北海道に上陸してから5日目だが、すっきりとした青空をまだ一度も見ていない。今日も朝からどんよりとした天気。今にも雨が降り出しそうな重たい雲が空を覆っている。予報では午後から雨模様のようだ。
名寄市を出発してから国道40号を北へ向かう。ここまで来ると町らしい町はほとんど姿を見せなくなる。「○○ファーム」という看板を掲げた大きな農場がぽつぽつと続く。水田もあるが、トウモロコシやソバやジャガイモなどの寒冷地でも育つ作物が多く植えられている。 牧場も多い。屋外で草を食んでいる牛は少なくて、牛舎の中でおとなしく餌を食べているようだ。草原に刈り取った干し草を丸めた「干し草ロール」が並んでいる。これも夏の北海道らしい光景のひとつだ。機械の力でぎゅーっと圧縮されているので、触ると硬い。干し草ロールには黒いビニールのカバーを掛けてあるものもある。草の発酵を進めているのだそうだ。 ![]() ![]() 【黒いビニールをかけられた干し草ロールは、どことなく現代アートのインスタレーション作品を思わせる】 天塩川に沿って北上を続けると、美深の町に着く。美深は1931年に国内の最低気温となるマイナス41.5度を記録した極寒の地である。今が夏でよかった。 この町で出会ったのは中根ウメさん。買い物カートを押しながらゆっくりゆっくり歩いていた。大正10年生まれの90歳。でも持病はないし、膝が痛い以外は健康そのものだ。 「若い頃はここよりももっと山奥の仁宇布(にうぷ)って部落に住んでいたんだ。クマとキツネと一緒に暮らしていたさ。山で何度もクマに出くわした。でも怖くないよ。こっちがおとなしくしてたら、クマが人を襲うことなんてないさ」 仁宇布にはスバル(富士重工)のテストコースがあるのだそうだ。寒冷地でのエンジンやラジエターの動作状況をテストするために、わざわざ山の中にコースを造ったのだ。ウメさんは毎年1月から3月のあいだテストにやってくるスバルの社員のために、20年ものあいだ食事を作っていたという。 「一番辛かったのは、やっぱり戦後だろうね。この辺の農家でも食べるもんに困っていた。うちは10人家族で、大きな鉄鍋で夕飯を炊いたけど、麦二升に米二合だったかねぇ。ああ、ほとんど麦だ。それだと足りないから、馬鈴薯を入れて食べとったんよ」 北海道の奥地は長い間発展から取り残されていた。仁宇布に電気が通ったのは1964年になってからのことで、同じ年には仁宇布と美深を結ぶ鉄道「美幸線」も開通した。雪深い冬には美深に出るのに往復二日もかかっていた仁宇布の人々は、これで楽に町まで出られると大喜びしたが、この路線は利用者があまりにも少なかったために1985年に廃線になってしまった。その後、不便になった仁宇布集落の人口は減り続け、ウメさんも数年前に娘を頼って美深の町に出てくる決意をしたのである。 ![]() 【元気な90歳、ウメさん】 「健康の秘訣は薬に頼らないこと。日々明るく暮らすことだねぇ。美しい景色を見て、そこにもういっぺん行きたいなぁと思う。この気持ちが大事なんでねぇかな。あたしは3年前に初めて外国に行ってきたの。アメリカのユタ。孫がアメリカ人の宣教師と結婚して、向こうに住んでるもんでね。ひ孫に会いに行ったわけさ」 「初めての海外は楽しかったですか?」 「あぁ、言葉は全然通じないけど、すっごく楽しかった。食べ物もとってもおいしいしさ。あぁもういっぺん行ってみたいって思ってたら、去年また行くことができたのさ。100歳になったらまたアメリカに行く。それがあたしの夢さ」 「あと10年ですね」 「そうだねぇ。90まではあっという間だったけど、これから10年は大変だなぁ」 ![]() 国道40号沿いに「びふか温泉」というレクリエーション施設がある。道の駅と温泉と野外キャンプ場とスポーツ施設が一緒になった場所だ。そこで開かれている野外音楽イベント「音楽旅人2010」に立ち寄ることになったのは、このイベントの司会者の女性に「ぜひ来てください」と声を掛けられたからだ。 びふか温泉のキャンプサイトには何十ものテントが張ってあった。キャンピングカーや寝泊まりできるワンボックスカーも多数。夏の北海道はこうやってキャンプをしながら旅をするのが王道なのだ。 東京からバイクに乗ってここにやってきたというおじさんは、毎年夏になるとここにテントを張って一ヶ月以上暮らすのだそうだ。温泉に入ったり、図書館で本を借りてきて読んだり、芝生の上でぼーっとしたり。優雅な生活である。 ![]() 野外音楽イベントはまだ開始前ということもあってあまり人が集まってはいなかったが、リキシャに乗りたいという子供たちがわっと集まってきたので、5円タクシーの出動とあいなった。 このイベントは今年で3回目だそうで、主に地元のアマチュアバンドが演奏を披露する場になっている。もともと、この「びふか温泉」は北海道を旅するライダーがキャンプを張る場になっていたので、毎年夏にはライダーたちの祭りが開かれていたのだが、バイク旅行者の減少と共にイベント自体も消滅してしまったという。 そう言われてみれば、確かに北海道ですれ違うライダーの平均年齢は高い。20代の若者は少なく、40代より上の人が多い。そもそも今の若者はバイク自体に興味を示さなくなっている。日本国内の二輪車の販売台数はピーク時(1982年)の9分の1にまで減っているという。あまりにも急激な落ち込みように驚いてしまうが、実際、僕の周りにもバイクを乗り回している人はほとんどいないのである。 暴走族も減ったし、無謀な運転で死亡事故を起こす若者も減った。それはそれで良いことだと思うが、それでは今の若者はアドレッセンス的なものをどうやって発散させているのだろうか。ネットだろうか? ケータイゲームだろうか? ![]() 【北海道は大きなバイクで走るには最高の土地だ】 *********************************************** 本日の走行距離:52.6km (総計:4417.3km) 本日の「5円タクシー」の収益:390円 (総計:62335円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-08-10 07:43
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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