インドの相撲・クシュティー
※催行決定!
●3月24日~3月27日に「写真家・三井昌志と撮るインド・バラナシ撮影ツアー」を行います。インドで最もディープな街を歩きながら、写真の撮り方を学べます。沐浴場や旧市街を歩き回ったり、近郊の農村を訪ねたり、ローカル市場を見学したりと、内容は盛りだくさん。人数限定なので、申し込みはお早めに。


しつこすぎる子供への対処法


 旧市街を歩いているときに僕を悩ませるのが、しつこすぎる子供たちの存在である。「ねぇ写真撮って!」と元気いっぱいに近づいてくる子供たちを撮るのはとても楽しいのだが、「撮ってくれ」という圧力があまりにも強すぎると、収拾がつかなくなってしまうのだ。撮影の邪魔をする子供もいる。僕がカメラを構えると、すかさず構図に入り込んで、せっかくのシャッターチャンスをフイにしてしまうのだ。「どうしても写りたい」という気持ちはわからないでもないが、性懲りもなく同じ事を繰り返されると、「いい加減にしろ!」と怒鳴りたくなった。









 マハラシュトラ州にあるマレガオンという街でも、下校途中の子供たちにもみくちゃにされて大変な騒ぎになった。最初は5人ほどのグループだったのに、それがあっという間に増えて、20人以上が僕の後についてくるようになったのだ。「あっちに行けよ!」と怒鳴っても、まったく効果なし。仕方なく彼らを無視して歩き始めたのだが、一度テンションが上がった子供たちは、さらに仲間を呼び、数を増やしながら追いかけてくるのだった。まるでゾンビ映画みたいに。

 そんなときに頼りになるのが、チャイ屋で雑談している暇そうなおじいさんだった。「こいつらほんとにしつこくて困っているんですよ」という表情で隣に座ると、必ず大声を出して追い払ってくれるのだ。年長者の言うことは絶対で、よその子であっても容赦なく叱り飛ばすのがインド人の常識だから、これはサルのようにしつこい子供たちにも効果てきめんだった。





 怒鳴られても言うことを聞かない子には鉄拳制裁が待っている。おじいさんが道ばたに転がっている木の棒で子供を殴るのである。殴る力も半端ではない。棒が折れるほどの力を込めて思いっきり殴るのだ。家畜以下の扱いである。ちょっとやり過ぎじゃないかとも思うのだが、インドではこれぐらいは当たり前のようだった。実にワイルドな世界なのである。



織物の街の老職人

 マレガオンはインド有数の織物の街として知られている。20万台もの織機を擁し、ほとんどの住民が何らかのかたちで繊維産業に関わっている。また人口の過半数をムスリムが占めているという珍しい街でもある。貧しいムスリムが仕事を求めてこの街に集まり、低賃金の労働者として織物工場で働いているのだ。



工場労働者の賃金は1日200から300ルピーとかなり安い。12時間勤務の2交代制という激務。騒音はうるさいし、工場内も暗い。それでも労働力が途切れることなく集まるのは、他にこれといった産業がなく、住人の多くが貧しいからだ。






 織物工場の労働者の多くは10代から30代までの若い世代だが、中には高齢者ばかりが働く工場もあった。そこでサリーを織る古い機械を操作していたのは76歳の男だった。
「古い機械のことは私が一番よく知っている」と老人は言った。「なにしろ君が生まれる前から、この仕事を続けているんだからね」





 しかし古い機械を使い続けるのは、それほど簡単ではないようだった。工場街を歩いているときに知り合ったサジッドさんは、古い織機を維持できなくなり、泣く泣く工場を畳んだという。
「私が親から譲り受けた織機は102年前にイギリスで作られたものだった。それを8台置いて、ルンギーの生地を作っていたんだ。しかし機械も人間と同じように100年も生きるとよく故障するようになる。そのたびにメンテナンス費用がかかってね。労働者の賃金と機械の修理費を支払うと、後にはわずかなお金しか残らなかった。これじゃとてもやっていけないんで、商売を替えることにしたんだ」

 最新式の織機を導入すれば、故障も少なくて済むし、生産効率も上がる。しかし新しい織機は1台12万500ルピー(25万円)もする。8台揃えるとなると100万ルピー必要だ。しかしそんな大金はどこにもなかった。効率よく儲けるためには、まず資本がいるのだ。





