延岡の商店街を走っているときに、店先に古いカメラを置いた写真館を見つけた。「何式」というのかよく知らないのだが、撮影者が頭から布をかぶって撮る、ひどく大がかりなクラシックカメラである。
「これ、今でも使っているんですか?」と僕が声をかけると、写真館のご主人が答えた。 「いえいえ、これはもうずいぶん前から使ってません。でもこれを置いておくと、お客さんが立ち止まってみてくれるんでね」 昭和42年に買ったという。僕が生まれる以前である。 「今はみんなデジタルになってしもたけど、うちはフィルムにこだわっとるんです。一発勝負やけ、緊張感がありますな。このカメラなんかフィルムやのうてガラス乾板を使っとったんです。現像するのも大変やったし、ストロボじゃなくてマグネシウムを発火させとったんです」 こういう仰々しい機械を目にすると、昔は写真を撮るのも撮られるのも特別だったんだなぁと改めて感じる。家族が正装してポーズを決めて記念撮影をする。そういう時代があったのだ。いや、もちろん今でも結婚式や七五三などのイベントには写真館は欠かせないのだが、機動力も利便性も格段に上がったデジカメの出現で、写真が特別なものじゃなくなったのは確かだ。 ![]() ![]() 【写真館のご主人がリキシャを漕ぐ姿を撮ってくださった】 写真館にほど近いところに、草木染めの布製品を売るお店があった。ここのご主人は一目でリキシャを気に入ってくれて、さっそく「5円タクシー」の乗客になってくれた。こりゃ気分がええなぁ、とご満悦の様子。 「ほくと衣料」というお店を経営する井上さんは、染色関係の仕事に長年携わってきた。それをやめて自分で染めたオリジナルの衣料品を売るようになったのは1年前から。桜の葉、桃、ぶどうなど様々な植物から抽出した染料で染めた布は、柔らかなグラデーションの色合いが特徴だ。染料に薬品を加えることによって染まり具合が変わってくる。 「だからといって、これが草木染めでしか出せないというわけやないんです。化学染料でも可能です。それに草木染めで染めた布はしばらく使っていると色が変わってくるんです。だから耐久性でも値段の面でも、化学染色にかなうわけがないんです」 「それじゃ、どうして草木染めを続けているんです?」 「そうやねぇ、これが自然から出てきた色だってことです。同じような色は化学染料でも出せるけど、これは間違いなく自然の色、生物から生まれた色なんです。今はみんな車に乗ってスーパーで買い物をする時代でしょう。日本人はあまりにも自然から離れて暮らしている。せめて身に着けるものの中にひとつぐらい自然から生まれたものがあってもええんと違いますか?」 実際のところ、手作りの草木染め製品の売れ行きははかばかしくない。井上さん自身「こんなもん売れるわけがないわ」と自嘲気味に話す。お店の半分は既製品の婦人服売り場になっていて、収入の大半はそこから得ているそうだ。 「世の中にはものが溢れてるでしょう? いるものばかりじゃなくて、いらないものまで買っている。そんな中で本当に価値あるものを売っていきたいんです。まぁ商売にはならんけど、できるかぎり続けていこう思てます」 ![]() 【草木染めの井上さん】 延岡市を出て、国道10号線を海沿いに南下する。空は気持ちよく晴れているのだが、向かい風がきついのでなかなか前に進まない。 途中に「土々呂町」という町名が目に入ったので、思わずリキシャを止めた。トトロ? ユニークな町名である。町工場のシャッターにも「となりのトトロ」のワンシーンが描かれていた。おそらくジブリに許可をもらっているのだろう。何しろ「トトロ町」なのである。 ![]() 僕は宮崎駿の映画の中では「となりのトトロ」が一番好きである。長い間ナウシカだったけれど、3年ぐらい前に久しぶりにトトロを見たときに、胸にがつんと来るものがあった。「これは僕が見てきたアジアそのものだ」と思ったのだ。 「となりのトトロ」の中で丁寧に描かれている田舎の情景や子供たちの生き生きとした表情は、僕がベトナムやラオスやネパールなんかで目にしたものと同じだった。