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20日目:農業高校生の夢 (宮崎県宮崎市)
 強烈な向かい風の中を進むのは、リキシャにとって一番タフな状況だと言ってもいいかもしれない。山道ももちろんきついが、上りの後には必ず「下りボーナス」が待っている。しかし向かい風はいつまでも向かい風である。途中で追い風に変わるようなことはまずない。

 今日は向かい風の一日だった。風速7mから15mほどの猛烈な南風が休むことなく吹き続けていた。日差しも強く、夏のような陽気で、最高気温は29度にまで達した。「北風と太陽」ならぬ「南風と太陽」の一日。僕はTシャツに短パンにサンダルという夏仕様の格好でリキシャを漕いでいたが、それでも暑かった。
 風速が7、8m以上だと、平地でもリキシャを漕ぐのが不可能になる。リキシャを降りて引っ張るしかない。10mを越えると、引っ張って歩くことすら難しくなる。立ち止まって風が弱まるのを待つ。リキシャが背負っている幌を取っ払ってしまえば楽になるのだが、この幌がデザイン上の特徴だからそうするわけにもいかない。
 風が弱まった隙を見計らってリキシャにまたがる。「風の目」を盗んでペダルを漕ぐわけだ。いつまた風が強まるかわからないが、弱まっているあいだにできるだけ距離を稼いでおく。


【強風のためになぎ倒されたレストランののぼり旗】


 そんな風にして風と格闘しながら進んでいるときに、3人の男の子が近寄ってきた。リキシャに乗せて欲しいという。そりゃ構わないが、どこに行きたいんだい?
「公園。ここまっすぐ行ったところ」
 と一人が言う。そして彼が100円玉を出す。
「これでお釣りください。5円で乗れるんでしょ?」
「わかった。3人乗るんやったら、いくらお釣りをあげたらいいの?」
「・・・わからん」
「なんでや? 1人5円やったら、3人乗ったら何円になる?」
「15円!」
「そうやなぁ。じゃあ100円出して、お釣りはいくら?」
「80円!」
「ちがう」
「105円!」
「なんで増えるんや」
「95円!」
「君ら適当やなぁ・・・」
 学年を訊ねると三人とも来月に二年生になるという。小一には二桁の引き算は難しいのか、「100-15」の答えは結局誰にも出せなかった。やれやれ。そこでリキシャのお兄さんは85円を返しましたとさ。

 三人は初めて乗るリキシャに大喜び。目的地の公園まで連れて行ってあげると、質問タイムになった。
「どこから来たんですか?」
「この自転車はバングラデシュって国よ。インドの隣にある」
「どうして日本語が話せるんですか?」
「いや、俺は日本人よ」
「あのー、シンシャですか?」
「そうよ、これは新車よ。買ったばっかりよ」
 僕が答えると三人は黙り込んで顔を見合わせてしまった。何かまずいことを言ったのだろうか?
「お兄さんはフシンシャですか?」
「不審者! 違うよ。何でそんなこと聞くん?」
「先生がフシンシャにはついていってはいけませんって」
 これには参った。不審者だか変質者だか知らないが、「危険なので近づかないように」という要注意人物に疑われてしまったのである。でも自分から「乗せて」と言ってきたくせに、「不審者ですか?」はないよねぇ。

 おそらく近年のセキュリティー意識の高まりによって、先生および保護者から「不審者にはついていってはいけませんよ」というアナウンスがくどいほど繰り返されているのだろう。以前にも書いたことがあるが、これは変質者や誘拐犯の「現実的な増加」を反映しているのではなくて、あくまでも「子供の身に危険が迫っている」と考える親が増えたという主観の問題である。あらゆる統計は少年犯罪も子供に対する犯罪も減少していることを示しているからだ。
 それはともかく、ど派手なリキシャを漕いでいる男は広い意味での「不審者」であろう。「あんた何してるの?」と言われたら返す言葉のない人間、イレギュラーな存在である。
 ま、子供たちにとってもこれも勉強のひとつ。「なんか怪しいけど、実はそうでもない人」と「一見感じが良さそうだけど、実は目が笑っていない人」との区別がつくようになってもらいたい。これは大人にとっても難しいけどね。


