種子島中部にある納官小学校は生徒数19人の小さな学校だ。この小学校の全校集会(といっても19人しかいないわけだが)に呼ばれて話をすることになったのは、朝たまたまリキシャで学校の前を通りかかったときに、校長先生と出会ったからだった。僕のリキシャをおもしろがってくれた松尾校長が「ぜひ子供たちにも見せてあげたいな」と言って学校の中に誘ってくれたのだ。
【リキシャに興味津々の子供たち】 紺色の制服を着た生徒たちががやがやと集まってくる。リキシャを見つけた子供たちは口々に「これなに?」「わーすげぇ!」などと言っている。ずいぶん裾の長いブレザーを着た男の子がかわいい。きっと将来の成長を見越して買い与えられたのだろう。 8時半に体育館で全校集会が始まる。歌の合唱と保健委員からのお知らせ(今月の目標は「仕事に慣れる」です)のあと、教頭先生から紹介を受けてみんなの前に立つ。 「あのリキシャはバングラデシュっていう国から持ってきました。バングラデシュって聞いたことのある人はいるかな?」 「・・・・」 みんな顔を見合わせている。どうやら誰も聞いたことがないらしい。残念。バングラの知名度はやはり低いようだ。 リキシャとバングラデシュについて簡単に説明する。バングラデシュには日本よりも多くの人が住んでいること。リキシャはタクシーとして使われているということ。1日100円以下の収入で暮らす人がおおぜいいるということ。 「リキシャに乗ってみたい人はいる?」 と聞くと、今度は全員が「はーい!」と手を挙げた。反応が素直で気持ちがいい。 1年生から順番にリキシャに乗せてあげた。雨で少しぬかるんだ校庭をぐるりと一周する。 「怖ーい」「気持ちいいー」「もっと乗りたーい」 どの子も満面の笑みだ。早く乗りたくてうずうずしている男の子たちがリキシャを追いかけて走り出した。 「種子島の子供たちはとても素直だし、感情表現が豊かなんですよ」と松尾校長。「最初は少しシャイなんだけど、慣れればすぐに仲良くなる。よく笑うし、とても元気がいいんです」 何しろ娯楽の少ない島なので、子供たちは豊かな自然と共にのびのびと育つ。伝統の和太鼓をみんなで叩いたり、ウミガメの卵を孵化させて海に帰したりといったここでしかできない体験ができるのもうらやましい限りだ。 生徒たちに将来の夢を訊ねてみると、意外にも「自衛隊」や「警察官」という答えが返ってきた。種子島だけに「宇宙飛行士」という答えがあってもよさそうなものだが、小学生たちはけっこう現実的なのであった。 「どうして自衛隊になりたいの?」 「お金がたくさんもらえるから」 なんだか身も蓋もない理由だが、まぁその通りなのだろう。この男の子の親戚には自衛官が何人かいるらしい。種子島に限らず、これといった産業のない田舎町では「公務員になれば安泰」という志向がことのほか強いようだ。しかし国の借金がかさみ、財政赤字に苦しむ自治体がもっと増えれば、公務員だって安泰とは言えなくなるのではないか。 集会が終わった後、授業の様子を見せてもらった。 この学校では生徒数が少ないので、一人の先生が2学年を同時に教える「複式授業」を行っている。1,2年生、3,4年生、5,6年生が同じ教室で机を並べている。教室には黒板が二つあって、先生が3年生に漢字の書き取りを教えているあいだに、4年生は朗読劇の読み合わせをする。先生一人あたりが受け持つのが6,7人だから、これでも十分に目が行き届くのである。 「ここでは学級崩壊なんて起こりませんよ」と松尾校長。「担任の先生もやりやすいんじゃないかな。ほとんどマンツーマンみたいなものだから、生徒がどこまで理解しているかはっきりわかりますからね。落ちこぼれができないんです。こんな小さな学校だけど、共通テストの成績はいい方なんですよ」 子供たちは決してがつがつ勉強しているわけではない。学校が終われば外で思いっきり遊ぶ。塾がないから、塾通いをする子供もいない。少々のんびりしすぎている部分もあるけれど、小学生の頃はそれぐらいでちょうどいいのではないかと校長は言う。 【5、6年生の教室。黒板が二つあり、背中合わせに座っている】 生徒の親をはじめとする地域の人々が学校を信頼してくれていることも、先生の仕事をやりやすくしている。島のじいちゃんばあちゃんたちが子供だった頃に当たり前だった「先生は偉いもの」という価値観が、今の子供たちにも受け継がれているのだ。 内田樹氏も言っているように、「先生は偉い」というのはフィクションなのだけど、そのフィクションを受け入れることによってはじめて「学び」という装置は起動する。教師が実際に尊敬に値する人物かどうかとは関係なく、子供たちが「師から多くを学べる」と思い込むことが学習意欲を高める鍵になるのだ。 「集落の人はみんな親切ですよ。タケノコ、つわぶき、はまぐり、旬の食べ物をいつも持ってきてくれるんです。『芋は好きか?』と聞かれたんで、『はい』と答えると、唐芋を段ボールに二箱も持ってきてくれたりね。とてもうちでは食べきれないから、それをまた他に配ったりして。物々交換で十分に食べていけるんですよ」 島でののどかな暮らしは、離島に赴任してきた先生たちにとってもかけがえのない豊かな時間になっているようだ。 「さようならー」「またきてねー」の声に送られて、納官小学校を後にした。 朝からぱらぱらと雨が降り続いていたが、走り出してしばらくすると本格的な降りに変わった。雨宿りをしようにも屋根のある建物が見当たらないので、カッパを着込んでひたすら走り続けるしかない。 ザーザー降りの中を西之表港に向けて走った。昨日と同じ道を引き返したのだが、晴天と雨天では見える景色がまったく違う。もちろんリキシャを漕ぐときの気分も違う。 出港時間が迫っていたので少し焦ったけれど、何とか2時の船には間に合った。やれやれ。 *********************************************** 本日の走行距離:30.3km (総計:1394.3km) 本日の「5円タクシー」の収益:100円 (総計:23245円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-04-23 21:40
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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