10年前のことでした」
 裸の聖者クララトナブシャン師は語った。彼は英語が話せないので、直接会話することはできなかったが、ネミナート君が通訳になってくれた。
「学校を卒業してしばらくは高校教師をしていました。でもその生活に満足することができなかった。だから10年前に出家したのです。それからずっと裸で暮らしています」

 彼の生活は想像以上にストイックだった。食事は11時に一度とるだけで、あとは一切何も食べず、水さえ飲まないという。夜は「沈黙の時間」とされているので、何も喋らない。寝るときも布団は使わずに、ワラの上に眠る。また、毛髪はハサミやカミソリは使わずにむしり取る(!)のだそうだ。

 どこかへ移動するときは必ず徒歩で行い、バスや電車に乗ることはない。説法をするために遠くの町に出かけるときにも、ただひたすら歩き続けるのだ。一日に70キロ以上歩いたこともあるという。そのあいだもやはり何も食べないし何も飲まないというのだから、実に驚嘆すべき体力と精神力の持ち主なのである。

 夏のインドは恐ろしく暑い。おそらくアスファルトの上は50度以上にもなるはずだ。そこを裸足で何十キロも歩き続けるというのだ。水も飲まないで。もちろん彼にとってはそれも修行の一貫なのだろうが、部外者の目にはほとんど常軌を逸した行為のようにも見える。

 いずれにしても、そのような厳しい修行に耐え、禁欲生活を徹底しているからこそ、聖者は多くの在家信者に尊敬されているのだろう。何も持たないし、何も身につけない。そういう極端な生活を実践していることが、彼の言葉に強い説得力を与えているのだ。

「私はいつも移動しています。川の流れのようにとどまることがない。開祖マハーヴィーラも流浪の人生を送りました。だから私もそうしているのです」 

 クララトナブシャン師の説法は意外なほど穏やかなものだった。もちろん僕にはカンナダ語で語られる説法の内容はさっぱりわからないのだが、ユーモアを交えながら明朗な口調で信者に語りかける姿はとても理知的だった。「裸行をおこなう聖者」と聞くと、それだけでエキセントリックなイメージを持ってしまいそうだが、彼の語り口はそれとは正反対だったのである。


[説法は穏やかな笑みを絶やさずに、身振り手振りを交えながら行われた。]





 ジャイナ教の思想の根底にあるのは「相対主義」だという。すべての事物には多くの属性があるのだから、何かを断定的に判断するべきではない。見る角度を少し変えただけで、ものごとの見え方はまったく違ってくるのだから、「○○は××である」という表現は避けるべきだ、というのである。僧の行動はずいぶん極端だが、その教えの根本にある思想は現代人にもすんなりと理解できるものなのだ。

 しかしジャイナ教を「他の宗教とは一線を画するもの」として特徴づけているのは、なんと言っても「不殺生」「無所有」の原則が厳格に守られていることである。そして、それがもっとも極端なかたちで現れているのが「裸の聖者」なのだ。



 しかも「裸」が持つインパクトは、消費生活を謳歌する現代社会においてよりいっそう強くなっている。どれだけ派手な服を着ても、どれだけ高級な乗用車に乗っても、ただひとり全裸で道を歩いている人にはかなわない。裸であることそれ自体が世間の常識に対するアンチテーゼになっているのだ。

 アンデルセンの童話「裸の王様」は、無垢な子供のひとことによって「見栄っ張りの王様は実は裸なのだ」という事実が明らかになるという物語だったが、ジャイナ教の「裸の聖者」はあえて自らの裸体を衆目にさらすことによって、常識に縛られた見栄っ張りな我々に対して「裸でいて何が悪いんだ?」という無垢で根源的な問いを投げかけているのだ。


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by butterfly-life | 2013-01-16 09:07 | インド色を探して
インドの牛車は1台3万円で作れるらしい
■ インド旅行記2012(24) 牛車と豆と髪の毛と バックナンバーはこちら ■

 「ヒンドゥー教徒はシヴァ神の乗り物である牛を神聖視している」という話はよく聞くのだが、去勢牛のひどい扱いからもわかるように、インドの人々が牛を神として崇めたり、家族のように大切に扱っているかといえば、まったくそんなことはないのである。

 もちろんヒンドゥー教徒は牛を殺して食べたりはしないが、使役動物としてこき使うことには何の抵抗もないし、脂肪の乗ったおいしい肉を得ようという目的がないだけに、たいていの雄牛は痩せたままの状態で飼われている。肉牛のように成長したらすぐに殺されてお肉になるということはないが、その分ずっと重い荷物を引かされて死ぬまで働かされることになるのだ。どちらの道もあまり幸福ではなさそうだ。


[水田を耕す牛]


[石でできた重いローラーを牛に引かせて、ラギと呼ばれる雑穀を脱穀している。]

 いずれにしても、インドの農村の暮らしが牛と密接に関わっているのは間違いない。ミルクは貴重なタンパク源だし、畑を耕すときには牛に鋤を引かせるし、収穫物を運ぶのも牛車の役割なのである。



