僕がリキシャで旅をしていると知ると、たいていのバングラ人は驚くか呆れるか大声で笑い出すか、いずれかのリアクションを取った。
「それで、リキシャ引きはどこにいるんだい?」 と真顔で訪ねる人も多くて、そういうときには、 「いや、だから僕が漕いでいるんですよ!」 「・・・?」 ってなパターンになるのだった。 どうしてわざわざリキシャなんて不便な乗り物に乗ってバングラデシュを旅しなければいけないのか。あんたは外国人なんだから車やバイクを使えばいいじゃないか。その方が安全だしラクだろう。 そういうまっとうな意見に対しては返す言葉がない。酔狂としか言いようがない。 しかしシャヴァルの町で出会ったバドゥルさんだけは違っていた。高校の英語教師であるバドゥルさんは流ちょうな英語で僕にいくつかの質問を投げかけ、リキシャで長い旅をしていると知るとこう言った。 「君はきっとハングリーなんだ」 「ハングリー?」 「あぁ、旅人としての空腹を満たすためにリキシャで旅をしている。違うかい?」 トラベラーズ・ハンガー、旅人の飢え。いい言葉である。僕自身も把握できていない「けれども旅をしたい」という気持ちの奥底にあるものをうまく言い表していると思う。 バドゥルさんはなかなかユニークな人で、自分はムスリムだが宗教にはこだわらないという考え方の持ち主だった。宗教に属する前に我々は同じ人間である。私と君も基本的にはなにも変わらないはずだ、そうだろう、と言うのである。 彼のような考え方のバングラ人に出会うことは滅多にない。イスラムとヒンドゥーとキリスト教の違いを言い立てたり、先進国とバングラデシュの違いを嘆いたりする人は多いけれど、俯瞰した視点からものを見ることができる人は限られている。 僕らはシャヴァルの町の安宿のフロントで出会った。そこは狭く暗くじめじめとした宿で、冬だというのに蚊が多く、一晩を過ごすだけで気が滅入ってしまいそうなところなのだが、部屋代は300タカ(390円)もする。多くの町の安宿を泊まり歩いた「安宿ミシュラン」の僕から見れば、このレベルの宿は100タカから150タカが適正価格である。300タカはあまりにも高すぎる。 「でもここは首都ダッカに近い町だからね。仕方がないんだよ」 とバドゥルさんは言う。彼自身も値切り交渉に応じないマネージャーに憤慨している様子だった。 「まぁ一晩だけ監獄に入ったと思って諦めなさい」 「監獄、まさにそうですね」 と僕らは笑った。 「それで、空腹は満たされたかい?」 「トラベラーズ・ハンガー?」 「そうだよ」 「ええ、とても面白い経験でしたよ。十分に満たされたと思いますね」 「でも君は痩せている」 「リキシャ引きはハードな仕事ですから」 「トラベラーズ・ハンガーが満たされると、フィジカル・ハンガーも満たされてしまうのかもしれないな」 「そうかもしれないですね」 リキシャの旅・バングラ編はまもなく終わる。 1200キロの道のりは長かったけれど、まもなく始まる日本縦断の旅に比べれば序の口である。 これからが本番だ。
by butterfly-life
| 2010-01-10 12:17
| リキシャでバングラ一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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