日本縦断リキシャ旅の準備はほぼ整った。
ゆるんでいたリキシャのチェーンを張り替え、サドルとペダルを交換し、サビと汚れを落とし、サドルの下に新しいリキシャアートを飾った。 リキシャの修理をしたのは両国にある自転車屋で、店主のオヤジさんは「こういうの、ちょっと迷惑なんだよねぇ」と口をとがらせながらも、イレギュラーな注文に応じてくれた。客商売なんだからもう少し愛想があってもいいんじゃないかと思ったりもするが、ぶっきらぼうで口が悪い(でも実は親切だったりする)のは江戸っ子の証なのだろうか。 懸案だった「重いギア比」はどうやら直りそうにない。 「こいつぁ古いタイプだなぁ。日本には部品がねぇよ」 オヤジさんはべらんめえ口調で言う。 そうなのだ。リキシャの原型は30年以上も前に固まっていて、それから何の進歩も見られない。同じ規格の部品をずっと使い続けているわけだが、それはもう日本から消えて久しいらしい。規格のジェネレーションギャップ。 仕方がない。しんどいけどこの重いペダルを漕いでいくしかないだろう。 ![]() 【このギアを変えたかったのだが・・・どうも無理っぽい】 リキシャは今、東京の下町・亀戸にある。 なぜ亀戸なのかは、順を追って説明しなければいけない。 実は「日本縦断編」で使うリキシャは、バングラデシュで1ヶ月乗っていたのとは違うリキシャなのである。 当初の予定では、バングラで乗ったリキシャをそのまま日本に運んで使うつもりだった。しかし、それにはいくつか問題があることがわかったのだ。 まずは輸送の問題である。 バングラデシュから日本までリキシャを船便で送るとなると運賃に500ドル程度かかるが、それ自体はさほど高額ではない(もちろんリキシャ本体に比べるとバカ高いが)。チッタゴンを出て横浜港に着くのが3週間後だが、これもまぁリーズナブルだ。 ただリキシャなんてヘンテコなものを輸入しようとすると、税関で思わぬ手間と時間を取られることがあるという。たとえばシロアリ。リキシャの幌は竹でできているのだが、もしそこにシロアリが巣くっていると、輸送している間にバリバリと竹を食い荒らされてしまうというのだ。そんな厄介者を日本に持ち込むのはダメだと言われかねない。 別の人はリキシャのブレーキパッドにアスベストを使用しているという疑いをかけられて、税関で1ヶ月近くも止められたという。ただの合成ゴムだと思うんだけど、見慣れないモノには疑いの眼差しが向けられるのが税関というところなのである。 輸送の問題よりも大きかったのは「特注リキシャ」の問題だった。 バングラデシュには100万台近くのリキシャが走っているが、その大半は個性的ではない。派手なことは派手なのだが、どのリキシャもチープかつ類型的なデザインに統一されているのだ。 しかし、ごくごく稀に「おぉ!」と視線を釘付けにするようなカッコいいリキシャを見かけることがある。作った人間の個性や自己主張を感じるようなデザインのリキシャを。それが「リキシャアーティスト」の手によるものだと知ったのは、バングラデシュに発つ直前だった。 リキシャの装飾を芸術の域にまで高めた人・リキシャアーティストはいまでは数えるほどしかいない。リキシャを注文する人々が求めるのは「安いこと」「丈夫であること」「派手なこと」の三点だけなので、手の込んだ(だから高価な)絵付けを頼む人はほとんどいないのだ。 ![]() ![]() 【これはリキシャペイントの「定番」である映画俳優の絵。これはこれで面白いけど、オリジナリティーは感じられない】 僕が特注リキシャの制作を依頼したアフメッドさんは、そんな絶滅寸前のリキシャアート界を代表する一人だった。アフメッドさんの得意分野は農村風景から風刺画、シュールな動物画まで幅広く、最近は外国人からの注文も多いという。 素朴で明快でなおかつほのかなユーモアが漂う。そんなアフメッドさんの絵はとてもバングラ人らしい。技巧的な上手さとは違った部分で、「これぞバングラだ!」と思わせるようなオリジナリティーを持っている。 僕がリキシャ一台を丸ごとアートで飾って欲しいと言うと、アフメッドさんは意外にも顔をしかめた。 「それは可能だが、時間がかかるんだ。最低でも3週間は見てもらわないと」 「3週間ですか?」 「そうだ。ただブリキの板に絵を描くだけなら2日もあればできる。でも幌も座席もすべて込みでやるとなると、3週間以上かかる。すべて私一人が手作業でやっているからね。下塗りのペンキの乾きも待たなくちゃいけない」 困ってしまった。バングラデシュに滞在できる期間を考えると、3週間もダッカでリキシャの仕上がりを待つのは不可能だった。 とりあえずバングラデシュを走るのは普通のリキシャでもいいだろう。日本人リキシャ引きがバングラを走る、というのが旅の目的だからだ。でも日本を旅するときにはアフメッドさんの美しいリキシャを使いたい。多くの日本人にリキシャアートのポップさや面白さを知ってほしいからだ。 「それなら、私のリキシャを使ってくださいよ」 三田さんからメールが届いたのは、僕がダッカで思案に暮れているときだった。 独力でNGO「ショブジョ バングラ」を組織し、バングラデシュで10年以上も活動を続けている三田さんは、アフメッドさんを僕に紹介してくれた人でもあった。一年前、三田さんはNGOの広報活動のためにアフメッドさんが制作したリキシャを一台輸入した。それは「走るアート作品」と言ってもいいような素晴らしい出来映えだった。 「リキシャを置いていた駐車場がちょうど工事に入ってしまうんです」と三田さん。「だからそのあいだ三井さんにリキシャに乗ってもらえたら、私も嬉しいんです。リキシャって飾るものじゃなくて乗るものだから」 渡りに船、とはこのこと。僕は二つ返事でその申し出を受けることにした。 「あのリキシャは本当の自信作なんだよ」とアフメッドさんは僕に言った。「あんな風に自分のアイデアをたくさん盛り込んで仕上げたリキシャはほとんどないんだ。私はいろいろな人からアートの注文を受けるし、外国人からのリクエストも多いよ。でもあのリキシャにはバングラデシュの本当の風景、美しい思い出が詰まっているんだ」 そんなわけで、リキシャはいま亀戸の車庫で静かに出発を待っている。 旅先でリキシャを見かけたら、ぜひ細部にまでじっくりとご覧くださいね。
by butterfly-life
| 2010-02-19 19:46
| リキシャでバングラ一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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