朝8時に滝川の伊藤さんのお宅を出発して、札幌を目指す。伊藤さんにはすっかりお世話になった。出発するときには奥さん手作りのおにぎりまで持たせてもらった。本当にありがとうございました。
札幌から滝川へと北上してきたときには国道275号線を走ったので、今回南下するときはそれとは違う道12号線を進むことにする。12号線は日本一長い直線道路を持っている。その距離29.2km。飛行場の滑走路のようにどこまでも続く直線である。 美唄市で出会った小林さんは、僕がツイッターで「美唄なう」とつぶやいたのを見て、慌ててバイクに乗って追いかけてきてくれた。2年前に成田空港の本屋で僕の写真集を見かけて以来、熱心にホームページを読んでくれているそうだ。こんなところで自分の読者に会えるというのは驚きだし、素直に嬉しい。 【いかついバイクにまたがった小林さん】 27歳の小林さんは専業農家で、お父さんと一緒に30町(ちょう)の田んぼを使って米作りをしている。1町=1ヘクタール=1万平方メートル=100m×100mなので、その30倍の30町というのは広大な土地である。しかし北海道では20町を超える農地を持つ農家は珍しくなく、それぐらい大規模にやらないと収入が黒字にはならないのだそうだ。 「うちはひいおじいちゃんが開拓民としてやってきてから、ずっと農家をしています。その頃は農業機械も何もなかったから、東南アジアのようにほとんど手作業ですよ。大変だったと思います。それに比べれば今の農家は本当に楽になりましたよ」 「農業をやる上で一番大変なのはなんですか?」 「やっぱり自然と折り合いを付けることですね。いつも豊作とは限らないし、豊作になりすぎても米の価格が下がって困ります。今年は夏場が暑かったんで、米の出来はとてもいいんです。でも北海道にしては珍しいほど高温多湿だったから、イモチ病が発生しています。駆除するために農薬を撒いているんですが、病気にやられている農家もあります」 米作農家の冬は何もすることがなくて暇なのだそうだ。除雪作業の出稼ぎをする人もいるし、毎日パチンコ通いする人もいる。小林さんの場合は暖かい東南アジアを旅しているそうだ。 北海道の人は南国に対する憧れが強いようで、僕がアジアで出会った旅人の中にも北海道出身の人が多かった。雪に閉ざされた日の短い冬。できることなら赤道にほど近い国でのんびり過ごしたいと考えるのは自然の成り行きだと思う。 三笠市で出会った前田さんは9ヘクタールあまりの土地でタマネギを作っていた。国の減反政策の下、25年前に米作りをやめて、タマネギと麦の栽培に転換した。今日は収穫前の「根切り」を行っている。土から掘り起こしたタマネギの根を機械で切断して成長を止め、葉っぱを枯らせてタマネギの表面に茶色のタマネギ色を付けているのだそうだ。 「今年はあんまり出来がよくないね。日照も不足していたし、夏に雨が降りすぎたのもよくなかった。それでもうちは25年も前からタマネギに切り替えてたから、こういう変な気候でもそれなりに収穫はあがるのよ。もっとひどい農家もあるからな」 前田さんは根切りしたタマネギを持ち上げて乾き具合を確かめた。収穫するにはまだ少し早いようだ。 「タマネギ農家にとって一番大事なのは土作りさ。土をほくほくにしておかなきゃいけない。そのために土の中に暗渠ってパイプを入れて水はけをよくしたり、化学肥料だけでなく有機も入れて土を軟らかくしたりする。そうしないと連作障害っていうのが起きる。タマネギが地中に張った根が土を硬くすると、次の年に植えたタマネギがうまく成長しないんだ」 【タマネギの根切りをする機械はサンダーバードを彷彿とさせるデザインだ】 このあたりでも農家の戸数は年々減り続けている。前田さんの長男は農業を継ぐ決意をしたが、そういった例はむしろ少数派だ。現時点で農業の主な担い手は団塊の世代だが、あと10年もすればみんなリタイヤしていくことになる。そうなったとき誰が農地を引き継ぐのかが大きな問題だ。 「外から労働力を受け入れるしかないと思うよ。そうだね、今北海道でも中国やアジアからの農業実習生がたくさん働いている。彼らに定住してもらって、ずっとここで働けるようにするしか人手不足を補う方法はないと思う」 「どうして日本の若者は農家をやりたがらないんでしょう」 「まぁ生半可な気持ちでできる仕事でないのは確かだな。近頃の農業ブームで軽い気持ちではじめても、だいたいは失敗する。