久しぶりに気持ち良く晴れ渡ったリキシャ日和の一日。本日は大垣市から南下して名古屋に向かう。
長良川を渡って羽島市に。長良川の橋の上では新幹線と並走した。ちょうどすぐ横をN700系の流線型が猛スピードで駆け抜けていく。時速200キロオーバー。それに対してリキシャは時速13,4キロが精一杯で、片側一車線の橋の上は僕のリキシャによるプチ渋滞が起こっている。ソーリー。でも他にどうしようもないのですよ。 羽島市、一宮市あたりは、こう言ってはなんだけど本当に何もない町で、ただひたすら何も考えずにペダルを踏み続けた。道路の状態はいいし、追い風でもあったので順調に進む。 国道沿いに「アメリカンドリーム」という名前のレストランがあった。外壁全面を使ってアメリカンを代表するイコンが描かれている。オバマ大統領、マイケル・ジャクソン、マリリン・モンロー、そして自由の女神。このベタさ加減。「これがアメリカだ、文句あっか」的なストレートさに思わずリキシャを止めて写真を撮ってしまった。 「初めて来たお客さんに、『入るのに勇気がいる』って言われるんです」 とは従業員の女性の弁。きっとアメリカ好きのオーナーの個人的な趣味なのだろうが、客の受けうんぬんよりも自分の思いの具現化の方を優先する意志の強さに拍手を送りたい。この店の前ではリキシャの派手さも若干色あせて見えるほどだ。 名古屋市街の近くにあるコンビニの前で、自転車に乗ったおじさんから「兄ちゃん、弁当いらんか?」と声を掛けられた。おお、コンビニの前でまさかの弁当セールス。いいんですか? 「280円。安いやろう。値段だけじゃなくてボリュームもたっぷりやからな」 おじさんは自転車の荷台に積んだ白い発泡スチロールの箱を開けて言った。確かに280円はお得だと思う。でも僕はついさっきお昼を食べたばかりなのでお断りする。 「今日は20個ぐらい売れたかの。まぁまぁやな」 とおじさんは言う。そしてコンビニで買ってきたばかりの紙パック入りの酒「鬼ころし」にストローを突き刺しして、一気に飲み干した。幸せそうだ。 「仕事の終わりの一杯ですか?」 「あ? いやー、いつも酒は夜にしか飲まんよ。まだ仕事があるからな。昼間はこうやって弁当を売って回って、夜は居酒屋で働いとる。酒はな、夜にしか飲まんよ」 別に僕に言い訳しなくたっていいと思うのだが、やっぱり昼間から酒を飲むのはなんとなく後ろめたいのだろう。 名古屋の人は酒が好きなのか、この直後には道ばたで「ビールでも飲む?」と声を掛けられた。自分も旅が好きなので、旅をしている人間を見るとつい話しかけてしまうのだという。 「これ、今買ったばかりだから冷えてるよ」 ちょうど喉がからからに渇いていたので、ほとんど条件反射的にプルトップを開けてゴクゴクゴクと飲み干す。ぷはー、やっぱり汗をかいた後のビールは最高やね。喉にしみわたるよ、これは(・・・というのは冗談です。リキシャでも飲酒運転はいけません。はい。皆さんも気をつけてくださいね) 名古屋城をぐるりと回り、繁華街である栄に向かう。栄はファッションの街、ショッピングの街だ。10代から20代のファッショナブルな若者がぞろぞろと歩いている。久しぶりにこういう光景を目にした気がする。田舎ばかり旅していると日本がすっかり老人の国であるようにも感じるのだが、都市に行けばちゃんと若者が集っているのである。 【名古屋のまちなかになぜかパゴダが出現。ここはミャンマーか?】 名古屋は道の幅が広い。市内の道路は片側4車線が普通。車用に設計された街なのである。 名古屋に住んでいる知り合いが「名古屋は巨大な田舎ですよ」と言っていたが、実際に走ってみるとその意味がなんとなく理解できた。東京や大阪などの古くからの街は道幅が狭く、ごちゃごちゃとしているし、だからこそその街ならではの空気が醸成されるのだが、名古屋の場合は広い道のせいで各エリアが分断され、人工的で散漫な印象を受けてしまうのだ。 栄から南に下っていくと、有名な熱田神宮が見えてくる。作られた街の中にうっそうと生い茂る神社の緑があるとほっとする。 熱田神宮の駐車場にリキシャをとめていると、一人のおばさんがつかつかと歩み寄ってきた。 「これはどこの国のものだ?」 尋問するような口調でおばさんは言う。目が据わっている感じ。どことなく普通じゃない雰囲気が漂っている。 「バングラデシュですね。インドの隣」僕はいつものように答えた。 