今日は朝から雨模様。強く降ったり弱まったりしながら、お昼頃まで降り続いた。
ホテルのチェックアウト時間は10時だが、オーナーの奥さんの計らいで12時まで部屋で待機させてもらうことができた。 「わたしは病院に行きよるけぇ、部屋の鍵はフロントに置いとってくださいねぇ」 気楽なホテルである。一応ビジネスホテルの体裁は取っているものの、実は家族で切り盛りしているというホテルがこのあたりには多いようだ。 雨が止んで12時過ぎに出発。しかしいつまた降り出すかわからない怪しげな曇り空だ。 脇町から2,3キロ東に行ったところに「<うだつの町並み>はこちら」という標識が出ていた。うだつの町とは一体何だろう。気になったので寄り道する。 うだつの町並みは江戸時代から残る古い町並みを保存してある地区だった。規模はそれほど大きくはないが、ひとつひとつの家は趣があって美しい。もっとも古い家は300年前に建てられたそうだ。 うだつは古くからの交通の要衝で、鎌倉時代以降城下町として栄えたそうだ。江戸時代には吉野川の水運を利用した特産の藍の集散地として、明治時代は生糸の生産地として発展した。今も残っている町家の多くは藍商、呉服商などの商家や倉庫として使われていた建物である。 ![]() 【古い町並みにそぐわないカラフルなリキシャ】 ![]() 【大五郎登場】 「うだつの町並み」は地元では有名な観光地らしく、雨模様にかかわらず観光客もちらほら歩いていた。県外から来た人も多い。しっとりと落ち着いた町並みはまったくそぐわないリキシャの出現に、みんな驚いた顔をしている。すぐに田楽屋さんの奥さんが「あらー、えらい派手な自転車屋ねぇ。私も乗してくれる?」と飛び出してきた。たちまち近くの小学生やおばあちゃんたちを乗せた「5円タクシー」がうだつの町並みを走り回ることになった。 田楽屋さんで昼食をいただく。携帯でリキシャの写真を撮りまくっていたお母さん(さよちゃん)は、 「いやぁ、今日はブログの更新が楽しみやわぁ」と嬉しそうだ。 「ブログやってるんですか?」 「そうなんよ。62歳の誕生日からはじめよって、もう半年。すっごく楽しいんよ」 さよちゃんによれば、この町に常時接続のネット環境が整ったのは遅く、去年の夏にようやく光ファイバーが来たのだという。田舎のお母さんがブログで情報発信をする。以前にはまったく考えられなかったようなことが起きているんだなぁと実感する。 ![]() 【田楽屋のさよちゃん】 さよちゃんの田楽屋はすべて自家製の材料を使っているのが自慢。「味噌もジャガイモもこんにゃくも、全部うちでつくっとるんよー」とのこと。本業は農家で、観光客の集まる週末だけ田楽屋を開いているそうだ。 少し焦げた味噌が香ばしい田楽はご飯が進む。浅漬けも美味しい。吉野川のきれいな水で育った新鮮な野菜だ。 うだつの町並みをあとにして、吉野川に向かう。吉野川には何十本もの橋が架かっているのだが、その中に「潜水橋」と呼ばれる橋がある。川が増水したときに橋桁の上を水が通るように設計された低い橋である。巨大な鉄橋と違って趣がある。 この潜水橋の上で写真を撮っているときに、徳島市に住むカメラマンの木内さんが登場。彼は三日前に路上で僕の姿を見かけて、自分もリキシャに乗ってみたいと家族を連れて追いかけてきたのだ。奥さんと娘さんを乗せての撮影会とあいなった。 ![]() 【潜水橋を走るリキシャ】 夕方以降は再び雨模様。しとしとと冷たい雨が降り始めた。 雨の国道をひた走って、本日の目的地である三好郡東みよし町に到着。喫茶店「パパラギ」の店主である秋元さんに、「ぜひうちでお話してください」と依頼されたのだ。常連さんの前でミニ講演会を開いてほしいというリクエストだった。 秋元さんは大学進学を機に地元を離れて以来、ずっと東京で働いていたのだが、5年前に故郷に戻ってカフェを開いたという。お客さんは当初の見込みよりもかなり少ないが、常連さんに支えられて経営は何とか軌道に乗っている。 ミニ講演会に参加したのは、元教師、元公務員、保育園の保母さん、農家の若者などさまざま。