ほとんどトラブルなしに走り続けてきたリキシャが突然のトラブルに襲われたのは、一週間ぶりにリキシャを漕ぎ出して10秒と経たないときだった。
ペダルの様子が明らかに変だった。踏み込んだ力がヘナっと横に逃げていく感じ。慌ててリキシャを降りてチェックする。左右のペダルを結ぶ軸受けの部分が壊れているようだ。金属の板がひしゃげて、中身が飛び出しているのが見える。 ありゃりゃ。これは重傷だと一目でわかった。応急処置ではどうにもならず、部品の交換が必要な故障だ。一番怖いのは修理屋で「スペアのパーツがない」と言われることである。その可能性は十分にあった。以前修理を頼んだ店で、「軸受け部分は日本の自転車とは規格が違うよ」と注意されたことがあったからだ。もしそれが本当なら、部品をバングラデシュから取り寄せなければいけないかもしれない。それには時間も費用もかかる。あぁ・・・ いつまでも頭を抱えていても仕方がないので、善後策を講じることにした。不幸中の幸いだったのは、この町に住むコンさん夫婦がそばにいるときに故障が発生したことだった。もし土地勘のある彼らがいなければ、重いリキシャを押しながら修理してくれそうなところを探し回る羽目になっていただろう。 コンさん夫婦のおかげで、近くにある「安慶田サイクル」という自転車屋が修理してくれそうだとわかったので、そこまでリキシャを押した。 「あぁ、軸受けの部分が痛んどるねぇ。ベアリングがダメになっとるなぁ・・・」 汚れたつなぎを着たベテラン職人風のご主人が言った。 「・・・で、直りそうでしょうか?」 突然の病を告げられた我が子を医者に連れて行くときのような気持ちで僕は言う。ご主人はしゃがみ込んでリキシャの様子をのぞき込む。 「・・・時間はかかるかもしれんけど、いい?」 「待つのは構いません」 「じゃあやってみるけどさ、一度ばらしてみて合う部品があるか見てみんことには何とも言えんね。とにかく時間をくださいよ」 感触は悪くなかった。このおじさんなら何とかしてくれるかもしれないという希望がわいてきた。 1時間ほどぶらぶらと近所を散歩してから戻ってくると、ご主人がリキシャの修理に取りかかっていた。軸を支えているベアリングが左右二つとも壊れているのだが、それを取り替えてやりさえすれば元通りになるという。ベアリングは通常の自転車用のものとは規格が違うのだが、専門店に行ってバイク用のベアリングを買ってきたから大丈夫だという。 「ほ、ほんとに直るんですね! ありがとうございます!」 ご主人と握手したい気分だった。もちろん職人さんはいつでもクールだ。自分の仕事を淡々とこなしているというスタンス。しかし僕にはその背中が神々しく見えた。 「ボールベアリングは日本製品が世界一の品質だからさ、日本製を付けておけば1年や2年で壊れることはないわけさ」 「じゃあスペアのベアリングはいらないんですか?」 「いらんよ。沖縄から北海道までは壊れないさ」 ちなみに1ヶ月ちょっとであっさりと壊れたベアリングは韓国製だった。てっきりリキシャというのは中国製の安物部品で作られているのだと思い込んでいたから、「KOREA」の文字が刻まれていたのは意外だった。 「ベアリングのさ、ボールを真円にするのが難しいわけさ。質が悪いものなら、ほんの少しだけどガタが出る。そこに力が加わると壊れてしまうわけさ」 修理にかかった費用はたったの1000円だった。わざわざ車を出してベアリングを買いに行ってくれたのにこの値段である。ものすごく安い。 ご主人はチェーンの手入れの仕方など、リキシャの整備についてのアドバイスをくれた。多くを語らないが、ひとつひとつの言葉が的確で重みがある。本物の職人だった。 【これが壊れたベアリング。たった1ヶ月でこんな主要部品が壊れるなんて理解に苦しむ】 リキシャが復活したので沖縄市から那覇市に向けて漕ぎ始めたのだが、順風満帆とはいかなかった。強い向かい風にも悩まされたが、それ以上にアップ・ダウンの連続する道に悩まされた。沖縄の坂はどれも勾配がやたら急である。急に上って、また急に下る。その繰り返し。いつもリキシャを降りて歩くか、じわじわとブレーキをかけながら坂道を下っているかのいずれかで、ペダルを漕いでいる時間はほとんどないような状態だった。一番疲れるパターンだ。 沖縄はリキシャ向きの土地ではない。それがはっきりとわかった一日だった。 平らな土地はたいてい米軍基地になっていて、民家は小高い丘の上に集まっている。国道58号線・通称「ゴッパチ」は平坦で道幅が広くて走りやすいのだが、つまらなかった。広くて生活感のない道を走っていても、面白いシーンには決して出会えないからだ。かといってゴッパチ以外の道を走ろうとすると、急なアップダウンの連続で、息も絶え絶えになってしまう。 沖縄では自転車に乗っている人がほとんどいないというのも頷けるのである。 *********************************************** 本日の走行距離:27.2km (総計:1186.7km) 本日の「5円タクシー」の収益:65円 (総計:22140円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-04-16 22:17
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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