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69日目:しまなみ海道を行く(広島県因島)
 朝の8時半に木江港からフェリーに乗って大三島に向かう。わずか15分で宗方港に到着。ちなみに大三島は愛媛県今治市に属している。広島からほんの少しのあいだだけ四国に戻ることになったわけだ。

 フェリー乗り場の近くでひじきを干しているおばさんに出会った。ひじきというのは海から上げた直後は茶色なのだが、長い時間くつくつと煮ると例の真っ黒い色に変わるのだという。ほぉそうなんですか、と感心しながら作業の様子を見守る。旅をしていると「世の中には自分の知らないことがまだまだある」ということに気づかされる。だから旅は楽しい。



 宗方の集落では、畑の中でおばあさんと長話をした。買い物カートに腰を下ろしてのんびりと日向ぼっこをしているおばあさんが、「あんたもこっちへ来なさい」と手招きしたのだ。はいはい、うかがいましょう。
「私は人生の最初からつまずいとるんよ」とおばあさんは言う。「私が結婚させられたんは、数えで二十歳になったばっかりの頃じゃったわ。私はまだ結婚なんてする気はなかったから、『嫁なんていきゃーへん、いきゃーへん』ってなんべんも言ったんじゃが、両親が『ええ人がおる』言うて、無理に縁談を進めようとする。ずっと逃げ回っとったんじゃが、ある日実家から電報が届いての。『チチキトク スグカエレ』。こりゃ大変じゃ思て、すぐに家に帰ってふすまをガラッと開けたら、親戚がみな集まって大きな鯛をさばいとるんじゃ。こりゃ一体なんじゃろか思てたら、みなが『おまえの結婚式じゃ』言いよる。騙されたんじゃ!」
 おばあさんはいまいましそうに持っていた杖を振り上げて、畑の土くれ目がけて叩きつけた。杖は乾いた畑の中にぶすっと突き刺さった。もう60年も前の話なのに、よっぽど腹に据えかねているのだろう。
「当時は髪結いしてくれるところが隣の大崎上島にしかなかったけ、手漕ぎの船に乗って木江の髪結いまで連れて行かれたんじゃ。それもな、監視付きや。『こいつは目を離したら逃げる』って言われて、便所にまで見張りが付いてきよったわ。戦後の食糧難の時代やったからな、こげんむてんなことをしよったんよ。人を騙して結婚させるっちゅうは、人間やのうて犬か猫の扱いじゃわ」
 結婚してからも嫁ぎ先との折り合いが悪く、二度も逃亡を図ったがそのたびに引き戻された。そうこうしているうちに子供ができてしまった。
「あんたは恋愛結婚じゃろうが? ハッ! 幸せじゃのう。ほんまに幸せじゃ。私らん頃は時代が時代じゃったからしょうがなかったが、ほんまにむてんなことをしよるわ」
「でも子供を育てて、長生きもして、幸せな人生だったんじゃないですか?」
「そりゃのぉ、振り返ってみりゃ幸せじゃったかもしれん。でもなぁ、幸せじゃったと思わんとやっていかれへん」


【口はちょっと悪いが、笑顔は素敵なおばあちゃん】

 おばあさんの昔話はなかなか終わらなかった。次から次へと人生を彩るエピソードが飛び出してくるのだ。どれも面白いので、いつまでも聞いていたかったが、先に進まなければいけなかったので、適当なところで話を切り上げて再びリキシャにまたがった。しかしすぐにおばあさんが軽トラックに乗って追いかけてきた。
「これ、もっていきや」
 そう言っておばあさんは袋一杯のミカンを渡してくれた。
「ありがとうございます。これ、マニュアル車でしょう? よく運転できますねぇ」
 と感心してつい余計なひとことを言ってしまったのが間違いだった。我が意を得たりとばかりに、おばあさんのエンドレステープが再び作動してしまったのだ。し、しまった。
「ほうなんよ。私は20年前に脳梗塞をやっとるんよ。一時は体の右半分が動かんようになった。でもなぁ、行った病院が良かったんじゃなぁ。脳外科の優秀な先生にたまたま当たって、回復できたんよ」
 もちろん話はそこで終わらなかった。おばあさんは脳梗塞が起こった長い一日を事細かに説明すると、入院後の顛末から、入院中に世話になった孫の話を語り出し、そこから同室だった盲目のおばあさんの話、さらにはリハビリ中世話になった若者の思い出までノンストップで語り続けた。
「足が悪くなってから、口ばかり達者になって困る」
 とおばあさんは言う。ちゃんと自覚はしているようだが、それでも止められないものは止められないのだ。
「しかしあんたも変わりもんじゃのう。大学も出て会社勤めもしたくせに、今はこうして旅をしとるんか? ハッ! そのままサラリーマンしとったら、銭もちゃんともらえただろうにのぉ」
「でも会社勤めをしていたら、この島には来なかったし、僕らがこうやって話をすることもなかったですよ」
「ほうか・・・まぁほうかもしれんなぁ」
 おばあさんが少し考え込んだタイミングを見計らって、素早くリキシャにまたがった。チリンチリン。ベルを鳴らして手を挙げる。
「達者でなぁ。事故にだけは気ぃつけて」
「おばあさんもお元気で」



