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タール砂漠の砂嵐と植樹する人々

砂漠に木を植える

 ラジャスタン州北西部に広がるタール砂漠では、ラクダの姿をよく見かけた。ラクダは乾燥に強く、重い荷物を積んで長い距離を移動できるので、別名「砂漠の舟」とも呼ばれている。長い時間――なんと数ヶ月も――水を飲まなくても生きられるし、砂漠に特有のトゲだらけの葉っぱももりもり食べる。ラクダは砂漠という過酷な環境にもっとも適応した動物なのだ。




ラクダ車が砂漠を行く。動きはゆったりとしているが、歩幅が大きいので、見た目よりもスピードはある。


ラクダを使ってトウモロコシの種まきを行う。


 タール砂漠で、木を植えている人々がいた。人々は直径2メートルほどの円の周囲をクワを使って深く掘り、相撲の土俵のように残された土の真ん中に小さな穴を掘って、そこに苗を植えていた。このような特殊な形に土を掘る理由はよくわからなかったが、おそらく乾燥した環境でも木が育ちやすくするための工夫なのだろう。





 女たちはサリーを頭から被り、外からは顔が見えない状態で働いていた。これは「よその男に顔を見られてはいけない」というイスラム風の習慣ではなく、強烈な紫外線と砂埃から肌を守る意味合いが強いようだ。

 たとえ肉体労働の現場であろうとも美しく着飾るのが、ラジャスタン女性の流儀のようだ。外で仕事をするときも、市場に買い物に行くときも、家の中で家事をするときも、いつも色鮮やかな刺繍入りのサリーを身につけているのだ。







ラジャスタンの女性は、家で家事をするときでも色鮮やかなサリーを身につけている。




 片言の英語を話す現場監督によると、この植林は州政府の公共事業として行われているようだ。砂漠といっても、モンスーンの時期にはある程度雨が降る土地なので、乾季の乾燥に耐えられる木を植えれば、しっかりと根を張って大きく育つのだ。植えられた木々はこれ以上の砂漠化を防ぐ「防砂林」としての役割が期待されている。大きく成長した木々の葉は家畜たちのエサにもなるし、枝は村人が煮炊きに使う燃料にもなる。

 以前のタール砂漠は、今よりもずっと緑豊かな土地だったという。それが不毛の砂漠へと変わったのは、急激に人口が増え、育てる家畜の数が増えすぎたためだ。その土地で養える以上の山羊や羊が放牧された結果、わずかに残る緑が喰い尽くされ、木々が枯れ、遮るもののなくなった土地に砂が押し寄せてきて、さらに砂漠化が進行する、という悪循環に陥ったのだ。

 砂漠の拡大を食い止めるには、植樹を中心とした地道な努力が必要だ。もちろん植えた木が育つには長い年月がかかるし、積み重ねた努力が報われるかどうかはわからない。圧倒的な自然の力の前に為す術がなかった、という結果になるかもしれない。

 それでもやらなければいけない。「やる」「やらない」という二択ではない。やるしかないのだ。
 なぜなら、ここは人々の故郷だからだ。この砂漠が彼女たちの生まれた場所であり、この砂漠が彼らの仕事場だからだ。









 穏やかに見えた砂漠に、突如強い風が吹きはじめたのは、午後1時を回った頃だった。
 国道をひた走る僕のバイクにも、砂混じりの強風は容赦なく吹きつけ、手や足がひりひりと痛んだ。

 砂はまるで生き物のように地を這いながらうねり、東の方へ飛び去っていく。
 こうして強い風が吹き抜けるたびに、砂漠は広がっていくのだ。少しずつだが、確実に。



[動画]タール砂漠を吹き抜ける砂嵐



強烈な砂嵐の中、家路を急ぐ女たちがいた。強烈な風が人々の衣服をなびかせ、風景は白く霞んでいる。
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by butterfly-life | 2015-09-24 13:51 | インド旅行記2015
セメント工場で働くイケメンたち