 工場を畳んだサジッドさんは、政府から配給される食糧と灯油を地域住民に配る仕事を始めた。マハラシュトラ州政府は貧しい住民のためにほぼ無料で食料を配っている。一人あたり3キロの米と小麦、そして500mlの灯油が毎月もらえるのだ。それだけで生活できるわけではないが、それでも貧困層にとっては貴重な収入源だという。

 貧しい住民が多いマレガオンの旧市街には、古道具を売る屋台が何十軒も集まる一角があった。携帯電話やテレビのリモコンなどの電気部品はもちろん、「いったい何に使うんだろう?」と首をかしげたくなるようなガラクタまで売っていた。プレイステーションのコントローラー、ドラえもんのキーホルダー、使用済みの化粧道具(アイライナー)、アナログのレコードやフィルムカメラ、小汚い古銭などである。おそらく廃品回収で集めてきた品物をまとめて売っているのだろう。どれも薄汚れていて、ちゃんと動くのかどうか怪しいようなモノばかりなのだが、新品に比べると値段が安いので、それなりに需要はあるようだ。












マレガオンの町工場で出会った溶接工は、左手の指が6本あった。親指の付け根からもう一本指が生えていたのだ。彼のような「多指症」の患者は、日本では幼い頃に余分な1本を切断して5本にするのだが、インドではそのまま残している人が多いようだ。手術代を払う余裕がないからなのだろう。「指が6本あったって、別に不便はないよ」と彼は笑う。「まぁ手袋はうまく着けられないけどね」



インドの相撲・クシュティー

 インド伝統のレスリング「クシュティー」の道場を見学できたのは、全くの偶然だった。マレガオンの下町をぶらぶらと歩いているときに、屈強な体をした二人組の若者が「ここで何しているんだい?」と声を掛けてくれたのだ。
「ただ歩き回っているだけだよ」
 いつものように僕が答えると、彼らは「だったら俺たちの道場に来ないか?」と誘ってくれた。

 彼らが毎日通っている道場は「アカラ」と呼ばれていて、大きなモスクに隣接していた。道場にはさまざまなトレーニング道具と、1辺5メートルほどの正方形の砂場があった。砂は少し赤っぽく、倒れても怪我を負わないように柔らかく耕されていた。この砂場で行うのがインド伝統の格闘技「クシュティー」だった。







 クシュティーは西洋のレスリングに似たスタイルで、相手を投げるか背中を地面につければ勝ちとなる。選手が身に着けるのはふんどし一枚のみなので、見た目は日本の相撲にも近かった。クシュティーの歴史は古く、紀元前5世紀ごろのアーリア人の南下にともなってペルシャの格闘技がインドにもたらされたのがその起源だという。


[動画]インド伝統の格闘技クシュティー


 この道場には10歳から30歳までの20人の若者が所属しているのだが、最強なのは25歳のタイールだった。タイールは現役の警察官で、クシュティーの州大会でチャンピオンにも輝いたことがあるという。その体つきは屈強なレスラーそのものだった。胸板がぶ厚く、腕っ節も太い。毎日のトレーニングと牛乳のお陰なのだとタイールは言う。朝に2リットル、夜にも1リットルの牛乳を飲み続けているのだ。




ミールと呼ばれる棍棒で上半身を鍛える


 練習は夜の6時から8時まで。それぞれ学校や仕事が終わってから道場に集まり、筋力トレーニングと練習試合を行う。筋トレに使われるのは「ミール」と呼ばれる棍棒だった。10キロほどの重さがあるミールを片手で振り回しながら、握力と腕力を鍛えるのだ。

 練習試合はタイールの独壇場だった。他の選手よりも体格がひとまわり大きいこともあるが、体のバランスがよく、相手に後ろを取られても決して倒れないのだ。練習相手はすぐに全身砂まみれになってしまうのに、タイールの体は最後まできれいなままだった。

 タイールの悩みはライバルとなるような強い選手がいないこと。最近の若者はふんどし一枚になるのが恥ずかしいらしく、年々入門者が減っているという。廃部の危機に瀕した大学の相撲部と同じような状況なのかもしれない。

 今のところインド出身の力士はいないようだが、近い将来日本の大相撲を目指すインド人が出てきても不思議はないと思う。強い筋力と体幹を備え、なによりもハングリー精神があるからだ。
 四股名は「太島春(タージマハル)」とか「厳地州(ガンジス)」なんてどうだろう?







