日立市はなんだか寂しい街だった。日立製作所の企業城下町ゆえに、土曜と日曜はいつも閑散としているのだろうか。ほとんど誰も通らない商店街に、地元コミュニティーFMのパーソナリティーの声が大音量でこだましている。近年、日立グループの不振と再編によって日立市の人口も減少し続けているのだそうだ。
日立市民のおよそ4割は日立グループの社員かその家族だというから、その影響力は大きい。しかしだからといって日立市にある電気屋は日立製品ばかりを置いているわけではなくて、ちゃんとパナソニックの販売店もある。宿に置いてあったテレビも東芝製だったし、エアコンもナショナル製だった。愛知県豊田市に行ったときには、街を走る車のほぼ9割がトヨタ車で占められていたが、日立市ではそういうことはないようである。 【山口さん撮影。日立市を走るリキシャの姿。明らかに浮いていますね】 本日も国道6号線をひた走る。休日の6号線には揃いのウェアを着たサイクリンググループや、大型バイクのツーリングチーム、「ブーンブブ、ブーンブブ」とエンジン音を響かせながら走る暴走族などがいてとても賑やかだった。サイクリングの一団は追い抜きざまに「がんばって!」と声を掛けてくれた。ニッと笑って親指を上に突き出す人もいる。リキシャの2倍以上のスピードでミズスマシみたいにすいすいと走っていく。 「日本一周」という旗を背負って走るチャリダーもいたし、韓国の国旗を掲げた自転車ともすれ違った。韓国の自転車旅行者は珍しいので、ちょっと話を聞いてみたかったのだが、反対車線だったので呼び止められなかった。残念。 ![]() 高萩市に入ったところで白いワゴン車が止まり、窓から寅さんみたいな帽子を被ったおじさんがぬっと顔を出した。彼は梅干しがたくさん入ったタッパーを持っていた。 「ほら、一個食べろ」 おじさんは言った。おぉ昨日に引き続きまたも梅干しですか。茨城県では「暑さには梅干し」というのが常識なのだろうか。 「大丈夫か? すっごく汗かいてっけど」 「いやぁ、暑いですからね」 「そんなんじゃ脱水症状になっちまうからな。まぁ無理すんなよ。梅干しを食うと調子がよくなっからな」 おじさんがくれた梅干しは大ぶりで、丸ごと口に入れるのにはあまり適していない代物だった。しかもやたら酸っぱい。ザ・梅干しって感じだ。これなら胃液の分泌も促されるだろうし、塩分の補給もできるのだろうが、これが果たして喉が渇いている人間にふさわしいものなのかは疑問である。いただきものにチケをつけるつもりはないんだけど、できることなら飲み物の方がありがたかった。 ちなみにこの梅干しおじさんとは2時間後に再びすれ違った。そのときもまた梅干しをくれた。とにかくこの人はどこへ行くにも梅干しを携帯しているらしい。そういうのが茨城県民の常識だとは思わないが、昨日の梅干しジュースおばさんの例でもわかるように、茨城の人々がことのほか梅干しを愛しているのは間違いなさそうだ。 高萩市に入ると、6号線は海岸線のすぐそばを走るようになった。このあたりはきれいな砂浜がいくつもあり、海水浴客やサーファーで賑わっていた。海の家、ビーチパラソル、浮き輪、かき氷、焼きそば。夏休み的光景を横目で見ながらペダルを漕いだ。 ![]() いわき市では「かえっこバザール」という催し物にお邪魔した。子供たちが不要になったおもちゃを持ち寄り、自分が欲しいおもちゃと取り替えっこをするという趣旨のイベントである。 会場となっている木材倉庫にはフランクフルトやラムネを売る店もあり、手作りの夏祭りの風情が漂っていた。ユニークだったのは「かき氷製造器」である。歯の上で氷を回転させてそぎ落とし、それを容器に受けるのは普通のかき氷器と同じだが、この機械は回転の動力を自転車のペダルに頼っているのである。移動するときはタイヤを動かす動力になり、営業するときは氷を削る動力になる。一挙両得である。これならどこへでも出張してかき氷を作ることができるから、行商人にはぴったりである。アジアにあってもよさそうなものだが、僕はまだ見たことがない。 ![]() 【これがペダル駆動のかき氷製造器】 今日は午後4時から雨が降り始めるという予報だったが、本当にその通りになった。午後4時きっかりに雨が落ち始めたのだ。 雲の向こうから雷のドラムが鳴る。稲妻が斜めに走る。やがて大粒の雨がアスファルトに黒いしみを作る。ほてったアスファルトが雨を吸い込んであのもわっとした匂いを放つ。 夏の匂いだ。 銀行の自転車置き場で雨をしのぎながら、ふと「一日として同じ空はないんだ」と思った。雲のかたちも、その配分も、光の強さも、光の色も、風の匂いも、ひぐらしの声も、すべて同じということはあり得ない。昨日と今日でも違うし、1年前と今とでも違う。その微妙な差違の中に自然の持つ奥行きや可能性が含まれている。そう考えると、空を覆う黒い雲が今ここにしかないかけがえのないもののように思えてくるのだった。 夕立が止むまで、僕はリキシャの横に立って空を眺めていた。 *********************************************** 本日の走行距離:66.7km (総計:3583.7km) 本日の「5円タクシー」の収益:210円 (総計:57910円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-07-26 22:59
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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