【延岡市内で見つけた看板。言ってることはわかるけど、「イカのおすし」って緊迫感に欠けるよね】


 宮崎市に到着したのは高鍋を出発してから6時間後の午後4時。わずか30キロの道のりだから、普段の倍の時間がかかったことになる。半分以上は歩いていたから当然なのだが、それにしても疲れた。

 今日の目的地は、宮崎市内にある県立宮崎農業高校である。去年の11月、この高校の生徒たちが僕の写真を元にして折り鶴を使ったモザイクアートを制作してくれたのである。自分の写真がこんな風に使われるのはもちろん初めてのことなので、ぜひこの目で見ておきたいと思ったのである。

 高校の正門前に到着すると、生徒さんたちが笑顔と花束で出迎えてくれた。ありがとう。向かい風の疲労も一気に吹き飛んでしまった。さっそく実習室に保存されているモザイクアートを見せていただく。
 で、でかい。高さが3m、幅が2m近くもあるこの巨大な作品が、すべて折り鶴でできているというのは驚きだ。全部で3万4000羽の折り鶴が使われているそうだ。生徒一人あたり千羽ずつ折ったという。「千羽鶴」という言葉は広く知られているが、実際に自分の手で千羽の鶴を折った人はあまりいないのではないだろうか。根気がなければできない。


【モザイクアートの前で。生徒さんと比べるとその大きさがよくわかりますね】


【写真を元にしてグラデーションマップを作り、8色の折り鶴でモザイクを作ったそうだ。近づくと確かに鶴です】


「最初、先生に『今年の文化祭の出し物は、みんなに千羽鶴を折ってもらう』って言われたときは、正直『えぇー』って思いました。同級生の中には鶴を折ったことがない子もおったし。すっごく時間がかかって大変でした。一羽折るのにだいたい1分として、1000分でしょう。だから・・・あれ何時間だったっけ」
「17時間ぐらい」
「そう。毎日1時間とか2時間ずつ折り続けて、最後には手が覚えてしまって、テレビを見ながらでも折れるようになったんですよ。大変やったけど、完成したときは『うわ、すげぇー』って感動しましたよ。やって良かったと思った」



 僕はこの作品のモデルとなった少女サリタの話をした。サリタはネパールの山村に住む貧しい農家の娘だ。小学校も1年しか通えなくて、早くから家の手伝いをして暮らしてきた。この写真を撮った当時は6才だったから、そろそろ16才になる。もう結婚してもおかしくない年だ。サリタの母親も16歳の時に結婚しているから。ネパールでは子供が子供でいられる期間は短い。職業選択の幅も狭いんだ。そんな話をした。

 農業高校と聞いて男子生徒が多いんだろうと勝手に想像していたのだが、実はこの3年F組は36人中33人までが女の子なのだという。宮崎農業高校には5つの学科があるのだが、その中でも「食品工学科」は食品の製造や栄養について学ぶので、製パン業や製菓業を目指す女子学生が多いのだそうだ。
 この日集まってくれた生徒(この3月で卒業しているので、今は元生徒だ)の中にも、パティシエを目指している人がいた。久保田ともみさん。好きなお菓子はチーズケーキ。世界中のお菓子を食べ歩くのが夢。数日後には福岡の製菓専門学校へ入学することが決まっている。
「結婚するんだったら、同じパティシエが理想的ですね。二人で宮崎にお店を出すんです」