塀の高い工場を撮るコツ

 工場で「はたらきもの」を撮るときの鉄則は、「塀の低い所を狙う」ことだ。工場を取り囲む塀の高さは、そこが外部の人間を受け入れてくれるかどうかのわかりやすい判断材料になる。要するに高い塀で囲まれているような大工場は、ほとんどの場合撮影が困難なのだ。

 実際に現場で汗を流して働いている人々の反応は、工場の大小に関係なくほぼ同じだ。
「俺たちを撮ってくれるのかい?」
「じゃあ、こっちでポーズを取ってやるよ」
「次はこいつも撮ってやれよ」
 そんな好意的なリアクションが返ってくることが多い。インド人(特に男性)は基本的に写真に撮られることが好きだし、それは大工場の従業員であっても変わらない。


一見強面そうに見えたこの男も・・・

実は撮られるのが大好きで、わざわざ巻いていたバンダナを脱いで、ポーズまで取ってくれた。


 問題は管理職だ。マネージャーや工場長といった人々は写真撮影にいい顔をしない。これはまぁ、彼らの立場を考えれば当然なのかもしれない。企業秘密を知られるのを恐れているわけではないだろうが、部外者が勝手に内部に入るのを許せば、彼らの責任問題にもなりかねないからだ。想定外の事態はすみやかに排除する。だから得体の知れない外国人を見つけると、「すぐに出ていけ!」となるのだ。

 タミルナドゥ州南部にあるセメント工場も、高い塀を持つ大工場だった。正面切って入ろうとすれば、すぐにマネージャーがすっ飛んできて、つまみ出されてしまうだろう。しかし幸いなことに、僕が訪れたのはちょうど一日で一番忙しい時間帯で、セメント袋を担いだ男たちがひっきりなしに出入りしていたので、彼らの列にうまく紛れてこっそりと工場内に潜入することができたのだった。









 工場の中は別世界だった。セメント袋を積み卸すときに出る粉塵がもうもうと舞い上がり、数メートル先の視界も効かないほど。働く男たちは粉塵を被って全身真っ白だった。もちろん僕も(そしてカメラも)彼らと同じように真っ白になってしまった。ヤワなカメラだったら故障の原因にもなりかねない。

 しかしその光景は、リスクを冒してでも撮る価値のあるものだった。何十人もの男たちが重いセメント袋を担いで行き交う様は、12億もの人口を抱えるインドという国を濃縮したような荒々しさに満ちていた。それと同時に、粉塵によって色彩を吸い取られた現場には、古いモノクロ映画を見ているようなノスタルジーが漂っていた。

 それは僕が心から求めているシーンだった。
 本物の光と本物の闇が、そこにはあった。
 僕は光の粒子をひとつひとつすくい取るようにして、必死にシャッターを切り続けた。











 工場内にいられたのは、わずか10分間だった。予想していた通り、闖入者がやってきたと知ったマネージャーが血相を変えてすっ飛んできたのだ。
「お前は許可証を持っているのか?」
 と詰問されたので、
「ノー」
 と正直に答えると(ただの通りすがりだから許可証なんて持っているはずがない)、有無を言わさずつまみ出されてしまった。「撮影したデーターを消せ」とまで言われなかったのは幸運だった。わずか10分でも、僕にとっては十分すぎる時間だった。





粗い粒子の光

 ウッタルプラデシュ州東部の町にあったセメント倉庫は、貨物列車で運ばれてきたセメントをトラックに直接積み込むための施設だった。幸いなことに、ここには口うるさいマネージャーもおっかない工場長もいなかったので、じっくり時間をかけて撮影することができた。

