備前市を出発して250号線を東に進む。本日は姫路まで60キロあまりの道のりを走る予定。本日も高気圧に覆われて、雲のない快晴の一日だ。
備前市では昨日から市議会議員選挙が公示されたので、選挙カーとすれ違うことが多かった。みんな似たようなウグイス嬢的ボイスで「○○です。○○です。どうぞよろしくお願いします」と連呼する。いつもながらの選挙戦の光景だ。それにしてもどの候補もただ名前を連呼するだけというのは、あまりにも芸がない。他のやり方はないものだろうか。 とある選挙事務所の人に聞くと、今回の選挙では22人の議員枠に対して26人の立候補があったそうだ。4人しか落選しないわけで、意外に競争率は高くない。あるいは地方議会というのはだいたいこういうものなのだろうか。 【選挙事務所に集まっていた皆さん】 日生は牡蠣の養殖が盛んな町だった。港には養殖に使うホタテ貝の貝殻がうずたかく積まれている。牡蠣の幼生というのはホタテ貝の貝殻に付着して成長するものらしい。近海にはこのホタテ貝の垂下連を吊しておく筏がたくさん並んでいた。 漁師さんによれば、その昔このあたりは冬になると西の風が強くなり漁に出られなかったので、その代わりに牡蠣の養殖が盛んになったそうだ。ところが近年はこの冬の西風が吹かなくなり、冬にも漁に出られるようになったのだが、今度は海に魚がいなくなってしまった。小さな魚まで根こそぎとってしまう底引き網漁を行う漁師が多いためだという。お互いが競い合うように魚をとりあった結果、海に魚がいなくなって共倒れになる。経済学で言うところの「コモンズ(共有地)の悲劇」の典型例である。 【壁にペンキを塗っていたおじさん】 赤穂市ではバングラデシュの民族衣装を着た奇妙な三人組と遭遇した。それぞれ赤やピンクや黄色の原色を使った目に痛いほど鮮やかなドレスを着ている。日本の田舎町にまったくそぐわないこの三人は、岩下さんご夫妻とお友達の真希さん。どうしてもリキシャをこの目で見たいと、兵庫県篠山市からわざわざ車で追いかけてきたという。 岩下さんは1988年から「PUS」というNGOを作って、バングラデシュの農村に学校を建てる活動を行っている。最初はサラリーマン生活のかたわら私費を投じてバングラデシュに文具を贈る活動をしていたのだが、今では活動に共鳴した人や企業からの支援金を得て、小学校の建設と運営にも乗り出している。 「今年8つめの学校を作ったんですよ」とピンク色のドレスを着た奥さんが言う。「私がこの服みたいな壁の色にしたらどうかしらって言ったら、本当にピンク色の学校ができたんでびっくりしましたよ」 そりゃびっくりだ。僕もバングラデシュの学校を訪れる機会は何度もあったが、ピンクの学校というのは一度も見たことがなかった。 【岩下さんご夫妻の服装はリキシャに負けない派手さだった】 千種川の河原に行って、4人でお昼ご飯を食べる。岩下さんが特製のカレーを作って持ってきてくれたのだ。地鶏を使っているから少々肉がかたいが、味はしっかりとしている。スパイスもバングラから持ち帰ったもの。本格的でとても美味しい。 「実はリキシャを日本に輸入しようかと思っているんですよ」 と岩下さんは言う。普段の買い物にも使えればと考えているそうだが、そりゃちょっと無理ですねぇとお答えする。バングラ並みに平坦な町ならいざ知らず、坂の多い町で(岩下さんが住む篠山市はそうらしいのだが)リキシャを普段使いするのはまず不可能と申し上げてもいいだろう。 長い上り坂が続く高取峠を越えて相生市へ。ここからはずっと平坦な道のりだから楽だった。 揖保郡には皮革工場がたくさんあった。独特の臭いが鼻をつく工場の中を覗いてみると、直径4mはあろうかという巨大な木製ドラムがいくつも回転していた。解体した牛の皮に付いている体毛などを薬剤で溶かすためのドラムだという。この機械で処理された皮は染色と乾燥を経てバッグや革靴などに加工される。 「臭いはきついけど、仕事自体はそんなに大変じゃありませんよ」 と言うのは皮革工場で仕事を始めて3ヶ月という男性。彼もまたチャリダーで、各地で働きながら自転車で日本一周の旅を続けている。北海道のメロン農家で1年働いた後、兵庫県に移ってきた。