倉敷市から東に走り、岡山市をあっさり抜けて、瀬戸市に向かう。
今日はひたすら走るだけの一日。晴天続きで休みなく走り続けているせいで、筋肉に相当疲労がたまっているが、何とか体をだましながらペダルを漕ぐ。リキシャを漕ぎ続けて2ヶ月あまり、心配していた腰の痛みや膝の痛みはさほどではない。特に念入りにケアしているわけでもなく、ストレッチも気づいたらやる程度だが、体がリキシャ引きの生活に慣れてきているのだろう。 瀬戸内市に入ってから、吉井川の河原で一休みする。豊かな川の流れと、気持ちよく晴れ上がった空、河原にいるのは釣りをしている高校生二人組だけ。そよ風が心地よく、草むらに仰向けに寝転がると、すぐに眠り込んでしまった。草上の午睡。 ![]() 69号線を北上しているときに、後ろから「ブンブブブンブン」というけたたましいエンジン音が追いかけてきた。日曜の昼下がりに暴走族とは珍しい。黄色やピンクに塗られたやたら派手な改造バイクが4台連なって走っている。10代の若者かと思いきや、顔つきは30がらみに見えた。暴走族の高年齢化が進んでいるという話をどこかで聞いたことがある。最近の若者はあまりバイクに乗りたがらない一方で、「族」から卒業できない20代30代が増えているそうだ。 後ろの座席に座っていた男が振り返って手を振ったので、僕も右手を挙げた。リキシャの派手さは暴走族にも通じるところがある・・・と思われたのだろうか。確かにお互い目立つことは目立つけれど。ちなみにこの暴走バイクには「友募集」と書いたステッカーが貼ってあった。応募するのはちょっとためらうよね。 今日は備前焼の里として知られる備前市伊部に泊まることになった。 兼業農家の松田さんから「備前市に立ち寄るのなら泊まっていきませんか」というメールをいただいたのだ。しかし後になって、実は松田さんが僕のことを何も知らないということが判明した。松田さんの友達である八木さんという方が昨日路上でリキシャを見かけて僕のブログを読み、備前市に向かうことを知って、松田さんに連絡を取ったらしい。だから松田さん一家は実際に僕がやってくるまで、リキシャがどういうものかまったく知らなかった。 「まぁ、これは一体何かねぇ!」 納屋に収まったリキシャを見て、おばあちゃんがあんぐりと口を開けて言った。 ![]() 松田さんの息子コウタ君は去年自転車で日本一周を試みたそうだ。親に黙って実家を抜け出し、まず日本海沿いに北へ向かった。北海道では昆布漁のアルバイトをしてお金を稼ぎ、太平洋側を南下してきた。しかしまだ道半ばの段階で実家の岡山に戻ると、あまりの居心地の良さに再出発することができなくなってしまった。 彼の気持ちはよくわかる。旅というのは慣性モーメントを利用しながら行うものなのだ。いったん前に進む力さえ得れば、その運動を持続させるのはさほど難しくはない。だけどいったん運動が止まってしまったら、再び前に進むのは難しくなる。腰が重くなり、次第に腰から根が生えて、その根が地中深くまで伸びていく。もう動けない。動きたくない。そういう気持ちになってしまう。 だから僕はひたすら移動を続けている。肉体的にはしんどいが、精神的にはその方が楽なのだ。迷わなくてもいい。ただ前に進むことだけを考えていればいいのだ。 コウタ君はいったん旅を中断して、実家の農業を手伝いながら職探しをしている。自分が本当に何をしたいのか、何者になりたいのか、まだ手探りの状態のようだ。 「でも旅に出て良かったと思っていますよ。布団で寝られることや、三食きちんと食べられること。そんな当たり前のことに感謝するようになったんです。これ、家族の前では恥ずかしくて言えないけど」 ![]() 【備前焼の花瓶に生けられた花。松田さんのおばあちゃんの居間は趣味がよかった】 松田家は息子二人、娘二人の四人きょうだい。4人の子供を育てるのは「楽しかった」と奥さんは振り返る。保育園の保母さんをやっていたので、たくさんの子供を相手にするのは苦ではなかったという。 末っ子は沖縄で働いているが、他の三人は今も実家暮らしなので、夕食はとても賑やかだった。岡山県民、特に備前の人は口が悪いことで知られているらしく(とお父さんは言う)、親子兄弟関係なく辛口のコメントがぽんぽん飛び交う。隠し事の少ないあけっぴろげな家族関係だった。 次女のミホさんは感激屋らしく、僕の本「スマイルプラネット」を読んでぽろぽろと涙をこぼしていた。最後まで読み終わるともう一度最初から読み返し、また大粒の涙を流した。マスカラがはげて目の周りがパンダみたいになってしまった。 「なんか、すごいですね。うまく言葉にできないけど、ひとつひとつの言葉が心に届きました」 ありがとう。そう言ってもらえると写真家冥利に尽きます。 ![]() 【畑を耕す松田さん親子。ヒマワリを植えているところだ】 松田さんのご主人は長年印刷会社でサラリーマンをしていたのだが、今年定年退職になり、家の裏に広がる畑で野菜を作る日々を送っている。最近の悩みは急に数が増えたイノシシ。夜になると集落に下りてきて、畑を荒らし回っているという。今年から畑を鉄線で囲み電流を流すことにしたのだが、それでもイノシシ害を完全に防ぐことは難しい。以前は薪などを取るために雑木林にもこまめに人の手が入っていたのだが、今は荒れ放題の状態で、そのことがイノシシやシカの急増を招く遠因になっているという。人と自然の共存はなかなか難しい。 畑仕事の合間にお母さんが「秘密の場所」に案内してくれた。「トトロの道」と勝手に名付けているという畑の脇の小道は、なるほどメイがトトロに会うときに通った緑のトンネルによく似ていた。雑木林が空を覆って昼間でもほの暗く、森のしっとりとした匂いがする。 思わずダッシュしたくなったけど、トトロには会えないだろうな。もう大人になっちゃったからね。 ![]() 【備前には古い農家がそのままのかたちで残されていた】 *********************************************** 本日の走行距離:50.3km (総計:2431.2km) 本日の「5円タクシー」の収益:205円 (総計:36340円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-05-24 21:51
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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