名護市から国道58号線を通って沖縄本島を南下する。
58号線はとても走りやすい道だ。道幅は広く、舗装状態は最高で、アップダウンもほとんどない。おまけに追い風が吹いている。リキシャは快調に進んでいく。 これまででもっともスムーズに進むことができたが、同時にこれまででもっともつまらない道のりでもあった。あまりにもスムーズに流れる旅路では、人との出会いのチャンスが少なくなってしまうからだ。 【沖縄に残る昔ながらの雑貨屋は派手なリキシャに妙にマッチする】 雨こそ降らなかったが、空はどんよりと曇っていた。昨日に引き続き灰色の沖縄。もちろんビーチで泳ぐ人の姿はない。かりゆしビーチではビキニ姿のモデルが笑顔でカメラの前に立っていた。何かの撮影なのだろう。せっかくの沖縄ロケなのにこの曇天。モデルさんも大変だ。 恩納村に入ったところで、軽自動車に乗ったおばさんがひょいと窓から顔を出した。 「がんばってねぇ。何にもないけど、よかったら食べてちょうだい」 そう言って手渡されたのは食パン一袋だった。しょ、食パンですか? きっと彼女は坂道をえっちらおっちら上っていくリキシャを見て「何か差し入れをしたい」と思ったのだろう。でも、手元には食パンしかなかった。 気持ちはとてもありがたい。しかしトースターもなく、ジャムもバターもない状況で、食パン一袋をもらっても一体どうしたらいいのだろうか。正直言って困ってしまった。鳴門のおばあさんにもらった泥付き大根にも、徳之島のおじさんにもらった黒糖焼酎の一升瓶にも驚かされたが(とても一人では飲みきれないので、お世話になった人にあげた)、食パンはそれに匹敵するインパクトだった。 リキシャはぐんぐんスピードに乗り、50キロをほとんど休みなしに走りきって、嘉手納の町にたどり着いた。嘉手納で僕を待っていたのは濱口さん。若い頃からサーフィンと旅に明け暮れ、今は嘉手納でサーフショップを経営している人である。和歌山の生まれだが、沖縄が気に入って19年前に移住した。 「やっぱり沖縄は暮らしやすいんですね。人が温かいしのんびりしているし。もちろんいい加減なところもいっぱいあるんですけどね。みんな時間にルーズだし、バスだって立て続けに5台来たりしてね」 今でこそ濱口さんのような内地からの移住者も多くなったが、昔は「やまとんちゅう」に対する偏見や風当たりがずっと強かったという。特に戦争を知っている世代は簡単に心を許してはくれなかった。太平洋戦争末期の沖縄戦で日本軍から見殺しにされた琉球民族の恨み辛みは、50年やそこらでは消えないほど深いものなのだ。 「サーファーは快楽主義者である」というのが濱口さんの持論だ。いい波に乗れたらハッピー。非生産的で、インモラルで、個人主義。何よりも「今」を大切にして、明日のこと、来年のことを思いわずらったりはしない。アリとキリギリスで言えば完全なキリギリス。 「でもそんなサーファーでも世の中には必要とされているとは思うんですよ。『この世に不必要なものはない』っていうのも僕の持論でね。サーファーみたいな人種を見た人が『俺はああなっちゃいけないな』って思うのもひとつの存在価値じゃないですか」 【サーフボードが並ぶ濱口さんの事務所にて】 濱口さんは長年この地で波乗りをしてきた経験を生かして、いい波が来るスポットにサーファーを案内する仕事もしている。お客としてやってくるのは都会での仕事に疲れ切った人たち。朝早くから夜遅くまで働き続けるサラリーマンが、つかの間の休息を求めて沖縄の海を訪れる。 「彼らの話を聞いているとね、本当に立派だなぁと思うんですよ。毎日満員電車に揺られて、朝から晩まで仕事に追われて、その挙げ句に奥さんからは『家庭を顧みないあなたとは一緒のお墓に入りたくない』なんて言われて傷ついている。ものすごく頑張ってるし立派ですよ。そういう人たちから見ると、僕のような生き方はてーげー(いい加減)に映るでしょう。でも『てーげーでもいいんだ。こうやって生きている奴もいるんだ』って思うことができれば、彼らだってもう少し楽に生きられるようになるかもしれないでしょう」 生産的社会、効率至上主義に対するアンチテーゼとしてのサーファー。気ままな自由人。クールだと思う。 世の中が「てーげー」な人ばかりになったら困るけれど、みんなが「てーげーではない」社会というのもきっと息苦しくて住みにくいに違いない。 「三井さんがしていることもサーファー的ですよ」 と濱口さんは言う。確かに旅をすることも、人の写真を撮ることも、世の役に立つ具体的な「モノ」を生み出しているわけではない。計画性はなく、いつも行き当たりばったりで、好きなように生きている。基本的にてーげーである。 僕はサーフボードの代わりにリキシャに乗っている。そして僕にとっての「いい波」つまり「人との出会い」をキャッチするために毎日汗だくになってペダルを踏んでいる。 *********************************************** 本日の走行距離:58.8km (総計:1171.8km) 本日の「5円タクシー」の収益:5円 (総計:22075円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-04-07 09:35
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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