皮革工場の仕事はハローワークで見つけたそうだ。 「ここでしばらく働いたら、また自転車で旅に出かけるつもりです。次は沖縄がいいかな。ここも居心地はいいんですけどね。でも居心地がいいと動けなくなってしまうんですよね」 6時半に姫路に到着。姫路では在日韓国人の白(ペク)さん一家のお宅に泊めていただくことになった。長女の京愛(キョンエ)さんからぜひ夕食をご馳走したいと誘っていただき、そのまま居間に泊まることになったのだ。 オモニ(お母さん)が作る韓国家庭料理はどれも美味しかった。チヂミ、ビビンバ、わかめスープ、豚足、そしてもちろんキムチ。このキムチは在日一世のおばあさんが漬けたものだそうだが、意外にマイルドな味だった。日本に長く住んでいるとキムチの辛さが抑えられる傾向があるという。 京愛さんは韓国ドラマの翻訳の仕事をしている。ヨン様とかチャンドンゴンといった韓流スターが出ているドラマの翻訳を、フリーランスとして請け負っている。韓流ブームというのは一時的なものに終わらずに、おばさまたちの間ですっかり定着しているようで、スカパーには韓国ドラマを専門に流す放送局が4つもあるそうだ。 「韓国ドラマの特徴はわかりやすいこと。それにとてもリアルだってことです。暴力シーンも過激だし、泣いたり叫んだりといった感情表現も激しい。韓国人はストレートなんです。言いたいことをそのまま言う人が多い。そこが日本人との大きな違いですね」 京愛さんは子供の頃から朝鮮学校に通い、在日韓国人のコミュニティーの中で育ったので、日本人とコミュニケーションを取るときに戸惑うことも多かったという。日本人は周りの空気を読むというか、人と人との距離感を保つことに長けている。韓国人は在日も含めて感情をストレートに表現する。 彼女は翻訳者として韓国語も日本語も同じように流暢に話せるが、そうなるまでには時間と努力が必要だったそうだ。彼女が朝鮮学校で習った韓国語は、実際に今の韓国で話されている言葉とはずいぶん違ったものだったからだ。在日韓国人が話す韓国語は、釜山訛りと日本訛りがミックスされた独特の方言になっていたのだ。そんなわけで、京愛さんは韓国でもう一度言葉を勉強し直すことにした。 「あえて在日として生きる意味は何かって聞かれると、すぐには答えられないんです」と京愛さんは言う。「だけど少なくとも今は、日本に帰化する気はありません。うまく言えないんですけど、帰化は祖父母の生き方を否定することになるような気がするから」 祖父母が韓国の釜山から日本に渡ってきたのは1930年代のこと。朝鮮半島が大日本帝国に併合されていた頃の話だ。当時、釜山やテグなどの東部住民はとても貧しくて、仕事を求めて日本に渡った人も多かった。そのときの祖父母の苦労話を繰り返し聞かされている京愛さんには、「日本国籍の方が便利だから」という理由で国籍を変えることには強い抵抗感がある。 夕食を食べてから、京愛さんと妹さんが二人そろって晴れ着姿を披露してくれた。丈の短い上着(チョゴリ)と、反対にカーテンのように長く広がる巻きスカート(チマ)は、実に色鮮やかだった。妹さんは来月結婚を控えているのだが、その結婚式で着る予定のとっておきのチマチョゴリなのだそうだ。 ちょっと早い娘の晴れ姿にオモニも嬉しそうに目を細める。 「娘二人はちょっと痩せすぎているの。本番ではちゃんと下に白い着物を着るから、もっときれいに見えますよ」 スカートがふわっと円錐状に広がるのが、チマチョゴリの美しい着方なのだそうだ。 *********************************************** 本日の走行距離:61.2km (総計:2492.4km) 本日の「5円タクシー」の収益:1355円 (総計:37685円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-05-25 11:16
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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