「トトロ」は奇妙なお化けを題材にしたファンタジーだけど、そこに描かれているのは国境を越えて普遍的な物語なのだと思う。かつて日本もアジアだった。そのことを思い出させてくれる映画なのだ。 ![]() 【ここはバス停トトロケ。猫バスは走って・・・きませんよね?】 閑話休題。リキシャの旅に戻ろう。 国道10号線を走っていると、いろいろな人から呼び止められる。宮崎のおばちゃんは話し好きな人が多いらしく、一度リキシャを止めると矢継ぎ早にいろんな質問をぶつけてくる。 「ええですねぇ、青春の思い出で」 と勝手に僕を大学生扱いするおばちゃんがいたり、聞いてもいないのに娘の通っている大学の名前(九州大学)を教えてくれたり、孫のインド旅行の顛末を話してくれたりする人もいる。挙げ句の果てに「次の選挙では公明党をよろしくな。国民の生活をしっかり守っとるけん」と選挙運動までされる始末。 南国の人は明るい。それは四国から九州に渡ってくるとはっきりと感じる。口が軽いというか、気持ちがオープンな人が多いように思う。 日向市を抜けて海沿いの道を走っていると、赤く日焼けした男性に呼び止められた。サーフィンに行こうと車に乗っているときにリキシャを見つけたので、慌ててUターンしてきたのだという。 彼はこの近くでサーファー向けのゲストハウスを経営している。1泊1500円という安い値段で宿を提供し、必要な人にはアルバイトも紹介している。今は10人ぐらいの若者がブドウ農園でブドウの果実に袋を取り付ける作業をしているらしい。日給5000円。もしやりたかったら紹介しますよ、と言われてしまった。 日向灘と呼ばれる海岸線にはサーフショップや民宿が点在している。ここはサーファーにとっていい波が来る土地なのだろう。バイトで稼ぎながら、天気のいい日には波乗りをする。なかなかいい暮らしだ。 ![]() 海が一望できるドライブインで、スーツ姿の若い男性に「ちょっといいでしょうか?」と呼び止められた。地元紙「夕刊デイリー新聞」の記者さんであった。なんでも「今しがた日向の町を妙な乗り物が通過していった」という謎の情報が市役所の職員さんからもたらされたそうだ。それで急きょ車で10号線を走って追いかけてきたらしい。そのフットワークの軽さはすごい。僕が日向市役所を通過してからまだ1時間も経っていないのだから。 記者さんには旅の目的を訊かれた。これはよく訊かれることなのだが、そのときの気分で返す答えが違っている。いくつもの目的があるし、この旅を始めるときにも書いたように、結局のところは「面白そうだから」ということに尽きるのではないかと思う。リキシャで日本を旅するなんてバカなこと、やってみたら面白そうじゃないか。旅をはじめてそろそろ3週間になるが、その予感は間違っていなかったと思う。 高鍋にたどり着いたのは6時半。本日はここに泊まることにする。 今日の走行距離は62キロ。この四日間、毎日長距離を走っている。足の筋肉がオーバーワーク気味である。ひざも痛い。どこかで休まないと体が持たないなぁと思う。 ビジネスホテルのフロントでは、なぜか運転免許証を見せてくれと言われた。なんでも免許証がゴールドなら通常より200円割安になるというサービスをしているらしい。どういう意図があるのかは不明だが、まぁお得になるのだから文句はない(幸いにして僕はゴールド免許だ)。 リキシャを漕ぐのに免許はいらぬ。いるのは体力、バカな度胸。 *********************************************** 本日の走行距離:62.4km (総計:692.8km) 本日の「5円タクシー」の収益:540円 (総計:16085円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-03-21 13:04
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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