中学校で英語を教えているイギリス人の若者マークも参加してくれた。マークは高校生の時から日本に興味があり、日本語を勉強していたという。大阪外国語大学に留学し、そのあとALT(アシスタント・ランゲージ・ティーチャー)として徳島に赴任してきた。 僕が今まで旅してきたアジア、特にリキシャの故郷であるバングラデシュについて皆さんにお話しする。10人ぐらいの小規模な会なので、質問がぽんぽん飛びだして面白い。途中からは座談会のようになった。 三好郡は戦後林業で栄えたという。杉やヒノキは高級建築材としてよく売れた。山を持っていた人が金持ちになった時代だ。しかし昭和30年代後半から林業が衰退に向かった。安い輸入木材に押され、採算が合わなくなったのだ。その後の鉄道輸送の衰退とも重なって、町は寂しくなっていった。特に駅前の商店街(「銀座」というベタな名前がついている)は大半がシャッターを下ろしている。主な産業は農業、橋や道路を造る建設業などだが、公共事業の削減で先行きは厳しい。 農業青年・藤原君によれば、名産のはっさくの売れ行きが近頃落ち込んでいるらしい。はっさくを剥くのを面倒がる子供が増えているというのだ。保育園でもバナナの皮すら剥けない園児がいるという。子供に変わって親がやってあげるからだ。スーパーにもすでに皮を剥き、適当な大きさに切った果物が並んでいる。 アジアを長く旅していると、日本の過剰な便利さに違和感を覚えることがある。階段やドアは自動で動くし、欲しいものはボタンひとつで手に入る。そこには時間のロスもストレスもない。摩擦がない。しかしそれでいいのだろうか。人が暮らしていく上で必要な摩擦がゼロになってツルツルと上滑りするような社会を、果たして僕らは本当に望んでいるのだろうか。 田舎の子供は自然にふれあい、たくましく育っているというのは、都会人が抱く幻想なのかもしれない。徳島県では子供の体力の低下が著しく、全国的に見ても低いレベルなのだという。車社会で大人が歩かなくなり、子供も歩かなくなっている。 藤原君は数年前から阿波踊りを踊るようになった。地元の「竜美」という"連"に所属して踊っている。 「徳島といえば阿波踊りっちゅうイメージがあるけど、みんながみんな踊るわけやないんです。阿波踊りなんて見たこともないっちゅう人もたくさんおるけん」 これまで何かに必死で打ち込んだという経験がなかった藤原君は、阿波踊りの中にその「何か」を見つけたようだ。 阿波踊りはもともと死者を弔う静かな踊りだったという。それが今のようなエネルギッシュなものになったのは、内なるエネルギーのやり場を求めている若者が増えたからなのかもしれない。 ![]() 【うだつの町並みで出会ったおばあさん】 「最後にひとつだけ質問いいですか?」と藤原君。 「三井さんから見た日本の良さって何ですか?」 「それをこれから探しに行くんだよ」 とっさに口をついて出た言葉だったが、偽らざる本心だった。 僕はこれまで一度も日本を旅したことがない。もちろん旅行をしたことはあるけれど、一人旅の経験はなかった。この10年間、視線は常に海外に向かっていたからだ。 アジアを旅してきた人間の目に、日本という国がどう映るのか。自分が撮る写真にどういう違いが生まれるのか。 これからそれを探しに行くのだ。 *********************************************** 本日の走行距離:30.7km (総計:178.2km) 本日の「5円タクシー」の収益:2195円 (総計:4721円) *********************************************** ■
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by butterfly-life
| 2010-03-07 23:28
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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