●3月24日~3月27日に「写真家・三井昌志と撮るインド・バラナシ撮影ツアー」を行います。インドで最もディープな街を歩きながら、写真の撮り方を学べます。沐浴場や旧市街を歩き回ったり、近郊の農村を訪ねたり、ローカル市場を見学したりと、内容は盛りだくさん。人数限定なので、申し込みはお早めに。
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# by butterfly-life | 2016-02-02 11:13 | インド旅行記2015
聖地バラナシは混沌に満ちたワンダーランドだ

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●3月24日~3月27日に「写真家・三井昌志と撮るインド・バラナシ撮影ツアー」を行います。インドで最もディープな街を歩きながら、写真の撮り方を学べます。沐浴場や旧市街を歩き回ったり、近郊の農村を訪ねたり、ローカル市場を見学したりと、内容は盛りだくさん。人数限定なので、申し込みはお早めに。


混沌に満ちたワンダーランド


 バラナシはそれほど広くなく、歩いて回るにはちょうどいいスケールの街だった。僕はこの街をゆっくりと歩きながら、心を動かされたものに対して素直にシャッターを切った。決して急ぐ必要はなかった。マイペースでゆったりと歩いていれば、必ず何か面白いものに出会えたからだ。

 バラナシは思わず足を止めたくなるような小さな驚きに満ちていた。壁に描かれた絵や小さな祠などの宗教的イコンにも心惹かれたし、ボロボロの古い自転車や、道ばたで昼寝をしている老人の足の裏でさえもとても魅力的だった。何気ない日常の中に隠された素晴らしい構図を自分の手で発見するのが、楽しくて仕方なかった。

















 最初にバラナシを訪れた2001年には、街歩きをのんびり楽しむ余裕なんてなかった。僕はこの街に圧倒され、飲み込まれそうになっていた。すさまじい数の巡礼者が沐浴を行う姿や、屋外の火葬場で当たり前のように遺体が焼かれる光景に、ただ驚かされるばかりだった。インド的な日常と、自分が慣れ親しんでいた日常とのギャップの大きさにたじろぎ、自分をかたちづくる価値観が根底から揺さぶられるのを感じていた。

 今回はそんなことはなかった。バラナシは相変わらず混沌に満ちたワンダーランドではあったけれど、その混沌に正面から向き合い、自分なりのやり方で咀嚼できるようになっていたのだ。







 僕の中で何が変わったのだろう?
 ひとことで言えば、余裕が生まれたのだと思う。この14年のあいだ、僕は様々な国を旅し、異なる価値観に触れてきた。その旅の経験が、何が起きても慌てない精神的な余裕を身につけさせたのだ。

 インド的なカオスに飲み込まれることなく、それをゆったりと受け止めつつ、自分が驚きを感じる場面に対して素直に反応する。そのようなしなやかな好奇心こそが、写真を撮るときにもっとも大切なことなのだ。








眺望は最高、料理は最低の宿

 バラナシで泊まった宿「シャンティ・ゲストハウス」は、迷路のように入りくんだ路地の奥にあった。入り口の隣には大量の生ゴミが捨ててあって、野良牛がそれをムシャムシャと漁っていた。いかにもバラナシらしい古くて陰気な建物だった。何十年も前からほとんど姿を変えずに営業しているのだろう。

 案内されたのは特に清潔でもない、殺風景な部屋だった。電灯は暗いし、天井のファンは「最強」と「オフ」の二段階しかない。それでもダブルルームが300ルピーとお手頃で、とても静かなのは良かった。泊まり客のほとんどは欧米人バックパッカーで、韓国人や日本人もちらほら来るという。


古くて殺風景な部屋が300ルピーだった

 屋上はレストランになっていて、そこからバラナシの旧市街が一望できた。眺めの良さに惹かれて、日がな一日ここに座ってぼんやりとチャイを飲んだり、ガンジャを吸ったりしてメロウに過ごしている旅人も多かった。宿代も安いし、話し相手にも事欠かない。沈没旅行者にはもってこいの安宿なのだ。