でもそんなに厳しい仕事かっていうと、そうでもないんだよ」 「農家に向いているのは、どんな人でしょうか?」 「そうだなぁ。やっぱり根気強くないといけない。自然が相手だからいろんなことがある。不作の年でもずっと落ち込んでいたらダメだな。まぁなんとかなるさ、と楽天的に考えられないといけない。社交性も必要だな。農業っていうのは一人でやるもんじゃないから、集落の人と仲良くできないといけない。どんな仕事でも同じだろうけど、人間一人で生きているわけじゃないからな」 若い世代の人口が減り続け、しかも農業を継ぎたがらないという現実がある以上、前田さんの言うように外国人労働力に頼るしかないのかもしれない。それがいいのか悪いのかという議論は別にして、「待ったなし」の状況になっているのは確かなのだ。 【広大なタマネギ畑と前田さん】 天気予報通り午後からは雨模様になった。札幌から40キロ離れた岩見沢に入ったところで雨が本降りになり、南風も強まってきたので、これ以上の移動は諦めて岩見沢に泊まることにした。 岩見沢はかつて空知地方の炭鉱からとれる石炭を輸送する交通の要衝として栄えていた。しかし1960年代以降、相次ぐ炭鉱の閉鎖によって町は急速に衰退し、人口も減り続けている。札幌から40キロほどの距離にあるためにベッドタウンともなっているようだが、駅前の商店街はさびれ方は激しかった。 そんな岩見沢の商店街の一角に「炭鉱の記憶推進事業団」というNPO法人が事務所を構えていた。写真展が開かれているというのでふらっと中に入ってみると、スタッフの前田さんがとても親切に応対してくれた。「炭鉱の記憶推進事業団」は空知地方の石炭産業が残した鉱山跡や工場、廃線となった路線などを「産業遺産」として見直し、観光資源や地域活性化の場として蘇らせようと活動している団体なのだそうだ。 かつて日本の近代化を支えてた炭鉱も、エネルギー需要が石油に移ったことと、外国産石炭との競争に勝てなくなったことによって、相次いで閉山された。「キツい」「汚い」「危険」の典型的3K職場だった炭鉱は、急速に経済発展を遂げる日本にとってあまり思い出したくない過去の記憶になり、元炭鉱夫たちも「炭鉱は暗い」という負のイメージを嫌って、自らが積極的に炭鉱について語ることを避けていたという。 【NPO法人「炭鉱の記憶推進事業団」の前田さん】 実は僕の母方の祖父もここ空知地方の炭鉱で働いていたことがある。母は小学生6年から中学2年までの3年間を岩見沢から15キロほど東にある唐松町で過ごしたそうだ。 その祖父も炭鉱について多くを語らなかった。概して自分の過去について口の重い人だったが、あるいは祖父にも炭鉱に対する世間のネガティブなイメージをどこかで意識していたのかもしれない。 【「炭鉱の記憶推進事業団」に置かれていた古いストーブ】 当時の炭鉱夫たちは真っ黒に汚れた顔とドロドロのランニングシャツ姿で写真に収まっている。決してきれいな職場ではない。崩落や爆発の危険とも隣り合わせだ。しかしそのぶん実入りはよかった。テレビの普及もどこよりも早く、新作映画の封切りは札幌よりも早かったそうだ。 日本製の電化製品や自動車が世界を席巻し、新幹線が開通し、万博が開幕する。そういう高度成長期の日本の「表の顔」に対して、炭鉱という存在は「裏の顔」であり、影であり、汚れ役であった。 「元炭鉱夫たちの証言も集めているんです」と前田さんは言う。「いま記録として残しておかないと、本当に忘れ去られてしまうから」 僕も祖父の口から炭鉱について聞いてみたかった。そこにはどのような人々が働いていて、どのような日常があったのか。でも祖父が亡くなって20年以上が経った今となっては、それは不可能だ。 【古いレジスター。まだ現役で使えるそうだ】 *********************************************** 本日の走行距離:49.5km (総計:4890.3km) 本日の「5円タクシー」の収益:115円 (総計:64215円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-08-23 14:56
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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