僕が今回の旅のテーマのひとつに決めていたのは「日本のはたらきものを撮る」ということだった。ここ数年のあいだアジア各地の「はたらきもの」を撮り続けてきたからだ。アジアのはたらきものと日本のはたらきものとでは何が同じで何が違っているのか、それを写真家の目で確かめてみたいと思っていた。
でも正直なところ、旅を始める前は日本人の働く姿を写真に収めることができるかどうか不安だった。そもそも働く現場に立ち入ることなんてできるのだろうか。 しかし旅を始めてすぐに、それが杞憂だったとわかった。奄美大島の製糖職人や、硫黄島の漁師、八代の海苔漁師など、確固たる存在感と味のある表情を持つプロフェッショナルたちに次々と出会うことができたからだ。 ![]() 柳川市で出会ったイグサ染色職人の江口さんも実に味のある職人だった。蒸気がもうもうと立ちこめる高温多湿の工場で、彼は額に汗をにじませながらイグサと染料に向かっていた。 「今の時期はまだマシやけど、夏場は本当に大変やなぁ」 と江口さんは言う。話しながらも決して手を休めることはない。ゴム手袋をはめた手でイグサをかき混ぜ、染料をまんべんなく行き渡らせている。 「この工場はじいさんが始めたから、私で3代目っちゅうことになるな。最初は何度もヤケドしたよ。そうやって仕事を覚えていった」 この工場では主に八代から仕入れたイグサを蒸し、染料と共に30分ほどぐつぐつと煮て色を付け、乾燥させるところまでを行っている。茶色や赤や緑に染色されたイグサは、別の工場に運ばれて織機で「花ござ(花の模様などを織り込んだござ)」に加工される。 ![]() ここで染色するのは国産のイグサばかりだが、畳表や花ござの原料はすでに大半が中国産のイグサに置き換わっている。もちろんその方が安いからだ。 「日本から持ち込んだ種を植えとるわけだから、中国産も同じ品種のイグサなんよ。見た目も変わらん。でも品質は違うんよ。中国産のイグサは硬くてすぐボロボロになる。日本産は繊維に粘りがあるから、使っていても長持ちするんよ」 しかし消費者の価格志向は強く、日本産が減っていく流れはいかんともしがたい。染色や織りの行程も中国の工場で行う製品が増えてきた。それでも江口商店では長年培った技術と経験を元に、中国の工場では真似できない品質を維持しているので、価格競争に巻き込まれずに60年近く操業を続けている。 「イグサは生き物やから、同じようには染まらんのよ。同じ畑でとれたもんでも、畑の外側のイグサと内側のイグサとでは性質が違う。外側は太陽の光を多く受けているから硬くて染まりにくい。内側は柔らかい。与える肥料や収穫時期によっても染まり方が違う。でもお客さんには、なるべく同じ色に染めて欲しい、という要求がある。こんな原始的な機械を使っとるんは、この方が勘と経験を生かせるからよ。自動化した機械では決して同じ色には染まらん」 ![]() イグサ染色でもっとも難しいのは、完成したときの色を想像することだという。実際の染料の色と乾燥し終えたときのイグサの色は違う。特に最近は原色ではなくて少しくすんだ色が好まれるようになっているから、余計に気を遣う。赤や黄色といったはっきりした色なら簡単に染められるのだが、微妙な色合いを出すには染料の調合や染めの行程を工夫しなければいけない。 「お客さんの注文にはできる限り応えようとはしているんよ。でも花ござは大量生産される工業製品ではないから、ひとつひとつ微妙に色合いが違ってくる。それはしょうがないんよ。だけどまっすぐなキュウリを求める消費者と同じで、そういうばらつきを認められない人もいる。一時は漂白剤を使ってイグサの色を抜いてから改めて染めるという方法が流行ったことがある。でもそれをやるとイグサは死んでしまうんよ」 江口商店は家族経営の小さな工場だ。働いているのは江口さんと息子さん、それに7、80代のおばあちゃんが三人。みんな子供の頃からイグサと共に育ってきた人たちだ。この筑後でも多くの農家がイグサを植え、刈り取り、色を染め、ござを織るところまでを家業にしていた。カチャランカチャランという機織りの音がそこら中で聞こえていたという。それが次第に分業化され、機械化が進み、中国産の台頭と畳需要の低下もあって、イグサ産業そのものも大きく衰退した。30軒以上あった染色工場も、今ではここを含めて6軒を残すのみになった。 ![]() ![]() ![]() 工場で使う機械は原理的にはとてもシンプルで、仕組みそのものは創業当時から変わっていない。 「『織り』はコンピューターにもできるようになったけど、『染め』は昔ながらのこのやり方が一番いいのよ」 江口さんのその言葉に職人としての矜持が表れていた。 *********************************************** 本日の走行距離:44.5km (総計:1744.2km) 本日の「5円タクシー」の収益:25円 (総計:25170円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-05-04 07:48
| リキシャで日本一周
|
ツイッター
■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
全体 インド旅行記2016 インド旅行記2015 旅行記2013 インド色を探して 南アジア旅行記 東南アジア旅行記 インド一周旅行記 リキシャで日本一周 リキシャでバングラ一周 動画 バングラデシュの写真2011 カンボジアの写真2010 ベトナムの写真2010 パプアニューギニアの写真2009 インドの写真2009 バングラデシュの写真2009 カンボジアの写真2009 ネパールの写真2008 バングラデシュの写真2008 ミャンマーの写真2008 フィリピンの写真2008 スリランカの写真2008 東ティモールの写真2008 インドの写真2007 カンボジアの写真2007 ベトナムの写真2007 ネパールの写真2006 その他 未分類 以前の記事
2016年 08月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 その他のジャンル
記事ランキング
|
ファン申請 |
||