屋上のレストランからはバラナシの旧市街が一望できる

 しかしこのレストランには問題があった。眺望は抜群なのだが、出てくる料理がひどかったのだ。マズいし、高いし、遅いという三重苦。昼食にチキンフライドライスを頼んだら、たっぷり1時間も待たされた挙げ句、ご飯がべちゃべちゃのミックスベジタブル入りケチャップご飯が出てきて、それが90ルピーもしたのである。

 それでも1時間も待たされることにカリカリしているのは僕ぐらいのもので、他の旅人はギターを弾いたり、トランプをしたり、ビールを飲んだりしながらのんびりと待っていた。時間なんていくらでもあるじゃないか。インドではこれぐらい待たされるのなんて当たり前なんだよ。そんな構えなのだ。

 確かにバックパッカースタイルの旅をしていれば、1時間や2時間待たされることなんて日常茶飯事だ。公共バスや鉄道は遅れるのが当たり前だし、外国人が集うカフェというのはなぜか(人手が足りないからだと思うのだが)調理にひどく時間がかかるのだ。そうやってインドを何ヶ月か旅していれば、「これはインド時間なのだ」と諦めるようになる。



駅で列車の到着を待つ家族。何時間待たされても文句は言わない。


 しかし僕は相変わらず待たされることが我慢できない。それは長年バイクを使って自分勝手な旅を続けてきたからだと思う。バイクを使えば公共交通機関の遅延に煩わされることもないし、地元向けの安食堂に行けば料理はファストフード店よりも早く出てくるのだ。どうやら僕はマイペースな旅を続けたせいで、バックパッカー失格人間になってしまったようだ。



愛とセックスと善きカルマ

 夜明け直後のバラナシは言葉を失うほど美しく、いくら歩いても歩き足りないほどフォトジェニックなシーンに満ちている。しかし日が高く昇るにつれて、バラナシにかけられていた幻想的な魔法は徐々に効力を失っていく。そして耐えがたいほどの暑さになるお昼過ぎには人影もまばらになり、ガートで沐浴する人もほとんどいなくなってしまう。バラナシはあくまでも朝の街であり、昼時にうろうろしているのはエサを求めて歩く野良牛か、電柱をよじ登るサルぐらいなのである。



バラナシにいる猿は人に慣れている


細い路地を野良牛の巨体がふさぐ。これじゃ通れませんよ。


 僕も昼前には宿に引き上げ、しばらく昼寝をして体力を回復させてから、夕方になると再び街を歩くことにしていた。夕方から夜にかけて、バラナシは再び幻想の衣をまとい始めるのだ。



マニクルニカー・ガートで毎晩行われている祈祷の儀式。若い男たちが炎を振り回して祈る。




 日暮れ間近の旧市街をぶらついていたときに、流暢な日本語を話す土産物屋が話しかけてきたことがあった。
「こんにちは。私の名前はブラッド・ピットです。ね、似てるでしょ?」
 お約束のつかみなのだろう。言われてみれば確かに顔立ちは「12モンキーズ」に出ていた頃のブラッド・ピットに似ている。無精髭もなかなか似合っていた。
「うん、似てるね」
 僕が頷くと、彼はしてやったりという表情を浮かべて、さらにたたみかけるような早口で喋り続けた。
「俺は日本人の女が好きなんだ。日本人の女はサイコーね。オーストラリア人、ロシア人、イタリア人、みんなやったけど、日本人が一番よかった。やっぱり同じアジア人だからかな。ココロが一番近いのが日本人だった。日本人の女、紹介してくれないか?」

 観光地によくいるチャラい客引きだった。顔もハンサムだし話術も巧みなので、女性客を引っかけるのは得意なのだろう。暇さえあれば外国人旅行者に声を駆けまわって、うまく行けばセックスする。そういうジゴロみたいな生活を送っているようだった。

「日本人のカノジョがいたこともあるよ。でも長くは続かなかった。日本人は時間にすっごくうるさいでしょ。10分おきに電話かけてきて、『今どこにいるの? 早く来なさい』って言うから困るんだよ。インド人は1時間ぐらい遅れても気にしない。日本人は1分遅れただけで文句を言う。タイム・イズ・マネーでしょ。日本人の人生はまるで機械みたいだ。時計のように時間に正確で、きっちりしている。俺にはそれが疲れるんだ」





