嫌な夢を見た。
リキシャが国道を走っている。ひどく交通量の多い幹線道路だ。歩道は狭く荒れているので、僕は車道の左側にすり寄るようにしてリキシャを漕いでいる。時速15キロほどのスピードで緩やかな下り坂を下っている。坂を下りきったところにある交差点にさしかかったときに、背後から大型トレーラーが猛スピードで突っ込んでくる。危ない。そう思ったときにはもう遅くて、僕はリキシャもろとも無理に左折しようとしたトレーラーの後輪に巻き込まれてしまう。バリバリバリ。リキシャのフレームがあっさりと潰される。僕は仰向けに地面に転がってしまう。頭の上にトレーラーの大型タイヤが迫ってくる。避けなければ死んでしまう。でも体は動かない。 というところで目が覚めた。悪夢で起きるなんて滅多にないことだ。しかもリアルだった。車の音も地面の固さも、細部まですごくリアルな夢だった。 枕元の腕時計は午前4時半を指していたが、窓の外はうっすらと明るかった。もう夜が明けようとしているのだ。 旅に出てからの3ヶ月はあっという間だった。バングラデシュでの1ヶ月を含めると4ヶ月間、一度も事故に遭わなかったのは幸運だったと思う。ヒヤリとしたことはあった。雨で効かなくなったブレーキに肝を冷やしたこともあったし、後ろから近づいてきた車に追突されそうになったこともある。でも、何とか無事に旅を続けている。 変な時間に目を覚ましてしまったので、なかなか寝付けなかった。枕を背もたれにしてベッドに座り、ぼんやりと窓の外を眺めて過ごした。まだ外を歩く人はいない。早起きのカラスがどこかからやってきて電線に止まる。朝のゴミを狙っているのだろうか。 リキシャの旅はモザイク画を描くようなものだ。ひとつひとつの断片は脈絡なく並んでいるように見えるのだが、二歩三歩と後ろに下がって眺めてみると、何かしらの意味を持つ絵柄が表れてくる。 考えてみれば、アジアでも同じことをしていたのだった。テーマを絞るわけでなく、ただ気の向くままに旅をする。写真を撮る。人の話を聞く。そうやって拾い上げたピースを並べることで、ある文脈を持つ物語を編んでいく。良くも悪くもそういう旅が僕には合っているのだろう。 本日も雲ひとつない快晴になった。日差しが痛いぐらいまぶしい。微風。絶好のリキシャ日和だ。 静岡市の中心部から清水区に向かう。以前は清水市だったのだが、例の大合併で静岡市に吸収されたのである。清水は自動車関係の部品工場が多い工業地域だ。その一角にある理髪店の店主と話をした。70年前にお父さんが始めた床屋を兄弟二人で継いだのだという。 「でもご覧の通り暇にしてるよ。これも不景気の影響だろうな。親父も言っていたけど、床屋は景気に敏感なんだよ。現金商売だからね」 このあたりにはトヨタ系の部品メーカーが多く、去年からの不況でどこも社員の給料が減らされたり、従業員を削減したりしている。その影響が床屋さんにも及んでいるのである。 「もう何十年も床屋をやってるけど、ここまでの不景気は初めてだよ。今までと違って底が見えないね」 清水から駿河湾沿いを北上する。東海道の宿場町である由比は桜えびの町である。桜えびは日本では駿河湾でしか捕れない貴重なえびで、かき揚げなどにするととても美味しい。わざわざ東京から買い求めに来る客もいるほどの名産品なのだそうだ。 民家の縁側に6,7人のおっちゃんが座って談笑していた。何をしているのか聞いてみると、 「今日、桜えびの漁をやるかやらんかの連絡を待っているところよ」 とのこと。おじさんたちは漁師だったのである。漁は夜中に行われる。桜えびは日中には水深が深いところにいるのだが、夜になると浅瀬にまで上がってくる。この性質を利用して夜中に網を仕掛けてすくい取るわけだ。桜えびは希少なので、資源を守るために徹底した漁業管理が行われている。漁師が自分の判断でとりに行くことは許されてない。だからこうしてみんなで漁協からの指示を待っているのだ。 そんなことを話していると、漁師さんの携帯電話が鳴る。リリリリリ。 「・・・ほう、今日はやるそうじゃ。6時半から船を出すぞ」 出漁の知らせがもたらされると、集まった漁師たちはいったん家に戻る。漁の準備をするのかと思いきや、今からひと眠りするという。漁の日は翌日の朝まで眠れないから、今のうちに寝だめしていくらしい。 海では桜えびとシラスをとり、山ではビワと甘夏を作る。それが由比の町である。 ビワのシーズンは始まったばかりで、袋がけしたビワの実をひとつひとつ手で収穫する作業が行われていた。83歳のおばあちゃんも急斜面に上り、ビワの実をとっているという。「病気なんてしとる暇がない」と冗談めかして言うのだが、実際忙しく働いていることこそ健康の秘訣なのかもしれない。 このおばあちゃんにいただいたキズ物のビワの実は、ほのかな酸味と柔らかい甘味のバランスが絶妙で、すごく美味しかった。決して派手な甘さではないけど、じんわりと伝わってくる懐かしい味だ。まさにおばあちゃんの味。 富士川を越えて富士市を走る。本来ならここで眼前にどーんと富士山が見えてくるはずなのだが、残念ながら雲に隠れて何も見えなかった。地元の人によれば、夏のあいだ富士山がきれいに見渡せる日は少ないとのこと。やはり冬のきりりとした空気でないと美しい富士は拝めないものらしい。残念。 本日は三島市に泊まることにする。ここから東海道を進むと、いよいよ箱根越えである。みんなが「こんな乗り物で越えられるのか?」と心配する箱根。天下の険。 さてさて、どうなることやら。 *********************************************** 本日の走行距離:69.8km (総計:3173.0km) 本日の「5円タクシー」の収益:1105円 (総計:55595円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-06-17 20:02
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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