 グルバルガという町には、木製の牛車を作っている工房があった。
 この工房は30人ほどの職人を抱え、分業制で牛車を作っていた。電動のこぎりで材木を切り揃える職人や、ノミを使って車軸に穴を開ける職人など、それぞれの行程には専門の職人がいて、埃と汗にまみれながら忙しそうに働いていた。


[牛車の車輪のハブを作る職人]

 工房には鍛冶屋もいた。牛車の車輪そのものは木製だが、タイヤに相当する外輪には摩耗しないように鉄が使われているのだ。石炭を使って真っ赤に熱した鋼を、ハンマーで叩いて円形に曲げていく。鍛冶屋は無骨な汚れ仕事だが、彼らがほとばしらせる汗はいつ見てもかっこよかった。

 ちなみに木製牛車は一台2万ルピー(3万円)だそうだ。それが高いのか安いのかは、僕には判断がつかないのだけど。


[牛車工房には様々な職人が働いている。これは車輪を作る職人。]




[ふいごを上下させるのは鍛冶屋の見習いの子供]


[タイヤに相当する外輪には摩耗しないように鉄が使われている。]




 カルナータカ州は豆の生産が盛んなので、グルバルガには豆専門の卸売市場があった。付近の村で収穫された豆がここに集められ、仲買人によって買い付けられて、他の町へと運ばれていくのだ。

 牛と同じように豆もインド人の暮らしには必要不可欠な存在だ。肉を食べないベジタリアンが多いインドでは、豆は良質で安価なタンパク質として必ず食卓に上るものなのだ。

 100キロ入りの南京袋につめられた豆が、次々とトラックから下ろされていく。仲買人によれば一日1万袋以上の豆が取引されているという。一番多いのはヒンディー語でチャナと呼ばれているひよこ豆だ。これはスパイスと一緒に煮て、ダールと呼ばれる豆スープにして食べることが多い。ちなみにチャナの卸値は1キロ37ルピー(56円)だった。


[100キロ入りの南京袋を運ぶ男]


[市場では大量の豆が取引されている]


[チャナと呼ばれるひよこ豆]






[畑で豆の収穫をする人々]


[炭火で豆を煎る職人が汗だくで働いていた。炒り豆は香ばしく、懐かしい節分の味がした。]

 市場の男たちは、豆をスナック代わりにボリボリと囓りながら仕事をしていた。「あんたも食べてみな」と分けてもらった豆はとても硬かった。奥歯にしっかりと力を入れないと噛めないぐらいハードで、続けて何個も食べているとアゴが疲れてしまうほどだった。

 やわらかいものばっかり食べている現代人はアゴが弱くなって細面になる、という話を聞いたことがあるけど、実際この市場で働く男たちは、みんなアゴの骨と顔の筋肉が発達したがっしりとした顔立ちだった。食べ物って人の顔つきまで変えてしまうんですね。


 グルバルガの市場にはちょっと不気味な店もあった。薄暗い小屋の隅っこに、黒い毛がうずたかく積まれているのである。
「これ、何の毛なの?」と訊ねてみると、店の男は、
「人の髪の毛だよ」と言うのだった。

 なんとここは地元の女たちから髪の毛を買い取るためのお店だったのである。集められた髪の毛は中国やフィリピンなどに輸出されて、カツラに加工されるのだそうだ。髪質によっても違うが、だいたい1キロ2000ルピー(3000円)ほどで買い取ってもらえるそうだ。しかし髪の毛というのは量のわりに軽いから、たとえ一年間伸ばし続けても、キロ単位の髪が「収穫」できるわけではなさそうだ。

 インドの田舎に住む女性の髪の毛が中国に輸出され、そこで手先の器用な女工さんの手によってカツラに加工され、それが日本に運ばれて、どこかの部長さんの薄毛をカモフラージュしている、というようなことも実際にあるのだろう。地球を半周して赤の他人の頭の上にのっかる髪の毛――まさにグローバル化する世界の縮図・・・なのかもしれない。

 店の隅の積まれた大量の髪の毛には、独特の気配があった。店の男に「触ってみろよ」と勧められたが、なんとなくためらってしまった。羊毛や綿花と違って、もともと人の体の一部だった髪の毛には、ただのモノ以上の存在感があったからだ。「命の残り火」のようなものが、まだ微かに感じられる気がしたのだ。


[大量の髪の毛には独特の気配があった]

 アウシュビッツ収容所にあった大量の髪の毛も、一度目にしたら二度と忘れられない光景だった。それは強制収容所に送り込まれたユダヤ人たちの遺物だった。ナチスはその髪の毛を材料にして、マットレスや布地などを作っていたという。ユダヤ人たちはほぼ全員がガス室に送られた。しかし髪の毛だけは生き残って、無言の抗議を続けているのだった。


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by butterfly-life | 2013-01-10 11:27 | インド色を探して