 ブラッド・ピット君が面白いのは、無類の女好きのくせに、結婚観は意外なほど保守的なことだった。これだけ奔放な性生活を送っているのだから、当然、恋愛結婚をするつもりなのかと思いきや、アレンジ婚がいいと言うのだ。

「お兄さんもアレンジ婚だったから、俺もそうしたい。お兄さんは結婚式の日まで奥さんの顔を知らなかったんだ。それでもオッケーだった。俺も結婚相手の顔はどうでもいいよ。むしろ美人じゃない方がいいね。だって美人はビッチばかりだから。日本語ではなんて言うんだっけ? ヤリマン?」
「よくそんな言葉知ってるね」
 彼のようにプラクティカルに日本語を覚えた人の特徴は、語彙が下ネタ方面に偏っていることだ。語学学校ではまず教えてくれない言葉を、実によく知っている。たぶん日本人旅行者が面白がって教えたのだろう。
「セックスするときは電気を消すんだから、顔なんて関係ないでしょ。胸とかアソコとかもみんな同じだよ。俺が奥さんに求めるのは、両親の面倒を見てくれること。それが一番大事だよ。もちろん外国人じゃダメだ。インド人で同じカーストの女じゃないとダメだね。処女? そんなの当たり前じゃないか。俺は27歳だけど、今の稼ぎで奥さんと子供を養うことは出来ないから、まだ結婚しない。あと5年ぐらいは独身だろうね。もし結婚したら絶対に浮気はしないよ。離婚もしない。一生、その人を愛し続ける。それが本当のラブってものだろう?」

 自分のこれまでの行状を棚に上げて、結婚相手に処女と貞節を求めているのがおかしかった。性に対してオープンな欧米人や日本人との遊びを楽しんではいるが、心の底では彼女たちを馬鹿にしているのだろう。どうせ一夜限りの関係なんだし、そこには愛情はないと彼は言い切る。「愛」とは一時的に燃え上がってすぐに燃え尽きてしまうものではなく、じっくりと長く続くものだというのだ。

「愛は雨と一緒だよ。激しく降る雨は、止むのも早いでしょ。穏やかに降る雨は、ずっと降り続いている」
 なかなかいいことを言う。名言としてメモっておきたいぐらいだ。しかしその言葉と実際の行動のあいだに明らかな矛盾がある。そこがまた面白かった。彼は「外国人女性を釣り上げるフィッシングを楽しむチャラ男」と、「将来を真面目に考える保守的なインド青年」という相反するキャラクターのあいだを行き来する器用さを持っているのだ。







「バラナシに建つ立派な建物は、マハラジャが建てた『死ぬのを待つための家』なんだ。死ぬための家を買うなんてインドだけでしょ。バラナシで火葬して、その灰をガンガーに流したら、ニルバーナ(涅槃)に行けるとみんな信じている。だからマハラジャはここに家を建てたんだ。自分がニルバーナに行くためにね。でもそんなのはデタラメだよ。生きている間たくさんの人を殺した悪いマハラジャが、ガンガーに流されたからってニルバーナに行けるはずがないじゃないか。俺はカルマの存在を信じている。生前善い行いをしたら、来世に善いカルマに生まれ変わるし、悪いことをしたら、悪いカルマに生まれ変わるんだ。だから善いことをしなきゃいけない」
「外国人の女とやりまくるのは、悪いカルマを積むことにはならないの?」
「それは違うさ」と彼は大きく首を振った。「セックスと愛は違う。セックスは楽しむためにやるものだ。ただやって、それでさよならさ。あとには何も残らない。愛は、もっと重くて、もっと大切なものなんだよ」

 わかるような、わからないような理屈だった。たぶん彼自身にも自分の抱えている矛盾の正体がまだよくわかっていないのだろう。彼は旺盛な性欲と好奇心を持ちながら、それを押さえつける保守的な価値観の中で生きようとしている。かなりアクロバティックな試みだと思うのだが、彼自身は別にそうでもなさそうだった。「結婚したらすべてが変わる」とシンプルに思い込んでいるのだ。

 バラナシはインドの中でもきわめて保守的な街である。旧市街の建物は厳しい規制の下で何百年も前と同じ姿を留めている。しかし同時にこの街は世界的な観光地であり、欧米人がもたらす新しい価値観にいち早く触れる場所でもある。そこに矛盾が生じるのは当然の成り行きであり、それを象徴しているのがブラッド・ピット君のような若者なのだろう。

