熊本市の中心に鎮座する熊本城を横目で見ながら北上を開始する。今回のリキシャの旅では有名な観光地にほとんど足を向けていない。この傾向は昔からずっと変わっていない。なにしろ何度もインドを訪れているのに、いまだにタージマハールを見たことがないというのだから異常である。観光地が嫌いというわけではなく、行ったら行ったでそれなりに楽しめることはわかっているのだが、なんとなく足が遠のいてしまうのである。
国道31号線をしばらく走ると、だらだら坂が始まった。西南戦争時の激戦地として知られる田原坂(たばるざか)だ。地名に「坂」と付いているだけあってアップダウンがきつい。リキシャを降りててくてく歩き、少し下って、また登る。 「雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ田原坂」という看板を掲げた土産物屋がある。西南戦争を歌った民謡の一節なのだそうだ。雨は降っていないからまだマシだけど、終わりがなかなか見えない「越すに越されぬ」田原坂であった。ふー。 ![]() 田原坂を下りきって玉名市に入る。ここではターバンを巻いたバリバリの(という言い方も変だが)インド人に遭遇した。インド人一家が家族揃って自動車に乗っていたのだが、リキシャを見かけた旦那さんが慌ててブレーキを踏んだのだった。 「どうしてリキシャなの?」 車の窓からぬっとターバン付きの頭が出てきて言った。 さぁ、どうしてリキシャなんでしょうか。僕にもよくわからないんですけどね。 ターバンを巻いているのはシク教徒が多いが、やはりこの人もパンジャブ州出身のシク教徒だった。名前はシン。シク教徒の男性はみんな「シン」が付くのである。 シンさんは5年前に日本にやってきて、今は福岡の貿易会社で働いている。日本の中古車をインドに輸出してるそうだ。日本の中古車は古くても品質がいいので、インドでも人気が高い。 リキシャの前で家族四人の写真を撮らせてもらった。奥さんとかわいい子供が二人。男の子もちゃんとターバンを巻いている。田んぼを背景にして、リキシャと一緒に写真に収まるインド人。一体ここはどこなんだろうという絵になった。 「どうしてリキシャなの?」とシンさんが聞く。 さぁ、どうしてリキシャなんでしょうか。話せば長いんですよ。 ![]() 【ここはインド? いえいえニッポンです】 有明海の沿岸の道を走っていると、小さな漁港に行き当たった。海苔漁師たちの基地として使われている港で、ちょうど僕が通りかかったときに、海での仕事を終えた漁師たちが戻ってきた。 「今日は何をしていたんですか?」 「くやくばしとったと」 70過ぎのベテラン漁師の肥後弁は、僕には理解できなかった。鹿児島県出水で出会ったシマナカさんもそうだったが、どうも漁師の言葉はお国訛りが強いようだ。 「くやくって何ですか?」 「くやくっていうのは海の掃除のことよ」 隣にいたおじさんが助け船を出してくれた。 「海の掃除ですか」 「この海では海苔の時期が終わるとアサリを捕るんよ。でも去年はアサリがまったく捕れんでな。だから船を出して、海にたまったヘドロを掃除しているんよ」 アサリが捕れなくなった原因のひとつは台風が来なかったことにある。台風が通過すると海は攪拌され、海底にたまったヘドロが流れやすくなる。それがアサリが育ちやすい環境を作るという。諫早湾の干拓事業も大きな問題だ。湾が堤防で仕切られたことによって潮の流れが変わり、対岸の熊本県側の生態系にも大きな影響を及ぼしているという。 ![]() ![]() 「有明海はもう昔のように豊穣の海じゃないんよ」と漁師さんは言う。「諫早湾の堤防も開けるとか開けんとか言っとるけど、開けたところで漁場が元に戻る保証はない。昔のようにアサリが軽トラック一杯捕れるようなことはもうないやろうな。以前はこの漁協だけでアサリが6億円分捕れとったんよ。それが最近は1億ぐらいかのぉ・・・」 有明は海苔の一大産地として有名だが、それでも海苔漁だけで食べていける人はほとんどいないという。この高道漁港の漁協に登録している800戸のうち専業の海苔漁師はわずか18戸。他は年金をもらいながら漁を続けている高齢漁師ばかりである。 この日港に集まっていたのも、ほとんどがおじいちゃんおばあちゃんだった。中には膝が悪いと言いながら船に乗る80歳のおばあさんもいる。言葉は悪いかもしれないが、雰囲気は老人会である。 「この海もすっかり変わってしもうたなぁ。わしらが若い頃は海が暮らしそのものやった。けど今の若い人は海に来たがらん。陸の方ばかり見とるよ。まぁそれが時代の流れっちゅうもんかもしれん」 ![]() ![]() 漁師たちは思い思いの場所で日向ぼっこをして、海水を浴びた体とウェットスーツを乾かしている。どこかから猫がやってきて、漁師に体をすり寄せる。海鳥が空を舞う。誰かがタバコに火をつける。おばさんが大きな声で笑う。日はずいぶん傾いて、風が冷たく感じられるようになった。 「そろそろ行きますよ」と僕は漁師たちに声を掛けた。 「あぁ、気ぃつけてな。今度来るときは冬がええ。海苔を捕るのは冬やからの」 「わかりました」 僕はリキシャにまたがって、堤防道路を西に向けて漕ぎ始めた。 ![]() *********************************************** 本日の走行距離:55.6km (総計:1699.6km) 本日の「5円タクシー」の収益:220円 (総計:25145円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-05-03 08:56
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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