今朝は7時前に宿を出発する。天気予報では午後から雨になるということで、本降りになる前に八戸に着いておきたかったのだ。
最高気温は23度ととても涼しい一日だった。滝のような汗をかき続けていた数日前までとはうってかわって、とても快適だ。リキシャもすいすい進む。 ![]() 三戸郡に入ると製材所が目立つようになった。山から切り出した丸太をずんと積み上げている工場があちこちにある。林業が盛んな地域のようだ。 その中のひとつ、炭を作っている木材会社で、奇妙な立て札を見かけた。 【構内において、ヘビ(守護神)が生存していますので、車でひかないよう十分注意して下さい】 確かにここは山に囲まれた自然豊かな土地である。国道に迷い出た山の動物が車にひかれてぺしゃんこになっている姿もよく目にする。薄っぺらくなったヘビや、羽根だけになった鳥、はね飛ばされたままの姿で横たわるタヌキなどなど。この立て札は不幸にも人間に命を奪われた生き物たちを思いやる優しい心の持ち主が書いたものなのだろう。 しかし不思議なのは「ヘビ(守護神)」という部分である。それに関しては議論の余地のない既定事実である、というような書き方である。ヘビが守護神なのは皆さんご存じでしょう。だから大切にしましょうよ。もちろん車で踏んだりしてはいけませんよ。罰が当たりますよ。何しろ守護神なんですからね。 この会社の社長室には神棚があって、そこには白ヘビ様が奉られていたりするのだろうか。商売繁盛をもたらす守護神。舌を長く伸ばした白ヘビ様。それにむかって柏手を打つ社員一同。ちょっと覗き見てみたい気もする。 南部町では特産の「南部せんべい」を作っている戸室さんご夫婦と出会った。 南部せんべいはこの地方に古くから伝わる郷土菓子で、小麦粉を練った生地を鉄の金型に入れて焼くシンプルなおせんべいである。起源は南北朝時代まで遡ることができるそうで、南朝の長慶天皇がこの地を訪れたときに、家臣の赤松助左衛門が自分の鉄兜を鍋の代わりにしてそば粉とごまを焼いたのが始まりとされている。今でもこのあたりでは根強い人気を誇るお菓子で、これを鍋に入れた「せんべい汁」という料理もあるそうだ。 「ばぁさんの代から始めたから、もう60年になるかな」と戸室さんは言う。南部訛りがかなり強いが、何とか聞き取ることができた。「うちはずっと手で焼いてます。他の工場なんかだと勝手に焼いてくれる機械もあるけど、やっぱり機械で焼くと味が違うんです。生地が傷んでくるんです」 せんべいを焼くのに使う燃料は、以前は木炭を使っていたのだが、温度調整が難しいということで今ではガス火を使っている。包丁で生地を切り、それを金型に入れて挟み、釜の中をおよそ5分かけて一回転させたら焼き上がりである。 「私の方がこの仕事を長くやってるんだけど、主人の方が焼き方がうまいから威張るのよ」と奥さんが笑う。「難しいのは生地を作るところと、あとはごまの散らせ方かねぇ。型の中にまんべんなく散らせたらいいんだけど、これがなかなかうまく行かねぇんだわ」 一度窯に火を入れると7時間は焼きっぱなしなので、夫婦で1時間ずつ交代で釜の前に立っている。1日に6000枚から7000枚ぐらい焼くというから、なかなか大変な仕事である。 ![]() ![]() 「このあいだ奈良の人から電話がかかってきたのさ。『おたくのせんべいを人からもらったんだけど、これは鹿に食わすもんかね』って」 「あぁ、鹿せんべいですね」 「そう、奈良には鹿せんべいってのがあるんだってね。それに大きさやかたちが似てるから、人が食えるもんか聞いてきたんだって。そんりゃショックだよ。あたしらがこうして一生懸命作ってるものを、鹿のエサと一緒にされたんじゃねぇ」 奥さんにとってはまことに腹立たしい話だと思うが、奈良の人の言い分もわからなくもない。ごまやピーナツが入っていないプレーンの南部せんべいは、奈良の鹿せんべいにそっくりなのである。 「あたしらはこの仕事を毎日やってるわけよ。単純作業よ。こういう単純作業は今の若い人は好かんの。うちにも息子が三人おるけども、誰も継ぐ気なんてないのよ。あと5年もしたら廃業するしかないね。ほら、あそこで草むしってる腰の曲がったばあさん、あの96のおばあさんがここを始めたんよ。だからせめておばあさんが生きてるうちは続けたいけどね」 ここにも後継ぎがなく、商売をたたもうとしている人がいた。単純作業は機械に任せた方がいいというのが時代の流れなのだ。味だってあまりにも素朴で、コンビニやスーパーに置いてある洗練されたお菓子にはかなわない。 でも、そうやって素朴で豊かな郷土の味がひとつまたひとつと失われていくのは、やはり残念なことだと思う。 ![]() 天気予報通り、12時になると雨が降り出した。その時点で八戸まで20キロのところまで進んでいたので、あとは雨宿りをしながらゆっくり進むことにした。 