【3年F組の元生徒たちと担任の平川先生】

 3年F組の進路は様々だが、一番の変わり種は浜山こなみさん。彼女は農業をやりたいという。農業高校の生徒が農業を目指すのはごく普通のことのようにも思えるのだが、実家が農家でもなく(床屋なのだそうだ)、食品工学科という「畑違い」の生徒が農業をやりたいと言うのは極めて異例なのだそうだ。
「この高校に来て農業実習をしてから、農業って面白いなって思うようになったんです。タネってこんなにちっちゃいでしょう? それがキュウリや大根みたいにおっきく育つ。なんでこうなるっちゃろってすごく不思議で。将来育てたいのはトマトなんです。実は私、トマトが食べられないんです。なんか青臭いやないですか。あれが苦手で。でも、一度だけこの学校の畑でとれた夏のトマトだけは食べられた。甘かったんです。だから私が食べられるような美味しいトマトを作りたい。商品名まで考えてあるんです。『トマト嫌いの作ったトマト』って」
 トマトが好きだからっていうのならわかるけれど、嫌いだから作りたいというのはずいぶん面白い発想である。浜山さんは考え方だけではなくて、見た目もなかなかユニークで、黒のつなぎにバスケットシューズ、頭は金髪パーマという、「どこのヤンキー少年か」と思わせるようなパンチの効いたスタイルであった。
 しかしこの浜山さん、現役の高校生だったときには成績も優秀で、3年間学級委員長を務めていたという。姉御肌というか、兄貴分というか、みんなから頼りにされる存在なのだろう。
「もちろん今だけですよ、こんな髪型ができるのも。来月から農業大学校に入るんで、また髪も黒く戻しますよ。実家が床屋だから、これ全部お父さんにしてもらったんです。お父さんも同じ髪型なんです。兄弟みたいって言われます」
 なるほど、彼女のユニークさは父親譲りというわけだ。
「この春休みにはいろんな農家で働かせてもらってるんです。農業をやるんだったら農家とのネットワークも作っておかないといけないから。昨日はキュウリを収穫して、今日は田植えを手伝って。だからこんな格好なんですよ。農家のおばあちゃんは、私を見ると『あんら、若い男の子がきたー』って言うんですけどね」


【そりゃ男の子に間違われても仕方ないね】


 彼女たちと話をしていて驚くのは、18歳の段階ですでに将来の目標が具体的に定まっているということだ。パティシエ、農業、栄養士、公務員、それぞれに目指す方向は違うけれども、それに至る道筋ははっきりしている。
 僕自身が18だった頃はそうではなかった。将来の具体的なビジョンや就きたい職業について、ぼんやりとしか把握できていなかった。「なりたいもの」と「なれるもの」との区別もついていなかった。はっきり言えば選択することから逃げていた。大学へ通うことのメリットは、選択を先送りすることだと考えていた。

 同級生の中には大阪や東京に出て行った子もいるが、多くは地元にとどまっている。
「やっぱり宮崎がいいんっすよ。東京は1週間もいられないっすねぇ」と浜山さん。「東京の人って歩くの速くないですか? 宮崎の人はみんな歩くの遅いんっすよ。そういうペースなんですよ。東京じゃ落ち着かない。やっぱり暮らすなら地元だなぁって思うんですよね」
 一度都会へ出て行った人も、しばらくすると地元へ戻ってくることが多い。サケのようなUターン。
「実は私も出戻り組ででしてね」
 と会話に加わったのは、ちょうど取材に来られていた宮崎日日新聞の記者の方。
「もともと東京で携帯電話会社に勤めておったんですよ。でも、あるとき上司の引っ越しを手伝いに行ったことがありましてね。その人は課長でけっこういい給料をもらっているはずなんですが、引っ越し先が埼玉のマンションだったんですよ。それがショックで。え? 課長になっても一戸建てが買えんのか、と。それに気づいてから、なんだか全てがばかばかしくなってきましてね。一生懸命残業して、毎日往復2時間も満員電車に揺られて、それで小さなマンションですかと。だったらもう地元に帰ろうと」
 宮崎では土地70坪と一戸建て住宅が2600万円で買えるそうだ。首都圏では考えられないレベルである。東京には仕事がある。給料も高い。でも住みやすさという点では地方に軍配が上がる。宮崎は気候も暖かくて食べ物も美味しい。

 将来『トマト嫌いの作ったトマト』が売り出されることになったら、ぜひ食べてみたいと思う。
 でも案外、その前に彼女の「トマト嫌い」の方が治っちゃったりしてね。 


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本日の走行距離:38.6km (総計:731.4km)
本日の「5円タクシー」の収益:15円 (総計:16100円)

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by butterfly-life | 2010-03-22 07:10 | リキシャで日本一周


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