「俺は夕暮れが一番好きなんだ。朝はあまりにもうるさくて、人がたくさんいるから好きじゃない。こうしてガートの階段に座って、暗いガンガーを眺めていると、とても穏やかな気持ちになるんだ。俺のお父さんもおじいさんも同じようにガンガーを眺めていたんだろう。バラナシはずっと変わらないよ。俺の子供も孫もきっと同じようにガンガーを眺めるだろう。そんな街はここだけなんだ」







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# by butterfly-life | 2016-01-27 11:26 | インド旅行記2015
バラナシという劇場

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バラナシという劇場



 バラナシは特別な街だ。インド人にとっても、インドを訪れる外国人にとっても。
 バラナシは二千もの寺院と数多くの沐浴場(ガート)が所狭しと並ぶヒンドゥー教最大の聖地であり、いくつもの火葬場を持つ「死者のための街」でもある。バラナシで沐浴すれば、現世で犯した罪は洗い清められ、ここで死んで遺灰をガンガーに流されれば、終わりなき輪廻の苦しみから解脱できる。ヒンドゥー教徒たちはそう信じているのだ。


聖地バラナシに昇る朝日を浴びながらヨガをする二人。聖なる河ガンガーから昇る朝日は、特別に神聖なものだと信じられている。


 今回の旅では、バラナシはパスするつもりだった。もうすでに二度訪れていたから、改めて見るべきものは少ないと思ったからだ。
 それなのにバラナシに泊まることになったのは、バラナシの西60キロのところにあるミルザプールという町でどうしても宿が見つからなかったからだ。ホテルはいくつもあるのだが、どこも外国人を泊めてくれなかったのだ。外国人が滅多に来ない田舎町では、時々起こる事態だった。外国人を泊めると煩雑な手続き(例のC-Formだ)が必要になるし、地元警察にも届けなければいけない。だからどのホテルも面倒くさがって「満室だからダメ」とか何とか適当に嘘をついて断ってしまうのだ。

 もちろんホテル側が意図的に嫌がらせしているわけではないのだが、立て続けに十軒も「満室だ」と断られて、1時間以上も町をさまよっていると、だんだん腹が立ってくるし、町全体を憎むようにもなってくる。意味もなく小突き回されているような気持ちになってしまうのだ。









 そんな苛立った気分も、バラナシの街を散歩したらすぐに吹き飛んでしまった。やっぱりここに来たのは正解だった、なんて思えたのは、バラナシの朝があまりにも素晴らしかったからだ。

 それは「美しい混沌」とでも言うべきものだった。朝日に向かってヨガを行う若者。ガンガーの水を頭から被る女性。怪しげな存在感を放つ白塗りのサドゥー。外国人旅行者をわんさか乗せた観光ボート。川辺で洗った洗濯物を乾かす少年。マハラジャの時代に建てられた立派な建物。遺体が次々に焼かれていく火葬場。

 様々な人々がバラナシという劇場に立って、それぞれの役柄を演じていた。それが喜劇か悲劇かはよくわからないのだけど。



朝日に向かってホラ貝を吹くサドゥー











スナップショットに向いた街

 バラナシでの撮影は、僕のいつものスタイルとはまったく違うものになった。普段はまずコミュニケーションを取るところから始める。言葉が通じなくてもいいから、アイコンタクトや身振りなどで「あなたを撮りたいんだ」という意思を伝える。そこで良い反応が返ってくればレンズを向けるし、そうでなければ撮らない。

 それがバラナシでは、相手に気付かれないうちに撮るスナップショットが基本になった。人を主役にして撮るのではなく、バラナシという舞台に役者を配置した1シーンを撮るようなイメージだ。人々だけでなく、背景も、光も、空気感も、全てが印象的なバラナシだからこそ成立する撮り方だった。















 外国人旅行者がありふれているのも、この街がスナップショットに向いている理由のひとつだ。バラナシではガイジンの存在は特別なものではないし、わざわざ注目したりしない。10メートル歩くたびに「ボート乗るか?」と声を掛けてくる面倒くさい船頭たちを除けば、この街の人々は外国人に無関心なのだ。子供たちがわーわー後をついてくることもなければ、おっさんたちから「お前はここへ何しに来た」と詰問されることもない。外国人が珍しい田舎町ばかり好んで旅してきた僕にとって、その反応はとても新鮮だった。

