朝から小雨が降り続く中、神戸三宮から東灘区に移動する。
多国籍レストラン「世界のごちそう・パレルモ」のオーナーシェフ本山さんから、お昼をご馳走したいと誘われたのだ。本山さんは現在、2年間かけて全世界194カ国の料理を出す「アースマラソン」というとんでもない企画を実行している。メニューを2週間ごとに入れ替えて、地域性溢れる世界各地の料理をお客さんに楽しんでもらおうという趣向だ。 本日いただいたランチは中央アジア4ヶ国の料理。ウズベキスタンからはラム肉とニンジンのピラフ、トルクメニスタンからは鶏肉と根菜のスープ、カザフスタンからはラム肉と野菜ソースかけうどん、キルギスからは鶏肉と野菜の串焼き。 どの料理も日本人の舌にも馴染むようにアレンジされているが、コリアンダーやクミンといったスパイスの香りは本場そのもの。料理を口に運ぶごとに、以前アフガニスタンやパキスタンで食べたケバブやスープの味の記憶がそのときの情景を伴って蘇ってくるから不思議だ。 ![]() 「僕はもともと匂いというものにすごく興味があったんです。フランス料理に惹かれたのも大量にハーブを使うからなんです。臭みの強い素材でもハーブを使うと美味しく食べられる。マジックですよ」 フランス料理のシェフを目指していた本山さんを変えたのはインドだった。はじめて訪れたインドでマサラ(スパイス)の魅力にはまり、それをとっかかりにしてアジア料理にも興味を惹かれるようになった。それ以来、世界各地を旅しながらそれぞれの土地のレストランに通い詰めて、自分の目と舌でレシピを覚えるという「武者修行」を続けてきた。 「国が違っても、料理人同士は気持ちが通じ合うところがあるんです。言葉が通じなくてもわかり合えるというか。おぉ、こいつはできるなっていうのがわかる。よく大根のかつらむきとかキャベツの千切りを披露するんです。外国人は日本人のように器用に包丁を使わないから、かつらむきは受けるんですよね」 ![]() そうやって習得した世界30ヶ国のレシピを元に「パレルモ」を開店したのが11年前。開店当時は誰もが「3ヶ月でつぶれる」と予想して、それが賭けの対象にもなったという。インド料理やタイ料理といったわかりやすい看板を掲げるならともかく、多国籍料理を出す店というコンセプトはなかなか受け入れられないだろうと思われたのだ。しかし周囲の予想を見事に裏切って、お店は2年、3年と続いた。マニアックな固定客にも支えられ、口コミで客層が広がっていった。今ではランチタイムに順番待ちの列ができるほどの人気ぶり。 お店の経営は順調そのものなのに、どうしてこのタイミングで「世界中の料理をすべて網羅する」なんて突飛な企画を実行したのだろうか。 「お客さん同士が会話しているときに、『ネパール料理ってマズいよね』って言っているのが聞こえたんです。僕はネパールに何ヶ月もいたから、『それは違うやろ』って思ったんですね。本物のネパール料理を食べたことがないのに、偏見でものを言っている。こういうお客さんに何とか美味しいネパール料理を食べてもらいたい。ある国に対する偏見を取り除いてもらいたい。そう考えたときに、『すべての国の料理を出す』というアイデアが生まれたんです」 この「アースマラソン」の期間中、メニューは2週間ごとに入れ替わる。「マラソン」と名付けたのは本山さんにとってもお客さんにとっても、「完走」を目指すチャレンジの意味合いを持たせたかったから。そうすれば苦手意識がある国の料理でも食べてみようという動機付けになる。 ![]() 【パレルモの厨房。50種類のスパイスを常備している】 アイデアとして思い付くだけなら誰にでもできるが、それを実行に移すのは並大抵のことではない。194ヶ国の中には恐ろしくマイナーな国々も含まれているわけで、たとえばカーボベルデ共和国やスワジランド王国なんてレシピを調べるだけでも大変だ。それぞれのメニューのバランスを整え、ボリュームを調整し、試作し、試食し、また試作し、写真撮影を行い、パンフレットを作り、ついでにその国の文化的背景まで調べなければいけない。てんてこ舞いである。仕事は店を閉めた後、深夜1時2時まで続く。 「やっぱりプロの料理人から、『すごいことをやっているな』と言われるときは嬉しいですね。レシピを考えたり試作したりっていうのはお客さんには見えない部分なんだけど、プロならそれがわかるから」 本山さんには3人の子供がいる。下の息子はまだ2歳で、お母さんに連れられてリキシャを見たときには、わんわん泣き出してしまった。3歳以下の子供の多くはリキシャを怖がる。やたら派手な色使いや、無意味な装飾が異様に感じられるようなのだ。 「3人目が生まれたときに、子供たちに何かを残してやりたいという気持ちがわいてきたんです」と本山さんは言う。「料理を通じて世界の文化を伝える。それが僕の使命ではないかと。偉そうな言い方をすれば、そんな風に思ったんです」 ![]() 本山さんの「マラソン」はまだ始まったばかり。これから2年かけて世界をぐるりと一回りする。ゴールはずっとずっと先だ。 「たぶん僕は『こんなアホおらへん』って人から言われるようなことをやってみたい性分なんでしょうね。それって三井さんも同じなんと違いますか?」 そう言われてみればそうかもしれない。たぶん本山さんも僕と同じように、ある思いつきに取り憑かれてしまった人なのだ。アホみたいなひらめきをどうしても自分の力で実行したくなってしまった人なのだ。 パレルモで昼食を食べた後、神戸新聞と毎日新聞の取材を受ける。 毎日新聞の記者さんは、かつて自転車で日本一周をしたことがあるそうで(おお、ここにもチャリダーが!)、リキシャの旅にも大いに興味を持ってくれた。京大の原子核工学専攻の大学院を出たというバリバリの理系人間の彼が新聞記者になったのは、この自転車旅がきっかけだという。いろんな人と出会って話を聞くことの面白さに惹かれ、新聞記者ならそれを仕事にできるだろうと思ったのだ。 もちろん楽しいことばかりではない。昨日の夜も明石で起きた殺人事件の取材のために、夜遅く現場周辺の家のチャイムを押して回らなければいけなかったそうだ。新聞記者も楽じゃないですね。 *********************************************** 本日の走行距離:13.3km (総計:2573.0km) 本日の「5円タクシー」の収益:5円 (総計:38745円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-05-27 00:21
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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