八戸の町は「三社祭」という夏祭りの真っ最中で、町中にはトラックに乗せられた大きな山車がいくつも置いてあった。 ![]() 【国道沿いで見かけた神社。たたずまいが良かった】 細かい雨が降りしきる中、4時半に八戸のフェリー乗り場に到着。フェリー乗り場というのはどこでもひどく味気ないものだが、鉛色の空のせいでよけい殺風景に見える。 リキシャを置いて乗船券を買いに行ったのだが、受付で問題が発生した。僕の自転車が大きすぎるので、自転車料金では乗せられないという。奥から眼鏡をかけた責任者らしき男が出てきて「これだと自転車二台分の料金になりますね」と言った。八戸・苫小牧間の二等料金は4500円。自転車の持ち込みにはこれにプラス2000円かかる。しかしリキシャは車幅が広いので自転車とは認められず、他に比べる例がないので、二台分でどうだというのである。 「わかりました。2台分でいいですよ」 と僕は言った。あまり納得はできないが、こんなところで言い争っても仕方ない。いいですよ、払いましょう。 「今回は特別に、特例として自転車二台分ということです」とメガネの男は付け加えた。「通常は軽自動車の分類になるということです」 「通常?」 「ええ、他の船会社ではそうなる可能性があるということです」 自分の取り計らいで安くしてやっているんだと言わんばかりの態度だ。しかしそれは事実に反している。だんだん腹が立ってきた。 「あのですね、僕はこれまでいろんなところであのリキシャをフェリーに乗せてきたんですけど、どこでも自転車料金だったんですよ。2台分だなんて言われたこともない。軽自動車? 冗談でしょう?」 言ってどうなるわけでもないが、言わずにはいられなかった。リキシャはあくまでも原動機の付いていない自転車なのだ。東京・徳島間も、鹿児島・沖縄間も、硫黄島行きも、瀬戸内の島々を渡る船も、どこでも自転車扱いだったのだ。 「他は知りません。うちではそうだということです」 くー、腹が立つ。よっぽど乗船をやめてやろうかと思ったが、そんな馬鹿なことをしても困るのは自分自身なのでぐっと堪えた。ぐっと。 しかしこの一件で、僕の川崎近海汽船に対するイメージは修復不可能なぐらい悪化した。もうこの船には二度と乗らないだろう。 フェリー乗り場には一眼レフカメラを提げた男性が待っていた。最近、ブログを通じて僕のことを知り、わざわざフェリー乗り場まで見送りに来てくださった中村さんだ。 僕が料金のことでもめていた件を話すと、中村さんは「すいません」と頭を下げた。「八戸市民代表として謝っておきます」だって。いえいえ、あなたが謝る必要なんてないんです。たぶん僕が狭量なだけなんです。ごめんなさい。 中村さんは5年前に故郷に戻ってくる前は八王子に住んでいたという。おぉ、こんなところで元八王子市民に出会うとは。東京は刺激的で面白かったけど、いまは八戸での暮らしが気に入っている。海があり、山がある。自然に囲まれた生活。たぶんここで一生を終えることになるのではないかという。 「ただ冬は辛いですね。雪は降らないんだけど、すごく冷え込むんです。それにずっと今日みたいな曇り空に覆われて、昼間でも暗いんです。気分が憂鬱になってくるんですよ」 僕は寒いのが苦手なので、冬になれば日本を離れて南国で過ごすということを繰り返しているわけだが、東北の人はそういうわけにもいかない。厳しい冬にじっと耐えなければいけない。その蓄積があるからこそ、夏祭りが一気に盛り上がるのだろう。 「八戸の三社祭もぜひ見てもらいたかったな」と中村さんは残念そうに言う。 「今度また来ますよ。リキシャ抜きで」 「八戸はいいところですよ。ぜひまた来てください」 フェリーの出港は5時半の定刻きっかりだった。 二等の雑魚寝和室はほどほどに混雑していた。親子連れや高校の運動部員たち、一人旅の旅行者や外国人バックパッカーもいた。行き先の苫小牧から札幌までは60キロほどの距離だから、車で移動する人には便利な航路なのだろう。 船は下北半島のそばを通るので、波は穏やかで揺れは少なかった。シャワーを浴びてひと眠りすると、もう下船の合図である。8時間なんてあっという間だ。 *********************************************** 本日の走行距離:54.5km (総計:4070.0km) 本日の「5円タクシー」の収益:105円 (総計:59685円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-08-06 00:28
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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