 しかし中にはカメラにすごく敏感な人もいて、それがヒンドゥー教の行者「サドゥー」だった。サドゥーは沐浴場の一角で哲学的な思索にふけっているような顔をしてじっと座っているのだが、外国人にカメラを向けられると、待ってましたとばかりに「カネをよこせよ」と言ってくるのだった。「モデルになってやる代わりに撮影料をくれ」というわけだ。彼らは自分が外国人からどう見られているのか、ちゃんとわかっているのである。


いかにもサドゥーっぽい格好をした男が、実はカネ目当てだったりもする


壁に描かれた神様ガネーシュによく似た格好のビジネス・サドゥー

 家族も捨て、住む家も捨て、終わりなき放浪の旅を続けているのが、サドゥー本来の姿だ。あらゆるものへの執着を断ち、瞑想と苦行と禁欲を実践しながら生きている。しかしバラナシに集まっているサドゥーたちの多くは、外国人から小銭をせびることで生計を立てている「ビジネス・サドゥー」だった。彼らはサドゥー本来の無頼の生き方とは正反対の道を行っている。「聖なる外見」とは裏腹の「俗なる内面」を持っているのだ。

 しかしそういう怪しげな連中さえも受け入れることによって、バラナシという劇場がさらに厚みを増しているのも事実だった。聖なるものの中に宿る俗性、あるいは俗なるものの中に宿る聖性。善悪と美醜。すべてのものを併せ持つこの舞台の上で、今日もまた役者たちが悲喜劇を演じている。


ガンガーは土足厳禁

 相手に気付かれないうちにスナップ的に撮るのが有効なバラナシであっても、何でもかんでも撮っていいわけではなく、一定の節度を求められる場面もあった。たとえば火葬場で燃えている遺体を撮るのは厳しく禁止されているし、寺院などで神様に対して不敬な行動を取ると、その場から追い出されることにもなりかねない。

 沐浴場で行われていた宗教儀式を撮影したときのことだ。川に向かって祈りを捧げる人々を正面から捉えようと、僕はサンダルを脱いで裸足でガンガーに入った。すると儀式を取り仕切っている男から、「何しているんだ!」という大声が飛んできた。



 その声は僕に対して発せられたものではなかった。すぐ近くにいた欧米人の男が、僕と同じように川に入っていたのだが、彼が履いていた靴を脱がなかったのが問題だったのだ。インド人にとってガンガーは聖なる川。しかもバラナシを流れる水は世界一清らかだと信じられている。その川に土足で入るとは何ごとだ、というわけだ。

 注意を受けた欧米人の男は慌てて川から上がり、申し訳なさそうにその場を離れていった。そのとばっちりを受ける格好で、僕も睨まれそうになったので、すぐに足を上げて「俺は裸足だよ」とアピールした。すると男は軽く手を上げて「あぁ、君はそのままでいいよ」と言ってくれたのだった。

「写真を撮るのは構わない。問題は靴なんだ」
 と彼は言った。そう、問題は靴なのだ。

 裸足は「浄」で、靴は「不浄」という感覚は、インド人に広く共有されている。それは靴の裏と足の裏のどちらが実際に清潔なのかという問題ではない。

 聖なる存在の前で裸足になり、清らかな体と清らかな心で神様に向き合う準備ができているか。その心構えを問われているのだ。







 実際にはガンガーの水は大腸菌だらけだし、牛の糞やら人の小便やらが大量に流れ込んだ汚い水だ。それでもこの水は清らかなものであり、土足で犯すべきものではないという前提を受け入れ、尊重しなければいけない。この街を訪れるすべての人に問われているのは、その姿勢なのである。





●3月24日~3月27日に「写真家・三井昌志と撮るインド・バラナシ撮影ツアー」を行います。インドで最もディープな街を歩きながら、写真の撮り方を学べます。沐浴場や旧市街を歩き回ったり、近郊の農村を訪ねたり、ローカル市場を見学したりと、内容は盛りだくさん。人数限定なので、申し込みはお早めに。
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# by butterfly-life | 2016-01-23 10:27 | インド旅行記2015