娘の誕生を見届けてから沖縄に戻った。
那覇空港は日が沈んだあとでもモワリと生温かく、南国の空気が漂っていた。 「今週は沖縄もずっと天気が悪かったからねぇ。青空が見えたのは今日ぐらいだったよ」 車で空港まで迎えに来てくれたコンさんが言う。この一週間、コザ(沖縄市)に住むコンさんに一時的にリキシャを預かってもらっていたのだ。 コンさんの奥さんケィシーさん(ちなみにどちらも日本人)が運転する軽自動車でコザに向かう。那覇の街には「興南高校、センバツ優勝おめでとう!」と書かれた横断幕がそこかしこに垂れ下がっていた。高校野球の優勝は沖縄県民にとっての大ニュースで、この一週間ずっとこの話題で盛り上がっていたそうだ。 青森出身のコンさんと福岡出身のケィシーさんは4年前に沖縄に移り住んできた「ナイチャー(内地の人)」である。夫のコンさんは若い頃にアジア各地を放浪して回り、東京でサブカルチャー系のライターをしていたという経歴の持ち主。噴火が起こった後の三宅島に3年間住んでいたこともある。住民全員が避難した後の三宅島に保安要員として住み込んでいた。島を「海賊」から守るためだった。周辺の島の人々が船に乗って略奪行為を働いたことがあったらしい。給料は良かったけれど退屈な仕事だったという。小説の題材になりそうな仕事だ。 【海辺でたたずむコンさんとケィシーさん】 夕食は嘉手納基地の中の米兵住宅で食べた。コンさん夫婦の友人のブライアンがホームパーティーに招待してくれたのだ。 嘉手納基地は広大で、ひとつの独立した町である。軍人が6000人、軍属を含めると2万人が住んでいる。兵士たちと家族が住む家はビバリーヒルズ的な芝生の中に建てられている。 ブライアンは空軍に入って16年目のベテランパイロットで、背が低いががっちりとしていて小熊のような体格。34歳という年齢のわりには白髪が目立つ。空中給油機のパイロットとしてイラクなどの戦地にも赴いたという。地位は聞かなかったが、10人の部下がいるというから部隊長クラスなのだろう。 「18の時に友達に誘われて、なんとなく軍人になったんだ。でも今ではこの生活が気に入っているよ。仕事は忙しいし、命の危険もあるし、妻にはいつも心配をかけているけど、給料はいいし(月1万ドルもらっている)、世界中を旅して回ることもできるからね」 基地内では何不自由もない暮らしが保証されている。家賃はもちろんタダだし、光熱費も水道代もゼロ。広いリビングは奥さんのリシェルが買い集めたという東洋趣味の陶磁器で埋め尽くされている。ソファーの前に置かれた巨大なビクターのプラズマテレビにはCS放送のカートゥーンフィルムが映っている。ブライアンは日本のアニメも大好きで、子供の頃は「超時空要塞マクロス」の英語版「ロボテック」を見て育ったそうだ。「宇宙戦艦ヤマト」もお気に入り。ほぼ同じ年代なので、見ているアニメが重なる。ひょっとする彼もバルキリーに憧れて空軍に入ったのかもしれない。 「ここ数年、軍の予算は減らされる一方でね。軍人の数も大幅に減っている。前は8人でやっていたミッションも、3人でやらなくてはいけなくなった。忙しいよ。でもあと4年経ったら退役なんだ。そのあとは気ままに暮らすよ。妻と一緒にフィリピンに住むのもいいかな。レストランとかバーを開いてDJをしたりしながらのんびり暮らすんだ」 彼はオバマ大統領が成立させた国民皆保険制度には強硬に反対している。平均的アメリカ人に比べるとかなりの高給取りであるブライアンにしてみれば、この制度によって自分たちが収めた税金がろくに働きもしない怠け者のために使われることが我慢ならないのだ。 【ブライアンと奥さんのリシェル】 ブライアンの奥さんのリシェルはフィリピン人だ。夫より11歳年上で子供はなく、丸々と太った猫を4匹も飼っている。白猫1匹、茶色が2匹、黒猫1匹。野良猫を見ると可哀想になってつい拾ってきてしまう。リシェルはよく笑いよく食べよく飲む陽気なフィリピーノだが、最近は体調を崩して病院に通っている。原因は酒の飲み過ぎとタバコの吸いすぎ。特に夫がイラクに行っていた頃は、アルコールに逃避して依存症になっていた。 「医者には今すぐタバコをやめなさいって言われているの。呼吸が苦しくって、夜もほとんど眠れない日が続いたのよ。でもこの基地の医者はバカよ。あれは本物の医者じゃなくてニセ医者ね。病院に行くたびに検査のためだって言って注射器で血を抜くわけよ。このままじゃ私の血が全部なくなっちゃうんじゃないかと思うぐらい。薬だって日本のみたいに小さくなくて、ものすごく大きいの。アメリカンサイズなのよ。そうね、日本の医者の方が私には合っていると思うわ」 ブライアン家で毎週開かれているホームパーティーで出てくる料理は、やはりバーベキュー。肉、また肉の高カロリーディナーである。これではいくらエクササイズしていても太るだろう。パーティーには嘉手納基地内に住む軍人とその家族が10人ほど集まり、大音量でディスコ音楽を流しながら庭で缶ビールを飲む。一瞬ここがどこなのかよくわからなくなる。もし目隠しされてここに連れてこられたら、間違いなくアメリカの郊外の住宅地だと思うだろう。実際、基地の中は日本であって日本ではないのだが。 【ニック夫妻】 「俺はね、911のテロが起きたときに軍隊に入ったんだよ」と言うのは奥さんと一緒にパーティーに参加していたニック。「もう9年前のことになるね。もともとはグラフィックデザイナーをやっていたんだ。アートに興味があったんだ。でも911が起こったときに、愛国心から志願して軍隊に入った。でも戦争は好きじゃない。だって人殺しじゃないか」 ニックの祖父は第二次世界大戦中に沖縄上陸作戦に参加したという。だから沖縄戦の壮絶さはよく知っている。あれは血で血を洗う本物の戦争だった。それ以来、家族にとって「沖縄」という土地は一種の聖地になった。その沖縄に自分が赴任することになった。不思議な運命だとニックは言う。 戦争嫌いのニックが志願して軍隊に入っているのは奇妙に思える。それは彼の奥さんが「動物を殺すのはかわいそう」だとベジタリアンになっているのと同じぐらい不思議だった。 しかし彼が基地の中でそうした個人的な意見を自由に話しているのは意外だった。さすがは自己主張の国アメリカというべきか。軍隊の中にも矛盾や葛藤があり、それを表明することを躊躇しない。僕が基地の中で見たのは、ごく当たり前のアメリカ人が兵士として任務に臨んでいるという「ごく当たり前」の事実だった。 「退役したらフォトグラファーになりたいんだ」とニックは言う。「自然を撮るのが好きなんだよ。アラスカで野生のワシが獲物を捕らえる瞬間。それを撮ることができたら最高だな」
by butterfly-life
| 2010-04-13 20:15
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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