僕はこれまでマッサージや整体の類にはまったく縁のない人間だった。何十回もタイを訪れているにもかかわらずタイ式マッサージを受けたことは一度もないし、カンボジアやトルコで地元のマッサージ店に行ってみたのもあくまでも興味本位からで、すごく気持ち良いとか痛いところが治ったというような実感には乏しかった。岩盤浴とか、サウナとか、アーユルヴェーダといったものも試したこともないし、(こんなこと言ったら「おまえ日本人か?」って言われそうだけど)温泉にもあまり興味のない人間なのである。
基本的に健康体なのだろう。肩はこらない方だし、これといった持病もない。数年前にインドネシアをバイクで旅していたときには一時的に腰痛になったが、それもしばらくすると自然に治ってしまった。 そんな僕のような人間が新しい整体術である「HSTI骨格調整」を受けることになったのは、例によって偶然の成り行きからだった。このHSTIをインドで普及させている岡辺さんが僕の写真をとても気に入ってくれて、創始者である比嘉進さんに引き合わせてくれたのだ。 比嘉さんはユニークな人だった。挨拶もそこそこに僕の背骨と肋骨を触り、 「あ、これは8番だね。最近お酒に弱くなったんじゃない?」と断言したのである。 おっしゃるとおり、リキシャの旅を始めてからアルコールに弱くなっていた。今までワイン一本空けていたのが、半分も飲めないほどになっていた。毎日リキシャを漕ぎ続けることによる肉体的な疲労が肝臓のアルコール分解能力を落としているのだろうと思っていたのだが、比嘉さんによれば、僕の肋骨の上から8番目が歪んでいて、それが肝臓を圧迫しているのが酒に弱くなった直接の原因だという。 「三井さん、何か怪我をしたことはない? 骨折とか、捻挫とか」 「以前、右腕を骨折したことがあります。腕相撲をしていて折れちゃったんですよ」 「あ、それだね。間違いないよ」と比嘉さんは僕の右腕を触りながら言う。「右腕の骨が左腕よりも少し短くなってるね。骨格の歪みは体全体のバランスを崩すからね。この歪みがリキシャを漕ぐことによってひどくなっているんだな」 ![]() 【お酒が大好きな比嘉さん。「乾杯のジム」というあだ名を持つ】 骨格の歪みを調整するというのがHSTI理論の肝である。それもカイロプラクティックのような「骨バキバキ系」のハードな方法ではなく、施術中に眠ってしまうほどソフトなやり方で。 「ほとんどの人は骨は硬いものだって思ってるでしょう。でも的確なポイントをついてやれば、骨は伸びたり縮んだり曲がったりするものなんですよ」 骨が曲がる? 骨が伸びる? 簡単には信じられそうにない言葉だった。医学的な常識とはずいぶんかけ離れている。 それでもこの施術を受けてみる気になった(まさに『まな板の上の鯉』の気分だ)のは、比嘉さんの明るさと人柄に引っ張られたからだった。 「僕は人の笑顔を見るのが何よりも幸せなんだよ。人が幸せになるのを見るのが大好き。だからリキシャで日本縦断なんて面白いことを考える人は応援したいんです。それがどれだけ大変なことかはこの太ももの筋肉の張りを見ればよくわかるから。健康体でゴールするために、体のメンテナンスをしてあげたいんです」 もともと機械工学を学んだエンジニアだった比嘉さんがオリジナルの整体法を考案するきっかけは、自らを悩まし続けていた体の痛みだった。彼は6歳の頃に高いところから落下して頭蓋骨を強打し、それが原因で全身の痛みに苦しむことになった。カイロプラクティックで治そうと試みたことも何度かあったが、いっこうに状態は良くならなかった。それならばと独自の理論に基づいた整体法HSTIを14年前に作り上げた。自分の体を実験台にしての試行錯誤の結果だった。 「体の歪みや痛みがなくなると、表情も考え方も前向きになるんだね。心が輝いてくるんですよ」と比嘉さんは言う。 なんとも不思議な魅力のある人である。ユーモアがあって頭の回転が速く、周りにいる人間が思わず笑顔になるような「陽」の力を持っている。二十歳そこそこの若者が次々と弟子入りを希望して集まってくるというのもうなずける。 でも彼自身は自らの存在がカリスマになること、教祖のように崇められてしまうことを意図的に避けているようだ。