 頭の先からつま先まで埃にまみれて働く男たちは、実にカッコ良かった。

 もうもうと舞う粉塵。明かり取りの窓から差し込む粗い粒子の光。重厚な貨物列車のたたずまい。男たちの汚れた顔。全てが印象的だった。

















 過酷な肉体労働の現場そのものでありながら、男たちが向けてくれた笑顔は爽やかだった。
 そこには日々をたくましく生き抜く人々の確かな充足感が浮かんでいた。





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by butterfly-life | 2015-09-17 10:34 | インド旅行記2015
タージマハルを支えた女たち

タージマハルを支えた女たち

 大理石を切り出す大規模な石切り場があったのは、カルナータカ州シャハハード近郊だった。このあたりには100メートル四方ほどの巨大な穴がいくつも開いていて、その中で白い大理石を切り出す作業が行われていた。


大理石の石切場


 大理石(石灰岩の一種)は比較的柔らかく加工しやすい岩石なので、ノミとハンマーを使ってくさびを打ち込めば、適当な大きさに割れる。石を切り分けるのは男たちの仕事で、それをトラックまで運ぶのは女たちの役目だった。運び役の方がはるかに重労働に見えるのだが、それをなぜか小柄な女性たちに任せているのだった。


石を切り分けるのは男たちの仕事


石をトラックまで運ぶのはなぜか女たちの役目だった






過酷な現場にも関わらず、女たちの表情はとても明るかった。カメラを向けると、とびっきりの笑顔を向けてくれた。


 運び役の女たちは実にたくましかった。見るからに重そう(3、40キロはあるだろう)な一枚岩を二人がかりでエイヤッと持ち上げて、頭の上に載せ、バランスを崩さないように注意しながら、しかし思いのほか早足ですたすたと歩いていく。

 あのタージマハルが白大理石で造られていることからもわかるように、インドでは昔から大理石が建築材として使われてきた。タージマハルは皇帝シャー・ジャハーンが亡くなった王妃のために建てた霊廟であり、夫婦の絆の強さを表すモニュメントとして語られることも多いのだが、その壮大すぎるがゆえに狂気をもはらんだ「愛の物語」を陰で支えていたのは、このような石切り場で働く無数の名もなき男女だったのである。



その墓石、インド産ですか?


 アンドラプラデシュ州東部には良質の御影石(花崗岩)がとれる場所があり、その周辺には石を切断して研磨する加工工場がいくつも建ち並んでいた。意外なことに(僕が知らなかっただけなのかもしれないが)、インドは世界有数の御影石の産地で、中国や欧米諸国などに御影石の原石を輸出しているという。

 御影石の特徴はとても硬くて耐久性が高いこと。日本で墓石や石灯籠として用いられていることからもわかるように、何十年も風雨にさらされても劣化が少ないタフな石材なのだ。墓石の需要が少ない(ヒンドゥー教徒は墓を作らない)インドでは、御影石は床材などの建築資材として用いられている。


御影石を切断する工場


 僕が訪れた工場では、重さが数トンもある巨大な御影石の原石を板状に切断する行程と、表面を研磨する行程を行っていた。

 石の切断に使われるのは、直径2mを超える巨大な回転ノコギリである。ギザギザの歯がついたディスクを電動モーターで高速回転させ、潤滑材として水を噴射しながら、ゆっくりと切っていく。スイッチを入れたあとは自動運転なので、オペレーターの主な仕事は指定された幅になるように石材の位置を微調整することである。何トンもある巨大な石の塊を、ハンマーでガンガンと叩いてやることで、ほんの少しだけ動かすのだ。







 切断された石材は、研磨材と砥石を使ってつるつるになるまで磨かれる。磨き終わった石の表面は非常になめらかで、鏡のような光沢があった。



研磨剤を使って御影石を磨く。インド産の御影石は日本にも輸出されていて、墓石のみならずビルの床や壁材としても使われているそうだ。
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by butterfly-life | 2015-09-11 11:03 | インド旅行記2015
インドの市場を歩く

