「パン作りというのは陶芸に似ているところがあるんですよ」
パン職人の宮崎さんは言う。そう言われてみればなるほどと思う。どちらも手でこねて形を作るし、窯で焼き上げる。出来上がりがどうなるのか、釜を開けてみるまでわからないのも同じだ。 「でも陶芸は作品としてずっと残ります。パンは食べてもらってなんぼですね。食べてしまえばあとにはなにも残らない。でもそれがいいんです」 徳島県のパン工房「マザーズベーカリー」田宮店で働く宮崎さんは、パンを作り始めて12年のベテラン。店長として現場のパン作りを仕切り、新入りの職人に手取り足取りパン作りを教えている。 「パン作りのコツというのは、本に書いてあることをいくら読んでもわからないものなんです。実際に手を動かさないと。何年もあとになって、本で読んだことが体に染みてわかるときがくる。頭で覚えるんじゃない、手が覚えるんです」 【生地をこねる宮崎さん。毎朝3時に出勤する「超朝型」の仕事だ】 若い頃の宮崎さんは、毎日必死の思いでパン作りに取り組んだ。仕事が終わってからも、家のオーブンでパンを焼くこともあった。お客さんからクレームをつけられて、悔し涙を流したことも一度や二度ではない。それでもパンを作り続けたのは、これを仕事にした以上は少しでもいいものを作りたいという思いからだった。 「パンが特別好きだったわけではないんです。元々はカフェでコーヒーを煎れる仕事をしていたんだけど、会社からパン職人をやらないかと言われて始めたんです。最初は生きていくため、生活のためだった。でも結果的にはこの仕事が自分に合っていたんだと思います。自分の特性というのは、実際にやってみないとわからないんじゃないかな。今の若い子は『まず手を動かす』ということをしない。その前の段階でああでもないこうでもないと迷っているんです」 天職という言葉がある。天から与えられた仕事。「天」というのは「運命」とか「偶然」とかいろんな言葉で置き換えることができるけれど、結局それは「自分の狭い頭の中であれこれ考えているだけではなにも生まれない」ということなのだと思う。天から与えられた仕事としてまっとうすること。それによって新しい自分の可能性に気づくことができる。 宮崎さんの職場には新人のパン職人がいる。「こてっちゃん」の愛称で呼ばれる22歳の女の子。大分県から原付バイクに乗って徳島にやってきたというなかなかユニークな子で、去年まではパチンコ屋に勤めていたのだが、それを辞めてパン屋に就職した。 パチンコ屋は時給が高く(1050円で3ヶ月無遅刻無欠勤だったら50円アップする)、お金も貯められたが、職場の雰囲気に馴染めなかった。どういうわけか彼女以外の女性店員は全員バツイチのシングルマザーだったのだ。自分も将来こうなるのかと思うと、不安になってきた。タバコの臭いも耳をつんざくBGMも好きになれなかった。 【「パンはその日によって状態が違うから難しい」と言うこてっちゃん】 パン職人は毎朝3時(!)から仕込みを始め、夕方まで働きづめである。給料もパチンコ屋に比べると安い。ハードワークだ。でもやりがいはある。自分の経験や学んだことが日々の仕事の中に生かされていく。そういった感覚はパチンコ屋にはないものだった。 「でも、このままパン職人の道を目指すのか、まだ迷っとるんですよ」とこてっちゃんは言う。「この仕事は生活時間が他の人と全然違うけん、友達と遊ぶこともできん」 年頃の女の子らしい悩みである。結婚願望もあるし、彼氏だってほしい。 宮崎さんは「こてっちゃんは筋がいい。がんばればきっといいパン職人になる」と言う。でも彼女の素質が引き出されるかはまだわからない。 パン職人にもっとも必要なのは継続性だ、と宮崎さんは言う。彼自身、職人としてきちんと仕事を覚えるまでは5年、自分のパンに自信が持てるようになるまで10年かかった。我慢が必要な仕事なのだ。 宮崎さんが得意なのはフランスパンなどの「ハード系」のパン。塩、水、酵母、小麦粉という最小限の要素で作られるから、ごまかしが効かない。ハード系パンを焼くときに大切なのはイメージだ。どんな形でどんな堅さに仕上げるのか、具体的なイメージを頭に描いてから仕事に取りかかる。自分のイメージ通りに焼き上がったときの喜びは何物にも代え難いものだ。 「マザーズベーカリー」では天然酵母を使い、国産小麦を使ったパン作りにこだわっている。実は国産よりも外国産の小麦の方がパン作りには適している。タンパク質の量が多いからだ。でも外国産小麦は収穫後の農薬散布が認められているから、100%安全だとは言えない。少しでも安全なものをお客の元に届けたいという思いで、国産を使い続けている。 【マザーズベーカリー鳴門店は巨大なログハウス建築。天井が高くてとても居心地がいい】 お客さんの中にもこだわりを持った人が多いのも、パン屋の特徴かもしれない。シンプルだけど奥が深く、作る職人によって味が違ってくる。安ければいいというものではない。だから大量生産される大手の製品にも対抗することができる。 宮崎さんの夢はパン屋として独立を果たすこと。でもそのためには資金が必要だ。1台500万円もする電気釜などの装置をそろえるだけで大変な初期費用がかかってしまう。だからもうしばらくは今の店でがんばって働くことになるだろう。 「パン屋って地味な仕事やけど、世の中に必要とされているでしょう。自信を持って作ったパンがお客さんから『あれはおいしかったわ』って言ってもらえると、ほんまに嬉しい。やってて良かったなぁと思えるんです」 【仕事から帰って音楽を聴きながらビールを飲むのが宮崎さんの至福の時。キリンのCMに使えそうだね】
by butterfly-life
| 2010-03-04 11:57
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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