お茶農家の杵塚さんの家をあとにして、藤枝市街に向かう。
藤枝の商店街は親しかった。商店主やなじみのお客さんがにこやかに話している横をリキシャが通りかかると、「あれー、5円タクシーだって」と声が上がる。たちまちおじさんおばさんたちに囲まれてしまった。気安さというか人なつっこさは九州の人に近いかもしれない。 古い提灯屋さんのご主人に提灯を修理するところを見せてもらった。100年以上続く老舗だが、もう提灯自体を作ることはしていない。コスト的に合わないからだ。今は和紙の張り替えと字入れをするのみなのだそうだ。 ![]() 藤枝市からまっすぐ焼津に向かう。焼津漁港はマグロの水揚げ量日本一を誇っていて、近代的な港に大型の漁船が何隻も停泊していた。これまで見てきたしょぼい(しかし味わいのある)地方の漁港とはまるで雰囲気が違う。システマチックで隙がない。とりつく島もないという感じだった。リキシャはただ通り過ぎるのみ。 遠洋マグロ漁船に乗っていたという玉谷さんに話をうかがうことができた。日焼けした肌に麦わら帽子がよく似合っている。がっしりとした筋肉質の体はさすが元船員である。65才という実年齢より10才は若く見える。 「私は15歳の時に初めて船に乗ったですよ。昭和35年の頃かな。太平洋を回遊するマグロの群れを追ってね、世界中を回ったですよ。ハワイに寄港したときはほんとに驚いたなぁ。当時は日本人旅行者も全然いないから、もちろん日本語も通じない。なのに船員たちで連れだってドールの工場に行って、身振り手振りでパイナップルジュースを一升瓶に何本も分けてもらったりしてね。ビキニの女の子が浜辺を歩いているのにもびっくりしたよなぁ」 船員時代の思い出話を披露する玉谷さんは実に楽しそうだった。かけがえのない青春の1ページ。驚くほど高い波と、凪の静寂。見るものすべてが新鮮で刺激的な日々。 ![]() 「地球は丸い。海にいるとそれを感じるです。太平洋のど真ん中に行くと、360度見渡す限り何もない場所がある。島もないし他の船もない。そこに水平線の向こうから貨物船が現れる。最初は船の上の部分だけで、しばらくすると全体が見えてくる。昔の人もきっとこれを見て地球が丸いことを知ったですよ」 玉谷さんは堤防から身を乗り出すようにして話し続けた。インドネシアに寄港したときに現地人と物々交換してサルを手に入れたこと。そのサルが航行中にノイローゼになり、檻から逃げ出して海に飛び込んだのをボートで救ったこと。酔っぱらった船員同士がよく喧嘩をしたので、護身用に鋭く削った金やすりを携帯していたこと。何しろ女っ気が一切ない職場に何ヶ月もいるので、50歳,60歳のおばさんでもきれいに見えたこと。カジキの尖った頭部は人体をも貫くほど鋭い武器になるということ(実際それで死んだ人もいる)。いつまでも話は尽きなかった。 「船員は長かったんですか?」 「いや、そんなに長くもなかったですよ。マグロ漁も一時に比べて下火になったから。今のマグロ漁船は船員のほとんどが外国人なんですよ。船長や機関長、操舵手なんかは日本人だけど、あとの船員は途中の寄港地で拾っていくんです」 彼は陸に上がってからの人生について、あえて多くを語ろうとはしなかった。ただのサラリーマン。それだけ。やはり懐かしく振り返るのは船員時代のことばかりのようだ。 「凪の夜には甲板に寝っ転がって星を眺めるんです。南十字星が一番好きだったなぁ」 玉谷さんは空を見上げた。もちろんそこにはまだ星はないし、もし日が沈んでもここからは南十字星は見えない。 「私も若い頃にいろんなところへ行ったからわかるけど、若いときにしかできないことがある。頑張ってな」 ![]() 焼津から静岡市に向かうルートは東海道を通るにせよ、海沿いの道を通るにせよ、いずれにしても山を越えなければいけない。僕が今回の旅でナビとして使っているiPhone(+グーグルマップ)は、国道150号線を通るように指示を出していた。このルートだと長いトンネルを走ることになるので、アップダウンはほとんどない。リキシャにとって理想的な道だった。 しかし実際に国道150号線を進んでみると、実はこのトンネルをリキシャで通るのは不可能だとわかった。自動車専用のバイパス道だったのだ。オー・マイ・ガッ! ナビに騙されてしまった。 「あのー、この先は自転車では行けないんですよね?」 念のために道路工事現場で旗振りをしているおじさんに訊ねてみると、おじさんはにわかに顔を曇らせて言った。 「いやー、ごめんねぇ。これでは150号線は進めないのよ。自転車だと海沿いの道を行くしかないんだよねぇ。あの道はかなりの坂だから大変だよ。ほんと、ごめんね」 いえいえ、リキシャがトンネルを通れないのおじさんのせいではございませんので、謝らないでください。何ごとも車中心でしか考えていない国道交通省が悪いのでありましょう。 ![]() ![]() というわけで元来た道を戻り、改めて416号線を北上することになった。旗振りのおじさんが予言したようにこの道は傾斜がきつく、峠を登りきるまでにはかなりの時間と体力を浪費した。 何とか坂道をよじ登り、短いトンネルを抜けると、眼前に太平洋がどどーんと広がっていた。絶景かな。このあたりは「大崩海岸」と呼ばれていて、読んで字のごとく土砂崩れや落石がしょっちゅう起こるような急斜面が続く。下から見上げるとほぼ垂直に切り立った岩山が海岸ギリギリまで迫っている。ガードレールから下を見下ろすと、あまりの高さに足がすくむ。 そのあとは一気に坂道を下って用宗へ。そこから静岡市まで行った。 本日はここまで。続きはまた明日。 *********************************************** 本日の走行距離:48.1km (総計:3103.3km) 本日の「5円タクシー」の収益:1025円 (総計:54490円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-06-16 09:47
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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