「男の市場」と「女の市場」


 市場は、今も昔もたくさんのモノや動物や人が行き交う「インド的カオス」を凝縮した場所であり、額に汗して働く「はたらきもの」の宝庫でもあった。

 都市部では、最近になってやっと大型スーパーやショッピングモールが出店し始めたものの、大多数の庶民にとって商店街と市場が主な買い物の場であるのは変わらない。政府の大規模小売業に対する規制は強く、小売業の近代化は遅々として進んでいないのだ。その辺に「新しいものをどんどん受け入れ、昔ながらの街並みを壊していく」東アジアと、「昔からの制度や因習を守り続けている」南アジアとの地域性の違いが表れているのかもしれない。

 面白いのは、同じインドの中でも「男ばかりが目立つ市場」と「女ばかりが目立つ市場」が存在することだ。たとえばオリッサ州の市場は圧倒的に男が多いのだが、隣のアンドラプラデシュ州に入ると、逆に女性の数が優勢になるのだ。


カリフラワーはインド料理でよく使われる食材だ。


オリッサ州の市場は、典型的な「男の市場」だった。


タマネギが詰まった南京袋を頭に載せた運び人。市場にはマッチョな男が多い。




市場で花飾りを売る男。常に水を振りかけて、花のみずみずしさを保っている。


 市場を歩けば、その土地が「男が強い」のか「女が強い」のかが一目でわかる。市場に男ばかりが目立つ地域は男性優位社会であるし、市場に女性の姿が目立つ地域は男女が対等(もしくは女性の方が強い)に近くなる傾向がある。

 写真を撮っているとそれがよくわかる。パンジャブ州やウッタルプラデシュ州のように男たちが口々に「俺を撮ってくれ!」と叫ぶような市場では、女性を写真に撮ることは難しい。「撮らないでよ!」と拒絶されることが多くなるのだ。しかしアンドラプラデシュ州のように市場のおばちゃんが陽気な笑顔を向けてくれるような土地では、今度は男たちが少しシャイになるのだった。


[動画]インドの市場を歩く。男と女、どちらが多いかにも注目!


アンドラプラデシュ州の市場には、おばさんたちの陽気な笑顔があった。














野菜も色鮮やかだが、おばさんが着ているサリーも実にカラフルだ。


 男が積極的な土地だと女は消極的になり、反対に男が消極的な場所では女が積極的になる。そうやって男と女がシーソーゲームのようにバランスを取っているのが面白かった。



アンドラプラデシュ州にある米の卸売市場で働いていたのは女性たちだった。農家から集められた米を袋詰めする作業を、ほっかむりを被った若い女たちが行っていた。日焼けと埃を防ぐためなのか、目だけがカメラをにらんでいるようにも見えた。



バナナは主に南インドで栽培されている。どの国でもそうだが、バナナは安くて手軽な栄養源として庶民に人気の果物だ。このバナナだけを専門に扱う市場があった。数十の房がついた枝単位で売り買いされるバナナは、70ccの小型スクーターにくくりつけられて、町まで運ばれていく。


 綿花市場には、何十人もの男たちが力仕事を行う、迫力ある光景があった。袋詰めされた綿花を肩に担いで、トラックへと積み込んでいるのだ。中身は綿だから見た目ほどは重くないが、これを一日に何十、何百も運ぶのは、やはりかなりの重労働だろう。
 この市場では、綿花を1キロ39ルピー(78円)で卸しているそうだ。仲買人によれば、綿花の国際価格はここのところずっと低迷を続けていて、物価の上昇が続いているインドでも綿花だけは安いままなのだという。
「綿花ってのはかさばるだけさ。これだけたくさんあっても、お金にしたら微々たるものなんだ」と仲買人は愚痴る。「俺たちは何十年もこの商売をやっているからどうにか続けているけど、できることなら違う仕事がしたいね」
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by butterfly-life | 2015-09-03 09:25 | インド旅行記2015