 大三島は緑したたる美しい島だった。特に南部の海岸線は急斜面のミカン畑と、目の覚めるような海とが鮮やかなコントラストをなしていて、いつまでも見飽きなかった。
 山を越えたところに宮浦港があり、小さなお好み焼き屋で昼食を食べてから大山祇神社に向かった。大山祇神社は大三島最大の観光名所で、国宝8件、国の重要文化財75件を有する由緒ある神社である。圧巻なのは天然記念物にも指定されているクスノキだ。樹齢2600年とも伝えられる古木である。境内を覆い尽くさんばかりに伸びた枝の下から空を見上げると、深い森の中にいるような何かに包まれている気持ちになる。
 そう言えばひじきを干していたおばさんからこのクスノキにまつわる伝説を聞かされていた。曰く「この木のまわりを息を止めながら三回まわることができたら、白ヘビが現れる」のだとか。願い事が叶うとか、恋が成就するといった現世利益的なものではなくて、「白ヘビ」というのがいい。おばさんは子供の頃この伝説を信じて何度もトライしてみたらしいが、幹が太くて一度も成功しなかったそうだ。



 大三島の東岸には隣の生口島(いくちじま)に渡る大きな橋が架かっている。ここからは橋伝いに本州まで渡ることができ、この島を含めた尾道から今治を結ぶルートは「しまなみ海道」と呼ばれている。
 多々羅大橋のたもとでは、昨日出会ったチャリダーの石川さんと再会した。また会うんじゃないかなぁという予感は見事に的中した。彼は呉から尾道まで本州を走り、そこからしまなみ海道を通って今治に向けて南下していた。昨日、原付で一人旅をしている女の子と知り合って、一緒に南下してきたそうだ。女子と一緒に旅できるチャリダーなんてまずいないから(そもそも自転車やバイクで旅している女の子は非常に少ない)、みんなから羨望のまなざしで見られるのは間違いない。うん、僕もちょっと羨ましい。


【生口島の造船所】

 生口島の南岸を走っているときに、白いヘルメットを被ったおじさんと知り合った。バイクに乗って水道メーターの検針に回っているところだという。
「この仕事は歩合制です。一軒回ると65円もらえるんです。僕の担当してるのは600軒ぐらいで、それを3,4日かけて回るわけです。水道の検針っちゅうのは2ヶ月にいっぺんやから、たいした収入にはならんけど、まぁ年金生活の足しにはなりますね」
 定年退職するまでは造船所に勤めていたそうだ。生口島や隣の因島には大きな造船所がいくつもあり、昔は大いに栄えていた。総重量18万トンの巨大タンカーを造っていたこともある。そう言われてもちょっと想像できないけど、とにかくバカでかい船なのだろう。
 造船所に危険はつきもので、昔は事故でよく人が死んだそうだ。安全性よりも作業の速さが求められていた時代だったのだ。ひとつのタンカーを造るのに二人は死んだというから凄まじい。
「今はそんなことはないですよ。事故が起きて労災が降りたら、困るのは会社ですから。危険な職場だと見なされると労災の掛け金が跳ね上がる。今は安全、安全とやかましく言っとるけど、昔は違ったんです。面倒くさくてヘルメットを被らんような奴もおったし。人の意識が変わるのには10年ぐらいの時間がかかるんと違いますか。みんなが車のシートベルトを締めるようになったんもそれぐらいかかったし、携帯電話で話しながらするんをやめるのも、あと10年はかかるでしょうな」



 生口島から橋を渡って因島へ。今日は尾道まで行くつもりだったが、時間的にも体力的にも無理そうなので、因島に泊まることにする。
 因島の中心街・土生(はぶ)には昭和レトロな商店街が残っていた。かつては日立造船の基地として栄えていた街だが、造船不況による人員整理で徐々に活気が失われている。それでもまだシャッター街化していないのは、「島」という特異な立地条件のおかげだろう。海沿いに建てられた造船所と、坂の上まで続く民家とで構成された街には、大型スーパーが進出できるような空き地に乏しいのだ。

 土生の商店街は親密だった。道は細く、車が入り込むことができないので、人々はのんびりと歩くことができる。お店とお客との距離も近い。僕のリキシャはたちまちおじさんおばさんたちに取り囲まれ、「それじゃカンパしてやろうかねぇ」の一声で「5円タクシー」への寄付金が1000円以上も集まった。感謝。


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本日の走行距離:50.1km (総計:2274.2km)
本日の「5円タクシー」の収益:1190円 (総計:35800円)

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by butterfly-life | 2010-05-18 06:20 | リキシャで日本一周


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