パンフレットにもメディアにも自分の顔や名前を出していない。HSTIは神秘的な秘術ではなくて、誰にでも行うことができる合理的な施術法として日本のみならず世界にも普及させたいというのが比嘉さんの夢なのだ。 ![]() 【ひとみ先生と伊藤君、そして骨格標本】 翌日、北谷町にあるセンターで実際に骨格調整を受けた。まずセンター長であるひとみ先生が骨の状態を手で触って確認し、骨格療法士の伊藤君が施術を行う。伊藤君はこの骨格調整を勉強するために単身北海道から沖縄にやってきた若者である。比嘉さん曰く「わずか1年で普通の人の10年分のことができるようになった男」なのだそうだ。 骨の歪みの状態を確認した後で、僕はベッドにうつぶせになり、体を左右に大きく揺すぶられた。こうすることで体の緊張状態をほぐして、骨が動きやすくなるという。 骨格調整に使うのはシンプルな道具だ。ドアを押さえるときのつっかえに使うような三角形の木のブロックと、理科の実験に用いるような金属製のアームがついた整体器具。たったそれだけで「骨が動く」という。 仰向けに寝た状態で、それらの器具を使って骨を押す。「押す」といってもその力は小さいのでまったく痛みはなく、とても気持ちがいい。体の芯の疲れがじんわりとほぐれていく感じ。部屋の中には心地よいバイオリン音楽が流れていて、すぐに眠くなってくる。生温かい液体の中にどっぷりと沈み込んでいるような心地よさ。母親の胎内に戻ったような感覚に近いだろうか。 3カ所の骨格調整が終わるまで1時間半ほどの時間がかかった。僕の場合には右足のかかと、尾骨、そして肋骨に歪みがあったようだ。 「気分はどうですか? 顔色が良くなって白目がツヤツヤになったように見えるけど」 ひとみ先生が笑顔で訊ねる。 実際に気分はとてもよかった。この一ヶ月でたまっていた疲労がすっくりと抜けたような清々しさがあった。でもそれがリラックスした雰囲気の中で昼寝をしたからなのか、骨の歪みが取れたからなのかはわからなかった。 「気分はいいけど・・・でもよくわからないですね」 僕は正直に言った。気分はいいけれど、何かが劇的に変わったわけではない。少なくとも僕には「○○が痛くて仕方がない」といった自覚症状がなく、だから施術前と施術後の違いがはっきりとわからないのだ。 「もしかしたら痛みに鈍いのかもしれないですね。くすぐったさとかもあまり感じない方なんですよ」 「リキシャを漕ぐのって大変なんでしょう? スポーツ選手なんかもそうだけど、激しい運動をしてアドレナリンが出ているときって、痛みを感じないような物質、一種の脳内麻薬が出ているんだって。そういう状態なのかもしれませんね」 確かにリキシャを漕いでいるときにアドレナリンが出ているという感覚はある。「ランナーズ・ハイ」ならぬ「リキシャワラー・ハイ」になっているのだろう。急な坂道を乗り越えたときはハイテンションでアグレッシブになっているのがわかる。そういうときには苦しさや痛みはあまり感じていない。人格もいつもと少し違っているように思う。 HSTI骨格調整の効果について、僕自身の体ではイエスともノーとも判断ができなかった。この施術を受けた人の多くが劇的な症状の改善を実感しているようだけど、僕にとっては「気分が良くなった」以上の目立った効果は感じられなかった。 ひとつ言えるのは、自分の身体を気遣う他人がいて、何らかの手当てをしてくれる、それが身体に良い作用を及ぼすということだ。比嘉さんはじめHSTIの皆さんが僕の身体を気遣って力を尽くしてくれていることは、その実効性云々より前に「それ自体が嬉しい」。だから気分がすごくいい。病院と違って「また行きたくなる場所」なのである。 リキシャはこれからもいろんな人の力を借りて前に進むことになります。 応援や手助けや差し入れには、いつも感謝しています。本当にありがとう。 これからも応援してくださいね。
by butterfly-life
| 2010-04-08 22:24
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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