「インドはみんなマハラジャだ」とおばさんは宣言した。「ベトナムはみんなベトコンだ。インドネシアはみんなジャワだ。マレーシアはみんなベンガルトラだ」 「どういうことですか?」 「どういうことって、そういうことだ」 だからどういうことですか、とはあえて聞かなかった。だってそういうことなんだもん。おばさんの頭の中では成立していることなのだろう。きっと頭に思い浮かんだフレーズを反射的に口にしてしまう人なのだろう。悪気があるわけではない。こういうしゃべり方しかできない人なのだ。 「あ、そうだ。今トラ狩りが行われているから、以後気をつけるように」 そう言い残すと、おばさんはすたすたと歩いていってしまった。トラ狩りねぇ・・・。 ちなみにこのあと熱田神宮の本殿の前でこのおばさんを再び見かけたのだが、彼女は何かに取り憑かれたように手水舎の水をひしゃくで外にかき出していた。もちろん声は掛けなかった。 名古屋市を通過して刈谷市に向かう。まだ時間的に余裕があったから、できるだけ先に進んでおこうと思ったのだ。 国道沿いに小さな自転車屋があって、店主らしきおじいさんが日向ぼっこをしていた。もう85歳を超えて、杖無しには歩くこともできないが、自転車修理の仕事だけは続けているという。昔からのなじみのお客さんが一日に何人かやってくるのだ。 おじいさんの自慢はきちんと整理された古い工具類。スパナやドライバーやペンチなどがすぐ手に取れるように所定の位置に並べられている。 「他の店はごっちゃごちゃや。だから工具を探すんも時間がかかる。こうやって並べとくと、どこに何があるかいちいち見なくてもわかる。体が覚えとるからな」 今日は古いママチャリのスポークを交換した。これはひと仕事だった。でも誰も急かさないから、自分のペースでゆっくりやっている。 「どうせあと1年で店を閉めるからな。77年続いたけど、ここら辺が潮時じゃ」 刈谷市に向かう国道23号線で、パトカーに止められる羽目になった。最初はただの国道だったのだが、いつの間にかそれが自転車や歩行者の通行が禁止されたバイパス道に変わっていたのである。ありゃりゃ。 薄々気づいてはいたのである。車線が増え、両サイドは防音壁で囲まれたハイウェー。こんなところをリキシャが走るのは危険だし、他の車の迷惑にもなる。これはまずい。早く下道に降りなきゃな、と思っていた矢先にパトカーのマイクから「はい、そこの自転車止まりなさい」という声が聞こえてきたのである。 「君、ここは自転車は走れないぞ」 パトカーを降りてきた警官は言った。さほど強い口調ではなく、苦笑いを浮かべていた。 「はぁ。やっぱりそうですか」 と僕は頷いた。いや、そんな気はしていたんですよ。 「さっき『ギリシャ人が日本縦断をしている』という通報があってね。でも君はギリシャ人ではないみたいだね」 「はい。一応、日本人です」 よくある誤解である。多くの人は「リキシャ」という文字をとっさに読むと、「ギリシャ」と読み間違えてしまうのだ。なじみの薄い「リキシャ」という言葉を、瞬時に既知である「ギリシャ」に置き換えているわけだ。人間の脳は巧みだ・・・なんて感心している場合ではないですね。 「どこに行きたいんだい?」 「刈谷市です」 「そうか。パトカーで先導するから、とりあえずこの国道を降りなさい」 親切な警察官はパトカーから地図帳を取り出して、どの道を通れば安全に刈谷まで辿り着けるかを調べて、丁寧に教えてくれた。 というわけでハイウェーに迷い込んだ哀れなリキシャは、赤ランプをくるくる回しながら先導するパトカーと共に一般道に降りることになったのである。 皆様、ご迷惑をおかけしました。以後気をつけますです。 *********************************************** 本日の走行距離:69.6km (総計:2890.1km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:52310円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-06-04 04:10
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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